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2006年3月 8日 (水)

んふ あは

東洋人なかんずく日本人が英語を喋るということが小林克也氏並みに余程本物っぽくしないとやっぱり中途半端で不自然に感じてしまうのは英語が喋れない僕のひがみなのであろうか。


片言の英語なら僕も喋ることは出来る。ような気がする。
いや、喋るのではなく単語を羅列しているだけなのだが。

仕事で一度スイス人と話したことがある。


彼が応接室に居る時に僕も同席していたのであるが(何の用事だったかは忘れた)、ふとしたことから二人きりになってしまったことがあった。
彼は僕が英語を喋れないことを知っている。取り付く島もない僕は目が虚ろになっていた。動きも心なしかギクシャクしてくる。
スイスといえば母国語はドイツ語の筈である。あちらの人は結構語学に堪能でらっしゃるのか、普通のビジネスマンでも大抵が英語も話される。文法が同じなのかな?分からないけれど。

でそのスイス人。大きい。2mくらいありそうだ。関係ないが。
彼は応接室内をキョロキョロとし、僕のために何か話題を探してくれている様な感じである。

と、彼の視線が壁の一点で止まった。で「ワッツザッ?」 と聞こえてくる。
目を合わせないようにテーブルの上の資料を黙々と読み続けていた僕は思わず顔を上げた。場の空気と流れから「アレは何?」と訊いていることはすぐ解った。
「aha」 とこの場合においては訳の分からない感嘆詞を僕は用い頭の中でグルグルと単語を探した。
「え~…んー あ サンクスフル、サンサンクスフル、サンクス」 完全にドモっている。

「サンクスフゥ?」
「イエス。メニサンクスフル」 必要以上に頭を振ってしまう。日本人というものは落ち着きが無いと思われてしまいそうだがこの場合もう完全に一杯一杯なのである。

「アプリシェイション?」
あーっそうだ。感謝だ。サンクスじゃないような気がする。何故ならそれは額に入れられている感謝状だったのだから。
「イエスアプリシエイション」
そこで上司がガチャッと部屋に戻ってきてくれてそのまま会話は打ち切られる。ですぐ仕事に入っていく。何事も無かったかのように。

ま、意味が通じればいいわけであるから。あれはあれで良かったのである。と信じているのである。


うちの会社の社長は英語が堪能である。外人さんとも対等に話している。ように見える。実際はどうなのか僕にはよく分からない。判断のしようも無い。
しかしこの口癖があることだけは少々どうかと思われる。

こちとら日本語で会話しているにも関わらず、会話の節々に「んふ あは」が入るのである。
これを外人さんが使う場合、あくまで自然な感じの「Uhm Aha」となる。


しかし日本人が闇雲にこれを使うとやはり「んふ あは」としか聞こえず非常に何とも言いようのない侘び寂び感を醸し出してしまうと感じるのは僕だけなのであろうか。
しかもエレベーターで二人きりになった時に会話が無いにも関わらず僕の方を見ながら「んふ あは」と言われると非常に、怖いのである。

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