新人に贈るエール
毎日通勤で高速バスを使う。帰りは栄のオアシス21から三重交通の大山田行きかネオポリス行きに乗る。
バスでの通勤を始めてから3週間が経った。ようやく慣れてきた。
だが乗り物酔いしやすい体質なので車中で新聞や本をを読んだりすることが出来ないのが残念だ。慣れの問題と会社の人は言うが、本当にそうだろうか。乗り物酔いだけは小学生の頃からちっとも治らない。
バスというものは電車とはまた違った空間だ。恐らくそれは乗り合わせた人が皆同じ方向を向いていることが関係しているのかもしれない。乗り合わせた誰しもが正面から誰の顔も見ることが出来ないという意味で。
朝はラッシュアワーであるためいつもほぼ満員となる。補助席に座る人が出たらその時点でそのバスは停留所を通過する。高速道路を通るため立ち席が認められていないからだ。
その代わり帰りのバスはゆったり座ることが出来る。相席になることも朝より比較的少ない。
その日の帰りもいつもの如くバスに乗り込んだ。お、お気に入りの2列目空いてるじゃん、ラッキー。
そろそろ発車時刻という間際になって一人の女性が乗り込んできた。
雰囲気から察するにあまりこのバスに乗り慣れてないらしいように見えた。つい3週間前の僕のようだった。
時間帯からほぼ満席になった車中を見渡したあと、彼女は入り口付近の隣が空いている席に腰掛けている僕に気がつき、声をかけてきた。「となり、いいですか」
気がつけば世間は新年度だ。街にはリクルートスーツを着た新入社員と思しき若い人たちが目立つ。
彼女もそんな感じだった。チラッと横目で見た限り清楚な感じではあるが反面どこか垢抜けてないような印象も受ける。
バスの中で二人掛けのシートが相席になること自体珍しいことではない。席が一杯だったら普通は何の断りもなくドカッと隣に座られる。女性だろうと男性だろうと。別にそれで気を悪くすることなどはない。自分だってそうする。
だからわざわざ断ってくれたちょっと不器用そうなそんな彼女に対して微笑ましい気分になった。「ええ、どうぞ」少し身体を窓際に寄せながら答えた。
高速道路を走っている時のバスの微振動はとても心地よい。連れがいる人以外は誰も喋らないし、運転手の無線の音だけが小さく聞こえてくるだけ。だから眠くはなくとも思わず眠気を誘われる。
バスが動き始めてから暫くの間はソワソワ落ち着かなかった彼女も、程なく静かになった。
僕はずっと窓から外を見ていた。
暫く経ってウトウトしかかった時、隣りの女性がゆっくり僕の方に傾いてきていることに気付いた。そっと横を見る。完全に眠っているようだ。
そしてバスが車線変更した弾みで、彼女の頭が僕の肩の上にあずけられた。
こういう時はどう対処したら良いのだろう。
もしそれがオッサンならエイとばかりに肩を上げて弾き返すところだ。
だが今回のケースはこうだ。想像するに隣人は初めての職場で緊張しながら慣れない仕事をし、そして疲れ果てた挙句車内で意識がなくなるほど眠りこけているか弱き女性だ。僕に下心など当然あるはずもない。ましてやこんな車内で何がどう出来る訳でもない。
ふと冬ソナのユジンとチュンサンを思い出したが、そんなロマンティックなものではない。こっちだって疲れてるんだ。
でも僕の肩に預けられた彼女の頭を振り払うことはあまりに無慈悲のような気がしてとても出来なかった。
僕はまんじりともせず、静かに眠っている彼女を起こさないように少し緊張しながら首を窓側に傾けることにした。
高速の降り口にに差し掛かり、バスが減速した時に彼女は目を覚ました。僕は寝たふりをした。
彼女が姿勢を直したあと、僕も目が覚めたふりをした。
目的の停留所が近づいた。先に降りるのは僕の方らしい。
「すみません」と言って彼女に席を立って貰い、僕は停留所に降り立った。
春とはいえまだ宵は肌寒い。
遠ざかるバスを見ながら、明日も頑張れよ、新人。と心の中で彼女にエールを送った。
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