« アレの名前 | トップページ | BBC »

2006年5月10日 (水)

主従

こんなことを言ってしまうとどんな誤解を招くか分からないが実は僕はお金に無頓着である。


実際自分の財布の中に幾ら入っているのかそれが無くなるまで分からない。無くなってから気付くのである。
そんなことでは大人になってから大変だからダメだと子供の頃から母にも注意されていた。しかし大人になった今現在においても未だ全く改善されていない。

つまり、僕はなまじっか財布の中にお金があると気が大きくなって散財してしまうのである。しかも困ったことに何に使ったのか定かでない場合が割りに多いのである。だから気が付いたら無くなっている。
「この人に現金を持たせると危険だ」とそんな僕の性向を見抜いている妻はお小遣いを週払いにするという改革案を容赦なく断行し、そしてそれは今も継続されている。
これは僕にとってはすこぶる良い効果を発揮していると言わざるを得ない。何故なら常に財布の中身はクールビズ状態な訳であるからである。これでは気が大きくなるなんてことはありえない。拠って散在も無いという寸法だ。


妻が僕のそんな性向を見抜いた瞬間というものが、ある。その時のことを僕はしっかり覚えている。
それは結婚する前に彼女と付き合いだした直後の頃にさかのぼる。初めてのデートというか、仕事帰りに僕が彼女をカラオケに誘った時のこと。
僕の誘いを快くOKしてくれた彼女とさあカラオケ屋へ と意気揚々向ったはいいが、ある重大なことに僕は気付き身震いするほどの戦慄を覚えたのである。
財布の中身が千円札一枚しかなかったのだ。

だが今さら引き返せない。折角OK貰ったばかりだというのに。しかし初めてのデートに所持金\1,000では冗談抜きに洒落にならない。
結果僕は正直に実情を訴え、給料日までの期間を\1,000で過ごさなければならない僕の困窮した経済状況を理解して戴いた上でカラオケ代を全額彼女に払ってもらうことで事なきを得たのであった(何が事なき なのか全然わからないが)。


まあそれでこの頃から金銭面において妻と僕との主従関係が確立されたといえる。どちらが主で従かは言わずもがなである。
そしてそれは現在に至るまで覆されていない。そしてこの先もきっと。

|

« アレの名前 | トップページ | BBC »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 主従:

« アレの名前 | トップページ | BBC »