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2005年4月17日 (日)

SYNC

ふとした空き時間に書店に入ることがよくある。
元来本が大好きなせいもある。
中でも、特に、新しい本が。

新学期が始まる時、新しい教科書が沢山手元に届けられる。小学生の時などその時が大好きだった。
まだ誰も開いていない本を紐解く瞬間の…あのページがひっついている感覚。そして、開かれたページから薫り立つ真新しい本の香しきあの匂い。
僕は新しい本が大好きなんだ!と大声で叫びたくなる(^^)

本というものは、身銭を切って買わなければならないと僕は思っている。
何故なら、別にこれといった動機もなしにいつか昔に読んだ本をなぜか無性に読みたくなる時がある。
その瞬間にその本が手元にないということが、僕にとっては致命的なことに繋がることが多いからだ。
今はAmazonなどで書店等に走って血眼になって探さずとも大抵の本なら2~3日で手元に届けられるが、それでも2~3日というタイムラグが必ずある。その間、読みたい!と感じた時のその感覚や興奮が消え去っていることなど大いにあるからだ。

だから、僕は、もし。生活に困窮するようになろうが、決して本を買い続けることを止めることはないだろう。この先。一生。


先日フラッと立ち寄った書店の新書のコーナーで、ある本の帯に目が留まった。
「SYNC なぜ自然はシンクロしたがるのか 」
sync


思わず手に取った。手ごたえのあるずっしりした程よい重み。いいぞ、この感じ(^^)
パラパラとめくって、そして巻頭の部分を少し読んだ。斜め読みだったので詳しくは覚えていないが、非常に興味をそそられた。
そこにはこうあった(と思う)。

”現代の科学をもってしても自然界に厳として存在する「同期」という現証については決して解明されることがない。
例えば無数の蛍の光の点滅が、ある瞬間見事に同期する。蛍同士で連絡を取り合っているのではなく、また偶然などでもなく、同期する。
また、マクロ的には大宇宙、ミクロ的には小宇宙…肉体においても無数の細胞が見事に同期し、生命活動という奇跡に近い作業を自然と行なっている。
同期現象とは、科学の分野においていつまでも謎として残る部分…等云々”
(文は引用ではなく記憶を頼りに勝手に僕が作成)


自然というものは科学で全て解明でき割り切れるものなどでは決してないと思う。
科学というものは、自然現象のごく一部を証明する為の手段でしかなく、本質ではない。

偉大な科学者・天文学者であるカール・セーガン博士の著作「科学と悪霊を語る」の中で、『科学とは、現代に生きる人の中で最も信じる人の多い宗教である』と言い放っているように、科学とは世の中における合理的な考え方の中の一つに過ぎない。
科学とは道理や原理ではなく、それを側面から支える思考方法の一つだ。
4105192035


僕がまだ小学生の時「COSMOS」という番組が(確か)NHKでやってるのを毎回毎回食い入るように見てた懐かしい思い出がある。セーガン博士とは、その番組のナビゲータというか総指揮をされていたお方だ。
子供心ながら僕は優しい顔をしたセーガンさんが大好きだった。番組の中でセーガンさんと一緒に映っている子供達が羨ましかった。


でSYNC。
同期、シンクという概念についてきっともの凄く深く掘り下げられてるんだろうな、と思わせる何かをこの本に感じた。
学術書に近いものの訳書ということもあって、文体からしても非常に難解そうだ。僕的には相当の覚悟を持って臨まないと読破出来ないかも知れない。また今の生活環境を考えて、いつ本をジックリ読む時間があるのか?子供に邪魔されずに。一人だけの時間をどうやって捻出できる?
訳者の巻頭言も突き刺さった。“これほどの書籍が翻訳本としてしか読むことの出来ない日本という国を憂う…”
値も張るし真剣に買うか買わまいか躊躇した。
結果2~3日考えてみることにした。…だが実は一番大きな理由はその時小銭しか持ってなかったことだ(^^)
本、買う気ゼロ状態^^;


そして、やっぱり買うことにした。
だって、久々に本の方から読んでくれ、って呼ばれた本なんだもの(^^) ああ読んであげるさ。
これで、前から時々不思議に思っていた同期もしくはそれに近い現象について一歩でも踏み込めるような気がする。

なるべく一気に読みたいと思っているけど…レビューはずっと先になるかもしれないな(^^)

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