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2006年4月12日 (水)

なんかの法則か

帰りのバスでのこと。


バスは出発の時間が来るまで暫く待機している。その間にゾロゾロと人が乗ってくる。
時間帯によって混み具合が異なる。また待機時間にもそれは左右される。待機時間が長ければ長いほど乗り込む人の数の増えるのである。
タイミングがうまく合った時など一人に二席(=隣りが空席)確保できることがある。これはささやかな幸せである。
でも発進するまでは誰かが隣に座ってくるかもしれないので、一応、礼儀として鞄などは隣の席に置かずに太腿の上に置くようにしている。
前に一度、僕は混雑した車内で座らせて貰えなかったことがあり、結果僕は車内をウロチョロし、何とか座らせて貰った少し不愉快な経験を持っているからだ。

その後バスが発進すると同時に、鞄を隣の席に移す。こんな時は実にゆったりとした気持ちで僕は本を読むことが出来る。
そしてそんな時、僕は味わうことが出来るのだ。ほんのささやかな幸せを。


今日も、そんな感じだった。
前の方から徐々に席が埋まってくる。僕の席は中程より少し後ろ。出発時刻まであと1分を切っている。このまま行けば、僕は今日はささやかな幸せを噛み締めることが出来るはずである。

しかし、出発間際に駆け込んでこられた方がいた。チラッと見ると中年を超えた脂ギッシュな人である。でもああなんというか非常に(控えめに表現して)恰幅が良い。言いたくはないが、見るからに暑苦しい。このような方に隣に来られた日には肘が邪魔して満足に本を読むことすら出来なくなってしまう。
ひたすら僕は祈る。僕の前方の空席はあと僅か。

来るな。来ないでお願い。ねえあなた、そんなに急がなくていいから。じっくり周りを見て下さいな。ホラ、そこに席が。一つ二つ空いてるじゃないですか。そうそう、そこそこ…。

その時目が合った。思わず即座に僕は目を伏せた。
そして彼は迷うことなく、僕の隣に来た。


これはなんかの法則が働いているとしか考えようがない。何故ならこんな経験は二度や三度ではないからである。
望まないことが、そうであって欲しくないと思えば思うほどそっちから近づいてくるのである。

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