« 末期状態か | トップページ | サイン »

2006年4月17日 (月)

妻と同苦

「これをどうぞ」と重量感のあるヘッドホンを耳にあてがわれる。
決して大きくもなくさりとて小さくもない(要は程々の)ヴォリュームで遠くにショパン(だと思う)のピアノ曲が聴こえてくる。


しかしでも何故このショパンよく聴くとモノラルなのだろう。今どき普通ステレオでしょう。
しかもパンが若干右にずれている。モノラルならモノラルらしくど真ん中から聴こえて欲しい。気持ち悪いではないか。
若しくはそれとも僕の聴覚に何か問題があるのだろうか とも思う。なるほど確かに今の僕を取り巻くこのシチュエーションを客観的に見るとそれが聴覚に影響を与えていると取れなくもない。

「20分から25分くらいで済みます。ですから動かないで下さいね」と彼女は言う。僕は頷く。
「もし気分が悪くなったり耐えられなくなったらこれを」とコードの繋がった餃子大の物を渡し、とっとと彼女は部屋から出て行ってしまう。
今やもう残されたのは僕一人だ。お世辞にも居心地の良くない無機質なこの狭い部屋に。

暫くするとガクンと振動があり大掛かりな機械の中に僕は飲み込まれていく。
むむ何か嫌だぞこの空間は。
一瞬、閉所恐怖症に陥りそうな切迫感を覚える。全身に緊張が走り無意識に身体が強張ることがわかる。


かなり以前、妻が今の僕と同じ経験をしたことがある。
妻の場合、僕と違う部位がターゲットであった故なのかは分からないがその所要時間何と1時間半。しかもヘッドホン無し。その時妻が支給されたものは一つまみの綿のみ であったそうだ。

今回帰宅後「わりかしキツかった」と報告する僕に対し妻は「そんなん私に比べたら恵まれすぎだわ」と言ったのも頷ける。
以前その時に部屋に入る前の時点での妻は、まだ元気だった。というか普通だった。じゃね みたいな感じでスタスタと部屋に入っていったものだ。
しかし1時間半後にそれを終えてその部屋から出てくる時、妻は貞子のようにガックリと首をうな垂れて出てきたのだ。しかも車椅子に乗って。
暫くの間何を訊いてもただ首を振るだけであった。一体1時間半のうちに何がここまで妻を変えてしまったというのだ。
廊下で待っている間に、僕ですら壁越しに聞こえて来る得体の知れないその轟音に少なからず打ちのめされていたのではあるが、部屋の中でその機械にかけられている妻のダメージたるや想像を絶するものであったに違いない。

僕はその時の余りにもショッキングな光景が強烈な印象として脳裏に焼きついており、だから今回僕は怖ろしさ半分そして期待半分 であった。怖いもの見たさ のようなものである。


そしてそのシンフォニーは何のイントロもなく突然始まった。


ガビガビー。ブイブイブイー。

カッカッカッカッカッ。
ビッビッビッビッビッ。
カッカッカッ。
ビッビッビッ。
カッカッ。ビッビッ。

…。

ビビー。

ビッ。ビビッ。
ブビビー。ブー。ブブー。
ブブー。ブビビビー。

(以下繰り返し)


背中が痒い。
ヘッドホンがずれてくる。
しかし何なのだこのヘッドホン越しに聞こえて来るこの大音量の耳障りなノイズは。麗しいショパンの旋律などとうの昔に何も聴こえなくなっているぞ。こんなことなら中途半端なモノラル音楽など無い方がましなのではないか。
今の時点でもう何分経ったのだろう。あまりに凄い轟音を聞いていると時間の感覚が薄れてくる。何も考えることが出来なくなってくる。まあ今の場合努めて何も考えない方がもしくは適正な結果となるのかもしれないが。
でももしこのままヘッドホンが僕の耳から外れてしまったら僕は妻と同じように車椅子送りになるのだろうか。
ああ、頭も痒くなってきた。


気が付くと僕はその大音量にも関わらずウトウトしかかっていたようだ。その昔学生時代に寝ながらヘッドホンで超大音量のHR/HMを聴きまくっていた免疫か。
で再びガクンと振動があり僕は機械から吐き出される。
「お疲れ様でした。大丈夫ですか?」と彼女は訊く。
少しクラクラしたが「まあ…何とか」と僕は答える。


それにしても妻は、綿を詰めただけの耳栓で一時間半もよく耐えたものだ。
だが後で聞いた話ではその時途中妻は何度か餃子みたいなものを握り締めて助けを求めたらしい。もはやこれまでと。辛抱堪らぬと。
するとインターホン越しにこう答えられたそうなのである。
「ああ、ここまで来たらあともう少しですから頑張りましょうね」 と。
そりゃ確かにその通りかも知れない。
だが妻は比較的我慢強い性質なのだ。それは僕なんかよりずっと、ずっと。
そして何より妻は、常人とは違う繊細な耳を持っているのだ。

その妻がもう限界 と握った餃子なのである。
その時点で普通の人ならとうの昔に限界を超えているレベルだと担当者は判断すべきであった。
その結果車椅子 である。


妻よ、よく頑張ったね。
同じ経験をして、その時に受けたダメージを僕も幾ばくか、やっと理解することが出来たよ。


Magnetic Resonance Imaging
→強磁場が人体に与える影響についてはまだ未知の部分がある。

えーと……ん??

|

« 末期状態か | トップページ | サイン »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 妻と同苦:

« 末期状態か | トップページ | サイン »