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2005年4月

2005年4月27日 (水)

ジョンとジョージに捧ぐ

上田正樹さんの話を聞く機会があった。
二月ほど前のこと。

日本の、いやアジアを代表するブルース&ソウルシンガー。ベタな振りですが『悲しい色やね』が有名。
生い立ちから、今の活動に至るまで、上田さんの半生を事細かく詳細に且つ軽妙な関西弁で(^^)語って下さった。

話の途中、思わず吹き出してしまった箇所。
外国に行く機会が多いから、当然外国の友達も増える。
上田さんも英語は堪能なんだけど、友達の方も一生懸命日本語を勉強して、日本語での会話を希望されることも多いと。
で、ある友達が「どうしてもわからないことがあるのです。それは色のことなのです」と上田さんに質問を。
「なに?どんな色のことなの…?(悲しい色のことか?)」
「はい。日本の家の屋根はそんなに悲しい色なのですか?」
…あちゃ、すべった^^;やっぱ関西弁で聞かなきゃダメか~難しいな~^^


上田さんが音楽の道を歩み始めたきっかけというものも話して下さった。
それは、高校生の時。
学校をサボってアニマルズのコンサートに出かけ、初めて行ったコンサートで心細かったのにも関わらず、気がついたら最前列に来ていた。
熱狂する観衆がステージ際に押し寄せる中、上田さんもその坩堝に揉まれていた。
そして…ヴォーカルの人がステージの際まで歩み寄ってきて、他の誰でもなく、ただ一人、高校生の上田さんの手をとったのだと。
その瞬間に文字通り全身に電流が走り「俺の道はこれだ」とその瞬間に確信したのだと。


講演会場にはグランドピアノが備え付けられていた。
(せっかくあるんだからそれで歌ってくれたら最高なのにな)と思っていた願いが通じたかどうかはさておき^^…歌ってくれました。
しかも3曲も!タダで!!なんてラッキーな(^o^)

まずは有名な前述の『悲しい色やね』。そして話の途中に何度も出てきたビートルズを!なかんずくジョンの歌を!歌ってくれたのです。ピアノ弾き語りで!勿論生です。
ビートルズの『ヘルプ』そしてジョンのソロ『イマジン』。

上田さんの『ヘルプ』は凄い。
前に一度テレビで聴いたことがあります。そっくりそのまま演ってくれました。
コード進行なんか全く違うの。うっかりするとヘルプに聴こえない^^;


上田さんの声は本当に個性に満ち溢れている。
どんな歌を歌っても、全て自分のものにしてしまう。

上田さんはやっぱり世界にいる人であり、プロの中のプロだ。
ご自身が今実現しようとしている一番近い夢を語って下さった。
その夢とは。「アジアからグラミーを獲るアーティストを創出する」ことだと。そしてそれは近い将来必ず実現すると。もの凄い才能を持った若いアーティストがこのアジアには沢山いるんだって。


その後、『イマジン』。
ブルージィに響き渡るピアノのイントロ。途中、英語で何か囁く様にして歌に入っていった。
歌の歌詞は勿論解る。だが僕は英語が喋れない。イコール、ヒアリングが出来ない。
残念なことに、間奏の時に上田さんが囁く英語の言葉が聞き取れない。だから本当の意味が解らない。

だけど、一箇所だけハッキリ聴こえた部分がある。英語そのものは解らないのだけれど、それは心に響いてきたのだ。
それはイマジンのエンディング。
上田さんは、間違いなくこう言ったのだ。
「この歌を、天国にいるジョンそしてジョージに捧げます。それが僕のハートです」と。
僕は不覚にも涙が頬を伝わり落ちてしまった。

そして心から思ったのだ。
音楽に一番大切なものとは、いや、音楽に限らず人に何かを伝えようとする時に一番大切なものとは。
それはハートなのだ。
言葉にするのは容易い。
でも、それを本当に行いたい時、その人が燃やし続けている情熱の温度がそれを決めるのだ。


講演が終わったあと、サイン会となった。
上田さんの書かれた本、『Believe』を買えば即それにサインをしてくれると^^
やっぱりタダじゃなかった^^
でもいいや。だって感激したんだもん。
そいで長蛇の列に並んださ。
順番待ちをしている時、係の人が紙と鉛筆を持ってきた。「上田さんがすぐサインできるように、ここにお名前を書いて下さい」

受け取って、暫く考えた。で書いちゃった。
「三重県のジョン・レノン 山本大介」(^^)
我ながら何と図々しい(^^)

ドキドキしながら順番待ちした。前の人たちは一人づつ名前入りのサインを貰い、はしゃいでいた。そのへんは上田さんもプロ。営業スマイル(^^)
そして…遂に僕の番になった。
紙をそっと手渡す。受け取った上田さんは一瞬固まり、そして顔を上げた。
「お!三重県のジョンレノンか!」
僕はぶっちゃけ泣きそうになりました。恥ずかしさと、何より上田さんのその声のあまりの大きさに。

もぅこうなったらなるようになれだ。「はい!そうです!今度イマジンピアノで歌います!」
大いに上田さんは喜んでくれたようだった。
「そうか、頑張れよ。うん?君、何処となく俺に似てるな~きっと歳とったら俺みたいになるぞ」
完全に涙目になった僕を上田さんは優しく見つめ、そして…あろうことか僕の肩を抱いてくれたのだ。
紛れもなく、それは上田さんが高校生の時に感じたあの出来事を、今度は上田さんご自身が体現しようとしているのだとその瞬間に僕は理解した。

そう、僕にも間違いなく電流が流れたのだ。


僕は、力も何も無いけれど、一歩でも上田さんに近づきたい。
せめて、ビートルズに対する想いだけでも。

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ウェルカムバック

ツバメが帰ってきた(^^) 二年ぶりに。
以前ここを巣立って行ったヤツかな?確かめる術はないけどね(^^)
前に巣立って行った後も巣はそのまま残しておいた。いつか帰ってくると思ってたからだ。


ツバメは人の出入りが多いところによく営巣する。らしい(^^) 外敵から雛を守る為だろう。人の出入りが多ければ多い程、猫とかカラスから襲われる可能性が低くなるというわけだ。
だから駅の入り口なんかにもよくツバメの巣を見かける。人間的には間違っても落ち着かない場所なんだけどなぁ^^
家の団地は結構密集してきているが、それでも夜しか帰ってこないようなところには巣くわないようだ。ツバメなりによく見てるものだ。


二年前。
ツバメ夫妻はつがいで我が家にやって来た。
その当時うちは結構人の出入りが多かった。殆ど毎日家族以外の誰かが出入りしてた。千客万来ってやつ。
夫妻はやって来るなり一生懸命巣をこしらえようとしてた。家の玄関の梁の裏に。脇目も振らず。せっせせっせと。
その姿は健気で、見ていて涙ぐむくらい必死だった。

毎朝仕事に出かける前に新居の新築工事の進捗状況を確認し(その時点では彼等はもう既に働きに出ている^^)、「お、だいぶはかどったな~」と感心。そして帰宅するなりすぐに梁の下から見上げると奥さん(多分^^)がしっかりと巣を守っている。
覗き込むように僕を見下ろすクリクリ眼。あ~カワユイ(*^^*)
「お、今日も頑張ったな。随分進んだやん。ところで父ちゃんは何処行った?」聞いても奥さんはじっとこっちを見てるだけ。
でも毎晩ホントに父ちゃん何処ほっつき歩いてるんだろ?でももしや今巣を守ってるのは奥さんじゃなく旦那さんだったりして(^^)それは知る由もないけどな。

すっかり巣が出来上がると程なく卵が産まれたようだ。
休みの日など小まめに観察していると、四六時中奥さん(これは奥さんに間違いないと思う)が卵を温めている。僕に対してもかなりの警戒振りだ。居候のくせに(^^)
相変わらず旦那は帰ってこない。何処で寝てるんだ?よく分からんな、ツバメの夫婦生活ってやつは^^


ある日、帰宅すると聞きなれない音を耳にする。瞬時にそれが雛の鳴き声だと確信。待望の雛の誕生だ。
ピーピー…じゃないな、キーキーでもない。ピヨピヨ?ヒヨコじゃないんだから^^
チーチー。うん。そうだ。チーチーだ(*^^*)あ~巣覗きたい。
でも奥さんは一層警戒心が強くなったみたい。完全に僕を外敵扱い。そんな無礙にしないでも(T_T) 仮にも家主なんだからさ。

泣き声から察するに巣の中には最低でも5羽はいる様だった。max.7羽と踏んだ。巣の中はかなりの密度だ。
日増しに力強くなってくる雛の鳴き声。思わず成長日記を書こうと思ったほど。ワクワクしてきた。
いつの間にか旦那も巣に常駐するようになった。さすが父ちゃん。やる時ゃやるやん(^^)


餌をねだる雛の勢いたるやまさに弱肉強食。
ずっと眺めていると確率的にやっぱり少しでも体の大きい子、イケイケで前に出てくる子、そういった雛が優先的に餌を口に出来るようだ。
変わりばんこでヒィヒィ言い乍ら餌を運んでくる夫妻もかなり忙しい。巣に戻ってきては一番アピールしている雛の口にパクッと入れてすぐまた次の餌を探しに行っちゃう。
だから自然と淘汰される。体のちっちゃいやつは。可哀想だけどどうすることも出来ない。応援するくらいしか。

そうこうするうちにすっかり体格に差が出来ちゃって、大きいやつと小さいやつの差は2割くらい開いちゃったように見える。
雛の数は読み通り7羽だったことも判明した。
中でも一番ちっちゃいやつをチビと名付けた。


ある朝。
玄関を開けると、地面に何か落ちていた。
チビだった。
チビはいつまでたっても体が小さいから、兄貴達に邪魔者扱いされて蹴り出されちゃったようだ。一匹でも減った方が自分の食いぶちが増えるって寸法か…げに厳しき生物界。

チビは一瞬死んでるように見えた(T_T) 顔を近づけてよく見るとピクピク動いている。良かった。生きてるぞ。
掌に拾い上げて翼や脚の骨が折れていないかどうか確認。大丈夫そうだ。
脚立を出してきて、巣に戻してあげようとした。威嚇する兄貴達。
おい、兄弟だろ?それはないじゃんよ。…いいかお前ら。帰ってきてチビがおらんかったらどうなるか分っとるやろな。もう虐めたらイカンぞ!
そして帰宅後。僕を見下ろすクリクリ眼の顔が7つ。
あ~もうお前ら愛してるよ(*^^*)


みんなすっかり成長し、体の大きい順に一羽ずつ飛行訓練に入るまでになった。
兄貴達がすっかり一人前に飛び立った頃、ようやくチビは羽ばたきの練習を始める段階に入った。
良かった…地面に落ちた後遺症は何もなかったみたいだ。
そして、兄貴達が父親の後をついて餌の取り方を教わっている時に、チビはようやく巣の周りを飛べるようになった。


両親はいつの間にかどこかに消えていた。
一羽、一羽と巣を離れていった。
厳しいけれど、みんな同じようにそうやって生きる術を試行錯誤しながら学んでいくんだな。
こんなに人間の近くに居るのに、紛れもない野生が、そこに存在してた。


最後に残ったのは、やっぱりチビだった。

チビが巣立つ時。
僕はその時に偶然にも立ち会うことが出来た。


一羽だけになった巣を飛び立って、そして。
家の上空をチビは2回、周ってくれたのだ。
僕の気のせいかもしれないが、「ありがとう」と心に聞こえてきた気がした。

そして、その時から。
彼らの巣は空いているままであった。


あの時のチビが。
可愛い奥さんを連れて、戻ってきてくれたとしたのならばどれ程嬉しいことだろう。
本当に、そう思う。

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2005年4月23日 (土)

話題に注意

子供が色んな言葉を発するようになってきた(^^)

チビたちが言葉らしい言葉を発した一番最初の言葉は「だいちゃん」(笑)
ママが僕のことをいつもそう呼ぶから、赤ん坊なりに(ああこの人はだいちゃんというのか)と思ったかどうかはさておき(^^)
一度口にしてしまったら脳内のシナプスが形成されるのかどうかは知らないけど(^^)それから何かある度に誰の顔を見ても「だいちゃん。だいちゃーん」と口にするように(^^)
最近ではボキャブラリーもかなり増えたが、やはりなんといっても「だいちゃん」が使用ランキングのトップに君臨。
更に発音やニュアンスを変えて様々な応用形に発展もしている。活用形としてはどうやら『ヘルプ』や『プリーズ』の意味合いが多いらしい。
例えば…
何かを取って欲しい時:「だいちゃん」
二階に連れて行って欲しい時:「だいちゃーん」
凄いものを見つけた時:「だちゃん!」
…一緒か(^^)
でも違うのよ?そう僕には分るの!


今日、仕事中に一本の電話をとった。
大阪支店の長年勤めた女性の同僚から。
今日で最後になります…お別れのご挨拶。

勤務地が違うから、何年かに一回位しか顔を合わせない。いつも電話の声だけ。
彼女は営業事務、僕は前は品質保証課。
特定のお客さんの事でクレーム処理の連絡を仲介してもらうなど仕事上の接点は結構多かった。

でも仕事の話以外殆どしたことがないから、困ったことにいざお別れのご挨拶といってもさして話すこともお互いない(^^)
当然、途切れ途切れの会話となる。しかも仕事中だ。ボソボソとしか話せない。


電話で話している時、無言の時間ほど心苦しいものはない。
仕事や事務的な会話なら、用件だけ伝え合ってさっさと切り上げればよいが、いかんせんプライベートのことが絡むとそうもいかない。ことが多い。
顔が見えないだけに、電話は、苦手だ^^;


で、大阪支店の彼女。
共通の話題を探している時に、彼女の方から子供の話題を振ってくれた。
あ~そうそうよくぞ振ってくれましたとばかり前述のことを話し(^^)
仕事中なのにも関わらず15分程(^^)


子育ては面白い。
自分の時間など無いに等しいけれど、それを差し引いても余りあるほどの喜びと楽しみを与えてくれる。
子供は可愛い。…特にうちの子は(*^^*)
自分の子が生まれてから、たとえばデパートに買い物に行ってもつい他の家の子を見ちゃう。
よくよく見て確認。「あ~やっぱりうちの子が勝ってる」(笑)

花音・里音、って、将来タレントにすぐなれそうやん(^^)茉奈・佳奈みたいな(笑)
あ、そうそう知ってた?茉奈・佳奈ちゃん達ってうちの子と同じく二卵性なんだって。瓜二つなのにね。
うちのは全くキャラも顔も違うからすぐ区別つくけどね(*^^*)

でもそのうち「お父さん臭~い」とか「あっち行って」とか言われる時がくるんだろうなあ(T_T)
ああ何と哀しき世の父親よ。
まいいさ。それまでた~んと楽しませて貰っちゃうから!(笑)

でもねこれでも奥さんにも結構協力してるんですよ?嫁はまだまだと認めてくれませんが。
生まれたての頃からずっとウンチまみれの手になりながらオムツ替えたり、真冬でものぼせそうになりながら二人お風呂に入れたり。あ、ちなみに双子のお風呂は殆どバケツリレーです(笑)大人二人いないと絶対不可能(^^)


んー。何が言いたいんだろう。
まとめると要は。
うちの子が世界で一番カワユイってこと(*^^*)なんじゃそれ^^


僕に子供の話題を振るときは気をつけてね(笑)

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2005年4月21日 (木)

海賊盤考

15年位前のこと。

仕事帰りに栄のセントラルパーク地下街の新星堂にはしょっちゅう顔を出していた。
それには大きな理由があった。お店の一番奥まった所にお目当てのものが常に陳列してあったからだ。
お目当てのものとは…
ビートルズの海賊盤(^^)

例えば、コレ(^^)↓
urtusm

言葉の定義を念の為辞書で引いてみた。

海賊盤
海賊版のうち、特にレコード・ CD ・テープ・ビデオなど音楽にかかわるもの。ブートレッグ。

…うん。それは分かってるよ(^^)
でも…なんで海賊なん??海賊ときたらカリブの海賊がすぐ浮かぶがね。うん、アレ何回見ても飽きないな(^^)レストランの雰囲気も好きだ(^^)

まいいや。で海賊盤です。特にビートルズの。
ライブ録音のものは除きます。スタジオ版です。
その当時は当然、アンソロジーなど存在していませんでした。
一般的に手に入れられるものとしては正規盤のEMIのオフィシャルのみ。


関係ないけど僕はCDプレーヤーを導入するのが世間と比べて非常に遅かったんです。
新しモン好きの割にはちょっと偏屈で。もうちょっと待ったら安くなるだろうなるだろうと思いつつ。
当時の新譜はCDとLPが併せて発売されてましたから。CDプレーヤーなど無くても充分新譜を満喫できた。
でも遂にCDしか発売されなくなってようやく導入に踏み切ったのです。
もともと面倒臭がりだから、レコードプレーヤーの針交換やノイズが気に入らなかった僕としては買っちゃえばもうコッチのもん(^^)
だからそれまでの鬱憤を晴らすが如くCDを買い漁る生活に突入したのです。

それでまずはビートルズの中でも好きだった後期を揃え、そして当時ハマっていたブルース関連へ。中でもアコギ一本で演るカントリーブルースが大好きだったからロバートジョンソン、サンハウス、ビックビルブルーンジー、ライトニンホプキンス…あぁディープな世界へと。…ブルースについては本題から外れますからまたの機会に^^


ビートルズの音源は正規のものしか流通していないと思い込んでいたから、偶然そのブート群を発見した時の衝撃はかなりのものでした。
しかもお店の方も分からないようにわざと手書きの背見出しなんかつけて目立たないようにコッソリ並べてるんです。
手にとってレーベルを見てみると見たり聞いたこともないようなヘンチクリンなもの。明らかに怪しい。でもメチャ興味がある。
だってストロベリーフィールズなんかが8ヴァージョンぐらいクレジットされているんだもの。んー。え?コレどういう意味なん??
当時多重録音マニアだった僕。ピンときた。は~コレが噂に聞く海賊盤なのだな。
こいつの中にはレコーディング途中のミステイクやら未完成ヴァージョンが間違いなくギッシリ収録されているに違いない。
中一の時にFMで聴いたオーダーリンでポールが喉を潰してヘロヘロになって歌っているあの音源にいつか出会えるかもしれないぞ。その時録音してなかったことをどれほど悔やんだことか。
それが分かったら居ても立ってもいられなくなりまずは一枚を手に取り値段も見ずにレジへ。

「¥4,600になります」…げ!そんなにするの??二枚組じゃないんだぞ?正規盤じゃないからってボったくってんじゃないの?あ…千円足りない。まーいっかカードで。
そいでポイントカードと一緒にカードを出したら「あ、こちらポイント対象外となっております」って。
お~そうきたか。さすが海賊盤(^^)

足取りも軽く家に帰って、プレーヤーに挿入した瞬間に…僕のブートジャンキーとしての生活は幕を開けたのでした。
振り返ってみると本当に随分つぎこみました。
だからアンソロジーが発売された時は、収録曲の殆どが耳タコ状態のものばかりでした(^^;)でも迷わず買っちゃったのね。だってフリーアズアバードがまず聴きたかったんだもの(^^)


で…そろそろ纏めないと^^;


件の海賊盤ですけど。

これは様々な楽しみ方があります。
冒頭で除外したライブ盤ならライブ演奏のネタに出来たり、僕のようにレコーディングの研究・勉強に使う目的があるならいいけど、そうでない場合は出来る事なら手を出すべきものじゃないと思います。
純粋なビートルズファンならば、正規盤(当然アンソロジーは含まれます)だけで充分過ぎます。
正式にプロデュースされた以外のものを聴くのは本来ルール違反です。

ビートルズの海賊盤には魔力があります。
ですがそれは当然の如くビートルズにより承認されたものではありませんし、故に厳選された音源などとは程遠い。だから殆どがゴミ音源です。
必死こいてヘッドホンでブートを聴いている姿をジョンに見つかったりするシチュエーションを想像してみて下さい。有無を言わずジョンに尻を蹴り上げられるでしょうね(^^) そんな姿は本当に不健康っぽいしカッコ悪いですよ。
ビートルズの海賊盤とは、ビートルズとは全く関係のない誰かが音源を勝手に持ち出して、金儲けの道具として利用しているだけなのです。
あ、だから海賊なのか~(^^)

大体ヴァージョン違いとかミックス違いとかいうものも、それが音楽という意味ではたいした価値はありません。
例えば正規盤に記録されているうわもののオーヴァーダブが一つ足りないだけの未完成の曲を聴いて楽しい筈がないでしょう。
正規盤でも存在するけど、ミックスの違いでそれがステレオヴァージョンなのかモノラルなのか、またエンディングのフェイドアウトが何秒長いとか短いとか。
そんな違いなどはっきり言って音楽とは無関係。枝葉ですよね。幹じゃない。


海賊盤で唯一聴いて良かったと思えるものは、自宅で録音されたアコギ一本のデモだけです。
ビートルズの凄さを痛感します。だってギター一本だけで曲のアレンジから構成まで、殆ど出来上がっているんですもの。


ビートルズの曲の中で、僕が一番好きなのは「ディアプルーデンス」。
このデモを、随分つぎこんだ挙句手に入れた海賊盤の中で、幽玄な声で歌うジョンの弾き語りで聴けた時のあの感動は今でもすぐに蘇ってきます。
こういう音源を聴いてしまうと、ビートルズは、いや、ジョンは。やっぱり天才と思います。

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2005年4月20日 (水)

Wind Songs

当時は名古屋の栄に通っていた。職場がテレビ等の真東だった。
セントラルパークに下りるとすぐ新星堂があった。
そのアルバムの発売初日、それは入り口の特設コーナーに山積みになっていた。

「Wind Songs」というアルバム。
相馬裕子さん。
1991年デビュー。


彼女は何と。うちの会社の取引先のダクト屋さんである『章栄鈑金』さんの相馬専務のお嬢さん。
発売当日、うちの会社の常務が朝礼で(^^)
「今日は章栄鈑金の相馬さんの娘さんのレコードが発売される日だからみんな買うように」と社命が(笑)

社内の噂では聞いていた。
相馬さんとこの娘さんはメチャ可愛く、歌も上手くて何でもイギリスに行ってレコーディングしてきたんだとさ。
で、もうじきメジャーデビューアルバムが発売されるんだと。
勿論買いに行きました。仕事帰りに。


その当時の僕は一人多重録音マニア(^^)
音源モジュールやらシーケンサーやらMTRやら給料の全てをつぎ込んで^^一杯買い込んで、自宅でシコシコしてました(^^)

それで彼女のアルバムを早速聴いてみたのですが、その余りにも無垢で素朴でアコースティックなサウンドがその当時の僕の志向と懸け離れており、一度聴いただけでお蔵入り(^^)裕子ちゃんゴメン。
でも、声は素晴らしく良いな、と思いました。


それがここ最近。
ふとしたきっかけでそのCDをなぜか引っ張り出してきて。
出勤時にバス停まで向う車の中で繰り返し聴いています。
もう完全にヘヴィーローテーション。


それで思うんです。
何であの時の僕はこんなに素晴らしい音楽を受け入れることが出来なかったんだろうと。

で分ったんです。
音楽の良さ って、テクノロジーとか技術とか(一緒か^^)、そんなもの何も関係がないのだと。
その当時の僕はきっと。
ヤンエグ気取りで、もの凄いイケスカナイ野郎だったんだな。ッて痛感した。
めちゃカッコ悪かった。

気持ちの機微や、柔らかさ。そんなものを信じてなかったんだな。


相馬裕子さんの歌声は、そして呼吸するその息は…清らかに透き通っています。
sohma_hiroko

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おむすびクリスマス

中学二年のバレンタインの時に、同級生の女の子からチョコレートと手紙を貰った。
生まれて初めて貰った本命チョコだ。だって手紙付き。そりゃドギマギしたさ。
その子は直接渡す勇気が出なかったとのこと、だから彼女の親友に託してそれは僕の手元に届けられた。


女性とお付き合いをするなどそれまでの僕の人生でヤマダカツテなかった体験。もちろんそれはお互いが。
当然デートなどしたことすらない。何処に行くでもなく公園を手を繋いで歩いてみたり。
交換日記など…したり…か~ッ思い出すだけでカユクなってくる(^^)

その当時はケータイもパソコンも何もない。
学校が終わってから、お互いが家に帰ったあとの唯一のコミュニケーション手段は自宅電話。
毎日、毎日。電話しまくったさ。今日は僕から、明日は君から。そう二人で決めて。
それで、口で言えないことは交換日記に思いの丈を書いたり。
はあ…なんて清純な。こよなく愛すべき若かりし時のふたり(^^)

校内で二人だけの秘密の時間と秘密の場所を決めて、授業が終わったあとにそこで待ち合わせして。
背中を壁につけて今日あったことを話ししたり。
彼女の家の近くまで遠回りして一緒に帰ったり。クラスのみんなに見つからないように。


ん…これは今回の本題じゃない。
何で俺こんなこと書いてるんだ?? あかん、今回チャランポランになりそう。


え~件のものはさだまさしさんの名曲です。(1985発売のアルバム ADVANTAGEに収録)
おむすびクリスマスです。時期外れも甚だしい(^^) だって書きたいんだよ今。許して(^^)


歌を聴いて、初めて泣くという僕にとって貴重な体験をさせてくれた曲です。
さださんは稀有の詩人であり、そして稀有のストーリーテラーでもあります。


歌詞の内容はこうです。

 君はもう忘れてしまったかしら 二人だけのクリスマスイヴ
 あの頃僕等お互いの愛の他 何も持たなかった
 それでも僕等は精一杯に 生きようとしてたね
 ケーキの代わりに 君がこさえた おむすびの塩が胸に沁みた
 おむすびクリスマス 忘れない 笑いながら泣いていた君を
 おむすびクリスマス 本当は とても幸せだったと後で気付いた

ね…。
んー、こうやって書いてしまうとどうってことないな(^^)

でもこれが曲に乗るとね、来るんです。
おむすびクリ~スマ~スの「マ~ス」のところでホラ、アレ、クリスマスソングとかディズニーでよくあるあの半音下がって上がるあのフレーズ、わかりる?あのなんともじれったいような腋をキュッと締め付けられるようなあの感じ。…分らへんか^^

将来…僕は必ず彼女と同棲して、そしてビンボーになって、それでこの歌にある素敵な世界を経験するんだ、と一人妄想に耽っておりました(^^)


彼女とも、何度か一緒に名古屋市民会館までさださんのコンサートに行った。
そういえばたけスンともよく二人で一緒に行ったな。さださん聴きに(^^)


中学二年から始まり、そして7年付き合った彼女と、いつからかすれ違うようになった。
いつの間にか僕は社会人に、彼女は短大生になった。
会える時間が限られてきたことも勿論ある。
でも、お互いが共有するものが、段々、少なくなっていった。砂山がゆっくり崩れるように。
そして彼女は僕を離れた。僕は数年引きずった…僕という男はそういう人間。
そんな時にこの歌と出会った。

僕は、これを真夜中にヘッドホンをして聴いたのよ。
いくらなんでもそのシチュエーションはヤバいな。…ちょっとコワイ?^^;


その時以来。
自分でも思い掛けなく何かが心の琴線に触れると、すぐ、泣くようになってしまった。
…それって女々しい?


それは音楽に限らず。例えば蛍の墓とか(^^)
それだけじゃなく、自分でも予想がつかない様なありえない場所や状況で。
人から見たらきっと不自然な時に僕は偶に、泣いてしまうことがあります。


…あーやっぱりチャランポランな内容になってしまった(^^)
書かなきゃ良かった。泣こかな~。

sada_advantage

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2005年4月19日 (火)

文通

小学一年生の時。
僕の人生において初めての担任の先生は女の人だった。


入学式が終わって通常の登校が始まると、ランドセルを背負って、靴入れを持って、半ズボンにタイツを履いて、分団で上級生のお兄さん達と登校した。
幸い、僕の家の裏に住んでいた幼なじみの裕ちゃんが同じクラスだったから、慣れない学校へ通う心細さは他の子よりはましだったかも知れない。

幼稚園と違って、小学校では時間割がハッキリしている。
毎時間、放課を挟んで担任の先生が教室にやってくる。


最初は気付かなかったのだが、この先生は実は怖い先生なのだということが段々分かってきた。
宿題を忘れてきたり言うことを聞かない子がいる時などかなりヒステリックに怒る先生だった。
いま思うと、今の僕の歳より若い先生だったに違いない。
僕が3年生に上がる前に苗字が突然変わったからその時先生は独身だったのだとその時知った。
そして3年生になる時に、先生は学校を辞めて故郷の徳島に帰っていった。


で、担任の先生。大西先生という。
怒ると怖い。冗談抜きにホントに怖かった。
ある時など、何で怒られたか覚えてないけど、授業中に男女構わず10人くらい一列に前に並ばされて(もちろん僕もその一員だった)、端から順に一人ずつ往復ビンタをされたことがあった。
親にもハチかれたことがなかったから、ホッペを張られると星が見えることもその時初めて知った。
そして一人また一人と順番が迫ってくる時のあの恐怖。文字通りチビる女の子もいた。僕も、ちびった。

小学校とはこんなに恐怖に満ちた世界だったのか。
他のクラスのことは知る由もなかったが、どのクラスもきっと同じ状況なのだと子供心に思っていた。逃げ場などないのだと。
まさか…そんな筈はなかったに違いない。僕のクラスは特別だったようだ。


授業中、トイレに行きたくなった時など最悪だった。
おしっこしたい、トイレに行かせて、などと言える雰囲気では決してない。別に気にせず手を挙げればきっと行かせてくれたには違いないだろうが。

その当時の学校の机は、二人がけの横長の木製のものだった。机は繋ぎで、椅子が二つ。男女一組ずつの席順だった。
ある時、僕の隣に座っている子が我慢に我慢を重ねたが限界を超え、椅子に座ったまま終に漏らしてしまった。
漏らしながら、その子は泣いていた。何もしてあげることが出来ないまま、見ている僕も泣きそうになった。
先生は「何でもっと早く言わないのよ!」と、また烈火のごとく怒った。その子を椅子から引き剥がし、突き飛ばすように廊下に押し出した。クラスの子全員が凍りついたようになった。
子供心に、言えなかったのはあんたのせいだ、と思った。

その数日後、今度は僕が限界を超えた。
その日は体操服の長ズボンを履いていたから本当に幸いだった。
僕から漏れたものは全てズボンが綺麗に吸ってくれたから、先生には申告しなくて済んだ。
ただ、隣に座っている女の子にだけはその事実を告げた。その子は優しく頷いてくれた。


二年生になる時、クラス替えがなかった。どうやら二年ごとにクラス替えが行なわれるらしい。
それでも担任の先生はもしかしたら変わるかもしれない、といった子供心にささやかな希望の光は教室に入ってきた同じ先生の顔を見た瞬間に脆くも打ち砕かれた。


堪りかねて、何回か母に訴えたことがある。「先生が怖い」と。
母は取り合う風はなかったが、どうやら他の子等も同時期に同じ苦情を親に洩らしていたようだ。
あとから聞いた話だと、そのあまりのスパルタさが教育委員会で問題になり、僕等を最後の教え子として教職を追われたのだということだった。


僕の少年時代。
小学校から中学まで、当時の先生は須らくみんな怖かったと思う。
体育会系の先生が木刀や竹刀を持って廊下を歩いている光景も至って自然。それで当たり前だった。
きっと今ならそんな先生は暴力問題教師として即新聞に載るだろう。


大西先生が徳島に帰る時、金城埠頭まで見送りに行った。
さんふらわあ号で先生は帰っていった。


あれだけ怒られたのに、不思議なことに僕は先生が好きだった。いや、大好きだった。
確認したわけではないが、クラスのみんなも同じような感覚を持っていた様だ。だから見送りにきたのは生徒のほぼ全員。親も一緒に来ている子が多かった。
なんで先生辞めちゃうんだろうね、と口々にみんなで話し合ったりした。
顔をクシャクシャにして船のデッキから紙テープを放る先生の姿は今でも目に焼きついている。


確かに、スパルタでヒステリックに怒り過ぎる先生ではあったが。
その裏に時折見える愛情を、子供心に感じていたのかもしれない。
とても人間らしく、いい先生だった。


先生が故郷に帰られた年から、僕は毎年必ず先生に年賀状を送った。
先生も、必ず返信を送ってくれた。

一年に一度だけの、先生との文通。
とうの昔に教職を辞めた人でも、僕は先生、と手紙の中で呼ぶ。


そしてそれは、37歳になる今まで。
30年近く一年も欠かすことなく続いている。

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2005年4月17日 (日)

子供の寝顔

僕は、ずっと子供が苦手だった。

ましてや、赤ん坊など以ての外。
身近に小さい子がいる環境で育ったわけではないことが遠因になっているのかもしれない。
とにかく、子供が苦手だった。

自分の子供が出来たと知った時、喜びと戸惑いが両天秤のように揺れ動いていた。
未知なるものに対する、得体の知れない不安もあった。
否応なく生活の転換を余儀なくされる心配もあった。

何より自分が父親になれるのかという自信のなさ。
実のところこれが一番大きかった。


でも、自分の子供が生まれた瞬間、その価値観が180度変わった。
ガラスの向こうの保育器の中で精一杯の力を振り絞って泣いている我が子を見た瞬間に、僕の中で確実に何かが変わった。
自分の中であれほどの劇的な心境の変化は体験したことがなかった。
僕は、我が子に大切なものを間違いなく教わったのだ。

人は、強くなってから変わるのではない。
変わる中で強くなっていけばいいんだ。


親父は、もう死んでしまっていないけれど、出来る事なら子供について親父と話がしたい。
自分自身、親となった今。
親父がどう思って、どう考えて、僕を育てたのか。親父の本音の気持ちを知りたい。


親父が27歳の時に僕は生まれた。
僕は、36歳の時に父親になった。

27歳の頃の僕といえば、今の僕から見ればまだ若造だ。
青かった。何も解ってなかった様な気もする。
親父は、やっぱり偉大だな。


将来、子供たちに。
そんな風に思われなきゃな。

子供の寝顔を見て、そう、思った。

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SYNC

ふとした空き時間に書店に入ることがよくある。
元来本が大好きなせいもある。
中でも、特に、新しい本が。

新学期が始まる時、新しい教科書が沢山手元に届けられる。小学生の時などその時が大好きだった。
まだ誰も開いていない本を紐解く瞬間の…あのページがひっついている感覚。そして、開かれたページから薫り立つ真新しい本の香しきあの匂い。
僕は新しい本が大好きなんだ!と大声で叫びたくなる(^^)

本というものは、身銭を切って買わなければならないと僕は思っている。
何故なら、別にこれといった動機もなしにいつか昔に読んだ本をなぜか無性に読みたくなる時がある。
その瞬間にその本が手元にないということが、僕にとっては致命的なことに繋がることが多いからだ。
今はAmazonなどで書店等に走って血眼になって探さずとも大抵の本なら2~3日で手元に届けられるが、それでも2~3日というタイムラグが必ずある。その間、読みたい!と感じた時のその感覚や興奮が消え去っていることなど大いにあるからだ。

だから、僕は、もし。生活に困窮するようになろうが、決して本を買い続けることを止めることはないだろう。この先。一生。


先日フラッと立ち寄った書店の新書のコーナーで、ある本の帯に目が留まった。
「SYNC なぜ自然はシンクロしたがるのか 」
sync


思わず手に取った。手ごたえのあるずっしりした程よい重み。いいぞ、この感じ(^^)
パラパラとめくって、そして巻頭の部分を少し読んだ。斜め読みだったので詳しくは覚えていないが、非常に興味をそそられた。
そこにはこうあった(と思う)。

”現代の科学をもってしても自然界に厳として存在する「同期」という現証については決して解明されることがない。
例えば無数の蛍の光の点滅が、ある瞬間見事に同期する。蛍同士で連絡を取り合っているのではなく、また偶然などでもなく、同期する。
また、マクロ的には大宇宙、ミクロ的には小宇宙…肉体においても無数の細胞が見事に同期し、生命活動という奇跡に近い作業を自然と行なっている。
同期現象とは、科学の分野においていつまでも謎として残る部分…等云々”
(文は引用ではなく記憶を頼りに勝手に僕が作成)


自然というものは科学で全て解明でき割り切れるものなどでは決してないと思う。
科学というものは、自然現象のごく一部を証明する為の手段でしかなく、本質ではない。

偉大な科学者・天文学者であるカール・セーガン博士の著作「科学と悪霊を語る」の中で、『科学とは、現代に生きる人の中で最も信じる人の多い宗教である』と言い放っているように、科学とは世の中における合理的な考え方の中の一つに過ぎない。
科学とは道理や原理ではなく、それを側面から支える思考方法の一つだ。
4105192035


僕がまだ小学生の時「COSMOS」という番組が(確か)NHKでやってるのを毎回毎回食い入るように見てた懐かしい思い出がある。セーガン博士とは、その番組のナビゲータというか総指揮をされていたお方だ。
子供心ながら僕は優しい顔をしたセーガンさんが大好きだった。番組の中でセーガンさんと一緒に映っている子供達が羨ましかった。


でSYNC。
同期、シンクという概念についてきっともの凄く深く掘り下げられてるんだろうな、と思わせる何かをこの本に感じた。
学術書に近いものの訳書ということもあって、文体からしても非常に難解そうだ。僕的には相当の覚悟を持って臨まないと読破出来ないかも知れない。また今の生活環境を考えて、いつ本をジックリ読む時間があるのか?子供に邪魔されずに。一人だけの時間をどうやって捻出できる?
訳者の巻頭言も突き刺さった。“これほどの書籍が翻訳本としてしか読むことの出来ない日本という国を憂う…”
値も張るし真剣に買うか買わまいか躊躇した。
結果2~3日考えてみることにした。…だが実は一番大きな理由はその時小銭しか持ってなかったことだ(^^)
本、買う気ゼロ状態^^;


そして、やっぱり買うことにした。
だって、久々に本の方から読んでくれ、って呼ばれた本なんだもの(^^) ああ読んであげるさ。
これで、前から時々不思議に思っていた同期もしくはそれに近い現象について一歩でも踏み込めるような気がする。

なるべく一気に読みたいと思っているけど…レビューはずっと先になるかもしれないな(^^)

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2005年4月14日 (木)

送れない

メールが送れましぇん。。。

セキュリティかファイヤウォールか何か原因が分らへんけどうちのPCのOLEでは昨日から受信しか出来なくなりました。
全く持って原因が分りましぇん。。。送信しようとしたら回線が勝手に切れちゃう。なんで??このセキュリティ野郎何してくれるの?勝手なことすんなよ。

大事なメールを複数の方に送らなきゃいけないのに。。。
試しに自分の携帯宛にワードから送ってみた。結果同じ。当たり前か。何度かテストして、何かのはずみに送信出来た。でも再現性なし。なんじゃコレは。

幸い携帯に届いたから、携帯から一つ一つ転送した。FOMAに替えてから同報メールが五つまでしか送れなくなったから疲れたよ。。。

メール受信専用のOLEなんて意味無いじゃん。
アホみたいなスパムばっかり届くし。日に20通ほども。
HPやってるから今更メールアドレス変えれないし。我慢するしかないのか?


パソコンって使えば使うほど具合が悪くなっていくな。
こういうことが続くといっそのことマッサラにして軽い状態で一から使い直したいといつも思う。イライラ…。

しかし困ったな。どうやったら送信できるようになるんだろ…。困ったな。

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2005年4月10日 (日)

致命傷となる中断

例えば。
何かのテーマについて継続的に時間的制約のない状況で取り組んでいる時に、何の前触れもなく閃きがあったとします。
おおにしてそれは文字通り沸いてくる、といったものです。
それは心理状態や体調に左右されることなく、自分自身にとっては思い掛けない突発的且つ非常にラッキーな出来事足りえます。

解りにくいですね…。例えばこうです。

自分にとってのオリジナル、言い換えれば今まで自分が体験し得なかったものを創ろうとしている時。
例えば…作曲しようとしている時。んん…あまりに特化し過ぎて更に解りにくい??まぁいいです。筆を進めます。勝手に。僕のブログですから。僕の自由にします。
え~偶にあるんです、そんな状態が。誰でもありますよね…?ない??

で。
それが仕事中不意にあるフレーズが湧いて来る時があるとします。主に単調な労働をしている時に。
生理学的に言うとα波が出ているんでしょうね。…おぃおぃ仕事中だぞ?(^^) それは仕事中には不自然かも知れないけれど脳がリラックスしている状態です。
いわゆるゲーム脳の典型的症状に見られるβ波とは決定的に違います。何故ならその時僕は確実に思考していますから。但し仕事目的以外の脳の部分が(^^) 会社人としては失格か?でもそれは僕以外判り得ない事だ、他事考えてるって。キッチリ仕事さえこなしていればの話ですよ、勿論それが大前提です。

ええと補足しときますと「ゲーム脳」とはそれが無意識であろうと脳が完全に受動を受け入れている状態です。テレビゲームを長時間繰り返し続けていると顕著に現れる波形です。それこそまさに人間がロボット化する危険性を孕んだ現代病。慢性化するとβ波が出っ放しになります。すぐキレる原因はこれです。思考する前に手や体や口が動いちゃう状態です。

横道に逸れましたが。閃き、です。但しその閃きが不意に訪れるには条件があります。それは独りでいる時に限ります。
誰か一人でも近くにいる時、決してそれは訪れることは無いのです。

そんな時です。
例えば構内呼び出し電話で「山本君山本君、1番に○○さんから外線入ってます」というアナウンスがあるとします。
…ヂ・エンドです。

何故こんなことを書くのかというと、前代未聞の名曲が出来たかも知れないと思って描き始める時に得てしてこんな邪魔が入り折角のアイディアが霧が晴れるように抹消されることが結構あるんです。…お陰で何曲忘却の彼方に消えてしまったことか^^

解って頂ける人にはきっと伝わると思います。いま、僕が言いたいことが。

そんな感覚はもしかして誰にも理解され得ない僕だけの特異な状態なのかもしれないと思っていた時に、一冊の本と出会い、それが知的生活を営んでいるある種の人間固有の感覚なのだと確信させて貰えたのです。

「知的生活の方法」渡部 昇一(著) titekiseikatu

生まれて初めてのことです。これ程共感できる本に出会ったことは。
どのページから拾い読みしても、です。その通りだ、その通りだ!と文字通り頷きながら読んでいます(^^)

渡部昇一さんに是非お会いして一晩くらいかけてじっくりお話を伺いたい(^^)

例えば僕のこのブログの拙い文章の記事にしてもそうです。
あ、これについて書きたい…と思う時は必ずパソコンの前に居る時ではないのです。
パソコンの前に居る時なんつのはロクな発想は湧いてきません。
手応えのあるアイディアが湧く時とは、必ず開放的な外に居る時です。

だから、その瞬間の気持ちを維持しつつ…例えばブログならパソコンの前に辿り着くまで、曲のフレーズならそれを何らかの形で記録出来るまで。
必死にテンションを維持し、持ち堪えようとしている時に。

それを中断するという行為がいかに致命的な結果をもたらすか。
分って下さいますでしょうか。

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2005年4月 6日 (水)

新人に贈るエール

毎日通勤で高速バスを使う。帰りは栄のオアシス21から三重交通の大山田行きかネオポリス行きに乗る。

バスでの通勤を始めてから3週間が経った。ようやく慣れてきた。
だが乗り物酔いしやすい体質なので車中で新聞や本をを読んだりすることが出来ないのが残念だ。慣れの問題と会社の人は言うが、本当にそうだろうか。乗り物酔いだけは小学生の頃からちっとも治らない。

バスというものは電車とはまた違った空間だ。恐らくそれは乗り合わせた人が皆同じ方向を向いていることが関係しているのかもしれない。乗り合わせた誰しもが正面から誰の顔も見ることが出来ないという意味で。

朝はラッシュアワーであるためいつもほぼ満員となる。補助席に座る人が出たらその時点でそのバスは停留所を通過する。高速道路を通るため立ち席が認められていないからだ。
その代わり帰りのバスはゆったり座ることが出来る。相席になることも朝より比較的少ない。

その日の帰りもいつもの如くバスに乗り込んだ。お、お気に入りの2列目空いてるじゃん、ラッキー。
そろそろ発車時刻という間際になって一人の女性が乗り込んできた。
雰囲気から察するにあまりこのバスに乗り慣れてないらしいように見えた。つい3週間前の僕のようだった。
時間帯からほぼ満席になった車中を見渡したあと、彼女は入り口付近の隣が空いている席に腰掛けている僕に気がつき、声をかけてきた。「となり、いいですか」

気がつけば世間は新年度だ。街にはリクルートスーツを着た新入社員と思しき若い人たちが目立つ。
彼女もそんな感じだった。チラッと横目で見た限り清楚な感じではあるが反面どこか垢抜けてないような印象も受ける。

バスの中で二人掛けのシートが相席になること自体珍しいことではない。席が一杯だったら普通は何の断りもなくドカッと隣に座られる。女性だろうと男性だろうと。別にそれで気を悪くすることなどはない。自分だってそうする。
だからわざわざ断ってくれたちょっと不器用そうなそんな彼女に対して微笑ましい気分になった。「ええ、どうぞ」少し身体を窓際に寄せながら答えた。

高速道路を走っている時のバスの微振動はとても心地よい。連れがいる人以外は誰も喋らないし、運転手の無線の音だけが小さく聞こえてくるだけ。だから眠くはなくとも思わず眠気を誘われる。
バスが動き始めてから暫くの間はソワソワ落ち着かなかった彼女も、程なく静かになった。
僕はずっと窓から外を見ていた。

暫く経ってウトウトしかかった時、隣りの女性がゆっくり僕の方に傾いてきていることに気付いた。そっと横を見る。完全に眠っているようだ。
そしてバスが車線変更した弾みで、彼女の頭が僕の肩の上にあずけられた。

こういう時はどう対処したら良いのだろう。
もしそれがオッサンならエイとばかりに肩を上げて弾き返すところだ。
だが今回のケースはこうだ。想像するに隣人は初めての職場で緊張しながら慣れない仕事をし、そして疲れ果てた挙句車内で意識がなくなるほど眠りこけているか弱き女性だ。僕に下心など当然あるはずもない。ましてやこんな車内で何がどう出来る訳でもない。
ふと冬ソナのユジンとチュンサンを思い出したが、そんなロマンティックなものではない。こっちだって疲れてるんだ。
でも僕の肩に預けられた彼女の頭を振り払うことはあまりに無慈悲のような気がしてとても出来なかった。
僕はまんじりともせず、静かに眠っている彼女を起こさないように少し緊張しながら首を窓側に傾けることにした。

高速の降り口にに差し掛かり、バスが減速した時に彼女は目を覚ました。僕は寝たふりをした。
彼女が姿勢を直したあと、僕も目が覚めたふりをした。

目的の停留所が近づいた。先に降りるのは僕の方らしい。
「すみません」と言って彼女に席を立って貰い、僕は停留所に降り立った。

春とはいえまだ宵は肌寒い。
遠ざかるバスを見ながら、明日も頑張れよ、新人。と心の中で彼女にエールを送った。

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2005年4月 4日 (月)

出会いの不思議さ

思いがけない時に、思いがけない人とバッタリ出会う時がある。

先日だしぬけにそんな場面に遭遇した。その人とは顔見知り程度の関係だ。申し訳なくもフルネームは忘れてしまっている。音楽を通して知り合った人だ。


滅多に行かない桑名駅前の某百貨店にフラッと買い物に寄った。駐車場に車を停めて、館内にある沢山のエレベーターの内の一つにたまたま乗った。目的の階の扉が開いた瞬間に、エレベーター前の専門店の中に居た制服を着たその人と目が合った。
当然の如く僕はその人がそこの専門店に勤めている事など知る由もない。
思わず声が出た。「あ、見た事ある人だ」独り言の様に小さく呟いたはずが確実にその人に伝わった様だ。こんな感じは良くある。口の形だけで言葉は聞えていなくてもお互いの言わんとする事が解り合っているというあの感じ。当にそれだった。

吸い寄せられる様にお互いが近づいた。
「あぁこちらにお勤めだったんですか」…もっと気の利いた事は言えないのか俺は。
「そうなんです。この近くにお住まいだったんですか?」
「いえ、ちょっと離れてるんですけどね、たまたま今日はここに寄ったんです」
「そうだったんですか…」妙に照れ臭くなって来た。で何とか言葉を継ぐ。「何処かで見たことある人だなって」
「私もそう思いました」
「…」
「…」
「じゃ、行きます。お仕事頑張って下さいネ」
「はい」

当たり前だ。会話の準備などしている筈などない。だがそれはお互い様だ。
でもその場を離れる時、何故だか顔が綻んでいた。映画やドラマの中の何気ないワンシーンの様だった。そんな偶然にワクワクした。


生きているだけで沢山の人と出会う。
街や駅などにちょっと出掛けるだけでそれこそ何千人の人とすれ違う。
それだけ沢山の人が居るのに、自分の人生には全く無関係だ。奇妙な事だけどそれが当たり前だ。
そんな中で、こんな出会いもある。不思議な事だけど。
袖すりあうも他生の縁、とはよく言ったものだ。


人生って、実はこんな偶然の出会いで成り立っているんだろうな。

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2005年4月 3日 (日)

掃除

hchromatic_Chromonica-48久しぶりにクロマチックハーモニカを吹いてみたくなった。HOHNERのクロマチック。


理由はジョンの「ACOUSITIC」を買って聴いたから。って今更聴くの遅いな~。去年の9月だよ発売されたの。ジョン・ファンの風上にも置けない輩だな。ってこのアルバムに全然ハーモニカ出てこないじゃん。変な理由。

ジョンが使っていたモデルとは違うけど、このクロマチックはLOVE ME DOを演奏する際には必須のアイテム。ファのシャープを出さなきゃいけないもん。Cのブルースハープじゃ無理です。
クロマチックだからブルースハープには無いレバー付き。レバーとは音程を変えるためのものです念のため肝臓じゃありません。それはこの世で最も僕が苦手とする食べ物のひとつですよ?あと他には牛スジ。匂い嗅いだだけで戻す自信があります。
そのクロマチックの命は言ってみればこのレバーです。半音調整できるのですから。それこそクロマチックのクロマチックたる所以。

それでいざレバーを操作しようと思ったところなぜかガッチリ固定されてて動かない。押したっきり全然戻ってこないじゃん。アレーおかしいな~?ンこれ唾のせいか?唾って固まるか?まさか。
それにしてもなんだこのベタベタしてるのは?
そうだ思い出した。

去年の九月に刈谷のメイドインジャパンで旧メンバーでのセルターブ最後のライブやった時にラブミードゥやったんだっけ。そうだ間違いないアルバムプリーズプリーズミーを全曲完奏したんだった。その時使ったきりだ。
その時もレバーの動きが良くなかったんだ。ライブ直前まで確認しなかったから苦肉の策でサラダ油をお店に借りてハーモニカの穴の部分に塗りたくったんだった。「お~滑る滑るグーじゃんグーじゃん」
そのまま半年放置。そりゃ固まるわさ。

さてどうしよう。分解してみる?でもその後元に戻るかな。俺組立て関係には弱いんだよな。実績的に色んなもの何度も潰してるもんな。このHOHNERは少ない小遣いから\14,000も出して買ったものだから壊したくないな。でもレバーが動かないんじゃ壊れたも同然か。やってみるか。

で分解。
レバーのパーツを慎重に慎重に一点一点並べる。肩に力が入り過ぎてる。わかってる。程なく見事分解完了。
なるほどこういう構造になってるのか。勉強になるな。
は~ん確かにレバーの隅々までサラダ油がガッチリこびり付いてます。ガビガビのネトネトだ。
食器用洗剤で念入りに手洗い。その後ドライヤーで強制乾燥。そして復旧、試運転…。

は!完全に元通りだ。やったぞ俺。もうクロマチックのメンテのプロを名乗ってもいいんじゃないかというくらいの出来栄え。メチャ感動。よ~しこれで思い残すとこなく吹きまくれるぞ。


って。今度はなんか音の出が悪くなってるような気がするぞ。そういや前から段々音の抜けが悪くなってきてたな。
自他共に認めるなかなかどうしての音色を奏でる理由はこれに起因してるわけだ。
これはどうしたらいいんだろう。それこそ分解しても悪くするだけのような確信があるぞ。
こういうのって誰に聞いたらいいんだろう。今度楽器屋持ってってみようかな…。詰まってるみたいなんです、って。なんか情けないな。

まぁラブミードゥやらなきゃいいだけの話か。その前にまともに吹けるようになれって?ま、いいってそれは(^^)

jl_aco

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