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2005年11月25日 (金)

CHAOS AND CREATION IN THE BACKYARD

僕は批評家でもないしそれ気取りでもない。
ましてや出来上がった作品のレビューを書くつもりなども更々ない。
でもだからそれ故思い入れたっぷりに書くことが出来る。

今で四度目のリピートになる。だからそれは聴き込んでいるなどと言うには程遠い。
でも独りでこれを聴いていると、言葉で上手く表現できない感情が渦巻くように湧き上がって来る感覚を覚える。
上手く表現できないのだけれど、あえて進めてみようと思う。


殆ど全てのインストゥルメンツをポール一人でこなしていると紹介されたアルバムの記事を読んでからというもの、僕はそれを聴きたくて居ても立ってもいられなくなった。
そしてそれを聴いて今更ながら改めて確信した。
僕は、ビートルズそのものの音が好きなのだ。

ビートルズ的なものにも僕は堪らなく強く惹かれてしまう。
しかしそれには僕なりの条件がある。


ビートルズの中で僕が好きな音のひとつは、ホワイトアルバムの音源群である。
誤解を恐れずに言うと、この新作を聴いて僕はホワイトアルバムの中に流れているビートルズの風を感じた。
ポールの自作の曲を自分で演奏する楽器の音、ポールの歌う声と自らコーラスを当てる声。
それは紛れもなくビートルズだと僕は感じる。
勿論、(元ビートルズの)当の本人なのだから何をどうやってもそうなるのは当たり前なのかもしれない。

でも反面僕は大阪ドームにポールのライブを聴きに行った時に感じたあの感覚は忘れることが出来ない。
目の前に居るのは紛れもなくポール・マッカートニー本人であり、そしてポール本人が歌い、自らベースやピアノを弾き演奏されている曲はビートルズのものなのである。
そうであるにも関わらず、(これは乱暴な言い方だとは分っているが)ああ僕の体感する音は・・・ビートルズではなかったのだ。


僕の中でこの二つの感覚は矛盾するのだろうか?


そうではないのだと思う。
答えがあるとしたら・・・。

プライベートな音そのものが、僕の好きなビートルズであるのかもしれない。
それは手作りの、意図的に洗練されていない素材に近い音である。
上手く言えないが小奇麗ではいけないのだ。
自身の内面を表現しようとした時、それはプライベートな音でしか出来得ないものだと僕は思うのだ。
そしてそれこそが創造であり、そして時として混沌でもあるのだ。
僕の好きなビートルズとは、プライベートな混沌と創造が一体になっているものなのだ。


このアルバムを聴いていて、僕は無意識に探してしまう音がある。
そしてただ思うのである。
ここに、ジョンやジョージやリンゴの声や音が聴こえてきたとしたらどんなに素晴らしいだろうかと。
例えばスタートのカウントひとつや、洟をすする音だけでもいいのだ。
感傷ではない。


4年ぶりに発表されたアルバムである。
僕のような日々の生活に追われている4年間とポールのそれとは次元が違うことは分りきっているが、それでも決して4年という時間は短くはない筈である。
2005年の現在のポールは、4年間の間に何を見何を思いこれを創ったのだろう。そしてそこから何処へ行こうとしているのだろう。


裏庭の混沌と創造
cc

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