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2006年3月

2006年3月24日 (金)

約束

「今度、必ず家族連れて来ますから」

僕はお店のお母さんに声をかけた。申し訳なさが手伝っていることも勿論あるが、しかし何より偶然出会ったこのお店の佇まいというか空気に僕は懐かしいものに出会ったような気持ちにすらなっていたのであった。
今のところ店内は閑散としているが何しろこれから昼時を迎える時間帯だ。こんな訳の分からない人間の相手をしているほど暇じゃないようだ。
「ああ、はいよ」と素っ気無く母さんは答える。
「ありがとうございました。今日は時間がないので申し訳ないですけど、必ず、来ます」僕の言葉にもう返事はなかった。


ほんの5分前。僕はバス停に立っていた。
風雨に晒されたポールに取り付けられている時刻表を見る。あと7〜8分でバスが来る。それを逃すと次は30分後になる。

実はバス停に向かい歩いている時から、前兆はあった。
だがまだその時は気にならない程の軽さであった。
しかし今は違う。

既に第3波、いや4波若しくは5波か。正確には分からない。
何れにせよ紛れもなく最早時既に遅し という段階に差し掛かっていることを僕は悟る。限界が、近いのである。

例えばもし仮に、このままバスに乗ったとする。
想像力を働かせるまでもなく、まさにそれは最悪の状況だ。
座席でもんどり打って「すいませんお願いです停めて下さい」と僕は泣きながら運転手さんに訴えるであろうことは想像に難くない。


どうする。

とにかくまずは出直した上で態勢を整え次のバスにするか。
だが時間的余裕はない。それでは約束の時間に大きく遅れてしまう。
ならば玉砕覚悟で乗り込むか。だがそれは経験上余りにも危険極まる行為だ。何故なら僕の乗るバスは高速バスであり、一度高速に入ったら目的地まではノンストップだからである。となると最悪の状況よりもっと最悪の事態になりかねない。


左右を見る。目の前には片側二車線の道路を挟んでガソリンスタンドがある。そこまでダッシュするか。車の間をかいくぐって。
しかし今の僕に走ることは余りにも危険だ。ここまで来ると一瞬の弛みも許されないからだ。気の緩みも、筋肉の弛みも。断じて許されないのだ。

草むら…?
一瞬誘惑に駆られる。しかしすぐに却下する。
夜ならまだしも今は真昼間だ。しかも現在スーツ着用だ。
まあ、深夜だろうが何だろうがそれは許されざる行為であることは違いないのであるが。

そして閃いたかのように僕は後ろを振り返る。
うどん屋が其処に厳として在った。

よく考えたらここにうどん屋があることを僕は知っていた。しかしいつもは朝早くにこのバス停に立つのでシャッターが閉まっている光景しか目にしていなかったのだ。
そのうどん屋が、開いていた。


晴れやかな気持ちで後ろ手に引き戸を閉めたところに丁度、バスが、来た。

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2006年3月22日 (水)

あと5分

遅くに帰ってきて、金曜いや木曜の晩までにしなければならない事を済ます。

済ます と言ってもそれもどうもしっくり来ない。その題材に対する僕の考えが熟していないようなのである。機械的にこなせると言うものではなく、だからつかみ所があるようでないようで…少々、混乱しているようだ。
そのうちあんまり考え込みすぎて、肩が張り胃が気持ち悪くなってくる。前屈みの姿勢も悪かったみたいだ。

ふと時計を見る。ああもうこんな時間だ。
あまりすっきりしないけれど、今日はもう寝よう。これで明日の仕事に差し支えては元も子もない。
幾ら明日の寝覚めが悪かろうと、他にも今日の内にしなければならないことはあるけれど…仕方ない。


とここで師匠のある言葉が頭をよぎる。

「『あと5分』頑張ることが大事。
もう止めようかな、遊びたいな、と思うときに『あと5分』頑張る。
5分間、余計に努力した人が偉大なのだ。この人が勝つ。これが人生」


…むむ。

お師匠さん。今の僕には少々キツいのですが。


でも、うん。
あと5分か。
無理なら止めよう。
どうだろう。肩が張ってるとか胃が気持ち悪いとか言ってるけど気持ち的にダメなだけじゃないのか?
どうだ?俺よ。
…うん。
よく考えたらどうも気持ち的だけみたいですわ。認めたくないけど逃げ 入ってましたわ。


それならメールひとつなら打てそうだ。
よし、そうしよう。そして、すっきりして寝よう。

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2006年3月20日 (月)

夫婦の休日

この土日、訳あって子供を祖父ちゃん祖母ちゃん(母方)に丸二日、預けることとなった。


そしてこの二日間、実に伸び伸びと、夫婦で過ごすことが出来た。
実に色んな、話が出来た。
いつもなら中断してしまうような話も、子供の前では出来ないような話も。
久しぶりに二人で考え、そして一緒に行動し、同じ方向を揃って見ることが出来た。
よく考えると我が家に子供が居なかった時ですら、二人がこんなに団結出来たことがあっただろうか。

子供は夫婦の鎹ではある。
それは確かに、そして間違いなく。


しかし、夫婦として、こんな時間も確かに間違いなく必要なのだ。そう思いきり感じることが出来た。

本当の意味で、いい休日だった。

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2006年3月19日 (日)

二つの物差し

例えば朝。

寝惚け眼で車の運転をしたとする。別にそれは車でも自転車でも何でもいい。
そして信号のない交差点に差し掛かる。
すると突然、出し抜けに現れた車が目の前を猛スピードで通り過ぎる。ノーブレーキで。


ここでどう思うか。
「もし交差点に入るのがあと1秒早かったら…ヤバかった」
で冷や汗を流しながらこう思う。
「自分は運が良かったのだ、助かった」
そして一日、いま自分が生きていることを奇跡のように思う。例えばの話。


そして後日また別の朝。

あの日の朝と同じように寝惚け眼で同じように交差点に差し掛かる。
ただ猛スピードの車は来ない。だから命が縮む思いもしなくて済む。
そのあと一日、何事もなく過ごす。普段通りの毎日だ。
でそのまま帰宅する。


そして、思う。
「今日は別にいいことも何もなかった」 と。


本当に、そうなのだろうか。

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ミイラ取りがミイラになる

人と対話する時。

「会話」ではなく、「対話」。
例えば相手が初対面の人だとする。
それが会話であれば、難しいことではない。表面だけでも充分に成り立つからだ。当たり障りのないことを、並べればいいのだ。そしてそれが、日常生活の殆どであるのだ。
ところが、対話となるとこうは行かない。
まず自分が胸襟を開き、相手に自分を曝け出すことから始まる。そうしないことには相手の人も絶対に本音を言ってはくれない。対話とはそういうものだと僕は思う。


人と交渉する時。

その時、強い一念を持っているほうが勝つ。それはひとつの例外もなく。
以前こう教えてもらったことがある。
「自分より立場の強い人と交渉する時は、懐に刀を忍ばせて行くんだ」
勿論それは文字通りの意味ではない。それでは犯罪になってしまう。
「要求をぶつける時には、ヌラリと刀身を見せ、抜くぞ、抜くぞと迫ることだ」


仕事で、ある取引さんのところへお邪魔する。

価格の、交渉のためである。
昨今の景気状況もあり、うちからの発注数量も減っている。それでも頑張ってロット数を減らしながらも辛抱強く旧来の価格で納品して下さっている取引先さんである。
そして、その設定価格がもはや限界を超えるレベルに達してしまい、已むに已まれず部品の価格を値上げさせて欲しいとの要求が取引先さんから届けられたわけである。
企業というものは、どこまで行っても利潤を追求する集団である。損をすると解りきっている仕事は余程の事情がない限り基本的には行なうはずがないのだ。

その取引先さんの社長とまともに話をするのは二度目となる。
単価の値上げはすんなりとは容認することが出来ない。だがそれは端から理不尽な言い分であることは解りきっている。取引先さんに損をさせてまで発注する権利など誰人にもあるはずがない。
僕は、今日は思いきり胸襟を開き、独りその場に臨もうと決意していた。本音で話そうと。それしか手がないと思ったからである。
そして、その通りにした。

取引先さんの社長は、朴訥で信頼の置ける方である。口も決して上手くない。
僕は、初対面の時からその方に好意を抱いてしまっていた。
もし仕事を離れた時にお会いできたらきっと僕は父のように慕うことになってしまうような気がする。
だが、立場上、胸襟は開くものの即要求を呑むことはやはり出来ない。僕にも社命があるからだ…。


ところが今日。

社長は懐に刀を忍ばせていたのだ。


僕の頭の中には、この言葉がこだましていた。
------
ミイラ取りがミイラになる

【意味】
人を探しに行った人が、探されるがわになってしまうこと。
説得(せっとく)しようとした人が説得されて、相手の意見にしたがってしまうこと。
【ゆらい】
ミイラを取りに行った者が、帰れずに自分がミイラになってしまったこと。

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2006年3月18日 (土)

自由とは

自由とは、遊ぶことではない。
自由とは、浪費することではない。
自由とは、時間があることではない。
自由とは、休日が多いことではない。
自由とは、気分のまま気ままに生きることではない。


自由なのか不自由なのか。
受け身になったら、どんなに自由な環境でも不自由な自分になる。
攻めていけば、どんなに不自由な環境にあっても自由な自分になれる。

自分自身を支配できることこそが、本当の自由である。
賢者は心の自由人、愚者は心の奴隷である。

力があれば、自由になれる。
スポーツでも、音楽でも。
自由自在にプレーする為には、実力が必要である。技術が必要である。
その為には、自分を不自由な立場においても懸命に練習しなければならない。
苦労と相反して、自分のしたいことだけをやっているのは自由ではない。
それは、放漫であり、我儘である。

勿論、逃げる自由もある。
しかしそれは小さな自由だ。
最後は、何の力も無いひ弱な自分になり、行き詰まり、最大に不自由な人生となってしまう。

自分は何をしようと自由だ と言って苦労から逃げても自分自身からは逃げられない。
自分の弱さや性格、宿命からは逃げられない。
それは、自分の影から逃げられないことと同じである。


苦しみは、逃げれば逃げるほど追いかけてくる。犬のようなものである。
だから、立ち向かうしかない。
人生とは、最終的に無限の自由を獲得する為の戦いである。


これは全て、僕の師匠から戴いた言葉である。
頑張れ、負けるな と。

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2006年3月17日 (金)

キムチ爆弾

帰宅すると大体が家族の食事はもう既に済んでいる。
だから僕はいつも一人でご飯を食べる。
いや、一人で というのは正確ではない。厳密には3人で である。


左脇に上のチビ。右脇に下のチビ。
次はこれ お茶どうぞ お替りは? とせっせせっせと接待してくれるのである。
手を離すと二人とも椅子から転げ落ちるので、文字通り二人の子供を両脇に抱えて僕はご飯を食む。
両脇ならまだしも、パパの腿の上は二人が虎視眈々と狙う玉座である。ここに来られるともはやお手上げである。これまた文字通りのお手上げ。ホールドアップ。ご飯中止。何故なら僕が箸で取ったおかずは全て子供の口に消える故である。お前らさっき食ったばっかと違うんか。
また当然、僕のおかずも同時に餌食となる。手づかみで持っていかれる。

ただ、辛いものを除いて。


僕はキムチ大好き人間である。美味いキムチさえあればご飯何杯でもいける。僕の影響からか妻も結婚してからキムチ好き人になった。
今日の晩菜にも並んでいた。プラケースに入ったキムチ。当分(といっても一週間弱)はこれで持ちそうだ。

とする内に下のチビが接待にもおかず横取りにも飽きてきた。
キムチの容れ物で遊んでいる。
ようやく落ち着いてご飯が食べれそうだ。


とツルッとチビの手が滑る。
あっ と思う。

次の瞬間、視界からキムチの容器が消える。と同時にゴンと床に何かが落ちる音がする。
「あーっ!やった」と僕は叫ぶ。
「何やった?」と妻が叫ぶ。
「あーっ!!」と夫婦同時に叫ぶ。

横倒しになったキムチの容器。幸い中身の全部は飛び出していない。大事には至らなかったようだ。
「ダメでしょ!キムチで遊んだら」とお仕置きに右手をしっぺする。「あーん」とチビは泣く。
拾い上げたキムチの容器を元に戻し、何事もなかったかのように僕は食事に戻る。ひと時、チビからも解放される。


しかし。
これだけで済んだわけではなかったのである。
キムチは、意外と飛ぶのである。


キムチの容器の上部方向。
爆心地から半径約2~3mの所までその破壊力は及んでいたのであった。それは平面的な距離ではない。立体的な距離である。


プリンタ上部:溶液の痕跡あり
壁:僕の背丈の部位にキムチの小片を発見
ピアノの奥に隠してあった僕の大事なギター:大片の付着を確認


そして今、これを打つキーボードにもその破壊力の一環を見て取れるのである。

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ダンス・ダンス・ダンス

帰路。
丸の内から栄へ向かい桜通りを東へ一人歩く。


強い雨と風。
歩道のあちこちに水溜りが出来ている。それを踏まないように気をつける。
前を向くと同じように真っ直ぐ進めない人達が見える。皆、同じ要に水溜りを避け、同じ轍を通っていく。僕もその一人。

歩道はアスファルトではなく、30cm四方程の正方形の敷石を敷き詰めたものだ。
歩道の真ん中には視覚障害者のための黄色いブロックがある。
風が強いので傘を飛ばされそうになる。だから思わず前かがみになり足元に見える黄色いレーンを頼りに歩く。

対向する人とすれ違う。お互いが道を譲る。
がすぐ脇は水溜りだ。
思わず、敷石をひとつ飛び越える。でまたすぐ元に戻ろうとする。


その歩調が、ボックスを踏んでいるようだとふと思う。
左・右・左・右。
ワン・トゥー・スリー・フォー。ハイッ・ハイッ・ハイッ・ハイッ。


羊をめぐる冒険の続編でとても面白い物語としての村上春樹氏の小説とは全く関係がない。

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フォロー不可能

午前11時55分。


今から電話を一つかけても微妙な時間である。下手すると話の途中でチャイムが鳴ってお昼休みに掛かってしまう。
慌ただしい中のふとした空き時間。社内が禁煙じゃなければ仕事の手を休めてここで一服する頃合いだ。


どこか遠い席でピピッとアラームが鳴った。
もうじきお昼 という意味での設定だろうか。

ふと気が付くとそこはかとなく何やらいい匂いがしてくる。
餃子のようだ。

匂いの元は、割と近い。


いや。
すぐそばだ。


横を見るとゴソゴソと上司が弁当を広げ、一人モグモグと食べだしている。
僕は目を疑うというより、思考が停止した。


暫くすると、お昼のチャイムが鳴った。
「あれ?まだ鳴っとらんかったか」 と上司は呟いた。


フォロー不可能である。

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2006年3月13日 (月)

学ぶということ

自ずから予習して自ずから講義を聴いて自ずから復習する。
このステップを踏んで初めて学んだことが自分の血となり肉となる と教えて貰ったことがある。


だから学ぶということは単に頭の中に知識を詰め込むということではない。
好きだろうが嫌いだろうが美味かろうが不味かろうがとにかく何でもまずは一度目をつぶって飲み込んでみる。
そして自分の中でグチャグチャに消化して、そしてその後に出てくるものを自分なりに表現してみる。自分以外の誰かに、それを伝える。
それは飲み込んだ知識を自分の中で再構築する行為である。

その上で実際に、自分の表現で伝えることが出来たもののみこそ、自分が学んで得ることの出来たものの全てであるのだと。
それが本当の意味で学んだということなのだと。


それは音であろうと言葉であろうと、何であろうと。
それは変わることのない普遍的な真実である。


それは自発能動の姿である。
何かを学ぼうとする以上、受身になってはいけないのである。
何故ならそこからは何も生まれてこないからである。

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言葉に出来ない

こんな光景を目にする。


バス停。朝。
なかなか来ないバスを待っている様子の10代とも見える若い女性。だが、母親である。

一見しただけでまだ1歳にもならない乳飲み子を抱きかかえている。
気付かれないように僕はそっと観察する。何故なら余りにもその赤ん坊の瞳が気になったからだ。
着せられている服装から男の子に見えるその赤ん坊は、鼻水が乾いて鼻の下がガビガビになっている。そして風邪をひいているのか小さく咳をしている。だからだろうかどこか、虚ろな瞳をしているように僕の目には映る。
そしてその彼女の足元にはお兄ちゃんと思しき男の子が母親の太腿を軸にしてぶら下がって遊んでいる。

こんなものはどこにでもある光景だ。


でも、彼女はイライラしている風でもないのに大きく僕の想像を絶する行為に出る。

煙草に、火を点けたのだ。


そんな母の行為を兄は、気にもしていない様子だ。
でもそんなちょっとした振る舞いを見るだけで、彼女の生活が垣間見えてしまうと感ずるのは僕の傲慢さであろうか。


だが、少なくとも抱かれた赤ん坊には、抵抗する術も何も与えられていないことだけは間違いない。
ただ、小さく咳をすることのみを除いて。


どなたか、僕に教えて下さらないだろうか。
僕は、この気持ちを一言で言い表せる日本語を知らないのだ。

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2006年3月12日 (日)

オープンチューニング

昨年10月、チビたちの2歳の誕生日の時にプレゼントを買ってあげた。
ウクレレである。

1歳の時は、いわむらかずおさんの「14匹のねずみ」をそれぞれ1冊ずつ、買ってあげた。絵や線や色が、美しくて僕が好きになってしまったからだ。
でもこれは少し早すぎたようだ。ビリビリのグシャグシャの悪戯書きだらけの餌食になる前に物心がついたら、本棚の奥に隠しておいたものをまた出してあげよう。


楽器屋には子供向けの玩具のような楽器が並んでいる。
例えばそれは、タンバリンであったり鉄琴の様なものであったりちゃちなキーボードであったりギターもどきのプラスチック製のものであったり。
要するにまあどれもこれもオモチャだ。本物じゃない。

幾ら相手が2歳児だろうと、僕は本物を持たせてあげたい。先にあげたいわむら氏の絵本も発想は同じだ。
親のエゴか親馬鹿かさもなくばバカ親か。別に他人にどう云われようと構わない。
で買ってあげたものはお揃いの赤色のものである。
子供に渡すものであるから勿論、安物だ。我が家はそんなに裕福な家庭じゃない。
でもちゃんとした木製のものだ。オモチャじゃないぞ。お父ちゃんは本物志向なのだ。


プレゼントとして渡してあげた日に僕がこれで「Happy birthday to you」を弾いて歌ってあげたらそれ以降ウクレレを手にしては「はっぴばすでーちゅーゆー」と歌っている。
どうやらチビらにとってはこれは「はっぴばすでー」を歌うための機材として認識されたようである。

でこのウクレレ。気が付くとチビらの踏み台になっている。
すると僕は悲鳴のような声で「やめろー乗るなー!」と叫ぶ。チビらはキョトンとする。貰ったものだからどう扱おうといいじゃん と思っているかどうかは分からないが。

でもウクレレを持って構える姿が結構サマになっているんだこれが。
チビらの身体のサイズ的にも大人が持つギターと相対的に変わりが無いのである。
このまま行くともしや将来は矢井田瞳か木村カエラ か?という感じである。


キチッと合わせてあげたチューニングは5分と持たない。何故ならチビらがペグをイジって勝手に変えてしまうからである。独自の変則チューニング である。ある弦はドロンドロンに伸びきっているしある弦は今にも切れそうだ。
そしてその変則オープンチューニングでウクレレを弾くのであるが、勿論、コードの押さえ方などチビらは知る由も無い。従い、オール開放弦。全てアップ&ダウン・ストローク一発 である。

ムチャクチャなチューニングでガチャガチャやられるとそれは耳障りな不協和音以外の何者でもないが、これが偶に不思議なコードを奏でていたりするから面白い。
しかも二人で合奏していると、笙のような響きがする時がある。
ほ~ぅ と感心してしまう。


ミュージシャンであるこの親を唸らせるこの子らは、やはり、天才なのである。

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ミッドライフクライシス

取引先さんの工場へお邪魔しようとして朝一でアポを取る。
で30分後にお邪魔しますと約束する。

通りがかりの感じのいい喫茶店で時間を調整する。
時間的にもまだ充分モーニングサービスにも間に合う。
ゆで卵とトーストを齧りながら中日スポーツをめくる。

大体僕はあまり野球にも興味が無いし今の中日も落合監督が好きだからなんとなく応援している程度だ。だから理由も無くただなんとなく、中スポを手に取っただけである。
で何気なく芸能欄の記事に目を落としているとその中のある部分で目が留まる。
小さな枠で囲まれた記事だ。


それはパックンマックンのパックンが書くコラムであるようだった。
しかしそれが大変に面白く、飲みかけの珈琲を思わず噴き出してしまいそうになった。
それは「ミッドライフクライシス」というタイトルのコラムだった。
詳しい全文は忘れたが記憶を頼りに書くと概要こんな記事である。


『ミッドライフクライシス』とは直訳すると『中年の危機』。
これに相当する日本語は存在しない。
その症状としては中年に差し掛かったオヤジがある日突然豹変することをいう。
軽症のうちはまだいい方で突然趣味嗜好が変わったりする程度。
例えばそれまでずっと国産車で満足していたのがある日突然真っ赤なスポーツカーに乗り換えたりする。
またある日突然自分の名前を「トミー」などと英語読みにすることに決め、そしてクラブ通いを始め縦ノリで踊ったりする。ちなみにこの場合のクラブは彼らの中ではディスコに相当するのだそうだ。
しかしそれが高じると突然仕事を辞め髪の毛をモヒカン刈りにしたりして「今日から俺はプロのミュージシャンを目指す」と宣言し周囲の度肝を抜いたりする。
またこれが重症になると長年連れ添った奥さんに突然離婚状を叩きつけそして別れた挙句に何を血迷ったか娘の高校の同級生といきなり結婚しようとしたりする。


・・・らしい。
怖い話である。


理由は様々考えられているが、中高年に差し掛かり、肉体的にも精神的にも衰えを感じている自分への抵抗なのだそうだ。要するに若返りたいという欲求か。
実際パックンも自分の目で直にそれを見るまで本当にそういう現象があるのか信じられなかったという。
そのパックンが出会った光景はこうらしい。


ある中年オヤジがバイク屋の前で買いたいバイクを物色している模様。見るからにバイクとは縁遠い感じの冴えないオヤジである。
そしてそのオヤジ、店員さんにこう尋ねていたそうだ。

「ぶっちゃけ、この中で一番女の子にモテるのはどれだ?」

若い店員さんが訝しげに売れ線のバイクを勧めるとやにわにそれにまたがり
「俺、どう?」
みたいな熱い視線を店員さんに送っていたそうである。


パックンは思ったそうだ。
これがそうなのか。これぞ急性ミッドライフクライシス。しかも末期。 と。
さすがパックン、単に日本語が堪能な芸人さんなだけではなく伊達にハーバード出てる訳じゃないマジで博識な人のようである。

中でもこのコラムで一番辛辣だと思った部分がある。
「大量破壊兵器の存在を理由に中東の国を攻撃し続ける某国の大統領も完全にこれに当てはまる」
・・・のだそうだ。
アメリカ人であるパックンがこう言うのだからなおさら重みがある。


少し気になったので調べてみると、ミッドライフクライシスの症状の中にはこんなものもあるそうだ。
「青春時代のロマンチック歌曲への回帰」


僕は今、こう思っている。
僕がジョンに憧れコピーバンドで演奏しそしてジョンに近づきたいと思うこの気持ちが断じてミッドライフクライシスなどではないと。
僕はただひたすらそう願うのみなのである。
大体、僕にとってビートルズはリアルタイム世代ではないし。
だから、大丈夫。


でもそんな中、往年の5人時代のオフコースを懐かしがる僕もいる。
・・・それって。もしかして。

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2006年3月11日 (土)

オオイヌノフグリ

ズボン下も要らないくらいの気持ちのいい陽気だ。さっき公園でチビらと遊んだ時も上着を着ていると暑い程だった。
こんな日は久しぶりに家族でお昼を食べに出かけよう と妻と話す。


そうと決まったら早速家を出よう。
子供の上着も薄着でいいや。さあ早くお靴履いて。持ち物は持った?忘れ物無いな?おもちゃのケータイとプーさんのぬいぐるみ。

そしてそそくさと玄関の鍵をかけて車に乗り込む時。
家の前の空き地にふと何気なく目をやる。
するとつい最近まで枯れ草だらけで殺風景だった中に目立たない雑草が綺麗な花をつけていることに気付く。
薄い青色の小さな花だ。


「こんなとこにも春が来たね」と小さく健気に咲いている花を目にし和んだ気分になった僕は呟く。
「そうだね。オオイヌノフグリだね」と妻は言う。

「・・・」妻が何を云わんとしているのか解らず僕は一瞬無言になる。

「何ふぐり・・・? 何て?犬のふぐり? キ○タマ?」と僕は訊ねる。
「そうだね」と何言ってんのという顔で妻は言う。
何言ってんのか知りたいのはこっちの方である。

ますます解らなくなる。「この花のこと?何て?大きい犬の?陰嚢・・・?」
「そうだよ。玉袋だよ。知らないの?」
・・・知らない。


これが僕だけが知らない周知の事実だとして、それにしてもこんな可憐な花に犬の陰嚢と命名した人の心境が計り知れない。何てエキセントリックなんだ。
想像するこの命名者はやっつけ半分でいい加減に命名したかさもなくば余程の小洒落たセンスの持ち主か。どちらにしろかなりの変わり者だったには違いない。


fuguri

オオイヌノフグリ
ヨーロッパ原産でゴマノハグサ科クワガタソウ属の植物。
瑠璃唐草(ルリカラクサ)とも呼ばれる。


実の形が犬の陰嚢に似ていることからこの名がついたらしい。

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2006年3月 8日 (水)

一時停止

随分会っていない友達の夢を見る。


濃紅色の車で迎えに来てくれる。
見覚えのあるような無いような場所である。
運転席から僕を覗く笑顔がとても素敵だ。
腕を伸ばして助手席のドアを開け、僕を招いてくれている。
僕は乗り込む。

何処に行こうか と僕は尋ねる。
答えは返ってこない。友達の口だけが動いているのが見える。
ふと気付いたら周囲は全くの無音である。自分の声すら聞こえてこない。さっき尋ねた僕の声も実は聞こえていなかったことに気付く。

交差点に差し掛かり、これから何処に行こうかと考えているうちに僕を除く全てが一瞬にして停止する。
動いているのは僕一人である。
景色も動かない。車のウィンカーも点灯したままで友達もマネキンの様になってしまう。


翌朝。
何だか気になってその友達に連絡してみようとする。
何かあったような気がするからだ。


でも、やめた。

そんなことをしても何も意味が無いことがわかっているからだ。
この夢にもきっと何の意味も無いのと同じように。

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んふ あは

東洋人なかんずく日本人が英語を喋るということが小林克也氏並みに余程本物っぽくしないとやっぱり中途半端で不自然に感じてしまうのは英語が喋れない僕のひがみなのであろうか。


片言の英語なら僕も喋ることは出来る。ような気がする。
いや、喋るのではなく単語を羅列しているだけなのだが。

仕事で一度スイス人と話したことがある。


彼が応接室に居る時に僕も同席していたのであるが(何の用事だったかは忘れた)、ふとしたことから二人きりになってしまったことがあった。
彼は僕が英語を喋れないことを知っている。取り付く島もない僕は目が虚ろになっていた。動きも心なしかギクシャクしてくる。
スイスといえば母国語はドイツ語の筈である。あちらの人は結構語学に堪能でらっしゃるのか、普通のビジネスマンでも大抵が英語も話される。文法が同じなのかな?分からないけれど。

でそのスイス人。大きい。2mくらいありそうだ。関係ないが。
彼は応接室内をキョロキョロとし、僕のために何か話題を探してくれている様な感じである。

と、彼の視線が壁の一点で止まった。で「ワッツザッ?」 と聞こえてくる。
目を合わせないようにテーブルの上の資料を黙々と読み続けていた僕は思わず顔を上げた。場の空気と流れから「アレは何?」と訊いていることはすぐ解った。
「aha」 とこの場合においては訳の分からない感嘆詞を僕は用い頭の中でグルグルと単語を探した。
「え~…んー あ サンクスフル、サンサンクスフル、サンクス」 完全にドモっている。

「サンクスフゥ?」
「イエス。メニサンクスフル」 必要以上に頭を振ってしまう。日本人というものは落ち着きが無いと思われてしまいそうだがこの場合もう完全に一杯一杯なのである。

「アプリシェイション?」
あーっそうだ。感謝だ。サンクスじゃないような気がする。何故ならそれは額に入れられている感謝状だったのだから。
「イエスアプリシエイション」
そこで上司がガチャッと部屋に戻ってきてくれてそのまま会話は打ち切られる。ですぐ仕事に入っていく。何事も無かったかのように。

ま、意味が通じればいいわけであるから。あれはあれで良かったのである。と信じているのである。


うちの会社の社長は英語が堪能である。外人さんとも対等に話している。ように見える。実際はどうなのか僕にはよく分からない。判断のしようも無い。
しかしこの口癖があることだけは少々どうかと思われる。

こちとら日本語で会話しているにも関わらず、会話の節々に「んふ あは」が入るのである。
これを外人さんが使う場合、あくまで自然な感じの「Uhm Aha」となる。


しかし日本人が闇雲にこれを使うとやはり「んふ あは」としか聞こえず非常に何とも言いようのない侘び寂び感を醸し出してしまうと感じるのは僕だけなのであろうか。
しかもエレベーターで二人きりになった時に会話が無いにも関わらず僕の方を見ながら「んふ あは」と言われると非常に、怖いのである。

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2006年3月 7日 (火)

開放感

日中は車内の冷房を点けようかと思うほどである。

こんな時は一瞬気を許しそうになってしまう。
だが朝晩は結構冷え込むのである。油断するとしっぺ返しを食らってしまうものだ。
去年の僕は、ゴールデンウィークまで継続した。今年も例年通りとするつもりである。


というよりもはや習慣化し、体の一部になってしまっている感がある。


夜、ちょっと家を出る時。
思い切ってそれ無しで出掛けてみる。
スースーするなあ。

ズボン下がないということはこんなに開放感があったのだなあ。

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仕事

仕事から帰宅すると、まず仕事が待っている。
だから僕は一日中仕事をしているようなものである。


しかし何とかそれを教えたい。その仕事の重要さを。
こういう時は、行動で示すしかないのである。背中で語るのである。
だからせっせせっせと仕事をする。そういうことを繰り返ししているといつの間にか見よう見真似で同じことをしてくれるようになる。
また、仕事を与えてあげることも重要だ。責任感や達成感を味あわせてあげるのだ。

でもまあ、僕のその仕事を創るのがかれ等の今一番の大仕事である訳だから、文句も言えないわけである。
それを否定すると型に嵌まった創造性を欠いた面白くも何ともない具合になってしまうに違いないだろうからだ。
こんな変わり者の僕であるから、その上を行く変わり者になって貰いたいと思うのは僕のエゴだろうか。


うちには天才が二人いる。紛れもない天才である。
かれ等はあらゆることにその才能を遺憾なく発揮する。
それが端的に現れるのが部屋の中である。床の上である。
足の踏み場が、無いのである。それが仕事なのだから仕方が無いのである。
そしてまたそれが、かれ等の想像力を磨く手段であると解っているから止めさせることほど野暮なものは無いのである。
何でも、気の済むまですればいいのである。
ただ、ちゃんと片付けることだけは覚えて欲しいと願うのみなのである。


ぶつぶつ文句を垂れながらもひたすら己の仕事こなす僕は、この二人を愛し、尊敬している。心から。
何故なら僕が失ってしまってもう既に持っていないものを一杯持っているからである。

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モード切替

人の前でまともに歌うのは昨年5月以来である。


今回、一週間前に思いがけずお誘いを受け、一人で演ることになった。
ただ問題が少々あった。声が出ないのである。
確かに、風邪気味のような気もするし、花粉症でもある。耳鼻科にも全然通えてない。鼻の状態がどうにも芳しくないのである。
だがそんな諸症状よりも一番困ったことは…声の出し方を忘れてしまっているようなのだ。

とりあえずやると決めてから自宅で一人でリハをする。チビ達がいないときを見計らって。コッソリと。
でもあまり大きな声は出せない。何故なら時間も時間でまた自宅だから^^
あそこの家から変な時間に奇声が聞こえる などという噂が近所で立ってしまってはたまったものではない。僕はあくまで常識人である。
ま、子供の奇声は日常茶飯事ではあるが。

そうするうちに焦ってくる。高音も出ないし伸びもない。
俺ほんとにレノすけか?うっかりしてるうちにもう歌えなくなっちゃったのか? と段々自信が脆くも崩れ去りそうになってくる。
そしてそれは本番当日まで続く。まるでそれは野球選手が自分の打撃フォームを忘れてしまうかのような完全なスランプ状態である。


そして当日。
朝。僕は祈る。人間ここまで来たらもう祈るしか手はないのである。
そしてふと思い出す。閃いたというべきか。

あ。
アレをやってなかった。そうだ。モード切替のためにライブ前にやってたいつものアレ。なあんだ。そうじゃん。
で会場に向う車の中で実行してみる。二度、三度。どうだ?いけそう?
で、うふん(咳払い)。
軽く歌ってみる。 …出た。

うん。納得のいく僕の声だ。高音も出る。
僕という奴は調子のいいもので声が出た途端に胸の奥からやってやろうという自信が溢れて出てくる。


人前でやる以上僕はこのような状態で臨まないと申し訳なさが先に立ってしまい、結果何に負けるよりもまず先に自分に負けちゃうのである。そんなんでいいものが出来るわけがない。
他の人がどうかは知らない。ただ僕は、自分と勝負している状態でなければ人の前に立っては絶対にダメなんだ。
モチベーションはとうの昔に出来上がっている。要は、テンションの問題だ。緊張感とは…少し違う。
だからピリピリしている本番直前にテンションの下がるようなことを囁く奴がいると僕は張り倒したくなってくるのである。


えー選曲?
ああ、今回は新レパを取り入れました。
徳永英明のアレと小田和正のアレとジョンのアレと(ジョンは外せない。だって僕は自他共に認める三重県のジョンなのですから)。
しめて3曲、時間にして約20分。この僕が^^喋りも織り交ぜながらたけスンに借りっぱなしのアンプにギター繋いで一人でプチ・ライブ、やりきりました。

また出来たじゃん、俺。頑張れ。

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2006年3月 5日 (日)

ロマン

こんなことを何かの記事で読み、それ以来ずっといつか実現したいと思っていることがある。


蓮の花が、開花する時。時刻は夜明け頃。
その時なんとも爽快な音がするのだそうだ。
それは「ぱふっ」とも「ぽんっ」とも表現出来るそうだ。

『朝風や ばくりばくりと 蓮開く』 正岡子規


一部の説では音はしない(池の鯉が虫などの餌を獲るときの音なのだそうだ)と言われている様だが、僕は音がする説を全面的に支持したい。
だってロマンチックじゃないですか。
鯉の音って^^; ロマンもへったくれも無いじゃん。

そういう夢を持っててもいいじゃないですか。
生きている間にいつかその爽快な音を、この耳で聴いてみたい。

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羨む=心病む

僕が発奮する理由のひとつは、あの人のようになりたい と思うことだ。


今日僕は「羨む」という言葉の原義を知って少々(いや大いに だ)驚いた。

「羨む」とは「心病む(うらやむ)」ことなのだそうだ。
例えばあの人のようになりたいとの思いが高じて、心が病気になることをいうのだと。


僕は30歳になった時に大きな心境の変化を経験して以来、人を羨むことが全くなくなった。文字通り全く である。完全に無くなった。
思い返せばそれまでの僕の人生は、嫉妬と挫折の繰り返しだったように思う。

変わりたい、でも変われない。
逃げたい、でも逃げられない。
僕はその理由を自分を取り巻く環境のせいにして、変われない自分を正当化しようとしていたのかもしれない。
そんなことが無限に続くスパイラルループのような人生に絶望しかけた時もあった。
簡単に言うと、堕ちたらとことん堕ちて行く超ネガティブな人間だったわけですな。全く情けなかったぞ。俺という奴は。


そしてもう一度書く。
今僕が発奮する理由のひとつは、あの人のようになりたい と思うことだ。

これを言葉尻ではない僕の奥底の本音を書くとそれは、その人が見、聞き、そして感じている世界に僕も到達したいという思いだ。その人と同じ景色を見たいだけなのだ。
だからそれは羨望ではなくもちろん嫉妬でもない。
それは強くなりたいと願う切実な思いから来ているだけだ。

「幸福は、自分自身で決まる。自分の心で決まる。強い心を持てば、景色が一変する」
今日そう教えて貰ったからだ。

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2006年3月 4日 (土)

オヤジ業者

社命で下請取引適正化推進セミナーなるものに出席した。

主催は(財)全国下請企業振興協会である。池下のちょっと覚王山寄りのホテルの広間でそれは開催された。
主客は名古屋出身の弁護士の方の講演。時間は朝から夕方まで丸一日である。
出席している人は皆オジサンばっかりだ。そういう僕も立派なその一員なのではあるが。
整髪料や育毛剤の匂いで会場内は一種異様な空気に包まれている。結構つらい。


かくいう僕は準備万端整えて会場に臨んだ。
その準備とは資料や体調管理やその類に非ずただ一点FRISK SHARPENS YOU UPのみである。新品を会場入り直前にコンビニで購入した。
想像するに恐らく、これがないと到底持ちそうにないと予測されたためである。

しかし、それが意外とその弁護士の方の講演が面白く残念ながらFRISK SHARPENS YOU UPの出番は少なかった。5~6粒で済んだ。
その内容にあまりの興味深さに僕は思わず柄にもなく最後質疑応答の時に質問までしてしまった程である。大変に為になるセミナーであった。
でも今日の講演を聞いた限りではうちの会社は監査が入ったら結構ヤバいことになりそうだ。2~3点早急に改善する必要があるぞ。


弁護士の方は割と若く見え、僕とそんなに変わらないんじゃないだろうか。ただ年収はえらいこと差があるに違いないが。
そう考えるとやっぱりアレだな、僕もその道に行くべきだったか。行けるものなら であるが。

でその弁護士のお方。何故か声が枯れていた。
「理由があるんです、実は昨日・・・」と話し出したものだから瞬間的にあんたカラオケでも行ったのか?と100名程の傍聴者の大半が思ったに違いない。
「いや、僕はこう見えて以前に大学の講師に招かれていった時に一日に100分授業を4本こなした事もあるんですけど・・・」凄いね・・・。400分?休憩挟んで8時間コース?ホントに凄いな。
で理由は「事務所に来られた93歳のおばあちゃんと二時間近く話し込んでまして」とのこと。
それからというものそれを全く脈絡のないところから忘れた頃にポンポンと打ってくる。なかなかのやり手弁護士である。
出来る人ってのはこういう人のことを言うんだろうなあ。


で話の途中何度も「オヤジ業者 オヤジ業者」と連発する件の弁護士。

オヤジ業者・・・?
P&Gのボールドのアニマル浜口みたいな感じか?それもギャグの一環だろうかと思っていたら何のことはない『親事業者』のことであった。要するに下請けに対する元請けの意。

だけどうっかりすると理解した後でも一度刷り込まれてしまうとやっぱり「オヤジ業者」と聞こえて来てしまう。
口角に泡を飛ばし熱くそれを連発する弁護士さんに僕は一方的な好感を抱かざるを得なかったのである。

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2006年3月 3日 (金)

武士道

ある人に電話をする。昨年以来1年以上ぶりのこと。


お互い疎遠になっていたその間、僕の方から何度も連絡しなければ と思っていた。
いや、何か違う。それでは自分自身ですっきりしない。何故ならそれは僕の本音を隠しているからだ。
勿論、最初はそう思っていた。連絡しなきゃ と。
でも本音を言ってしまうと、忙しさに感けている内に徒に月日が流れいつしか連絡するきっかけを失ってしまっていたに過ぎないのではないか。と自問してみる。

で自答する。やはりそうだ。どう考えてもそこに行き当たる。情けないけれど。どうしても認めたくないことだけれど。
理由を並べれば過ぎ去った時間の分だけ出てくる。きっと幾らでも。でも所詮それは言い訳だ。
要するに僕は、自分の弱さを都合よく何か別のものに責任転嫁しようとしているだけだ。


でもこの現状を何とか打破したい。このままではいつまでたっても永遠に平行線を辿るだけかも知れない。
結論は分っている。待っていても何も変わらない。
あとは勇気だけだ。今の僕に必要なことはその人に電話なり何なり連絡を取ろうとする僕の勇気を出すことだけだ。

だから思い切って電話してみようと決意する。そしてまず詫びるのだ。
こういう時、案外、相手の人は別に然してどうってこともなかったりする。「ああ、久しぶりだね」って大抵の人はそう言ってくれる筈である。
でもこれは(何というか相手の方には甚だ申し訳ないことではあるが)極めて僕自身のみの問題だ。何故ならそれは僕個人の感ずるその方に対する仁義と礼節とに関わることだからだ。そしてこれは相手の方がどう思っていようと僕としては誠に申し訳ないことであり且つそれは僕自身が解釈する武士道であるからだ・・・。

ここまで思うに至るとこれはこれで何だか妙に納得しそうになってしまっている自分がいる。
勇気を出すことでそれを吹っ切りたいと思う自分自身に対して。
だけどもう一つ何かが喉の奥に引っ掛っているような気もする・・・。


悶々としているともう一人の自分が胸の奥からこう囁きかけて来る。
ほら来たぞ。引っ掛りの原因はこいつだ。厄介なのはいつもこんな時に現れるもう一人の俺だ。


お前・・・何なんだよ。調子のいいことばっかり言いやがって。
お前相手の人の気持ち考えたことあるのか。自分の都合だけで放ったらかしにしやがって って思ってるかも知れないんだぞ。
それをゴメンの一言で簡単に済ますのかよ。
そうやって今まで何人も何人も傷つけてきたんじゃないのかよ。
この際はっきり言ってやろうか。
お前、自分が傷つきたくないだけなんだろう。楽になりたいだけなんだろう。


・・・・・・。

・・・・・・。


うーむ。痛い。
我ながら痛いとこ突くなあ。


こういう時、僕は本当に苦しいのである。
そして自虐的になりかける。
どうしようもなく自分を卑下したくなる。


で、ここまで来てしまうと途端に僕は開き直る。そう挙げ句の果てに^^;


しゃんないじゃ~ん。過ぎたことは過ぎたこと~。今さらどうあがいても変える事なんか出来ないし~。

ってね。
だってこうでも思わないと人間生きていけないよね。
だから今からが大事なんだよね。
最近、僕は努めてこういう風に考えるようにしているのです。
さするに僕という人間は何といい加減な奴なのだろう。
でも本当に今さらうじうじ悩んでもしょうがない。
今回は、勇気を少しだけであるにしろ出せたんだ。それだけでも、一歩前進じゃんね。


とにかく、生きている以上俺は前へ進むしかないんだ。いつまでも立ち止まっていてばかりじゃ気付かぬ内に俺は老いてしまうんだ。
だから俺よ、今からが大事なんだぞ。
とにかく、出来ることは出来るうちにしとかないとダメになっちゃうんだぞ。
いいかもうここに書いちゃったぞ。だからよもや忘れるなよ。


・・・と自分で自分を励ますのであります^^;
情けない俺よ、俺に負けるな、頑張れ。

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2006年3月 1日 (水)

一年

気が付いたらこのブログを始めて一年が経っていた。
早かったなあ。あっちゅ間だった。

自分のためだけに始めたこのブログではあるけれど、それでいて時折覗きに来て頂いている方もお見えになる様で、恥ずかしい限りの駄文をようもここまで晒すことが出来たと我ながら大変に恐縮しています。覗いて下さった方々に感謝いたします。


去年の今頃。
ああそうだ、あんなことやこんなことを思ってたな。
一年経ったことだし。とりあえずどうしようかなあ。
…ココログブックスで本にしてみようかなあ。
でもそれは…かなり恥ずかしい自慰行為ッぽいぞ^^;
しかしまあとりあえず一冊に纏めてみよう。あくまで客観的に観る為に。紐解く事はあまり無いと思うけど^^;


で、さあ俺よ。問うぞ。
持て余してるわけの分らない情熱は枯れていないか?


枯れていない。
大丈夫。

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