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2005年3月

2005年3月27日 (日)

50年後

今年で37歳になる。あ、違う38だ(^^)鯖読んでも仕方ない。

歴史の節目を見る時、よく100年の単位で括られる。世紀という単位。
でも僕はコレはいまいちピンとこない。100年生きることが実感できないからだ。
だけど50年ならどうだろう。充分実感できる。

もっと近いところで例えば四半世紀単位でまず考える。今から25年後。2030年。

僕は63歳。生きてたら(^^) 勿論、生きてます。保証はないけど生きていたい。
嫁はんは5*歳。で、うちの娘らは26歳。いい年頃。僕はお爺ちゃんだ。もう定年迎えてる。うへ~マジかよ(^^)
もしかしてもう孫がいたりして。いてもおかしくはないな…。誰だうちの娘をさらってくどっかの太ぇ馬の骨は、一発殴らせろ。
年金受給条件はどうなってるか分からないけど、その頃僕は老後のことを考えているのだろうか。まさかまだリッケンバッカー抱えてる?それもいいな。


え~と、言いたいことは50年後。
日本も、世界も、間違いなく存在してる。それだけは否定できない。未来が無いものと想定するのは余りにも愚かだ。未来をまず肯定する。
僕は88歳。米寿だ。勿論生きてます。確実に第一線には居ないにしても。
僕達が今生きてるこの時代の風を、肌で知る人が生き残っているギリギリの時代がそこにある。
その時代を支えるのは、紛れも無くいま少年少女である世代の子供達。それからいまこれから生まれ来る子供達。
世代的には今、中学生や高校生をしている子供達の中からきっとその時代のリーダーが、国でいえば首相や国会議員をする子が出てくる。

僕達は、いま、彼らを後継者として育成する責任があるんだ。
そう、責任。
自分の子供を含めて彼らの生い立ちに対して善きもの残すを責任がある。


そんな心配しなくても誰かがやってくれる?

あの…それって幻想じゃないかな。


同じ世代の人より僕は不思議と地元の今の中高生と顔見知りが多い。教師してるわけじゃないけど。
みんな素直。カワイイ。
でも今の世の中は、ニュースや新聞を見てると、子供とまともに面と向って対話できない、しない、しようとしない親が育てた子供が多い、溢れてると感じませんか。
それって誰かの責任なの?違うよな、親だよな。やっぱり。
絶対に子供の責任じゃないんだ。
だから幻想にダマくらかされちゃダメだってこと。

もちろん一生懸命子育てしている沢山の親御さんを否定するつもりなど全くありません。
僕は、今こそもっともっと親同士の横の繋がりを、余りに希薄なこの繋がりを、泥臭く築いていきたいな、と思う一人なだけです。
実行に移しますよ~(^^)

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2005年3月24日 (木)

積み上げて処理

新しい部署に移ってから10日が経った。

先週、配属初日からいきなり実務に入り、上司に言われるがままルーチンらしき(とは言え何がルーチンなのかまだ理解できてない)業務をひたすら繰り返し、初歩的な(当たり前だ初心者だから)ミスをしながらもだんだん要領が分かってきた。
そのうち実務が片手間で出来るくらい慣れてきたら色々新しいことをしてみようっと。素人目にも現状のやり方がベストとは思えない。無駄が多い。と思う。って偉そうに(^^)仕事も出来やんのに。

仕事を教えてくれてる人らも講師としてはプロじゃない。身体で覚えてきた人達だ。だから教えるのが下手だ。余りにも下手だ。腹が立ってくる。教えられる側はたまったモンじゃない。
くっそ~!わざと間違えさして挙句の果て「ホラ言ったやろ?さっき言ったやろ?」なんて感じの悪いオッサンなんだ。
…今はとにかく仕事を覚えるしかない。知らないことが多すぎる。だから大局が読めない。実務とは大変だ。頑張れ俺。

詰まってきたらディスプレイの上に置いてある子供の写真を眺めて癒されるんだ。


通勤時間に多くの時間を取られてしまっているので単純計算で毎日3時間半、今までの毎日よりジックリ何かに取り組む余裕が奪われている。
プライベートが一番打撃を受けている。だからお陰さまで①やりたいこと②やらなければならないこと が色々置き去りになっている。忌々しき事態だ。ちょっとヤバい。
時間的なものというか、気持ち的にも余裕がないのかも。
自分の中で優先順位をつけている。だから今はしょうがない。とにかく今は仕事が最優先だ。ここで今コケたら俺的にヤバイんだ。


一杯一杯になった時の対処法を教えて貰ったことがある。

やらなければならないことが自分を中心に回りに散らばってたとする。
どれも緊急を要する。しかも手抜きも許されないことばかり。
アレもコレも早くやんなきゃ…でもどれから手をつけたらいい?とりあえずコレか?あ、アッチ火がついてきた。あ~ヤバいパニくってきた。
そんな時どうするか。

そんな時は順番はどれからでもいいからとにかく積み上げろ。
何も考えず真っ直ぐ一段に積むといい。
で、上から順に一つ一つ片付けてくんだ。
どんなやり方したって一つずつしか出来ないんだったら結果は同じ。
パニくったら結果は何も出来ないで終わることが多い。そんなんなる位だったら一つでも出来た方がどれほど価値的か。


仕事でもそうだよな。
無理して体調崩して一日仕事休んだりしたら結局無駄だもんな。
兎と亀みたいなもんだ。一歩一歩ジックリ行った方が結局最後は勝つ話。
あ、兎と亀の別の解釈を聞いたことも思い出した。また今度ここに書こうっと(^^)

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2005年3月18日 (金)

生まれ来る子供達のために

という歌を唄った(^^) 先日。ギター一本で。

知る人ぞ知る(?)オフコースの名曲だ。意外とカバーもされている。中でもシングライクトーキングの佐藤竹善さんのものが秀逸。(最近ではミスチルの櫻井和寿くんもやってるみたい。昨日知った。だからこれは聴いてないけど^^)


その日は何を歌っても良かった。僕自身の選曲で時間一杯全て任されていた。
なのに何故この歌を僕は選んだのだろう。

大体オリジナルキー(F)では高すぎて一番大事なサビの部分の声(A6)が出ないことも分かってる。いや、出ないこともないのだが当日実は風邪気味で…は言い訳。
また原曲はYAMAHAのエレピCP-80の独特のサウンドが印象的なソロヴォーカルの曲。だから本来ならエレピでなくともピアノやキーボードで歌うべき。小田さんへの敬意を込めて。
しかも上記の理由でキーを落とさないと歌えそうにない。ギターならCAPO移動で移調は楽に出来るけど鍵盤の場合そうもいかない。黒鍵の絡みで(^^)結果練習時間不足を口実に断念…これまた言い訳^^

結局、オリジナルキーから一音落とし、アコギ一本CAPO3の暫定キーC(E♭)で弾き歌った。
歌の方に軸足を置きたかったから、極力演奏はシンプルに、雰囲気で。
思うように声も出て良かった。


で、この歌を選んだ理由は。

歌う前日に。ふと思い出したんだ。
この歌の、歌詞の一節を。

 『ひとり またひとり 友は集まるだろう
 ひとり またひとり ひとり またひとり

 真っ白な帆を上げて 旅立つ船に乗り
 力の続く限り 二人でも漕いでゆく
 その力を与え給え 勇気を与え給え』


それは何の脈絡もなく。突然に。
ああ、明日僕はこれを歌うんだ、って。

歌っている時、入り過ぎて涙が溢れそうになってちょっとヤバかった(^^)
でも、僕の歌で涙を流してくれている人がいた。


歌を唄うこと。声に出して何かを伝えようとすること。
もしかしたらそこには、目には見えないけれど何か重大な責任が発生するのかも知れない。



生まれ来る子供達のために
詞・曲 小田和正
歌 オフコース

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2005年3月14日 (月)

新入社員

今日から新しい部署に配属となった。工場勤務から本社事務所へ。
まあそれはいいですわ。仕事だもん。やるしかないもの。全く要領を得ないけど。て初日だから当たり前か(^^)
でも歳も歳だし、悠長なことも言ってられないよな。

それにしても…出勤するだけでかなり消耗してしまった。大体通勤時間が今までの18倍かかる。交通費は約10倍。あ、これは会社負担だからいいか(^^)
っていうより今まで近すぎたんだな(^^)しょうがないやん。会社から5分の距離のところに家建てちゃったんだもん。流石にもう異動無いやろ~ってね。なかなか人生思うように行かんもんですな。
まぁもっと時間かけて通勤してる人だってざらに居るから文句は言えやんな。要は慣れの問題でしょう。
これからは早寝早起き毎日規則正しく生きねば。うん。


しかし新しい部署は全くの未経験の仕事。
何をしてるのかは知ってるけど、知ってることと実際にやってみることとは全く違う。
映画『マトリックス』でさ、モーフィアスがネオにこんな内容の言葉を言うシーンがあったな。
「道を知るということと、実際に歩くことは違うのだ」
…そうです、まさにそれ。

あ~もう俺何でこんなカンタンなこと出来やんのや!と何度自分アホと思ったか。
課長には「今日からうちには新入社員が来たでヨ~」とからかわれるし。あ~いいですとも。今日は何があってもキレへんと心に誓って家出ましたから(^^)
だって目覚ましテレビでアレよ、今日の運勢あるでしょう?アレにあったのよ、『射手座:上司と衝突するかも。ラッキーアイテム:細身の上着』ってさ。だからセルタスーツ(秋冬ヴァージョンの方)引っ張り出してきて着てったさ。
正直何度かキレそうになる瞬間あったけど堪えたさ(^^)
…って俺瞬間湯沸し器みたいにしょっちゅうキレてるみたい^^んなこたありません。

はぁ明日も早起き、慣れないバス通勤だ。
暫くは自己嫌悪の毎日の繰り返しだろな。仕事を自分のモノにするまではな…。負けないように。自分に。頑張ってくれよ俺。

ささ早めに寝ようっと。

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2005年3月12日 (土)

黒船

「人間っていうのは外部からの圧力がないとなかなか動けないものなんですよ。それは企業でも同じです」 以前にある人からこう言われたことがある。
その人とは取引先のお客様の工場長。クレーム処理の用件でお邪魔したのだが、話が終わったあと雑談になり、その時に飛び出した言葉。その方が言いたかったことは、今回のクレームの真因は要はうちの会社が品質ISOを取得していない為に起こった不適合だと。それは物理的なエラーじゃなく人的エラーだと。だから品質ISOを取ってくださいね、ISOというものは外的圧力な訳ですよ、ISO取得してピリッとして下さいな…という展開。なるほど的を得ている。
その時はメーカーとして不適合品を流出してしまった申し訳なさからただただ「あぁそうですねぇ、上司に進言しときます」と頭をポリポリ。仕事上のうわべだけで話を聞いていたのだが、後になってボディブローのようにジワジワ効いてきた。冒頭の言葉が。
思い返して噛みしめてみると、仕事上のことだけではなく、非常に普遍的で示唆に富んだ、含蓄深いお言葉である。


日本人はよく外部から未経験のものが来襲してくる時、比喩的に「黒船」を多く用いる。
ISO自体も欧州で生まれた様々な分野に適合できるマネジメントシステムの国際規格なるものだ。黒船のようにかつての日本にやってきて、従来の経営のあり方というものをひっくり返した。ISOについては今回の本題ではないのでこの辺にしておく。


日常生活においても、色んな場面で未経験の事態に直面する時が多々ある。
いや、未経験の事態でなく経験済みのことでも、その時の心理状態や体調によって受け取り方が大きく変わり、受け入れることを拒否してしまうこともある。無意識に。
人間というものは、実は弱いものだ。そして一人でいる時ほど弱いものはない。自分しか見ていないからだ。だからどれだけでも誤魔化せる。サボれる(^^)

人間の真の強さはひとりになった時にわかる…なんて言葉を聞いたことがある。だが、僕はそうは思わない。そんなのウソだ。人間が一人で生きていけるはずなどない。
ただそれは「ひとり」を「一人」と読んだ場合。
「ひとり」を「独り」という読み方をした場合全く意味が変わる。「独り」の時ならば、確かに真価は問われるかな…。うん。変に納得。


人間とは、二人の時に実は一番力を出せるのだ。僕はそう思う。
勿論三人やそれ以上では力が出ないと言う意味ではない。一人でも、信じることの出来る人間がいるだけで、ギリギリの瞬間に限界を超えようと思う底力が湧く時がある。心から信じれる友達が多ければ多いほど、底力は出せるだろう、と。
だからたった一人だけそんな友達がいるだけで、人は強くなることが出来るのだ。成長の過程の中で。


一人でいる時の弱さを知っているが故に。
時として、友に対して、自分が「黒船」の役を買って出なければならない時が必ず来る。自分がその人にとっての外部からの圧力に。
心を鬼にし、その人を叩き斬る覚悟で。もちろん実際そうするのではなく、思いの上で。その人のことを大事に思い、それが裏づけとなっての行動なのだから。
こんな時代に、こんな考え方は古臭いかもしれない。
だがこんこんな時代だからこそ、こんなダサい考えを持ったバカが居てもいいと思う。

思い悩み、深く沈んでいるその人に、一時的には疎まれ、拒否されるかもしれない。誤解もあるだろう。
またその人にとって、果たして自分が心から信じて貰うに足る人間であるかどうかは分からない。
ただ、そうでありたいとひたすら願い、祈り、そのかけがえのないたった一人の人の為に、まことの時は、泣きながら走っていきたいと僕は思う。

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2005年3月10日 (木)

出会い

チャンスは掴むものと言われる。
イコール、待つものじゃない。という意味と僕は解釈している。


チャンスはなかなかやって来ないのではない。実はしょっちゅう目の前に来てる。らしい(^^)
イメージ的には胸のまん前に。ス~っと知らん顔して来るようだ。だから見てる筈なんです。チャンス君を。自分の目で(^^)
でもあっという間にピュっとどこかに行ってしまう。ん~もしかしてこれチャンスか?と躊躇している間に。一瞬の隙を突いて。あっと思う。でももう姿も見えない。だから胸の前に来たときにパッと取らないと逃してしまう。
また自分自身がそれをチャンスと気付かない場合もある。他人から見れば明らかにチャンスなのに。アンタなんで飛びつかないのさ!と言いたくなる程。
一度離れてしまったチャンスはその後はなかなかやって来ない。でも近いうちに必ずまたやって来る。でも待っててもなかなか来ない。そうこうしているうちに別のチャンスが来る。こいつもまた出し抜けにやってくるからそれがまたチャンスと気付かない。そうこうしている内にまたどっかに行っちゃう。以下繰り返し…(^^)
そんな経験。過去、自分はよくあった。後の祭りというか、後悔先に立たず…みたいなもの(ちょっと違うか^^)


ふとしたきっかけで、新しい人と知り合うことは多い。
いや、人でなくとも例えばモノであったり、本であったり。音楽でもそう。
そしてその新しい出会いから人生が大きく変わる事だってある。本や、中でも人との出会いは特に。
独身の時なら異性との出会いは大変に重要な課題だ。なに~それは既婚者でも同じ?…ま、お好きなように。ご自身の価値観で勝手にして下さい(^^)

で、自身の人生を変える程の出会いに直面したとする。それは果たして偶然か必然か?!おおにしてその時は分かんないんですよね。さっきのチャンス論と同じく。


ところが。問題は恋愛。なんですよ。
恋愛とは…。
一度相手のことを好きになってしまい、その想いが通じた後。途端に今度は嫌われることが怖くなる。だから時に自分を偽ったりしてしまう。嫌われたくないが故に。
そして相手の要求を拒めない時がくる。好かれていたいが故に、許してしまう。そんな時傷つくのは相手より弱い立場である場合の方が多い。
まるでブレーキの効かない車に乗っているようなもの。スピードが出すぎてる、降りたい…と思っても車は止まらない。最初はときめきを感じて、自由を感じて、思い切って飛び乗ったのにもかかわらず。最初に感じたときめきも自由もいつか色褪せ不自由なものに変わっていく。
そして相手のことを好きになってしまうが為に嫉妬という一番醜い感情が心の中に生まれてくる。

実は、その悩みの答えは全て入り口にあるんです。恋愛に入る時の入り口に。
答とは。それが逃避であるかないか、なのです。単純です。
恋愛というものは総じて最初は楽しいことばかりだ。喜びも沢山ある。でも実際には楽しいことばかりが続くはずもない。むしろだんだん苦しいことや悲しいことが増えてくる。
だから現実から逃避したいと思い恋愛に飛び込んだとしても、その後に起こる苦しみや悲しみは避けられない。
それは自分が変わらない限り無理な話です。自分は自分でしか変えられない。相手に変えて貰えるはずなんて絶対にない。
だから、いくら日常生活が地味で平凡であっても、恋愛のときめきに逃避してしまったら…残念ながら結果は目に見えています。
それは寝ている間に見る夢のようなものだ。だから人間は夢を見ている間はそれが現実だと思い込んでしまう…。

僕の理想とする恋愛とは。
それは相手のことを心から信じ、尊敬し抜くことだ。

…ん?いつから恋愛論になった??アカン疲れてます(-_-)
え~と、あ、出会い出会い。
出会いもチャンスも、消極的にではなく積極的に掴んでいけば、それが人生を切り開くカギとなる、ってことだと。それが僕の主観。ただそれだけです(シマッタ尻切れトンボになりそうだ^^)。


最後にひとつだけ。


サン・デグジュペリの『星の王子さま』を読まれたことは?ありますか?
キツネが王子さまにこう言うのです。
「なに、なんでもないことだよ。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目には見えないってことだよ」


実はこの本も、少年時代からずっと読みたい読みたいと思って3年程前にようやく出会えたって寸法。
この言葉を手塚先生の物語の中で読み、いつか大人になったときにきっと読もうと決めていたのです。
そうして、僕の人生に大きな影響を、与えたんだ。その出会いが。

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2005年3月 9日 (水)

環境問題を考える

職場が環境マネジメントシステム(EMS…Environment Management System)の第三者認証を受けることに昨年末重い腰を上げようやく踏み切った。
とはいえISO14001などという重いシステムではなく、僕の会社のような中小企業にはもっと負担の軽いものだ。それは『エコステージ』という。

これは3年ほど前より大手の取引先から要求があったもので、その取引先の品質部門の担当窓口をしていた僕が暗黙的且つ自動的に実質的推進責任者となった。
当初僕は推進担当になることを拒んでいた。何故ならそれは社会一般的にEMSというものは総務部門の仕事だと認識されていることに起因する。環境関連法(例えば廃棄物処理法など)の遵守等が必須項目だからだ。
その当時僕は品質保証課に所属していた。とはいえ課員は一人。要するに僕だけだ。
件のEMSには全くのお門違い。ど素人。だからいきなり任されても僕責任取れませんから。
そもそもEMSというものは経営に関わるものであり、いち部署で取り組むものじゃなく全社的なものだ。僕だって誰だって本業があるわけだし。システムを立ち上げることなど片手間で出来るものじゃない。

拒んでた理由はもう一つある。その時の上司の態度が逃げ腰に思えたことだ。
「大ちゃん、出来るやろ頼むわ」過去何度その言葉に翻弄された事か。そりゃあなた実務はネ、僕がキッチリしますから手を煩わすことはしません、でもちゃんと最後まで責任は持って下さい。上司であるならば。口が裂けても後ろ向きの言葉は吐いてくれなさんな。あ、アカン愚癡愚癡…(-_-)スミマセン。

またこういう類のものは長いスパンで見てようやく効果らしきものが顕われてくるものだ。そりゃ最初はイニシャルコストも手間もかかる。それを僕の居るいち部署からボトムアップして啓蒙を進めろって?そいつは全く違うんだって逆です、これはトップダウンしなきゃならないことなんだって…。は~空回り…。

そんな理由で取り組めば壺にハマることは判っていた。だからといって取引先の要求はどんどんエスカレートするばかり。窓口は俺。ブチ切れてほったらかしたろかと何度思ったか(^^)


ある時ビビッと来た。膠着状態の現状をなんとか動かしたいと。いや動かさなかんと。
そして遂に一念発起した。自爆玉砕覚悟で社長を動かそう。それしかない。どんな企画でも結局中間にブレーキをかける存在がある時は話が進まないのだ。だとしたらそんなブレーキなど捨ててしまえ。
環境に良いことを、会社にとって有益なことをしようとしているのだ。何を負い目に感じたり恥じたりすることがあろうか。腹をくくった。


いくら環境に良い行動だろうと、社内ではこれも実は賛否両論。
対象となる工場単位でいくら省エネ活動を進めても、今回適用範囲から除外した本社事務所では相変わらずエネルギーを湯水のように使っている。
だから本社サイドからこんな言葉も出た。「これって正直者がバカ見るだけなんとちゃうの?コストかけてこんなん導入するよりもっと経費削減出来るとこ見直したほうが手っ取り早いのと違う?」勿論その通りだ。んなこた最初から判ってる。
じゃあ今現状の廃棄物問題には誰がどう取り組むんだ?家庭から出る廃棄物の何倍もの産業廃棄物を俺らは出し続けているんだ。臭いものに蓋をする発想でここ数年誤魔化してきた結果がこの工場の敷地内に溢れたゴミの山なんとちゃうけ?ああそれは誰の責任でもないさ。それを管理するシステムが無かったことが問題だったんだ。
だからそれを今からやろうとしてるだけのことなんだ…。
めげそうになりながら。踏ん張ったさ。


要は意識の問題だ。
あらゆる問題を突き詰めていくと、最後は個々人の心の領域に踏み込まざるを得ない。
何でも根本的な問題というものは実はとっても小さいものなのだ。それをほじくり出して表に出してプチッと潰すことにより問題はいっぺんに解決の方向に向う。そんなもんだ。

社長に直訴した背景には色んな要素がある。勿論上司を無礙に扱ったわけではない。あくまでもこれは仕事だから。上手くやらなきゃ意味が無い。一人相撲をとっても自分が損を被るだけだし。
最終的に僕はこう考えた。EMSに取り組む理由をまず整理した。
①環境問題に取り組むことは間違いなく良いことだ。
②取引先に対しても会社としての清廉性をアピールするに大きな武器となる。
③背景には全世界・社会的な要求も大きくなっている。

…ならばどうしてうちの会社は取り組みを渋るのか。コスト面の問題だけだろうか?

そして気付いたのだ。
要は。
不本意ながらも引き受けた責任から僕自身が逃げていただけなのだ。
僕がやります!やらせて下さい!という姿勢を僕自身が見せれなかったことだ。上司の態度やら周囲の雑音を理由にして、要は僕がブレーキになっていただけだったのだ、と。
猛省した。だからまず上司を説得した。もう一度僕にやらせて下さい、だから協力をお願いしますと。程なくそれが社長に伝わった。そこから一気にトップダウンで話が進んで一月後コンサル契約を締結するに至った。

ここまで漕ぎ着けるのに3年近く遠回りした。でも無駄な時間ではなかったのだとも思う。
実際3年前にはISOより簡易なシステムというものは社会的に認知されていなかった。
だから、今がその時だったのではないかと振り返ってみてそう感じる。

最初は対応できる手っ取り早いところから廃棄物処理問題に取り組んだ。「ゴミのことなら大ちゃんに聞け。ゴミ大臣に(笑)」と冗談半分にからかわれたりもした。
四日市市の廃棄物処理業者のミズノの僕と同年代のM専務には大変お世話になった。色々相談に乗ってもらったり愚癡を(^^)聞いて戴いた。中でも僕を勇気付ける温かい言葉をかけて下さったことは一生忘れることはないだろう。
「山本さん、どんな会社でもゴミの問題に関してはね、冗談じゃなくゴミ大臣と言われるほど真剣に取り組む情熱を持った人がいないと解決しないものなんですよ」と。

運用を開始した工場全員の意識も最初とは違ってきているようにも感じる。
でも工場の人たちから「やり始めると面白いし気持ちいいもんだな!」なんていう言葉を聞くと本当に心からやってよかったと思う。
やらされているという意識から、誇りを持った行動へ。目には見えないが、結果として大きく意識が転換したのだ。


ジョンレノンは『イマジン』で「想像してごらん」と教えくれている。
オノヨーコは「ひとりで見る夢はただの夢です。けれど、みんなで見る夢、それは現実になります」と語る。
これはもう30年以上も前にジョンとヨーコが世界に向けて発信した考え方だ。
「イマジン」の想像力
一人一人が同じ方向性の夢とか希望を持つだけで、フワッとひとつ世界中の次元が上にあがることが出来る…2004年のジョンレノンスーパーライブに出演した宮沢和史さんは「すげぇメッセージをジョンは残してくれてたんだ」とインタビューで語っていた。


環境問題の根っこは、みんなの心の中にあるのだ。
立場や置かれている環境など何も関係ない。例えて言うなら政治家だろうとホームレスだろうと、会社員だろうと自営業だろうと公務員だろうと、大人であろうと子供であろうと、女性であろうと男性であろうと。何も関係ない。

大事なものはひとつだけ。決して忘れてはならないことがある。
自分ひとり頑張っても…などという無力感に苛まれる必要など絶対にないということだ。大丈夫なのだ。
もどかしくとも一人一人、じっくり話し込んで意識を変えていくしか手がないのだから。遠回りのようだけれどそれしかない。結果は一番の近道となる。振り返ってみた時。初めて気付く。
ただし勿論時間は限られている。だが焦る必要はない…と信じるしかない、こればかりは(^^)
何故なら焦っても何も変わらないし、だとしたら変えようと最後まで努力し抜くしかない。現状の中でもがき苦しむしかない。逃げずに。
想像することを、創造することを諦めずに。最後まで。
夢を、見るのだ。


先月末までにそこまでやり切って。そいで俺来週から新しい部署に異動になるんだもんなぁ。
やり残したことも沢山ある。何だか名残惜しいな。でも僕は僕なりに精一杯結果を残したぞ。それだけでもいいじゃん。
まあまた新天地でも自分の新しい使命を見つけて、必死こいて仕事するだけさ。
だって家族4人食ってかなきゃなんないからな~♪父ちゃん頑張るよッ(^^)

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モノマネとコピーの差

そもそも僕らは日本人だ。
だから、僕らのバンド『The SELTAEB』をビートルズ完全コピーバンドなどと旗揚げしたところで青い目をした金髪の人たちには逆立ちしたって敵わない。
と。思っていた。一時期。

だからせめて声色だけでも似せようと。最初からルックス面でハンデを負っているならば。
特にジョンの声はエッヂの利いたよく切れるナイフのような声だ。僕とは到底似ても似つかない。だから無理をした。結果思うように歌えなくなった。


僕らのバンドは、聴きに来て下さった方からよくこう言われる。「コーラスが美しい」と。
勿論僕らは練習やライブの時にその部分にも大きな力を注いでいるから、それなりにそこを大きな評価をされて非常に有り難いことと思う。トレーニングに対する正当な評価として。

だが、僕らはビートルズのコピーバンドなのだ。
あらゆる分野で世界をひっくり返すほどのパワーを持ったバンドの。
そしてその力の源となったものは…純粋なロックンロールなのだ。

ビートルズはメジャーデビューする時にブライアンエプスタインにより革ジャンからスーツに着替えさせられた。しかし中身は何も変わっていなかった。
まるで刺青の様にこっそり革ジャンを着込んでいたのだ。スーツの下に。
また例えばジョンのリッケンバッカーを肩から吊るしていた"パイソンストラップ"もそうに違いない。
当時の洗練されたスーツ姿にはおよそ似つかわしくない無骨でメタリックなものをジョンは敢えてVOXに特注したという。
「スーツなんて着ちゃいるが俺達はロックンローラーなんだぜ」なんてクールに言い放つジョンの声が聞こえてきそうだ。

しかし欲しいな…パイソンストラップ。めちゃカッコエエ。何処で手に入るんだろう。肩から吊るした時に「ジャラッ」って感じがするんだろうな。あ~欲しい。今すぐ。
(たけスンはさぁ…随分前にどっかの楽器屋で見かけたけど次行ったらもう無かったよ、と。しれ~っと言ってた。たけスンよそういう時はお願い買っといて…(T_T)


ロックンロール。 ロック。
その部分こそが、ビートルズの根底にある最もビートルズらしい部分を形成するものだと僕は思うのだ。それはビートルズの初期から後期全てを通して。
ならば其処こそがコピーの肝心なのではないか。真似ではなく、コピーするという意味の。
ダサい言い方だけどロック魂。

そうであるならば、肝心のロックの魂には触れられず表面的なコーラスを評価されることに満足しているコピーバンドなど思い上がりも甚だしく自己に酔い浮かれているだけで全くの論外だ。
クラッシックじゃあるまいし。ビートルズのライブ中に目を閉じて聴かせちゃアカンちゅうねん…。
ライブって真面目でストイックな俺達が唯一暴発できる場所だろ?暴発して、その上で演奏も高い評価を受けたいよな!そんなライブがやりたいよな!!

日本の「ビートルズ・コピー・バンド界」(んなモノがあるのか??^^)などという狭い世界の中で、一定の評価をされ続けることに固執する…そんなことなど考えてみれば小さいことだ。何が怖いというのか。
壊したい。バンドにこびり付いたこのイメージを。打ち壊したい。


声色の話に戻るけど、無理してジョンのように歌おうとしてた時は自分を見失いそうになった。物真似することにのみ意識が集中してた。
それが出来れば出来たに越した事はないが、ある人から「そんなん止めて自分が本来出しやすい声に戻したら?」と言われその通りにしてみた。結果とても楽に歌えた。自然に。
で、ライブの後に「戻してみたけどどうだった?」と聞いたら「うん。今日はビートルズだった」と。
これはどういうことだろう。


やっぱり物真似とコピーは違うのだ。

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2005年3月 6日 (日)

戦友

出先に電話がかかってくる。
僕が出かけてから三時間。格闘に格闘を重ねたがもう踏ん張りが効かないと。
限界に来たと。


うちは恵まれたことに双子の娘がいる。平成15年10月8日生まれ。
誕生日だけで言うと、ジョンレノンの誕生日10/9の一日前だ。
だから勝手にこじつけた。うちの子はジョンの一歩前をいく人材なんだと。
ええバカ親と呼んで下さいな。それは自他共に認めてますから。

自分の子だから可愛いのは当たり前だ。
だが体調や気分の良し悪しのようなこちらの状態に関わらず、子供というのは正直だ。真っ直ぐ。我慢することを知らない。本音しか言わない。
そんな子供に対して、僕等夫婦はどう対応していくのが最善なのだろう。


あっという間に時間は過ぎ去っていく。
あっという間に子供は成長していく。
あっという間に、自分も歳をとってくのだ。

よく子供は親の背中を見て育つ、といわれる。
それは、親の行動や言動、総合的な振る舞いを通して、自分のありのままのその姿を子供に見せていく…ということなのだと僕は理解している。

あっという間に時間が過ぎ去っていくと感じる時こそ、実は充実しているからに他ならないのかも知れない。
しかし現実のところは、気持ち的にも一杯一杯で、したいことも出来ず、色んな犠牲を自分に強いて、何とかギリギリのところで子育てしている姿が実情かも知れない。
でもそんな状態だからこそ、そんな中で自分の姿を子供にどう見せつけていくか。
ひいては本当の意味で、どう家族を守っていくのか。
いくら幼児とはいえ24時間見ていられるわけではない。
母として、父として。子供達が大きく立派に成長し巣立っていくまでどう家族を守りあっていくのか。

生活とは戦いだ。
どんな場面においても。

ならば戦いの場において、ギリギリの局面に立たされた時。断じて守りに入ってはならぬと僕は固く心に誓っている。特に父親の場合。ひいては男の場合。
それはどんな状況にあれ、だ。それは勿論家庭においても職場やその他の状況においても。今がギリギリの時と感じる瞬間。
これから始まろうとしている物事を、決定付ける最大のカギはその瞬間の自分の心のありようだからだ。
守勢に回れば敗北に通ずる。攻めるのだ。攻撃は最大の防御とは古来からの御金言だ。

いや、でも現実は格闘してるだけで勝利感は無いわ…。妻。
「ご飯作る気さえ失せた…もう何もしたくないの」…出先にかかってきた電話の内容はこうだった。
一秒でも早く帰りたいと思う。そこにジレンマが生ずる。
でも僕は今現在、外で戦っているのだ。優先順位は…ん~やっぱり家族が上だ!!それが俺の原点だ!
すぐ帰るから。少なくとも帰りたいと思っているから。でもこっちもいま決着つけなければならないんだ…。

帰宅すると其処は戦の後。イメージ的に枯れ草一本残っていない様な雰囲気。
圧倒的に父親より、母親の方が子供と一緒にいる時間は長いのだ。
詰まる可能性も明らかに大きい。いま父として、夫として何をすべきか…。
今の妻の気持ちを楽にさせてあげる為に、僕はいま何を言うべきか。


よく妻と深夜に話す。子供達が寝静まった後に。チューハイ飲みながら。


そしてそんな時。ふと思う。

妻とは。
実は最大そして最高の『戦友』なのだと。
人生という名の長い長い戦いの。

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2005年3月 5日 (土)

東京ビートルズ

何故かいつも。忘れた頃に思い出す。


先日、ドラムをヘルプで頼んでライブをこなした。
今のところドラマーが抜けてからバンドは実質的に活動停止状態だ。
そんな中でも何とかライブに漕ぎ着けた。

音合わせの前に、ミーティングを行なった。
ヘルプの方は僕らよりちょっと年上で、だからビートルズに関しては勿論、70年代辺りの音に含蓄が深そうだった。
でも念のため前もって演奏予定のビートルズの音源をコピーして欲しいとの事だったので、何枚ものビートルズのオリジナルCDを取替えひっかえしながらメニュー通りにCD-Rを焼く準備をしていた時にそれは突如姿を現した。ようやく忘れかけていたところに。

tokyobeatles


『meet the 東京ビートルズ』 by 東京ビートルズ
ビクターエンターテイメントから発売されている。


僕らのバンドがまだメンバーチェンジする前。
ドラムの子とギターの子と一緒に名古屋まで買い物に行った。その時にフラッと立ち寄った中古レコード屋で何の前触れも無く見つけた。
未開封の新品(定価\1,200)であったにもかかわらずそれには\780の値札が付いていた。お店の人も処分に困っているように思えた。
直感でこれはキレてる と本能的に感じた。
怖いもの見たさのような気持ちも正直あり、迷わず購入した。

帰りの車の中でかけてみた。
運転する僕を含め、ひっくり返るほど笑い転げた。音楽を聴いて腹がよじれるほど笑ったのは初めての経験だった。
ドラムの子なんか「もう堪忍してぇ」と涙を流していた。
大真面目なだけに、これこそまさに純粋なアナーキーだ。ある意味、紛れも無い本物だ。
変なポーズで楽器を抱え、格好つけるように撮られた写真を見ると空しさにも似た本当に哀しい気持ちになってくる。


勿論賛否は両論ある。圧倒的に賛が少数派ではあるが。
(僕はこれほどのレビューを書く自信が無いのでこれ以上彼らに対する突っ込んだコメントは控えさせて戴きます。以下、勝手にリンク)

日本でもっともスカシたBeatles Bootlegger
世界に誇る永遠の「雑音」
「忘却の和訳ロックへのレクイエム」

更にCDのライナーノーツで大瀧詠一・高田文夫・野村義男による熱くも哀しいコメントを読むにつけ、音楽性以外でのあまりに際立ったそのスタイルから滲み出るフェロモンのようなものにこのバンドの潔さを感じざるを得ない。
しかし白タイツを身に纏った当のご本人達は、その当時実は何も考えてなかったとの確信すらある。
高田文夫氏は、築地の松竹セントラル(映画館)で生の東京ビートルズに遭遇したそうだ。


話を戻すと…思わずドラムヘルプの方に、間違えたことにしてこの音源をコピーしたいとの衝動にも似た誘惑に駆られたことは言うまでも無い。
しかしシャレにならないことは確実だったので何とか思い止まった(笑)


忘れかけた頃にこうしてまた思い出したのだけど、今の時点ではまだ聴き返して思い出に耽るほどココロの準備が出来ていない。
…次の素敵な機会が訪れるまで持ち越しすることにしようっと。

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2005年3月 4日 (金)

タックとマイケル

この二人の名前を聞いてピンと来た人はかなりのギターマニア。
知る人ぞ知る超絶(死語?)ギタリストの巨人、Tuck AndressとMichael Hedges。

お二人の名前をウェブで検索をかけてみると必ず一緒に現れる日本人の名前がある。押尾コータローさん。
押尾氏の音を初めて聴いた瞬間思った、ああこの人はこのお二方のフォロワーに違いないと。特にマイケルヘッジス色が濃く出てる。
全然関係ないけど押尾氏はちなみに僕と同い年(^^)だから感性も近いのかも?ホントに関係ないな…いやある。
だって同学年なんだもん。なんか変なの多いのねこの昭和42年組の未年の学年。ま、押尾君のことは今回の本題ではないので又の機会に…彼申年だし(笑)


話を戻して件のタック・アンドレスとマイケル・ヘッジス(以下めんどくさいので敬意を込めてタックとマイケル)。
共に同時代の世界最高峰のソロギタリストだ。
ギターへのアプローチの仕方は違うけど好敵手のような関係だったのではないかと思う。
メジャーデビューする前に同じパブで日替わりでステージを持ってたこともあるそうな。もしかして幼馴染だったりして。休日に一緒にお茶を飲むくらいはしてたんじゃないかな…そんなお二人の姿を想像するだけで顔がほころんで来ます。

タックは1952年米国オクラホマ生まれ。ジャズをベースに奥さんのパトリシア・キャスカートさんとのおしどりデュオ「タック&パティ」で最近も何度も来日されている。
片やマイケルは1953年これまたオクラホマ生まれ。殆ど同い年なんですね。よく聞くパターンだけどクラッシックの洗礼を受けながらもロックに目覚め…という感じ。残念ながら…1997年に交通事故で他界されてしまっています。
マイケルのライブはもう叶わないとして、タックの音を生で聴く機会に未だに恵まれてない。


15年位前、ギターマガジン誌上で二人が紹介されている記事を読んだ。
それ以来居ても立ってもいられなくなり、ひたすら音源を探し回った。
その当時の僕はインターネットはおろかパソコンなどとは全く縁のない生活環境にあったため、入手するまでに紆余曲折あったが何とか手に入れた。
タワーレコードとか行けば見つかったんだろうけど、だって当時名古屋近辺には無かったんだもの。
ドキドキしながら再生ボタンを押したあの瞬間が懐かしい。

期待は見事に裏切られなかった。むしろ期待を遥かに超える世界がそこに在った。この二人は神に近いと思った。冗談じゃなく。
特にタックのものは一人で演奏しているとは到底信じられない音。だけど紛れも無く現実に演奏されている。絶対オーバーダビングしてると思った。不可能だと。
またマイケルのアルバムはソロライブ録音だ。恐らくは神々しい程、一人でステージに立つその姿を想像し、ただ信じるしかない。
(但しタックのものは一部オーバーダブあり)


M.H_DoublePlanetマイケルのライブアルバム『LIVE ON THE DOUBLE PLANET (1987)』ではマーチンD-28をひっさげビートルズのCome Togetherをカバーしている。ギター1本で^^ その手腕はかなり強引だ。だってオーディエンス参加型なんだもの。…どこに参加しているか、って聴けばわかる^^なるほど上手いなとニンマリ。
(あとプリンスのカバーはこんなこと言っちゃ申し訳ないけどかなり笑えるヨ)
オリジナルもかなり変わった曲で、何かこう難解(「Ready or Not」など)。でも面白い。聴いたこと無い感じ。
ギタリストとして名を馳せているが、歌うこともきっと大好きなんだと思う。事実そこそこ(失礼かな)唄、上手い。

t.A_Reckless Precisionタックのソロ作品『Reckless Precision (1990)』もぶっ飛びます。カバー中心の選曲。基本的にスタジオ一発録り。
タック独特の手法でフルアコ(ギブソンL-5)の魅力を限界まで引き出した(エレクトロニクスの分野にも精通しているみたい)メロウ且つシャープな弦の音にまず感動。そして聴き進めるにつれ知らないうちに口が開いてます。
収録されている「虹の彼方に」を当時何とかコピーしようと挑み、イイ線まで行ったんだけど(自己評価ね)敢え無く中断し今に至ります。
とにかく文句なしにカッコイイ。永遠に色褪せないサウンド。
共にウィンダムヒル・レーベルから出されています。

色が全く違うお二人なんだけど、これほどの天才が同時期に同郷に出現するのって、後から見るとそれが歴史の妙なんだろうな。かつてリヴァプールでジョンとポールが出会った様に。


実を言うと僕は、お二人の経歴や生い立ちに至ることなど詳しいことは殆ど知らない。だから偉そうにここで薀蓄をたれるなど傲慢極まりないことなのかもとも思う。
でもさ考えてみるとそれは誰においてだって同じだと思う。例えば極端な話一緒に暮らしてる夫婦や家族だってもしかしたら本当に理解し合ってるとは限らない場合だってある(なんもうちがそうだってことじゃない…と思う)。
ならば可能な限り興味のあるその人の断片的な情報を集めたとしても、それでその人を真に理解出来ていることになるのかというと甚だ疑問だ。
大体自分のことですら近しい他人に充分に理解されているとはなかなか思えない。よっぽど腹割って話した友達じゃない限りね。

音楽だったら本質はその音を聴いて自分がどう感じるか。感じたものを自分の人生にどう刻み込んでいくか。それが一番大切なことなのだと思う。後は枝葉だ。幹じゃない。


お二人の作品にもし興味があるなら是非御一聴を。
更にもし押尾ファンなら尚更。彼のルーツがここにあることをきっと確信することでしょう。

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2005年3月 2日 (水)

温故知新

jaket_l先月久しぶりにCDを買いに行った。奥さんと意見が完全に一致し(^^)これは買わないかんと。そういうことが稀にある。
『グッデイズ ロックンロール50』


公式には(ブートを含まず)ビートルズ最古の音源の元歌であるバディホリーの「ザットルビーザデイ」、チャックベリーの「ジョニーBグッド」「ロールオーヴァーベートーベン」、そしてエルヴィスの「ハウンドドッグ」、ポールのヴォーカルに多大な影響を与えたリトルリチャードの「のっぽのサリー」等等。
ビートルズがテディボーイだった頃に心酔した曲の数々をフィーチャリングした最高のベスト盤だ。
音もとても50年前の音源とは思えないほどクリアで、歌や演奏はもちろん最高。紛れもない本物のロックンロールがここにギッシリと詰まっている。


音楽でも絵画でも何でも、すべからく芸術というものは本物に触れなければその価値は解らない。
本物からしか伝わらない何かが間違いなく存在するからだ。
最近あまり行けてないが、前はよく吸い寄せられるように美術館へ絵画を観に行った。
別に特に絵心があるわけではない。ただ惹かれるのだ、本物を観たいと。
その確信は間違ってた験しがない。大昔の絵だろうが何だろうが、作者の…なんというか感情まで確実に僕に伝わってきた。
それは一体何なのだろう?きっと物理的には説明がつかないものなのだ。
なぜならそれは心で感じるものだからに違いない。


温故知新。
念のため辞書を引いてみた。「古いことを調べて新しい考えを得ること」。文字通りその通り(^^)

そこであんだんての愛すべきマスター。僕らのバンドがまだ駆け出しだった頃、お店でライブをさせて頂く時。
よく手書きの(^^)ポスターを一生懸命作って下さった。お世辞にも上手いとはいえない字で。でもあったかいポスターだった。
ある時僕らのバンド名の横に「温古知新」と書いてあった。完全な誤字なんだが、その時は誰も突っ込まなかった。妙にしっくり来てたからだ。もしや僕以外誰も気づいてなかったか?まあそんなこと今はどうでもいい。
そしてマスターのひと言。「古きを温め新しきを知る、だろ?お前らは」シビレた。
もちろんマスターが大のオールディーズ、なかんずくビートルズ好きだということは知っていた。
その当時僕らのバンドはまだ荒削りで、ライブだって一杯一杯の中何とかこなしてた状況だった。そんな状態ではあったが僕らのバンドに少なくともビートルズの匂いを少しでも感じて下さってるんだ、と思った。有り難かった。
いつか、バンド以外の形態でユニットみたいなものを組む時があったとしたら、僕は間違いなくこれをユニット名に推すだろう。無論、古の方で^^


僕らは、今は存在していないビートルズというバンドを追求する為に活動を続けている。
あろう事か畏れ多くも、完全コピーバンドと銘打っている。
ビートルズという紛れもない本物を、追いかけて、追いかけて。そして途方に暮れたりもする。


古いものには違いない。
しかし、そこには新しい何かが常に光っているのだ。

だが今は、完全なメンバーが揃っていない。
僕個人的な気持ちでは、充電の時期と捉えている。
いつかきっと、僕らの歌や演奏を聴いて下さった方が心でビートルズを感じることの出来るバンドを、復活させる時のために。

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マウス

本当は書きたい事が他にもあるんだけど。今の僕にあまりにインパクトが強かったので。


うちのパソコン君のマウスとキーボードはワイヤレスだ。
僕はコードがごちゃごちゃしてるのはとっても気に食わないタイプなのでこれは非常にありがたい。
しかしそれは大人だけの理論だ。幼児には通用しない。全く。

うちの双子はもうじき一歳五ヶ月になる。早いもので最近会話が成り立つようになって来た。もぅメチャカワイイんですの。メロメロです。自他共に認める親バカならぬバカ親だ。
可愛いんだけど、何でも口に入れる。僕のケータイなど特に大好物だ。いつも液晶画面がドボドボだ。そして無言電話をあちこちリダイヤルする。おまけに振り回す。ガンガンやる。お陰で折りたたみのところがヤバくなってきた。このまま行ったらきっと最短寿命を更新するだろう。


でマウス。いつも行方不明になる。ワイヤレスだから。
今さっきパソコン立ち上げて、さぁと思ったらマウスが無い。実に10分以上部屋の中を探し回った。
チビはとっくの昔にみんな夢の中だ。起きてたとしてどこ隠したのって聞いても答えが返ってくる可能性は無い。あったとしても意味不明だ。
仕方ないから探したわさ。だって書き込みしたいもの。「くっそ~どこやった…」ブツブツ。


想像出来ない場所に大抵ある。
ある時は階段の踊り場。ある時は玄関の下駄箱の下。
そして今回は。・・・ゴミ箱の中に放り込んであった(笑)
ママが生ゴミをポイするのをジッと観察しているのだろう。そっくりそのまま真似した訳だ。我が娘ながら天晴れという他ない。
どっちの仕業だ?花音か?里音か?はたまた共同作業か?
明日お仕置きしてあげよう。…出来ないくせに。


このブログを立ち上げて・・・思うんだ。

わけの分からない情熱は、今のところ止め処もなく溢れてくる。
いつまで続くか分からない。すぐ枯れてしまうのかも知れない。
一過性のものかも知れない。今の自分では何も分からない。

でも自分の気持ちに正直になること。
実はこれが一番大切なものなのだと最近気付いた。

ある日突然書けなくなるのだろうと思う。それでもいい。
それが自分のありのままの気持ちなのであれば。

人が何と思うか、何と言うか、そんなのは全く関係ない。
僕は僕だ。自分で納得できればそれで良い。

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2005年3月 1日 (火)

朝に勝つために相互リンクを考える

僕の場合特にそうだ。誰でも同じなのかも知れない。
例えばこうだ。朝。どうにも気分が優れない。そんな日は大抵そんな一日で終わる。殆んどが朝で決まる。
考えてみれば長い人生も一日一日の積み重ねだ。ならばそんな一日を大枠決定する朝とは、言い換えれば人生をも決定する。大袈裟だろうか?いやそうではない。

さわやかな朝を迎える為に。今何をすべきか考えること。それは見落としがちだがムチャクチャ大事なことの筈だ。
その答えはさわやかに眠りに入ることだ。人間とはいえ眠っている間は電源が切れているのと同じだ。そうでなければ眠りではない。
さわやかに眠りに入るために…じゃあどうするのか。

自分の周りの環境。家庭やプライベート。仕事や利害関係者との人間関係。気のおけない仲間と居る時。
中心にいるのは全部自分だ。そう感じられない時はどこか何がしかズレている時だ。
プライベートな時間を過ごす時の自分。職場に居る時の自分。仲間とバカ話する時の自分。
そのギャップが大きい程疲れるものは無い。そう感じない時は大事な部分が麻痺しているのだ。少なくともそれは自然体とは程遠い。

一時期それで大いに悩んだ。結果鬱状態になった。しかしそれは意味のあることだと後になって気付いた。その時は苦しかった。どこにいても何をしてても苦しかった。誰とも会えなくなった。
体験したからこそ理解できることもある。いや、真の意味では体験なくして理解出来ることなど無いのかも知れない。
誰しもそんな状態になる可能性があることも分かった。そんな時立ち直れたのは一人の友達の存在のお陰だった。
そして、自分を中心としたあらゆる環境や事象が密接に関わりあっていることにも本当の意味で気付いた。
立ち直った時、全てが好転を始めた。

全て自分を中心とした相互リンクが張られている。自分の周りの全ての環境が。
目には見えなくとも実は繋がっているのだ。
大切さという視点で見ると全て横一列だ。だから例えば家庭を犠牲にした仕事や、仕事を犠牲にした家庭創りというものは本来不自然なのだ。
それは人間として当たり前のことだ。その不自然さを色々理由をつけて誤魔化してしまった時に実は崩壊が始まっているのだ。ココロの。

それは全部自分との戦いだ。しかしそれは誰もが認める聖人君子になることなどとは全く違う。
それは今の自分との戦いだ。他人との比較ではない。自分自身に対して責任を取れるかどうかだ。
今生きていることに感謝し、正直に、一生懸命に生きられるかどうかだ。


だから朝に、今日一日自分と勝負することを誓うことは何よりも大切なことだ。そして誓いを果たすのだ。
それが人生の勝利に必ず直結しているからだ。全てを好転させる唯一の秘訣だ。
1s

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