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2006年8月 8日 (火)

小さな一日に読書を思う

ちょっとした空き時間に目的もなくふらりと図書館へ入る時はなんだか楽しい。

いや、目的がないと言うのは正確ではない。本を借りるため以外にここを訪れる目的がないからだ。ぼくの場合は。
中には家では暑くて集中できないから勉強をしに来ている受験を控えた学生も居るだろうし、ただ単に涼みに来ている人も結構居るには違いない。この時期になるとかくいうぼくもそういうファクターが全くないわけではない。
ただ今回は何かについて知りたいとか調べたいとかそういう具体的な知的欲求が比較的希薄で、なんとなく吸い寄せられるようにここに足を運んでしまったというのが正直なところであったのだ。
間違いなくぼくは本に囲まれていると不思議に心が落ち着くし、要するにただ単に無条件で本が好きなだけなのだな。
何を読んでもいいというつかみどころのなさ。だからまあ言ってみれば無目的な目的でここに足を運んだわけである。


図書館というものは一種独特の空気がある。それは書店には無いものだ。その風景は酷似しているにも関わらず書店とは全く違った雰囲気がある。この雰囲気を醸し出すものとは一体何なのだろうと考える。心なしか目に映る人の姿や顔かたち立ち居振る舞いまで全てが知的に見えてくる。

普通の書店にはピンからキリまでの種々の本(それは俗物的なものから高尚なものまでという意味で、強いて言うならエロ本から学術書まで)が所狭しとギッシリ詰め込まれている。ここに置かれているものは基本的に「商品」である為売れなくなったものは即出版社に戻される。
図書館と書店とを比較することなどその存在意義の次元が違うのであまり意味が無いことだとは思うが、仮に対象者という切り口でそれを行なうなら前者は「読者」であり後者は「消費者」になる。
根本的な空気の差を生んでいるのは書店は本をどこまでもとことん商売として扱うのに対し図書館はそれに見返りを求めず無条件に分け与えようとする慈悲の塊りの如き知性の宝庫といった各々の施設の性格に起因するものか。
書店をぼろくそに言っているが今の時代個性的且つ魅力的で対象者を絞った書店(絵本や写真専門の書店など)も中にはあるから一概にはそうとは言い切れないけれどね。


まあそんなことはどうでもよくて、今回無目的に立ち寄った図書館のエッセイコーナーに立ち止まり背表紙をボーっと眺めている時に一冊の本のタイトルがぼくの目に飛び込んできたわけである。
呼ばれた という表現が近い。

手にしてみる。前書きがなかったから後書きを読む。

前書きはともかく後書きを先に読むというのは非常識と捉えられがちだが、これはその本を読むに値するか判断する重要な手段だと僕は思っている。何故ならそこには作者の意図するところが凝縮されているからである。
ストーリーを追うものでネタバレになりそうなものが後書きに書かれている場合、必ずその旨が書かれているはずであるからその部位は好みに応じて飛ばせばよい。しかし後書きでストーリーがばれてしまう程度の刹那的な物語というものを果たして時間を掛けて読む価値があるだろうか。

で、借りようと決める。
こういった本は書店ではまず100%お目にかかれない。何故なら売れている筈がないと直感するからだ(笑)
売れないものを本屋に置いているはずがない。ぼくなら置かない。
こういう一冊の本との出会いの瞬間というものは図書館ならではの醍醐味。


本との出会いは奇跡的な偶然である。でも後から振り返ると、それが必然となっていることもある。
だから本を読むことに対して消極的であるということはその面だけに限れば積極的にその出会いから遠ざかっていることになるとぼくは思う。
「大の大人が本を読んでいないと平気で言うということは、その人が知的に生きていないと公言してはばからないことと同義だ」と過去に痛烈なことを言われた人がいた。ぼくは全くその通りだと思っている。


その本の中でこんな素敵な表現に出会った。引用します。
「小さな一日が続く。一日は、一枚の紙のようなものである」
確かに、その通りだと思う。やはり文学者は違う。くそぅぼくもこんな表現がしてみたい。


一日を一枚の紙だとすると、その一日は測れないほど薄っぺらい一枚の紙でしかないが、一枚一枚重ねていくことで気付かぬうちに紙の束となる。
例えばそれがごく普通のPPC用紙のようなものだとしても、一年分、365枚も重なるとちょっとした厚みと重量になる。


時間は、誰にも平等に与えられている。
それをどう使うか、どう生かすかは個人の勝手。好きに使えばいい。

何をしても、何もしなくても、紙は残る。そこに何を書いてもいい。白紙でもいい。
紙を重ねるように、丁寧に生きていきたいと改めて思う。そしてどうせ重ねるなら、一言でもいいからそこに何かを書き残したいと思う。


(荒川洋治 本を読む前に)

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