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2005年6月10日 (金)

クラウス・ヴァーマン氏の言葉

セルターブがまだイケイケだった頃。
今は、え~・・・ちょっと充電期間中ですがね。
まあ、その頃の話です。


バンド内で皆の共同で貯金の口座を持っていました。
通称、セル貯(笑)
とは言えそれは金融機関に開設したものではなく、100円ショップで買ってきたファスナー付きの袋がその実態だったんですが。一緒に買ったお小遣い帳を同梱し。で管理人は僕。実質的には奥さん(笑)

で、そのセル貯の財源はライブチャージ。
基本的ポリシーとして僕らはチャージを戴いておりませんでしたので、その代わりにライブを行なう度に空き缶(通称セル缶)を必ず用意し、演奏を気に入って下さった方に幾ばくかの御捻りを頂戴していた訳なのです。いわゆるフリーチャージってやつ。

でその貯まったセル貯を最初に使ったのが「ザ・ビートルズ・クラブ」への加入。いわゆる昔の「BCC(ビートルズ・シネ・クラブ)」です。
昔のLPのライナーの欄外には必ずコソッと書いてありました。BCCに加入しませんか って。今のCDにも書いてあるんかな。
で入会するなり第一回目の配布時に入会記念にとオフィシャルバッジと洋物の雑誌が付いてきました。どっかに行っちゃいましたが。

あ・・・セル貯はその他にも有意義に使わせて戴いておりますから。
消耗品であるギターやベースの弦やピックを買ったり、アンプを買う資金の足しにしたり・・・等々。どうか誤解の無いようにネ。


でそのビートル・クラブは毎月毎月小冊子を送ってきてくれます。A5版のかわいい雑誌です。もう何年にもなるから結構なライブラリーが出来上がりました。デア○スティーニみたいなもんか。
で届いた小冊子をメンバーに回覧したりしてました。
あ・・・そういやセル貯はもう廃止してるからもうずっと僕個人の負担だな。
まいっか。これのお陰でポールの日本公演のチケットも優遇的に買えた事だし^^大体回覧してないし。

でその小冊子。内容は全てビートルズ。当たり前か。
ここ最近のお決まりの内容は・・・ポールのワールドツアーのレポートだったりジョンレノンスーパーライブのレポだったりヨーコへのインタビューだったり。
・・・あんまり変わり映えのしない内容で正直面白くなかったのです。
大体僕は思いっきりジョン派だから。ポールやヨーコなんてどうでもいいのです。スマンね。


ところが今月届いた2005年6月号は違った。
新連載の「ビートルズ・タイム・マシーン・ストーリー(マイク・チッパーフィルド著・・・誰だ?)」には正直やられた。
ファーストアルバムのレコーディング風景を紙面で再現しているのだ。まるでレコーディングに立ち会っているかのよう。
この音源はブート(Please Me Do)に収録されてるんだけど、ミステイクなどした時に喋るメンバーの会話の内容がやっとここで判明しました。
ああ、こんなこと喋ってたんだ・・・。しかしやっぱりジョンの台詞が好きだ。
「エピー(ブライアン・エプスタイン)、ミルクが飲みたいよ」って言うポールに答えてジョン。「俺もー。ママー、ミルクー」って(笑)


それより今月号で特筆すべきは「クラウスのビートル・レシピ」だ。
クラウスとはクラウス・ヴァーマン氏。
Klausbackbeat映画バックビートで、嫉妬に駆られたスチュアート・サトクリフに殴られレコードプレーヤーに突っ込んで壊したのは彼です。後にスチュの妻となるアストリッド・キルヒヘアの元恋人。また、後年ジョンと意気投合しジョンの何枚かのソロアルバムでベースも弾いておられるお方です。
何しろ、デビュー前のビートルズの、ハンブルグ時代を一緒に生きたお方なのですから。それもその当時最もビートルズの近くに居た生き証人なのです。
(2005.6.12追記・・・アルバムREVOLVERのジャケットも手掛けておられるアーティストでもあります。そいで何と御本人の名前と写真まで載せてしまっているという大胆さ)
↓ここです。
revolver


この方の言葉だけはビートルズファンなら黙って聴くべし、としか言いようがありません。
「ビートル・レシピ」とはそのクラウス氏のビートルズに纏わる回想録。
毎回毎回思わず惹き込まれる文体で、僕はこのページをこよなく愛しています。


JohnastridAstrid1今回はポールとスチュの確執をリアルな言葉で回想して下さっている。
その時のビートルズは当然のことながら成功には程遠い状態で、いくつも存在する小さいビート・バンドの一つに過ぎなかった。

今回の話の舞台はハンブルグのどこだかのステージ上でのこと。
ポールが、当時決して巧いとは言えないビートルズのベーシストであったスチュに対し放った侮辱に相当する言葉。それに対するスチュの男としてまたロックンローラーとしての熱い態度。
生の男達であるビートルズの姿が少しでも垣間見れて、僕をとても幸せな感覚に浸らせてくれた。

そして、ビートルズが一度本国イギリスに帰り、再度ドイツに上陸した時の様子。
スチュはその時既にこの世を去ってしまっており、そしてビートルズは欧州でブレイクする段階だった。
ドイツでビートルズの帰りを待っていたクラウス氏の、率直な心情を明かしてくれていた。

確かにビートルズは洗練され、おまけにスーツを着込み、音楽的にも急激な成長を遂げていた。
しかしクラウス氏は動揺しこう感じたのだ。「僕らの凄いバンドに一体何があったの?」「あの荒削りなフィーリングはどこに?」


後にジョンがこう発言していたのを思い出した。
「ビートルズは、ハンブルグで無茶をやりながら演奏していた時こそが、最高の時だったのさ」

少しでも、その言葉の意味が、やっと僕にも理解できた。
それは、ほんの少しだけなのには違いないのだろうけれど。


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コメント

BCC
私が入った頃は「ガリ刷り」でした(笑)
会員番号400くらいだったもん

投稿: ともも | 2005年6月10日 (金) 01:28

あぁ~っ!先輩!大センパイ!!^^

当時LPをせっせとレンタルレコード屋に通ってカセットにダビングしていた頃の時代は僕はまだ中学生でして^^
だからお小遣いもショボイもんでしたので、とてもBCCに加入するなど畏れ多くて出来なかったのです^^

BCC会員には色々特典があったんですよね?
レットイットビーの上映会があったりなんかしたと聞きました。
このレットイットビーはいつだったか深夜にテレビで放映されてるのを偶然観て、まぁ然程情熱も湧かなかったからビデオに撮らなかったんですよ。またそのうちいつかやるだろって思ってたし。

ところが、その後十何年経っても観る機会に恵まれなかったのです^^;
数年前にやっとの思いでようやくビデオを入手し、観ることが出来ました^^
やっぱり、屋上のラストライブの情景は最高で・・・思わず涙腺が弛みましたねッ(^^)

投稿: レノすけ | 2005年6月10日 (金) 01:45

「映画会」というのがありまして
レットイットビーやったかなぁ?
その頃家庭用ビデオがなかったんですよ(苦笑)
だから「動くビートルズ」は映画会で見るしかなかったの

毎回早朝から並びました

リッキーさんのバッドボーイズもここで見ましたね(デビュー前だったと思う)

レットイットビーは
映画館で期間限定で「ヤァヤァヤァ」「ヘルプ」「レットイットビー」の3本立てをやった時にも見ました
それが初めてじゃなかったから やっぱりBCCで見たんだろうな~
あれは74・5年ごろだったかなぁ。。。。

その時映画館に 花束を持って来ている女性がいました
リアルタイム世代の方でした

レットイットビーの中でポールが
「OK」と言うシーンがあります

そのシーンの直前に その女性は 花束をスクリーンに向かって投げました

「ポール お花よっ!」って

すると スクリーンでアップになったポールが

「OK!」と答えるのです

リアルタイム世代には絶対かなわないと思いましたわ。。。。。

投稿: ともも | 2005年6月10日 (金) 09:04

凄いですね・・・。
なんかこう・・・感動しました。
ビートルズに対する強い愛が無いと決して出来ない行為ですね。
それも無償の愛。
ポールは「OK」と答えてくれるから必ずしも無償とは言いきれないかもしれませんが。
でも、無償の行為ですねえ。

リッキーさん?清水さんと組んでた「あの」BAD BOYSですよね。日本初の完全コピバンの。これまた凄いな!生でご覧になったなんて。
テープで音源は聴いたことありますけど、僕らなんか・・・アシモトにも及ばないなッ^^;

投稿: | 2005年6月10日 (金) 12:18

あ、byレノすけ^^;

投稿: レノすけ | 2005年6月10日 (金) 12:19

当時は家庭用ビデオがなかったから(あったとしてもレットイットビーのビデオないし)あのポールの「OK」のタイミングにあわせて花束を投げ入れる為には何回レットイットビーを見たのだろう?
何回も何十回も見ないとできないですよね

私は当時バッドボーイズには抵抗ありましたね~
「まねしないで」みたいな感じ(笑)

その時はいつものBCCの映画会とは雰囲気が違って前のほうにバッドボーイズのファンが陣取っていました

バッドボーイズの演奏が始まると 前のほうのファンはキャーキャー言ってて その他のビートルスファンからは大ブーイングで「帰れコール」でした^^ヾ

BCCの映画会にはいつも友達と4人で行っていたのですが そのうち3人はアンチバッドボーイズ派

残る一人は「バッドボーイズが気に入った」と他の3人にいえなくて 一人で内緒で「追っかけ」やってました(笑)

彼女が当時「バッドボーイズの追っかけ」をやっていたと白状したのは20年以上たってからでした(苦笑)

投稿: ともも | 2005年6月11日 (土) 01:11

ああ、なるほど。
その当時すでにビートルは解散して、存在していなかったにも関わらず、まだ(誤解を恐れずに言うと)「現役」だったってことですよね。
何しろみんなまだ生きているわけだし。
確実に今とは背景が全く違いますね・・・。

そんな時代に完全コピーバンドと旗揚げしたあの人たちってのは、やっぱり偉大と思います。
それでジョージ・マーティンさえ唸らせたってんですもんね。
・・・でも僕なんかがその場にいたら、間違いなくブーイングする方に回ってただろうな^^;

それから、東京ビートルズにも追っかけはいたんでしょうけど、もし自分がその立場だったと考えたバヤイ(んなこたアリエマセンが^^;)・・・20年経った後だとして口が裂けても白状出来ないだろうな(^^)

投稿: レノすけ | 2005年6月11日 (土) 17:35

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