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2005年9月19日 (月)

犬と弟

二つ違いの弟と僕は毎朝一緒に登校していた。
とは言え二人きりでそうしていたわけではなく、分団登校という形である。

僕と弟の所属する分団ではその前の年までは上級生が班長をしていたのだが、僕が進級すると同時に彼は卒業して行き、結果その次に最年長であった僕が自動的に次期の班長となった。いわゆる世襲制(?)である。
それは僕が班長になって間もない頃のある朝の話。小学五年の時。

確かうちの班員数は僕等兄弟を含め10人に満たない数だったと記憶している。
我が家の目の前の小さな公園が毎朝の集合場所であった。
公園の入り口には、何と言うか、鉄のパイプで出来た円形のゲートのようなものがあった。
普通はそこをグルッと回り込んで公園に入場する。しかし僕らの様な高学年になるとそんな回りくどい事はせずパイプに片手をかけてヒョイっと飛び越えていく。そしてまたそれこそが高学年の高学年たる証のようなものでもあった。上手く説明できないが。
もし仮にそれを低学年でも出来たとしても、それをしてしまったが最後余程上手く立ち回り切り抜けない限りそれはハバちょやイジメの対象になってしまうような行為である。


その朝僕達はいつものように公園で班が完成するのを待っていた。
その日弟は僕より少し家を出るのが遅れ、弟待ちの状況が出来上がっていた。
程なくランドセルを背負い込んだ弟が元気に家から飛び出してきた。走っている。笑顔だ。その勢いで公園のゲートに差し掛かった。
すると弟は「今日なら出来る」と考えたかどうかは知らないけれど、とにかくゲートを飛び越えにかかる体勢に入ったのが見えた。
(あいつやる気だな)と僕達は皆思った。そして皆が彼を注視した。

ひょいっ と弟は足取りも軽くゲートを飛び越えた。
そして着地の瞬間、彼は態勢を少し崩した。
まず片足が地面に付き、そしてもう片足でバランスをとってポーズを決め上手く行ったら10点10点9点8点9点10点…と評価が下るはずであった。
しかし彼は背負い込んだランドセルで一回バウンドし、脇腹から地面に叩きつけられた。
我が弟ながら思わず、プッと笑ってしまった。

暫くうずくまっていた弟ではあったがすぐに気を取り直し(屈託の無いのが彼の良いところだ)、脇を手で払い何でもないかのように立ち上がろうとしていた。
しかし脇に手を当てた姿勢のまま彼の動作が途端にギクシャクしたものに変わった。
顔を見るとなにか恐怖に慄いている表情だ。そして血相を変えて家に戻っていった。

僕達は10m程離れた距離から遠巻きに弟の不審な挙動の一部始終を眺め、そして呆気にとられるだけであった。
なぜ弟は何の説明も無く家に取って返したのだろう。
怪我をしたりしたのであれば、そのように申告すれば僕等にも打つ手はあったはずである。家に飛んで帰るという結果は同じであったにしても。
確かに公園のゲートに進入するまで満面の笑みを湛えていた彼が着地に失敗した途端血相を変えるに至った事実とは怪我以外に一体なんであるのか。
僕達は現場検証に向った。


弟が飛び越えようとして玉砕したゲート付近に班員一同が集まった。
そこには確かに何かの痕跡があった。
潰れて拡がった、何か。Priceless。
そして引き摺ったような跡もある。

その瞬間、事件のあったほんの直前のゲート付近の光景を皆が思い出していた。
居たのだ。野良犬が。確かに居た。ゲート付近に。紛れも無く。
そして、それを、彼は残していったのだ。

全員が頭の中で先程の一連のシーンを再現していた。
そして、全員が一致した結論を出すに至った。

弟は、決して着地に失敗したのではない。
そこにそれが無ければ、いや、それさえ無ければ弟は見事に成功し、100点満点を獲得していたに違いない。
しかし今まさに着地せんとする弟の爪先には悲しいかなそれがあった。
それの滑性により弟は着地に失敗し、あろう事かその上に脇腹から着地するに至ってしまったのであった。


その後弟はいつまで待っても家から出てこなかったので、僕は班長の権限を行使し弟は捨てて皆で和気あいあいと登校した。
そして勿論、学校に着くまでの間の話題は弟のことで持ちきりだった。

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