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2006年4月 7日 (金)

住めば京

有休を取る。

普段出来ないことをする為である。
目的地は、名古屋市。港区。僕の生まれ育ったところ。まあ言ってみれば故郷である。
桑名から23号線を車を走らせる。
途中、大事な忘れ物をしていることに気付く。木曽川あたりで。で急いで家まで引き返す。でまた走る、走る。大幅な時間ロスだよ俺よしっかりしてくれよ。

忘れたものとは、保険証券。
行き先は港区の小さな郵便局。


そこの小さな郵便局で、実家の母が(元々は父が)、僕が18歳の時から僕にかけてくれていた養老保険が20年経って満期になったのである。幸せなことに僕は20年間死亡も入院もせずに今日まで生きてこられたわけである。
んー20年かあ。
その間僕は親父を亡くし家を出て四日市に住み結婚し桑名に移り新しい家族が増え気が付いたらすっかり桑名の人間になった。
しかし20年かあ…歳くったなあ。

でまあそれを引き出しに行くという寸法である。その郵便局へ行くのも20年ぶりくらいかもしれない。
ね。これは一日会社休む価値あるでしょ。
それを証券忘れるとは何事だ俺よやる気あるのか。


(ここで帰宅後妻から鋭いツッコミあり。
「今日どこまで行ったの?」
「名古屋よ」
「何しに行ったの」
「何て、昨日話したじゃん。保険が満期になったから払い戻しに行ったんだよ」
「何で名古屋まで行ったの?」
「何でて・・・何で?」
「郵便局は全国どこでもいいんだよ?何しに名古屋まで行ったの?」
「え…?…あ……そうなの??」
何しに名古屋まで行ったのだ僕は。しかも有休とって。そんなら会社休まなくても良かったじゃんか。まあ、いいや。済んだことだ。休暇と思おう)


で、何だったっけ。
あそうだ。今日は陽気もいいし車の中は冷房をかけたくらい暑かったんだ。
で喉が乾いた。昔よく通っていた近くの喫茶店でも飛び込もうかと思う。

だがその店の前まで来た時、僕は言いようのない寂寥感に襲われた。
確かに、ここは馴染みの喫茶店では、ある。
だが何かが違う。
町並みもそうだ。目をつぶっても歩けるくらいこの辺りの地理は頭の中に残っている。だが目に映る景色は僕の記憶の中のものと微妙にずれている。

結局、僕は自動販売機でジュースを一本買って飲むことにした。


そして気付いたのだ。
それは、かつてここで暮らしていた僕という人間はもう記憶の中にしか存在しておらず、だから、僕はもうここの住人ではないということなのだ。
僕は明らかに、其処においては異邦人であり、そして其処に留まるべき人間ではないことを僕は知ったのだ。
僕の帰るべき場所は、もう、ここではないのだ。

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