2009年9月20日 (日)

これからもボチボチと。

光陰矢のごとし。あっという間に今年も残すところあと僅か三ヶ月余りである。早いものだ。早い?速いか。まいいや。
気がつけばもう歯っ欠けババアの咲く季節だ。

昨日娘の運動会を見に行った。行き帰りは娘らがいつも通る通学路を歩いてみたのだが、彼方此方にちらほらと歯っ欠けババアの紅色が目に留まる。日中の日差しはじりじりと肌に突き刺さるほどなのに、もうすっかり秋がやって来ているということだ。


中断している深夜の闘争を執筆していた頃から数えると四ヶ月ほど経つ。その間色々有ったような気がする。1Q84を読んだりパフュームの新譜を聴いたり海に行ったりターミネーターを観たり政権交代があったりとか。
お察しの通り深夜の闘争自体は大した結末でもないので、このまま未完としましょうか。そもそも完結など誰も待ってない(笑)


休止していた理由の大きいものはまずパソコンが時折言うことを聞いてくれなくなったことだ。こういう今も状況は一向に良くなっておらず、むしろ悪化の一途を辿っている。立ち上がらないのだ。パソコンが。
今現在は奥さんの実家にあるノートを借りて打っている。今の僕のネットへ通じる唯一の頼みの綱だ。

僕の愛機はスイッチを押すとカリカリカリカリ言ってプツンだ。何だかなあともう一度スイッチを押すとカリカリカリカリ言ってプツンだ。諦めきれずにもう一度スイッチを押すとカリカリカリカリ言ってプツンだ。そしてまた懲りずにスイッチを押すとカリカリカリカリ言ってプツンだ。

パソコンショップに修理を依頼すると持ち帰って稼動させると何の問題もなく動くという。再現性が無いので困ったものだと。いや我が家では9割以上の再現性があるのだけれども。まいいや。
僕の愛機は8才になるXPだからまあ寿命っちゃ寿命かもしれない。娘より歳くってるわけだからいっそのこと新しいマシンに更新したいけどこんなご時勢だし無理です。

それにビートルズのリマスター盤買っちゃったから予算的にも無理です。リマスターはBOXでは有りませんが。買えりゃ買いたいのは山々ですけどね。一マニアとしては。でもまあ僕はコレクターではありませんもんで。
で買ったのは最初の4枚だけ。今まで正規盤ではモノラルだったものをステレオの良いサウンドで聴けるという触れ込みに負けまして。ま小遣い叩いて買った価値はありました。それに最初の4枚だけ買うってのも通っぽくていいでしょ。

あ、あとレコーディングセッションの10年ぶりの増補リニューアル版が出たのも買っちゃいまして。これはビートルコピーバンドマンには欠かせない必須アイテムでありまして、超がつくほどのマニアックな書籍です。これはまた改めて紹介する機会を持ちたいと思います。

それからついでにギタリストのためのなんちゃら必殺本も買っちゃいまして。これがまた実に興味深い内容で。これがあれば僕が個人的に必要とする音が出せるようななるわけで。一番知りたかった内容で。これもまた改めて紹介する機会を持ちたいと思います。


うーむ暫くブログ書いてないと書き方を忘れてしまったような気がする。大体何を書いたらいいのだ。
ダラダラと何を書いているのか全くわけが判らない。書いている本人がわからないのだから読んでくださる方はもっとわからないだろう。


まいいや。というかそもそもそんなに気張る程のものでもないので、またボチボチと暇見つけてblog書いていきたいと思います。
ではまた。

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2009年4月30日 (木)

深夜の闘争(5)

この闘争にもそろそろ終止符を打たねばなるまい。
あっちの空が少し白んできている。
お義父さんも大便から帰ってきた。


最終手段だ。
冷蔵庫にマグネットで貼り付けてある専門業者に電話をするのだ。万策尽きた二人に残された唯一の切り札はもうそれしか残されていないからだ。何時間か前にさっさと決断しておけば良かったという考えが脳裏をよぎったが振り払った。俺達は素人なりに少なくともベストを尽くしたのだ。ねえお義父さん。白旗を揚げるのはなんとも不本意なことではあるが致し方ない。

あてつけがましいほど眠そうな声の先方さんに今までの一連の事情を説明し、じゃあ取り敢えず依頼しますと言う話にはなったものの先方曰く来れるのは早くて9時過ぎになるとのことだった。
いや実は9時ではダメなんだけども。事情が事情なので仕方ない。他の業者を探す気力も既に今の時点では欠片も残ってはいない。しょうがないけどお願いしますわ。
みんな、すまぬ。明日の朝は全員コンビニ排便確定だ。


結局、業者が来たのは10時近くだった。それがちょっと頼りなさそうな若い兄ちゃんで如何なもんかと思ったがまあそこはプロなんだからと無理矢理納得。
言っちゃ何ですが結構忙しいものなんですね。そんなに混んでたんでしょうか。他のお客さんで。よもやシンクロニシティであらゆる家庭でこういう現象が多発していたとでも。
まいいや。


この業者は作業に掛かる前に見積もりを提示するという触れ込みだったから割かし良心的なのかなという感じでお願いすることになったのだが、その見積り額は思いの外高かった。マジで高かった。ビックリするくらい高かった。
あなたホントにビックリしますよ?気をつけたほうがいいですよお客さん。軽はずみな考えでこういう業者をアンタ滅多に呼ぶものじゃないですよ。マジで。片手に近かったんですから。片手すよ片手。
内心、人の弱みに付け込みやがってこのクソガキ、という気持ちもよぎったものの(今はクソオヤジはこっちの方なのだ)こうして馳せ参じてくれたわけだし今更追い返すのも忍びない。遅刻されたのはかなりの減点だけど。
こういうの何て言うんでしょう、弱り目に祟り目という心境になってしまっているわけですよ。こういう場合。要は背に腹は換えられない状況を巧みに利用する業界なわけですね。こちらさん方は。切羽詰って連絡するわけですから。
で渋々涙を飲んで了承。高くついたなと。後悔してももう遅い。

まあいずれにしてもお願いすることになったのだから早速現場で我ら素人二人の奮闘を掻い摘んで説明する。
こちらの話もそこそこに。まあとにかく洗浄してみましょう。この高圧水で。兄さん自信満々である。そりゃそうだ。プロなのだから。
じゃやってもらいましょう。思い切り。やっちゃってください。


コンビニから帰ってきた子供達も興味津々作業を見つめている。
作業開始の約10分後、途方に暮れた表情をするのは今度は業者のお兄さんの方であった。


でしょ?
だから最初からそうなんだって。それで解決するならとっくの昔に解決してるんだって。素人とはいえ大人二人で必死に取り組んだ結果ってのは断じて捨てたものじゃないんだって。
見積もり通り満額払うからさ、早くやっつけちゃってくださいな。さあ。
さあ。

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2009年4月29日 (水)

LIVE PERFOMANCE

今日4月29日昭和の日は娘らの晴れ舞台の日だ。
約一年前から通い始めたバレエ教室の年に一度の発表会の日だ。
家族のみならず一族総出で応援体制を敷いて(笑)当日に臨んだ。

なにしろ人前で演技する初めての機会となる日だ。彼女らの人生で。
だから今日という日は、特別な日なのだ。


このバレエ教室。服部バレエ研究所さんである。
こちらは指導方針が徹底している。稽古場に保護者は一切立ち入れないのだ。シャットアウト。それは子供達の甘えを断ち切るためだという。
親としては一度くらい練習風景を覗かせて貰いたい気持ちもあったのだが、許されない。
だから今回が、初めて目にする彼女らのLIVE PERFOMANCEなのである。


さて今日。
桑名市は大山田コミュニティプラザで開催された「小さなバレエコンサート」である。
バレエ教室に通う子を持つ家庭にとって、こういう一大イベントとなると出演する本人のみならず家族(いや、奥さんだ)もそれはそれは大変な一日になる。
出演する生徒さんのお母さん達何組かが、うちの奥さんの実家に集結し、お化粧から髪の毛のセットから付け睫毛からそりゃもう朝からてんてこ舞いの奥さん方の姿を横目にこういう場合父親はオブザーバーにならざるを得ない。というか手の出しようもない。精々準備が出来上がった後に写真を何枚かパチリパチリと取るのみくらいしか。


ブザーが鳴る。緞帳が上がる直前の一瞬。
その時緞帳の向こう側にいる側の気持ちというものは経験したものにしか決して解り得ないものがある。
逆に観る側としては実に気楽なものだ。緞帳の向こう側の気持ちに思いを馳せる必要などない。
ま、それでいいのだけれど。それこそが送り手と受け手の違いなのだから。だから例えそれがどんなささやかな会だったとしても、LIVEで人前に立つということは、そういうものなのだ。
その小さい胸にどれ程の緊張と興奮を詰め込んで、娘らはその時を待っているのだろう。
胸が苦しくなるような思いで、僕はその瞬間を待っていた。


自分なりに精一杯の演技を見せてくれた娘たちを、僕は心から誇らしいと思っている。
生涯、この日の経験を忘れず、これからもバレエに限らず色んな舞台で、自分らしい素敵なLIVE PERFOMANCEを披露してくれるように成長して欲しいと僕は、願っている。

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2009年4月28日 (火)

ロードショー

早いものでこの4月から我が家のプリティツインズは幼稚園に通いだした。
本当に、早いものだ。ついこの前オムツを替えていたような気もするのだが。
以前ここに書いたとおり、これは我が家の教育方針でもあるのだが、子供達は就学前の一年だけの登園となる。
その意味では本当に妻が頑張ってくれた。子供を持つ家庭ではそれがどういう意味を持つのか察して下さるだろう。

ま、それで毎日規則正しいリズムで生活しようとしているわけだがこれまた切り替えが大変である。何しろいままで彼女らは平気で8時過ぎまで爆睡していたものをある日突然6時半に叩き起こされるようになったのだから。
ここ最近ようやく慣れてきたようではあるが、それでも土日を挟むと月曜は流石にきつそうな素振りを見せる。健気に起きてくれてはいるが。
園に通いだして3週間ほど経つが、既に今の時点で土日が恋しくなっているようだ(笑)
パパ、あしたやすみ?さいじつ? としきりに訊いてくる(笑)


このくらいの年頃の子供は、非常に好奇心旺盛である。何でも質問してくる。質問責めだ。
その質問内容は実に多岐に亘り、どこからどういう方向で飛び出してくるかまるで見当もつかない。フェイントなど一切なく常に直球だ。瞬間瞬間に脳裏をよぎったことを混じり気なしにぶつけてくる。だから受け取る側も真剣勝負で臨まねばならない。
そういう時、きちんと答えを返してあげると、子供は素直に喜ぶ。逆にこっちの歯切れが悪くなったりするとそういう時は非常に敏感で、それ以上追求はしないでくれている(笑)情けない話であるが。
まあ、良いのだ。わからないことは正直に分からないということも大事なのだから。
ゴメンね。パパも勉強しとく。こんな感じで僕としてはふざけた回答だけは絶対にしないようにしている。


で先日、こんな質問があった。
テレビを観ている時のことである。


「パパ、ロードショーってなに?」

僕は一瞬、言葉に詰まってしまった。言われてみるとロードショーって何だろう?そもそも。考えたこともなかった。

「ロードショーってね、映画のことだよ。映画館で映画をやることだな」
まあこんなところが模範解答と呼べる範囲だろう。ちょっと苦しいが。

「えいが?えいがをみるのをロードショーっていうの?」
「まあそうだな。映画館でね」
「えいがかんでえいがをみるのをロードショーっていうの?ふーん。じゃあ金曜ロードショーは?」
これは軽いジャブである。

「金曜ロードショーはテレビだよ?」
「…それはあのアレだ。金曜ロードショーはテレビで観る映画やろ?金曜日に映画がテレビでやるからな。だから金曜ロードショーだな」
「ふーん。じゃあ、じゃあ」

あの、すみません。もう勘弁してください。


「じゃあ、こうせいロードショーは?」
「…?」
「こうせいロードショーってなに?」
「…??」


こうせいロードショーって何?
それどこで聞いたんですか?いま?テレビ?
こうせいロードショーって、何ですか??


その時テレビに映っていたのは豚インフルエンザに関する政府の対応で記者会見に臨む舛添要一厚生労働大臣その人であった。

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2009年4月11日 (土)

深夜の闘争(4)

「アカンな。手応え無いわ」お義父さんが呟く。

お義父さんはずずずいとブラシ付きワイヤーを引き抜き、先端のブラシを目の前に掲げる。僕は懐中電灯のか弱い明かりでそれを照らし、二人で詳細に検分する。
もちろん、ブラシが揺れる度に雫が飛びます。辺り構わず飛びます。顔や服に。
確かにブラシには何か紙のような白い切れっ端的なものが付着はしている。しかしその量はターゲットには程遠く、またドボドボ水は一向にその水位を下げる気配すらない。


ダメみたいですね。
アカンなあ。
絶対貫通してますよね?
うん。しとる筈やなあ。ほやけど何で流れやんのやろな。
途中で紙がカチカチに詰まってるならなんか手応えあってもいい筈ですよね?
ほやな。でも全然手応え無いわ…。

ところで、最初の時点で二人の役割分担は明確になっていた。
つまりワイヤーでズボズボするのがお義父さん、で懐中電灯で照らすのが僕という寸法である。
どちらからともなくである。そういう役割分担となったのはあくまでも自然の流れでなのであり、その流れには誰も逆らえないのであります。


さて、これで万策尽きたわけである。


予定では今頃正体を現している筈のターゲットは影も形もなく、ドボドボ溢れる水は依然としてそこに存在し、結果的に問題はなに一つ解決の見通しすら立たない状況に再び立ち戻ってしまったわけである。
そして残されたのは糞尿に塗れた男二人だけなのであります。


緊張の糸が切れたのか、お父さんは何故か急に便意を催したようだった。
考えてみれば無理もない。すやすやと安眠していたところを僕に叩き起こされ寝巻のままで小一時間寒風吹きすさぶ夜中に汗ばむ程ズボズボした結果これである。僕は大変申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。

大ちゃん、アカンわ。大便しとぅなってきた。
お義父さん、ダメです。使えませんよ。
ほやな。でも行きたいわ。
あ、そうです。コンビニあります。
そうか。貸してくれるやろか。
大丈夫ですよ。


でお義父さんは行きました。一刻を争う一大事ですから。そのままの姿で。
僕は待ちました。一服点けながら。

ふと車のフロントガラスに目をやると、凍結してました。
まさかそこまで冷え込んでいたものとは気付かず、二人はベストを尽くしていたわけです。いや、ベストを尽くしていたのはお義父さんですが。


頭をガンと殴られたように急に睡魔が襲って来る。
お父さんはコンビニに用を足しに行ったまま帰って来ない。

朝は、マジですぐそこです。

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2009年3月29日 (日)

深夜の闘争(3)

「コレ、使おか」とやにわにお義父さんが取り出してきたアイテムは正に秘密兵器と呼ぶに相応しいものであった。
それは台所の配管内部を清掃するブラシ付きワイヤーである。

暗闇の中で一筋の光明が見えたような気がした。誰がどう考えてもこれで問題は解決することは疑いない。万歳三唱したい。
しかしその小一時間後、再び暗闇の中で絶望に打ちひしがれることになるとはこの時点での二人は知る由もない。


一戸建て住宅には通常、下水のマンホールは幾つかある。排水の系統別に。
ドボドボドボドボ溢れている問題のマンホールの下流側に位置するマンホールを開けてみる。すると予想に違わずカランカランに乾いている。

要するに、そういうことだ。

ドボドボマンホールをA地点、カランカランマンホールをB地点とすると、A地点とB地点の間に何らかの重大な問題が横たわっているわけだ。いや、ハッキリ言うとハルのトイレットペーパーが横たわっているわけだ。

遂に目に見えぬターゲットは見えた。いや初めから見えてはいたが。後はコレを排除するだけだ。


A地点とB地点間の直線距離は目測で約5m。
ブラシ付きワイヤーの長さは約3m。
ということはA地点とB地点の両側からワイヤーを差し込めば、必ず中間地点のどこかでオーバーラップすることになる。これでターゲットのその姿を間違いなく白日の下に曝すことができる。


お義父さんとアイコンタクトを交わす。

さあ、掛かろう。仕事に。
糞尿まみれの仕事に。

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2009年3月24日 (火)

DESPERADO

名曲中の名曲です。
いわずと知れたイーグルスです。


これが歌いたくて歌いたくて。遂にLIVEでやってしまいました。ちゃんと相方に許可も貰いました。
やるなら出来る限りオリジナルに忠実に。そう考えるとやはりバッキングはピアノです。それ以外は考えられません。
でかなり練習しました。特にイントロを。
譜面なんて持ってませんもんで、あくまで耳コピです。
だからイントロだけは完璧に音を取りました。それ以外の歌の部分のキーのポジションは適当です。コードを間違いなく押さえるのを条件に。あの雰囲気と空気を出せればよいのです。

アレンジとしては2番のサビから入るドラムを相方のカホーンで表現。なかなかうまくいったと思います。


でも何よりドン・ヘンリーのあの声が出したくて出したくて。
英語の歌い回しって発音ももちろんそうだけど日本語とは全く違うので難しいんです。日本人には。
だから原曲を聴いて聴いて聴きまくりました。
150回は聞いたと思います。
でカーステでこの歌を何度も何度もかけているうちに子供たちまで覚えちゃって(笑)
双子のチビが声を合わせて♪デ〜スペラァドゥ って歌いだしたときは笑った(笑)
でもチビがオリジナルのドンヘンリーの声の音源を聴いて「パパの声にちょっと似てるね」と言ってくれた時はお世辞にも嬉しかったな(笑)


歌詞もそらで完全に覚えました。まあ150回も聴いたら覚えるわな(笑)
でもそれでもまだまだなんです。人前でLIVEで歌うという行為とは。やっぱり崇高なんです。畏れ多いんです。
…でも歌ってしまったのですなあ。
まあ、チャレンジ精神ということで(笑)


多くのアーティストにカヴァーされている理由も肯けます。
歌の持つパワーというものを実感させられる歌は、こうして実在するのです。



もう一つの映像は僕の尊敬するアーティストである佐藤竹善さんのヴァージョンで。


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2009年3月19日 (木)

深夜の闘争(2)

気が付くと時刻は26時半だ。丑三つ時である。

かなり冷え込んできた。おまけにパジャマは飛び散った水で半濡れだ。忍び寄る冷気が汗ばんだ身体から体温を奪っていく。

外に出るか。さもなくば諦めて寝るか。
こんな深夜まで汗みず垂らして頑張ったんだから寝たとしても誰も責めはしまい。

いや、出よう。やっぱり。
パパは遅くまで闘って勝ったんだよ。トイレに勝ったんだよ。と。娘に胸を張りたい。
もし今僕が独り暮しならとうの昔に諦めているに違いない。家族の支えとはかくも偉大なものなのだ。


さて。出よう。
ただお義父さんを道連れにしよう(笑)


でお義父さんを起こす。すみませんねえ。こんな夜更けに。実はトイレヤバイんす。一階も二階も。全滅なんす。

お父さんの起床は速かった。ものの数秒でベットから立ち上がった。若干ふらついてはいたが。普段ちょっとというかかなり頼りない感じのオーラを放つお義父さんなのであるがこういう時は流石、である。
「何や?トイレか?詰まっとるんか?アカンやないか」


でまず室内の現場で状況説明。
よっしゃわかった先ずは俺に任せとけとばかりにお義父さんはどこかからマイ・キュッ・ポンを引っ張り出してきて再びキュッ・ポン。キュッ・ポン。です。
キュッ・ポン。キュッ・ポン。です。さらにンジャゴーです。
うーん、これはアカンな。配管やな。
そうですよね。そうなんです。
外出よか。はい。
出ました。


で裏に回って懐中電灯で地面を照らすとそこはかとなく濡れているように見える。特に問題のマンホールの辺りが重点的に。何故だ?何だこの水?
でマンホールの蓋を開けると疑問が解決する。
水が、居るのだ。そこに。溢れんばかりの水が。いや実際溢れているのだ。しかも水と言ってもただの水などではないので念のため。
それを調子に乗って二人してキュッ・ポン。キュッ・ポン。したのです。
キュッ・ポン。キュッ・ポン。の度にドボドボドボドボ溢れ出ていた寸法な訳です。


まあ。
過ぎたことはしかたない。
今の二人には前進あるのみなのだ。掛かろう。作業に。

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深夜の闘争(1)

流した途端見る見るうちにヤバい水位まで達して来たのである。あれよあれよという間に。それはかつて体験したことが無いほど本当にヤバく、僕は溢れることを覚悟した。寸前のところで何とか持ち堪えてくれたが。
「かなりヤバいです」と僕は起きている家族の皆に告げ、そして扉に張り紙を張った。
『トイレつまり中。しようきんし』と。子供にも読めるように。
一階がダメだと分かったのでじゃあと二階に行ったお義母さんも僕と等しい体験をしたようで、同様な感想を洩らした。「確かにあれはヤバいね」と。


聞くとお義母さんには思い当たる節があるという。それは姪っ子のハルの仕業によるものだろうと。
なんでも一週間ほど前。2歳になるハルはトイレットペーパーを必要以上に潤沢に引っ張り出し、そしてそれを水に浸し、その上で何の躊躇もなく水を思い切り流す遊びをしていたという。無論トイレットペーパーを千切ることなく。結果どうなるか。水は流れる。紙は吸い込まれる。カラカラと(笑)面白いからまた流す。躊躇は、無い。
問題は、それを幾度繰り返したかはハル本人にしか分からないことなのだ。
確実に、それが詰まっているに違いないと皆が確信する。


こういう展開になってくると必要なものはアレだ。キュッポンキュッポンだ。正式名は家族の誰も知らない。それで通じるからだ。だがそれは家には無いという。
今はいい。だが問題は明日の朝だ。小さい子供も居る。
ましてや僕などは朝食のあとすぐにところてんの様なものですぐ来てしまうのである。その時点では一刻の猶予も無い。
小ならまだしも。大では壮絶且つ悲惨なことになるのは必至だからだ。


しかし時は既に25時近い。近くのホームセンターなどとうの昔に閉まっている。うーむちょっと遠くの深夜営業のスーパーに行けば置いてあるかも知れない。うん。俺ちょっとひとっ走り行ってくるわ。いってらっしゃ〜い気をつけてね。
深夜30分かけて川越のマックスバリュまで走る。件のキュッポンキュッポンも無事すぐ見つかりついでにビールとおつまみを買って帰る。キュッポンキュッポンとビールとおつまみが一緒の袋に入っている光景もなかなか微笑ましいものだ。
で帰ってくると何ともうみんな寝静まっている。俺寒い中ひとっ走りしてきたッちゅうのに。でもまあしゃんない。26時近いもの。
まいいや。まずはビール飲もう。キュッポンキュッポンが手に入ったからにはもうこれで大丈夫とビールには利尿作用がある事などはすっかり忘れている。で当然暫くするとトイレに行きたくなる。まあさっきお義母さんの時も何とか持ち堪えたみたいだし、きっと大丈夫だろう。でまあ結果大丈夫だった。


ふーん。それにしても問題は何一つ解決していない。
そろそろ闘わねば。


腕まくりをした僕は、足を踏ん張り、作業に掛かる。キュッ・ポン。キュッ・ポン。だ。リズムが大事なのだ。いいぞ。キュッ・ポン。キュッ・ポン。だ。
キュッ・ポン。キュッ・ポン。だ。
キュッ・ポン。キュッ・ポン。です。


かれこれ30分ほど僕はその一連の作業を繰り返し、遂にダメだと確信した。
この寒いのに汗だくだ。腰も悲鳴を上げている。
だってよく考えたらさあ、一階も二階もダメなんだからさあ、詰まってる所は便器じゃないんだよ。絶対それより先の下水管が合流した後の配管のとこなんだよ。たぶん外のマンホールを開けて見てみやんことには何ともならないんだよ。などと僕はブツブツ独り言を口走る。かなり疲れている。家族の皆は安らかに寝静まっている。


弱ったぞ。
朝はもうすぐそこまで来ている。

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2009年3月 5日 (木)

骨折

気が付いたら折れていた。

ただ最近どうも調子がおかしいような感じはしていた。そうしたら案の定、である。
全く弱いものだ。情けなくなってくる。

折れた理由としては鍛えている鍛えていないという次元ではない。というか鍛えれるものでもない。そもそもが元から弱いのだ。軟弱なのだ。


でもちょっと困ったなあ。なんとかして治そうかな。
しかも一度折れてしまったところは完璧には元には戻らない。むしろ直した後の方が悪化する可能性が高い。まあ別にこのまま放置していても生活するには何の支障もないことだし。
今のところ我慢して騙していくしかあるまい。こんなご時世だし。とりあえず添え木かなんかしておこうっと♪

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2009年2月26日 (木)

風の歌を聴け

この季節は手洗いうがい励行が我が家の必須事項なのである。ま何処の家庭でも同じだとは思いますが。

ところで我が家ではここのところ給湯器がヤバくなってきており、湯温が程よく温まるまで結構時間がかかってしまうのである。
仕方ないからジャージャー湯水のごとく水を流し適温の湯になるまで待つのであるが、これが非常にもったいない。根が貧乏性なので温まる前に手を洗い出してしまう。なので温まった頃には完了しておるという寸歩である。んなこたどうでもいい。


で重要なのは手洗いうがい励行である。

先日、夕暮れ時にチビと一緒に帰宅してそしてお決まりのように手を洗おうとした。
その時は結構お腹が空いていたので「さ、さ、早く手を洗ってご飯食べようね」と言いながら僕は娘の介助をしてあげた。つまり背中から手を回し、袖を捲くってあげ、まだ水が冷たかったので嫌がる子供の手に石鹸をつけて一緒に洗おうとしてあげたわけである。


その時。
「グゥ…グォー…」というような音が聴こえた。幽かに。

手洗いの手を止め、チビは耳を澄まして遠くを見るような目でこう呟いた。
「パパ…風の音がするね…」

その時、外では雨混じりの風が結構吹いていたのだ。
春の嵐だ。


こんな風に時として大人びた仕草や言葉遣いをする我が娘。
こうして一つ一つ大人の階段を上っていくのだなあ。


なので実はその音が、本当は僕のお腹から出た空腹音だとはそんな目をしている娘には、僕は言えなかった。

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2009年2月24日 (火)

スーパーで熟読

どうやら僕には生鮮品等の買い物をするセンスというものが欠落しているようなので家族でスーパーに買い物に行くような際は専ら子守に専念することになる。
空のカートに子供を乗せ最初は奥さんの後を付いて回るのだがそうこうするうちにはぐれてしまい、店内をグルグルとさ迷うことになる。当てもなく。

基本的に僕は文房具が大好きなのでこういう場合はそのコーナーにも当然のように立ち寄ることになる。特に何を買うでもないのであるが。財布を持参していないのでね。
そんな時に新機能の文房具が並んでいたりすると非常に幸せな気分になったりする。まあ文房具は今日の話題にはなんら関係はないのでどうでもよいが。


で店内を巡るのにも飽きると落ち着く先は書籍のコーナーとなる。
然るに主婦層が顧客の多くを占めているスーパーだけに陳列されているものはやはり主婦向けのものが圧倒的に多い。ファッション関係の雑誌やら住まいや料理に関わるもの等々である。
次に多いものが子供向けのものだ。「たのしい幼稚園」とか「おひさま」とか。プリキュアとか仮面ライダーとか。
うちのチビ達も例に洩れずこの辺がモロにストライクゾーンど真ん中なようで、このコーナーに立ち寄るや否やちび達はカートに乗り込んだままで思い思いの書籍を手に取り熟読態勢に入る。非常に微笑ましいものだ。
で後はお父さん向けのものが少量並んでいる。パソコン雑誌やら車雑誌やら文芸雑誌やら。余談だがこの文芸雑誌は表紙になぜか艶かしい画が付いているものがやたら多い。僕の名誉にかけて記しておくが僕はそれに手を伸ばす域にはまだ達していないので手にすることはない。手にしたいかどうかは別問題として。

とまあざっとこんな感じなので僕としては何より好きな書籍を目の前にしているにもかかわらず僕の読むべき書籍はそこには見付からないのである。残念ながら。
ま早い話がそこには僕の欲するPlayerやGuitarMagazineという音楽系の雑誌など皆無なのだ。残念ながら。置いてあることを期待するだけ虚しくなってくるのだす。


だから仕方ないので僕は適当に目に付いたものを手にとってパラパラとやるわけであるが、その日は非常に興味をそそる雑誌が置いてあったのでそれを読み耽ってしまった。

Logomu2
ムーだ(笑)


決して僕はオカルト的なものに興味津々な訳ではないが、この手の書籍には子供の頃から弱いのである。中でも特に矢追純一的なものには。
好きか嫌いかと訊かれれば、大好きなのである(笑)
矢追純一のUFOスペシャル。あのジングル。テテテーテテテテテー。最高です。いまだにあれを超える特番はありませんねえ。少なくとも僕の中では。


スーパーの片隅で書籍を一心に読み耽る親子の図。
本好き親子を自認している我が家にとってある意味これも価値的な時間の過ごし方なのである。
例えそれが「たの幼」と「ムー」であったとしても。

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2009年2月21日 (土)

ハンサム・スーツ 前夜

いざそれを導入することを実行に移すことが決議されたはいいものの、僕の職場が丸の内長者町繊維街付近にあるという理由で先遣隊としての任務を任されたのである。
ターゲットは仕立ての出来る問屋さんだ。こちらのオーダー通りのものを。仕立ててくれそうな。しかも比較的安く。

時間のある時に少し歩き回り、二三軒それと思しき店も見つけた。
しかしただいきなり突撃するというのも芸がないので、事前にネットで情報を収集しておくことに。
でもしかしうーん、ネットではうちらのニーズにあったものが出来るのかどうかよく分からない。当然ながら予算の関係もあるし。結果的に大幅な予算オーバーとなってはいけないし。
どうする。んーまいいや。今日、帰りに寄ってみようか。


…でもどうだろう?
改めて考えてみるとこちら側のニーズというものは極めて特殊であり、なおかつ極めてマニアックな部類に属するものだ。
イメージがある程度ハッキリしているとは言え、細かい部分はまるで分かっていない。
果たしてどこの誰かも分からない一見の客に対し、具体的な形が出来上がるまで付き合ってもらえるものだろうか。いい加減とは言わないにしても、ある程度のところで先方が妥協してしまうのではないだろうか。
疑念はある。いやむしろ確信に近い。
店側として、あ〜あ困った人が来たぞ的な扱いを受けるのは目に見えている。間違いなく。
また、実際長者町の問屋さんは問屋さんだけに閉まるのが早く、仕事の定時(17:30)が終わってダッシュでそこに行っても既にシャッターが閉まっているかもしくは今まさに閉めようかしているような状態なのだ。そんな状態ではジックリと落ち着いて話が出来るとは思えない。


で気付く。

こちら側のニーズを満足させることが出来るかどうかの唯一の選択肢とは(無論、その選択肢の肯定側が必要だ)。


それは。

ビートルズが好きか否か。
いや、大好きか否か。
ただその一点のみなのである。

要は早い話が、「ビートルズコピーバンドである俺達にとことん付き合ってくれてその上で一緒になってそれを創り上げることの出来る店」でなければならないということだ。


仕事の帰りにフラッと立ち寄ってあの〜どうでしょうこんなん出来ますかねえ的なそんな風情でそれに該当する店に出会うことが出来る確率など端から分かっている。
それは限りなくゼロに近いだろう。

じゃあどうする。
近郊のコピバン業界の誰かに該当する店を紹介して貰うか。確かにそれも手だ。
でも、今回だけは自分で見つけたい。せっかく創るなら自分達のこだわりもある。

どうしよう、どこがいいだろうと数日間悶々としつつ長者町の当初突撃予定だった店の前を通り帰宅している時に何かが心に引っ掛った。

そしていきなり閃く。
あそこだ。あそこの店なら何とかしてくれるかもしれない。いや、絶対に何とかできる。
あの店長が一緒になって協力してもらえるなら、いいものが出来るに違いない。
きっと。


何故それに初めから気付かなかったんだろう。
決めたら話は速かった。
「何?ビートルズスーツ?ウンウン。わかるわかる。でどうするの?ハードデイズナイトの辺り?それともヘルプの辺り?」
…話が早い早い(笑)

そして結果は、あの時感じた閃きの通り。
ステージに臨む俺たちの意識まで変える大満足のカッコイイ衣装が出来上がったのだ。

(以下、たけスンの筆によるSELTAEB-log(2008.12.30付)に続く)

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2009年2月16日 (月)

エアーチョコ

今朝オフィスに出社すると社の女の子がニコニコしながら寄ってきたので「なに?チョコ?」と聞くと「え?あ、いやあの、じゃこれ」といって僕にそれを手渡した。
「これは本命ですか?」と僕が率直に尋ねると彼女は「ええ、私は妻子ある人にしか本命は渡しませんから」と言うので「わかりました。しかと受け取ります」と僕は答えた。


嗚呼エアーチョコ。

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2009年2月10日 (火)

音楽の絵本

2月7日に桑名市民会館大ホールにクラッシックのコンサートを聴きに行ってきた。

F004757720080508182439_2『音楽の絵本』コンサート


子供たちと近所にあるサンシティに行った時。
そこのインフォメーションコーナー付近に貼られたこのポスターを目にした瞬間。
心奪われ「行こうか」となった寸法である。
無論、心奪われたのは僕である。


だが何しろ果たしてクラシックのコンサートだ。
子供たちはジッと耐えうることが出来るだろうか。というような心配はそもそも完全に杞憂であり、会場に着くや否や居るわ居るわちびっ子が。乳幼児が。生まれたてと思しき赤子まで。
そう、これはちびっ子を対象としたコンサートなのだから。

とは言え、子供向けと侮ることなど出来ない。
音は最高だった。一流の演奏家が集結している。大人が聴いても聴き応えのあるステージに純粋に感動しました。


出演は管楽器組のオカピさん率いる「ズーラシアンブラス」、弦楽器組の「弦(つる)うさぎ」。
演奏家全員が動物の着ぐるみ(というか被りもの)を身に纏っての演奏である。
その衣装はクラシックのコンサートだから写真の通りタキシードとドレス。
そして全員手袋着用。人間ではないわけだから肌の露出があってはならぬという寸法か。なるほど。

ここだけの話僕も昨年末に着ぐるみ的なものを身に纏い演奏した経験がないわけではないのでその苦労は若干は分かります。
あれはやり辛かろう。弾きにくかろう。手袋着用でヴァイオリン?まじで??ビックリしました。でも何より暑かったでしょう。うんうん。みなさま本当にお疲れ様でした。


それにしても前述の通り音は一流。
動物の演奏家の方たちは一言も声を発することなく、音楽だけで観衆を魅了するわけです。いや、音楽だけでなくその身体の動きやアクション、そしてステージング。
言葉でなく身体の動きで笑を誘うなんていう芸当はまさしくもうパントマイム芸術の域にまで達しています。何より音楽で人を笑わせるっていうことは本当の実力を必要とする最も難しいこと。
恐れ入りました。音も演出もまさに芸術。


ホールとしては結構小さい方なのかもしれない桑名市民会館大ホール。それでも最新鋭の立派なホールだ。
流石にマイクで音は取るだろうと思いきや完全なアンプラグド。
管楽器はまあ分かります。ですが弦(弦楽四重)もマイクなし。生音一発勝負。
そのサウンドはもの凄く綺麗でそして繊細で、まさに「音」とは目には見えないけれど空気を伝って耳に届くという感じがよく分かりました。それを改めて教えて貰えただけでも感動です。


090207_150944で演目が終わってからロビーでサイン会があるといいます。
子供たちにサインどうする?と確認するまでもなくパンフレットを購入しそこにサインして貰おうと僕の一存で決定。
ついさっきまでステージの上にいた人たちがいま目の前に!すっかりミーハーですわ(笑)
でもなんだろう、このドキドキした感覚。握手させてもらおうかな。要はファンになっちゃったってことですわ。ハッキリ言うと(笑)


僕たちの席はかなり後方だったので、チビたちはステージ上で見えるサイズと今目の前にいる人(動物)のサイズが感覚的に一致しなかったみたいで、目の前の彼らの思いの外大きいその頭部にチビCは恐れをなし、握手を拒むとオカピさんは何とも悲しそうなジェスチャーを(笑)
どこまでも芸達者な人たち。愛すべき楽団。うん。完全にファンです。


また近くにコンサートに来てくれたら絶対に聴きに行こうねと一同堅く約束をして帰途についたのでした。


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あと余談ですが。
本当の余談ですが。


F0047577_8492234弦うさぎさん達。
ドレスもとても美しくて、演奏も素晴らしくて。お辞儀のしかたも本当に愛らしくて。
最高なんです。


けど、
どうしても、あの。


矢追純一さん系の。
あの、


グレイに。


見えてしまうんですが。

あ、いや、でもだって皆さん出てきたら泣き出す子供結構居たんです(笑)
…でも僕は大好きですよ~!

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2009年2月 9日 (月)

天狼星(シリウス)に

とある機会で歌を歌わせていただいた。


そこでは何を歌っても良かった。完全に僕の自由。
それだけに何を歌うか。何を伝えたいのか。
悩んだ、悩んだ。


この歌の存在は以前から知っていた。
でもその時は声に出して歌おうとは思わなかった。いや、歌えなかった。
僕が歌える歌ではないと思っていたからだ。
そこまで、僕は到達していないと。そう思っていたからだ。


そして娘が生まれて。家族が増えて。
日一日と大きくなってく彼女らの姿を毎日目の当たりにして。


何時か訪れるだろうその日のことを、時折想う。
うまく想像すら出来なけれど。
間違いなく彼女らにも僕と同じように、彼女らの人生があるのだ。
自らの足で、力で、道を歩んで行くのだ。


ふとそう思った時にこの詩の一節が心に浮かんだ。

父さんよりも 愛する人が
出来るなんて 思わなかった

不覚にも涙が零れそうになったが、そこは堪えたよ。
だって情けないじゃんね。


天狼星に

自分だけは だませなくて
独り夜汽車で 旅立つけれど
ひとつひとつ 数える駅の
数だけ不安も 数えている

それほど遠くへ行く訳じゃない
それが悲しい理由でもない
父さんよりも愛する人が
出来るなんて 思わなかった


膝の荷物が 二十余年の
重さというには 軽すぎるけど
いつか何処かで 根付いたならば
許してもらえる そう信じてる

窓から見上げる夜空にひときわ
輝く星の名は知らないけれど
蒼い光に かけて誓う
何があっても くじけない

それほど遠くへ行く訳じゃない
それが悲しい理由でもない
父さんよりも愛する人に
出会うなんて 思わなかった

父さんよりも愛する人が
出来るなんて 思わなかった

 詩 さだまさし

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2009年2月 4日 (水)

VOX PYTHON STRAP

ビートルズのコピーバンドを始めてはや7年。いや1999年にスカウトされてからだから9年だ。

ジョン担当者として何故かいきなりRickenbackerではなくEpiphone CASINOを最初に手に入れ(これは僕が後期ビートルズに強い思い入があったからだ)、それから紆余曲折を経ながらも一つ一つ地道に楽器や周辺機器を揃え、数々のライブをこなし、気が付けば今や立派なアラフォーなビートル☆バカとなった。

それでも今まで欲しかったにも関わらずどうしても手が出ないものがあった。


これだ。


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VOX PYTHON STRAP


文字通りPYTHON(ニシキヘビ)の鱗をモチーフにした装飾の施された、リッケンバッカー325を吊るためにジョンがVOX社に特注で作らせたというストラップ。
以前にこのブログでも触れた。


Vox_python_strapjohnGeojohplays見ての通りこれがまたカッコよくて。欲しくて欲しくて。
でも高くて(笑)

着けたらカッコイイに決まっているのにサラリーマン兼バンドマンとしてはなかなか音に直結する楽器以外の装飾品購入というものは踏ん切りがつかなかったりもするんです。
根が貧乏性なもんで。


でも今回。
遂に手に入れる決心をしたのであります。
思い掛けないチャンスにも巡りあったので。


思い立ったが吉日。早速探しました。
以前何気なく探していた時は当然の如く輸入品なので常に品切れ状態だった記憶があるので急げ急げ善は急げてな感じで。
でやっぱりここは信頼の置けるビートルギア専門店が一番。
買う前にどうしても確認したいこともあったし。


ということで有名な東京のWITHさんのHPを覗くと何とトップページにひときわ大きく「VOX パイソンストラップ入荷しました」とあるではないか!
これはまさに以心伝心。WITHさん以外はもう考えられない。
で早速メール。


確認したかったこと。
それはストラップのサイズ(長さ)だ。


僕はあまり身体が大きい方ではないのでというか小さい方なので、当然ギターを抱える際にもストラップが長すぎると非常にしまらない感じになってしまうわけであります。
そうでなくても特にビートルズは持ち位置が高めであることもあるし。
そんなわけで僕がリッケンバッカー325を抱える際にベストのストラップ長は経験値で89cmというデータが導き出されているのであります。

でその旨メール。
翌日、写真付の丁寧なメールを返して頂きました。


結果やはり純正ではバックル部を調整したとしてどんなに短くしても94cmが最短だという。
5cmの差は大きい。

だが手はある。自分のベストの位置に穴を追加工すればいいのだ。戴いたメールによるとジョンも同じ様にバックル部を取り外し穴を追加工していたとのこと。
それを聞いたらもうトドメ。どこまでもジョン様の通りにいたしますわ。


で今日。
届きました。


090204_000222090204_000656手に取ると思いの外重い。この重量感が堪らない。ジャラッとした感じも堪らない。メッキ部がすぐ錆びそうで手が掛かるとしてもこれまたすでに楽しみのひとつに。
それより見て下さいなこの輝き(笑)

ビートルコピバンを始めてはや九星霜。
嗚呼やっと念願の憧れの品を手に入れることが出来たこの幸せよ。


そんな感じで早速届いたものをせっせと325に装着し、一人鏡の前でニマニマしている自分がいるのであります。
もちろん妻子の寝静まった深夜にです。そんな姿決して人には見せられません。


ちなみにWITHさんのブログ(2月2日付)でもこのことが取り上げられていました。
ちょっと恥ずかしいけれど光栄です。中島さんありがとうございました。


でも問題がひとつ。
ストラップのエンド部が10cm程余ってしまっているのだ。ギターの後ろで。プランプランと。


単に切ればいいのだが。


でも愛するこのストラップにハサミを入れる勇気が今はなかなか湧いてこないのだ(笑)

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2009年1月20日 (火)

ビリー・ジョエル・ストーリー

告白するが僕は正月休み中にひたすら数独をし続けて過ごしていた。
暇さえあれば鉛筆を片手に100円ショップで購入した数独書に取り組む。脇目も振らず。ひたすら。
100円で百問だから一問1円だ。なんて経済的なのだ。素晴らしい。
まあ数独は今日の本題ではないし最近いい加減飽きてきたので本来の一大趣味である読書にここ数日は取り組んでいるのである。


先日真新しい書店にフラッと立ち寄った時に文芸書の棚に何気なく並んでいたこの書のタイトルに一瞬にして心を鷲掴みにされ気が付いたらレジに立っていた。財布の中身も確認せずに(辛うじてセーフだった)。
ビリーの、あのビリー・ジョエルの伝記?そんなものが存在していたのか。

お釣りを受け取ると小走りに車に向かい、自宅に帰るのももどかしく寒空の中エンジンかけっ放しで小一時間ほど没頭してしまった。何たる非エコな。
今現在は本編半ば「ニューヨーク物語(TURNSTILES)」の行あたりまで読み進めたところである。


今まで様々な形で伝記を作りたいというオファーがあったにも関わらずことごとく却下していたというビリー。
本書は世界で始めてその生い立ちから克明に記された唯一無二でありしかも「原稿を読んだビリーがその赤裸々な内容に一時は出版に難色を示した」程の書であるという。

母と自分を捨てた父親との確執とその後周囲から無言のうちに受けた傷に今でも苦しめられているという意外な素顔、それを跳ね除ける強靭な精神力、プレスされたファーストアルバム「Cold Spring Harbor」の酷い出来に激怒しレコードを壁に叩きつけたというエピソード、ビートルズの「あの」シェイ・スタジアムでのLIVEをジャックしようとしていたという過激で無茶苦茶な行動力、「あの」Sir.ジョージ・マーティンがアルバムをプロデュースをするかもしれなかったというスリリングなシーン、…等々知られざるビリー・ジョエルの内面に肉薄する非常に読み堪えのある一書である。
冒頭、初めて僕が生のビリーを見ることが出来たエルトン・ジョンとのワールドツアーのシーンから始まるのも嬉しかった。


中学、高校の時に始めて触れたビリーの世界。
発表された曲の順序ましてや製作された背景などお構い無しにランダムに聴き漁っていたあの頃。
今この本を読みながら僕は、記憶に焼き付けられているビリーの音楽と、そしてその頃の空気や匂いを懐かしく思い出すことが出来ている。


そんな感じで。
夜更けに読み進めるときに一番ピッタリなBGMは、やはり「New York State of Mind」なのであります。


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2009年1月19日 (月)

消費税

休みの日になると大体いつも買い物に行く。子供らと。
ターゲットは、お菓子。いや駄菓子だ。

昨今のスーパーやコンビニには子供用の小さな買い物用籠が常備してある。通常の籠の1/4サイズくらいのものだ。
これは大人のように小さい頃から買い物の仕方を覚えるには大変よい社会勉強にもなる。とは言えまんまとお店側の策略にはまっているような気もするが。しかし小さい籠を片手にお目当ての商品を取捨選択している姿は実に可愛いものであるからまいいや。


ママと一緒に買い物に行くときは大体がかなりの制限付になるのでチビ達は僕と一緒に行く時は実に奔放になる。
かといって無制限になれるわけでもないので先に予算を決めておく必要がある。

近所のユーストアの入口前で今日の割り当て分を支給する。
「はいこれ」と言って僕は百円玉一個を手渡す。
「え〜百円?」チビ達はふくれっ面になる。
「いいの。これで買えるだけ買えばいいじゃん」
ま、でも貰えたものは儲けものという寸法で意気揚々とチビ達は店内に入っていく。


件のお店の入口付近には100円ショップがある。
そこを通り過ぎてお菓子のコーナーに行かんとするその刹那、下のチビLが100円ショップの玩具の前で足を止めた。

「今日はお菓子はいいや。これにしとくわ」とお医者さんごっこセットを手に取りLが言う。
「ふーん、いいよ。じゃあそれにしときな」と僕は答えてハタと気づく。
たとえ100円ショップでもその商品を100円で買うことは出来はしないということに。

気がつくと既にチビはレジに並んでいる。僕は慌てて後を追いかける。
で「Lちゃん今日は駄目だよ。これは買えないよ」と僕は伝える。
すると思いもよらなかった僕の通達にLは一瞬にして目に涙を一杯に溢れさせるという必殺技を披露し、大声で泣きはじめる。
「イヤだ〜!買うの〜!」

大体いつもここで僕は根負けして不足金を支払うのであるが、この日ばかりは僕の小銭入れの中には1円玉が3つしか残っていなかった。さっきタバコ買っちゃったからね。

「駄目なんだってLちゃん。消費税が掛かるんだって」と僕は真剣に訴える。
「ちがう!100円で買えるの!これがいいの!」とLは繰り返す。
「でも消費税が掛かるんだってばさ…」

そうこうする内に段々恥ずかしくなってくる。100円ショップのレジ前で消費税について語り合う親子の図。何というか…。


すると上のチビCが一気にこれを解決する。

「はい。貸してあげるよ」と手にした100円玉を妹の手に握らせたのだ。
Lは文字通り現金に無邪気に満面の笑みを浮かべる。
「Cちゃん良いの?」と僕は言う。
「いいよ!お姉ちゃんだもん」とC。
これで問題は無事解決し、Cはお釣りの95円を受け取る。
すると今度はCが驚愕の表情を浮かべる。

「え〜!?すごい!100円が95円になっちゃった!…増えたよ!!」と(笑)
僕はしたり顔で頷く。「そうだよ。いいことすると得するんだよ」


そしてCは31円と50円のお菓子を二つ仕入れ、手元に残金14円を残しホクホク顔でこう言うのであった。
「パパ、いいことするって気持ちいいね〜!お菓子二つも買えたしね。Lちゃんもおもちゃ買えてよかったねえ〜」


何ともはや。

僕は愛している。心から。
この子らを。

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2009年1月17日 (土)

お年玉

つい先日御節や御屠蘇を口にしたばかりだというのに最早一月も終盤に差し掛かっている。
恐るべきスピードで毎日が過ぎ去っていく。猛烈な。もの凄い。スピードで。


しかし子供とは見上げた存在である。
お正月がやってくる度にいとも簡単に手に入れるのである。大金を。労せずして。
ぽち袋に入っている真新しい千円札をよくよく全部数えてみると2万円弱ある。うーむ5歳児にはちょっと多すぎる金額だ。世間の金融不安などどこ吹く風といった塩梅である。

お年玉が入ったら好きなもの買っていいぞと約束していたので、昨年末から彼女らが目をつけていたという件のものを早速仕入れに行く。待ちに待ったお年玉解禁だ。
どうだたった数日我慢しただけで手にした時の喜びはこんなにも違うのだぞ。好きなだけ思う存分遊べばよい。粘土で(笑)

件の粘土だけでは到底全額は使い切れない。件のものは精々数百円のものだからだ。
従い彼女らのミッキーの財布には相当量の備蓄金が残ることになる。

でもまあまだ5歳児だ。結局のところ、お正月が過ぎれば彼女らの手にした大金は母の手によって彼女らの銀行口座に振り込まれてしまうわけであるが、それまでの数日は自分らのミッキーの財布に札束(!)を忍ばせて悦に入っている姿などは実にかわいいものである。

時おり娘らは札束をペラペラとやりながら横目で僕をチラチラと見る。
なに?その目?欲しいの?と言わんばかりである。
そしてオモムロに札束からペッと一枚の千円札を引き出し、ペッと僕に渡す。



「いいよ。使って」
と言う。


ちょっと待て。

娘に施しを受けるほど落ちぶれてはおらん。
またそんな風に育てた覚えはない。


正直喉から手が出そうになるのが事実だとしても。

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