SELTANTHOLOGY(はじまり)
1999年の初夏。
Tシャツ一枚でも充分過ごせるようになってきた頃。
その日も僕はお気に入りのTシャツを着ていた。
普通の人なら絶対着ないTシャツ。
黒地で、胸には大きく四人の男の顔写真がプリントされている。
その顔はどこか物憂げで、それでいて遠くを見据える涼しい目をした男たち。そのうち一番端の一人の男の目は、間違いなく野心に燃えているように僕には見える。
Tシャツそのものは日に焼けて色褪せてしまっているが、それを着ると僕はいつも心が高揚してくる。それは今でも変わらない。
「ビートルズ、お好きなんですか?ですよね?」と唐突に彼は聞いてきた。「だって・・・そのTシャツ」
今時しれっとビートルズのTシャツなど着ている人など滅多にお目にかからない。
そんな人はつまりよほど奇特な人物か、もしくはビートルバカと相場は決まっている。
「うん。バカですよ」僕がそう答えると彼はパッと顔を輝かせて今にも抱きつかんばかりに堰を切ったように話を続けた。
「実は、ビートルズのバンド、やりたいんですよ。ギターとか、出来ますか?」
いきなり過ぎるとは思ったが、それでも充分過ぎるほど僕は心の準備が出来ていた。
そうだ。僕はこの言葉を無意識に待っていたのだ。
誰でもいい、誰かに気付いて欲しい。ビートルズがやりたい。
そういう思いで僕はきっとこのTシャツを着ていたのだ。その瞬間それに気付いた。
「うん。出来るよ」
そこから、全ては始まったのだ。
僕に声を掛けてくれた当の本人はもう既にこのバンドにはいない。
初代セルターブのリンゴ山下。
「会わせたい奴があと二人いるんですよ。みんな筋金入りのバカばっかですよ」勢い込んで彼は続ける。
お互いいい大人だというのに、感覚的にはすっかり子供に戻ったような気がしてくる。まるで秘密基地に新しい友達を誘うかのよう。
勿論、僕が誘われているのだ。
それで数日後に顔合わせとなった。
どうやら僕はオーディションを受けるような雰囲気の場に連れ出されようとしているのだと察知し、だから迷うことなくギターを持参していった。
松ちゃんとは以前から面識があった。ぶっちゃけた話松ちゃんの第一印象は軽くてイケイケで怖いもん知らず。そしてその印象は今でも変わっていない(^^)
だがサマーことなっち(当時はジョージ夏川)とはその時が初対面だった。寡黙だが言葉の端々にキラッと輝く知性とウィットを感じた。
山ちゃんは僕をナンパした時の第一印象の通りだった。ビートルズが好きで好きでたまらないオーラを全身から発していた。
松ちゃんがその場の議長を務めていた。
僕以外のパート、つまりリンゴ、ジョージ、そしてポールは今の時点で既にいる、でもジョンだけがどうしても見つからなかったのだ と前置きした後に松ちゃんがこう付け加えた。
「実はジョンをやって貰いたいんですよ」
そして彼らの目の前で数曲弾いた。「Blackbird」「Mother Nature's Sun」・・・なぜかポールの曲ばかり(笑)
いつの間にかなっちも奥からギブソンを引っ張り出してきていた。一緒になって弾いた。そういやその時以来あのギブソン見てないな。
その場に居合わせた全員が一通り各々のバカ度やバカ歴やその他諸々を披露&確認しあった後。
松ちゃんがボソッと言った。
「どうしよう。道端でダイヤモンド拾ってまった気分だ」
・・・どうだろう?
ビートルズのバンドに迎え入れられる立場の人間に対して、これ以上の歓迎の言葉があるだろうか。
その時が初のミーティングで、バンドそのものがようやく形に成り掛けたばかりでデッサンしか出来上がっていない状態だというのに、次の練習日やそして選曲までもが僅かの時間の間に次々と決められていった。
僕は、このメンバーだったら何も怖いものはないと確信さえしていた。
実際にバンドとして最も肝心な「音」すら出していないというのに。
そして、その浮き足立った幸せな気分は初練習の時まで(正確にはスタジオに入ってスティックによるカウントが入る瞬間まで)続いたのだった。
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