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2005年10月14日 (金)

なくしてはならないもの

あっ と思った。


いつもそれを僕はズボンのポケットに入れている。
かたん という音によってそれが床に落ちたのが分かった。
隣の人もそれに気付いたようだった。

車内が空いていれば何気ない振りをしてそれを拾い上げることが出来た。
しかし席はかなり混雑しており文字通り身動きが取れない状況であった。
靴の先で足元をまさぐってみる。だが何も触れる気配が無い。どうやら落ちた勢いで結構遠くに転がっていってしまったようだ。

葛藤があった。
そして一瞬、諦めかけた。
まあ、いいか。わざわざ無理して拾わなくても。そこらのコンビにでも安いものが売っていることだし。新しいものを買えばいいだけの話だ。


他人から見れば決して大した品物ではない。
大したものどころかむしろそれは傷だらけで半分ガタが来てうまく蓋が閉じれない状態にもなっている。
もし誰かがそれを拾ったとしてもまず間違いなくゴミになるだけのものだろう。

だが僕にとってそれが、疑う余地なく掛け替えの無い大切なものであるということをその時初めて実感している自分がいた。
それを買ってくれた時の妻の表情を忘れることが出来ないでいる自分がいたのだ。


程なく幸いにも隣席の同乗者が僕より先に席を立ってくれた。
それは僕が降りる筈のほんのひとつ前のバス停のことだった。
大袈裟ではなくそれは天から降って湧いた奇跡にも感じた。

そして僕はようやく自然に自分の席の下を覗き込むことが出来た。もう見栄や外聞など関係なかった。
何とか手を伸ばして届くところにそれは落ちていた。

何でもないような顔をしてそれを拾い上げることが出来た時、僕は不思議な感覚に包まれていた。
もし隣人や周りの目を気にしてそれをそのまま拾い上げることが出来ず、自分に嘘をついて捨て去ってしまったとしたら、本気で僕は一生後悔したことだろう。
無くして初めて気付くということは、本当にあるのだ。
無くしてはならないものが、誰にでもあるのだ。
はあっ とため息が出るほど、僕は心から救われた気持ちになった。


もったいない という言葉は、外国語に訳すことが出来ない日本独自の言葉なのだそうだ。
そして一番もったいないものとは、気持ちを捨ててしまうことなのだそうだ。

例えば、高校受験の日に母がこしらえてくれたお弁当を電車の網棚に置き忘れてしまったとする。
こういう時の「もったいない」とは弁当を失った無念さよりも母の「真心を失ってしまった申し訳なさ」なのだそうだ。

「もったいない」の表側は物質的損失を惜しむ気持ち。
その裏側には「形には表れない大切なもの」に馳せる感謝の気持ちと、それを無にしてしまった嘆きが一体となっている。
それが日本人独特の精神世界を形づくっているのだと。


本当にどうってものではない。

小さな携帯用の灰皿。
出かける時には僕はそれを肌身離さず身に付けて、そして今ではもう10年ほど使い込んでいるものだ。


それは決して物への執着ではない。
気持ち というものは、目に見えたり計ったり出来るものではないのだ。
ただそれを僕に贈ってくれた妻の気持ちこそが本当にもったいないものであることに、その時僕は気付いたのだ。


mottainai
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コメント

こんにちは。
ちょくちょくお邪魔させて頂いてます。

私は小さいときから物を捨てることが苦手でした。
別にもったいないということをずっと推奨してきたぞという意味では無くって。

あるものを捨てなければいけないとき、
それがどのような目的で生まれてきたのか、
そして作った人はどんな気持ちでそれを作ったのか、
さらにその目的は全うできたのか。

とかいろいろ頭をよぎるんです。
すると捨てるってことはいろんな人の気持ちまで一緒に捨ててしまうことになるんじゃないかと。

物には魂が宿ると言いますが、その魂はその物に自然発生的に出てきた物でなく、
それを生み出した人の気持ちが乗り移った物でないかと思うんです。

だからたとえ包装紙であったとしても贈り物としてそこに気持ちが宿ってる限り、
なかなか捨てられません。
少し変な癖かもしれませんが少なからず自分の中にあるそういう気持ちって大事なことだと思ってます。

おかげで部屋の中は散らかる一方ですがw

レノすけさんと同じシチュエーションに出会ったらおそらく私も葛藤すると思います。
そしてものに対してでなく、それを贈ってくれた人の気持ちに対して「もったいない」と。
そこにはものの金銭的な価値は全く関係ないと思います。
気持ちのもったいないはお金では換算できないですからね。


長文失礼いたしました。

投稿: すぅ。 | 2005年10月15日 (土) 12:32

すぅさん。
こちらでは初めましてです(^^)


僕とすぅさんは、似てますねっ!
感性が^^

投稿: レノすけ | 2005年10月17日 (月) 23:48

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