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2005年9月20日 (火)

畏れる詩

ある大学の入試問題を手に入れる機会があった。

国語に関して自分はある程度の自信が無くも無いので^^高卒の僕がどのくらい通用するもんかとものは試しにそのページを手繰っていたらとんでもない問題にぶつかってしまった。
ある詩の全編を題材にした問題である。
その詩が、凄いのだ。
全文を記します。


眼にて云ふ

だめでせう
とまりませんな
がぶがぶ湧いてゐるですからな
ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから
そこらは青くしんしんとして
どうも間もなく死にさうです
けれどもなんといゝ風でせう
もう清明が近いので
あんなに青ぞらがもりあがって湧くやうに
きれいな風が来るですな
もみぢの嫩芽と毛のやうな花に
秋草のやうな波をたて
焼痕のある藺草のむしろも青いです
あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが
黒いフロックコートを召して
こんなに本気でいろいろ手あてもしていたゞけば
これで死んでもまづは文句もありません
血がでてゐるにかゝはらず
こんなにのんきで苦しくないのは
魂魄なかばからだをはなれたのですかな
たゞどうも血のために
それを云へないがひどいです
あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
わたくしから見えるのは
やっぱりきれいな青ぞらと
すきとほった風ばかりです。

 宮沢賢治
 詩群「疾中」より


一応、解説を試みます。きっと無意味と思いますが。
病床に臥した詩聖の、悲しみとか寂しさという感情を遥かに超えた高い次元から湧き上がった言葉が強烈に読み手の心を揺さぶります。
壮絶な描写であるにも関わらず何とも身体の力の抜けた詩です。
その状況下でこの言葉を紡ぎ出すという作業は、凄まじい精神力の成せるわざと思います。
冒頭の「だめでせう/とまりませんな」とは、往診に来てくれた医師に対し、口中が血で溢れている為に喋ることが出来ない代わりに眼で伝えている言葉。
健常時では想像すら出来ない精神状態です。
でも自身を卑下しているようになど微塵も感じさせない。それでいて強がりとも感じられない。
透明な気持ちと心を感じるのみです。
今がどういう状況だろうとそれは自然なことなのだと、ただそう言っているだけ。
そんな自分の眼に映るのは、やっぱり綺麗な青空と、透き通った風ばかりなのだと。


えー・・・。
試験中にこんな詩に出会ってしまったら・・・相当かなり僕はヤバい状況に追い込まれてしまって試験どころじゃなくなってしまったことでしょう。

よくよく考えたら宮沢賢治といえば教科書で習った「雨ニモ負ケズ」と「注文の多い料理店」、あとは「銀河鉄道の夜」や「セロ弾きのゴーシュ」位しか知らないもの。
こんなにおそろしい詩を残していたなんて。ただ畏れるばかりです。


明日書店で探してこようかなあ。賢治のこの辺りの詩集。これを機会にじっくりと味わってみたいと思う。

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コメント

わたし的解釈で申し訳ないのですが。。。

「無声慟哭」に代表される妹(トシ)の最後を看取ったことが この詩にも反映されていると思います

また、賢治の「死生観」は実家の浄土真宗信仰と自分の日蓮主義との宗教的対立も色濃く影響しています。

そんな中で 自分の死を悟った時の「悟り」に近い心情と言うか俗世のしがらみから抜け出られる安堵感のようなものがあいまって 出てきた言葉のように思われるのです

もともと自分の病気をわかった上で 闘って ここまでの心情になったわけで。。。

賢治の場合、伝記的もの(彼が置かれた社会的・時代的・宗教的背景)と小説と詩と三つを合わせて読むことをお勧めします。

啄木のエセ共産主義(わたし的解釈ね)より さらに強固な共産主義的の中で富裕農である実家への憤り等々

詩の形態等はまったく違いますし比べるものではありませんが 中也の懊悩と賢治の懊悩は まったく比較の対象にならないくらいだと思ってます

はじめて賢治の詩を読んだのは そりゃぁ やっぱり「雨ニモ負ケズ」でした。今でも忘れない小学校5年生(笑) 

はっきり言って 当時 それ以外の詩は 小学生には「無理」でしたっ!

でも「この作家だから読む」と言う入り口になったのが「宮沢賢治」です^^

今思ったら いやな小学生だな

投稿: ともも | 2005年9月20日 (火) 02:44

先輩、アドバイスありがとうございます。
はい。とももさんの仰る通り宮沢賢治作品を味わうには、背景と作品の両面から立体的に捉えてみるようにしてみます。
こんな歳から始めても良いですよね?

いやな小学生だったんですか?^^でもうん、いましたよね、学年に一人二人。そんな文学少女。
かくいう僕もそんなタイプだったのではないかと思います(だから先生からは「変わった子」扱い^^)。
でもそんな文学少女とは何故か反友好的関係にありましたが^^ライバル意識もあったんだと思います。
文学少女とももさんに早く追いつきたいなあ。

投稿: レノすけ | 2005年9月20日 (火) 12:39

偶然の一致というべきか。

僕がこの記事を上げたのが9月20日。
賢治がこの世を去った日が昭和8年9月21日。今まさに命が尽きようとしている時。
享年37歳。
奇しくもいま僕も満37歳。

ネットで賢治の生涯を調べていた時にそれに気付いた。
そんなことにはきっと何の意味も無いのかもしれない。
でも、賢治をとても身近に感じるきっかけにはなった。

投稿: レノすけ | 2005年9月29日 (木) 01:13

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