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2006年7月25日 (火)

SLAM DUNK

バスケが好きな19歳の青年と知り合いになった。
笑顔の可愛い、好感の持てる人物である。


そしてこれを思い出した。
SLAM DUNKである。井上雄彦さんである。超インドア派の僕の場合バスケといえばこれしかないのだ。
あ、リアルもあるか。でも僕は断然こっちだな。


この物語との出会いはある時、嫁の弟(北海道大学大学院を来春卒業予定)の部屋の本棚に置いてあったものを暇つぶしに手に取ったことがきっかけであった。
何の予備知識も先入観も無かった。何故ならその時僕はもうジャンプは卒業していたからだ(マガジン派だった)。

ははあんよくあるアレね。あのースポーツ青春モノでしょ?キャラも絵もそんな感じだよね。何かルカワってトーイに似てるね。
・・・とりあえず読む。とにかくヒマだったから。
で・・・読む。読む。

その後、僕は何かに取り憑かれた様に寝食を忘れ文字通り貪るようにして読み進めてしまったのである。


でこれは普通のマンガじゃない。と気付く。
確かに、最初の何巻かまではいわゆるよくありがちなありきたりの感もあった。
長編マンガにはよくある事だが途中から画風が劇的に変化している。そこには能条純一さんの影響が見え隠れするように僕は感じる。しかしこれほど1巻と最終巻の絵に違いがあるのも珍しいのではないか。
僕は井上マニアではないから詳しいことは判らないが、このマンガはある部分から間違いなく違うものに変貌を遂げている。
そして他のスポーツマンガの一切と比較にならないくらいの高みにいきなり達してしまっているのだ。

何よりも特筆すべきは物語全体を貫く精神性だ。
それは戦いに臨むにあたって何よりも重要なことは「断固たる決意」である ということ。
確かに、戦うにあたって技術は必要だ。だがそれだけでは勝てない。
それが強烈なメッセージとして読み手の心の奥深くにこれでもかと突き刺さってくる。

それは他のマンガの追随を許さない などというレベルではない。完全に、次元が違うのだ。
物語の作者である井上雄彦という人を何がここまで大きく変えたのだろうか。
作者の言動や素顔をよく知らない僕にさえ端的な言い方をするとその変貌振りは宗教的ですらあると感じる。
井上雄彦という作者の命の叫びが、桜木や赤木や安西といった登場人物を通して迸っているかのようだ。

これには続編がある。『あれから10日後』という黒板漫画。
実際の廃校の黒板に下書き無しでいきなり書きつけたものを写真撮影したものだそうだ。
僕の友達(高校生)に見せて貰ったことがある。彼は、押入れの奥に大事に大事に仕舞ってあるものをどうしても僕に見せたいと言ってくれたのだ。


うーむ何か書き足りないな。この作品について大事なことを何も書いていないような気もする。やっぱりもう一度読み返さないとダメか。
ここまで何度も何度も繰り返し読んでも飽きない作品というものは僕にとって手塚作品を除いてこの井上作品くらいである。
今でも僕はこれを嫁の実家に泊まる度に必ず深夜にゴソゴソと義弟の部屋に入っていって独りコッソリ読むのだ。

でも29~31巻が無いのだ。ヤマオー戦の一番肝心な部分が。

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