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2006年9月

2006年9月18日 (月)

テスト的に

mp3ファイルをアップしてみます。


セルターブが先日記録した音源です。
本家「SELTAEBlog」に載せたかったのですが、そちらの方はディスクスペースの関係上でしょうか(なんせフリーページなので)上げることが出来ませんでしたのでとりあえずこちらで。テスト的に。公開してみたいと思いまして。…うーん後悔しそうですが(笑)


演奏:The SELTAEB
プロデュース:りんご☆ぱいん です。
曲名は、聴いてのお楽しみ。

お暇な人は是非お聴きになってみてください(笑)


「09_9.mp3」をダウンロード

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2006年9月17日 (日)

ここここここが好き

小林聡美さんがそう言うパンのコマーシャルがあった。

日常的で何気ない時にそれに出合ったりする。普段気にも留めない時やところで。


一生懸命履いた靴が左右逆だったりフード付きの上着のフードがお尻に垂れ下がっていたりシャボン玉を追いかけて夢中で走っていく姿を見たりしている時なんか、そんな気持ちになる。

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2006年9月15日 (金)

感染るんです

ヤバい。
ハマった。


ちょっと前に取り組んだ「回想のビュイックエイト」で最早これまでかとうんざりしかけていたのであるがハマってしまった。
何しろ、小松先生の「復活の日」と同じモチーフで描かれているといったレヴューなどを読んでしまってから居てもたっても居られなくなり即座にamazonに発注してしまった。まずは1巻を。なんせ5巻にものぼる超長編だ。
帯に記されていた「最高傑作─巨匠が全てを注ぎ込んだ…物語を愛する者すべてが必読の超大作」は決して大袈裟ではないことがすでに今の時点(1巻の半ばに差し掛かったところ)で解る。


氏のお得意の遠回りで勿体付けた展開を再び味わうにつけ、文庫だろうがハードカバーだろうが金に糸目をつけず氏の作品で出版されていたものを片っ端から購入し読み漁っていたあの頃が懐かしい。ビュイックエイトは何故かそのくどさに我慢が出来ず遂に放り投げてしまったけれども。ありゃ例外かもね。


使い古された表現ではあるがじわじわと真綿で首を締め付けられるような感覚がどうにももどかしく、それでいて一頁一頁、一語一語を噛みしめるようにして読んでしまう。お尻のあたりをモゾモゾさせながら。
目の前に明らかに映像が浮かんでは来るのだけれど、でも決して映画にはなって欲しくないといった複雑な心境。小説と映画は全く別物だから。自分で映像をイメージするだけでぼくは充分。「シャイニング」的な下手な映像でげんなりしたくはない。仮にこれが映画化されているとしてもぼくは観ません。…自信はないけど(笑)


で。何べんも言ってますがはっきり言います。ぼかぁこいつにハマってしまったのです。

もうこうなったら一切の予備知識をシャットアウトして余計なことを考えず一気に読み切ってしまいたい。でも反面もっとじっくり読み進めてもみたい。
何故ならこれほど長大な物語となると再び読み返す気力と時間が将来あるかどうか甚だ疑問だからだ。であるならば今読んでいるこの瞬間が一回こっきりの勝負となる。
よし。こうなったらじっくり味わいながらいく線で決めた。


でもしかし。これほどまでに次のページを手繰ることが待ち遠しい物語に出会ってしまったことに感謝しなきゃ。
ああ幸せ(笑)


でもこの1巻を読んでしまうとクシャミをしている人の隣りには絶対居たくなくなってしまうのが難点(笑)

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2006年9月14日 (木)

大きなお世話

ぼくはいつも栄のセントラルパークを通る。
仕事帰りのこと。

尿意を催したので公衆トイレに入る。
そこでぼくは、ある光景に出会う。
車椅子に乗った方が、小便器の前に居たのだ。


彼は見るからに物凄い苦労をしながら体勢を整えていた。
何もそれは、別段珍しい光景ではない筈だ。
ただ出し抜けにその場に出くわしてしまったぼくは一瞬(ほんのコンマ何秒だったと思う)だけ動きを止めてしまったことは事実だった。
トイレの中は混雑していた。ただ、彼の隣りの場所だけがポッカリと空いていた。個室になっていないことが残酷だと思った。
そしてぼくは、彼の隣に並んだんだ。


本当に彼は苦労しているようだった。大きい息遣いや横目で見える光景だけでもそれが充分に窺える。きっと彼は随分前からここで苦労していたのではないか。彼の動きからそれが判る。


何か手を貸そうかと思う。
でも「お手伝いしましょうか」という言葉が喉に痞えてどうしても出て来ない。
ぼくは躊躇する。
物凄く、激しく躊躇してしまう。


何故なら彼は一人でここに来ている。人ごみの中に。介助する人はいない。ならばそれは彼の意志の筈だ。
こんな事態は充分想定した上での行動である筈であるし、彼にしてみればごく普通の行為であるに違いない筈だからだ。
見るに見かねて手を貸すといったぼくの薄っぺらい善意など疎ましく感じるかもしれない。大体どう手を貸せばいいのかも解らない。そんな経験がないからだ。
そこに差別意識や善意の押し売りを彼は感じるかもしれない。こちらにはそんなつもりは100%無いにしても。
彼がどう感じるかはぼくには解りようもないのだ。同じ立場に立たない限り。悲しいけれど解る筈がないのだ。


結局、ぼくは何もしないことに決め、その場を後にする。


帰宅後、妻にその話をする。


誰かに話さないと、ぼくはその時感じた罪悪感と自己嫌悪の様なものからから逃れられなくてどうしようもなかったからだ。

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2006年9月10日 (日)

化石

すっかり忘れてしまっている頃に何かのきっかけでふと思い出したりする言葉がある。
それを言われた時にちょっと嬉しかったりした時などなおさらだ。


音楽談義に花を咲かせている時に過去のお互いが辿ってきた道に話題が差し掛かることがある。
そんな時お互いが同年代で同じような音楽的傾向を持っていると何時までも尽きることなく物凄く話が弾んだりする。

ぼくはかつて一人多重録音をしていた時代があったことを打ち明けた。彼も同じだと言う。
こう来ると「でさあ、最初はやっぱラジカセ二台でやったよね?」「そうそう!やったやった」となる。
でその後普通は順当な進路としてMTR(Multi Track Recorder)に発展するわけである。勿論ぼくもそうであった。そしてそれは勿論、現在のようにハードディスクMTRなど存在していなかったからカセットテープ(笑)のMTRだ。時代的にね。
あーそういやVHSのビデオテープのMTRとかもその頃あったなあ。アレ欲しかったなあ。でも高かったなあ。…買わんで正解だったけど(笑)


それで当時カセットMTRでピンポン録音というものが可能なのだと知った時はぼくは狂喜乱舞したものであった。
ってことはピンポンを繰り返したら永遠にオーバーダビングし続けることが可能ではないか!まさにまるで夢のようだ!ってね(笑)
まあ実際はそんなことをしたらノイズだらけで聴けたものにはならないのですが。ピンポンは精々2回が限度。
まあピンポン録音じゃなく消去ヘッドを取り外したレコーダーで音をひたすら重ね録りした偉大な先人が過去にはおられました。
ジョン・レノンというお方が(笑)


そうこうする内に宅録熱が高じMTRが4トラックから8トラックへ進化します。TASCAMのポータ・ONEから488へ。わかる人にはわかる。懐かしいでしょ?(笑)
更にMIDIキーボードやマルチアウト可能の音源モジュール、そしてローランドのシーケンサーの名機MC-300などを収入の全てを注ぎ込み購入。MTRでシーケンサーを走らせてシンセサイザーやドラム音源との同期録音が可能になり一気にトラック数が拡大(4トラックでこれをすると同期で1トラック潰さなければならなかったので痛かったが8トラックなら余裕だったのがこの上なく嬉しかった)。

ぼくはそのシステムを駆使しそれで数々のビートルズの楽曲を打ち込みと生録の混合で自分なりに創り上げていった。独自の解釈とアレンジで。すでに自宅スタジオと呼んで差し支えなかった当時の六畳間(笑)で。当時独身で親と同居してたからさぞやバカ息子と嘆かれたことであろう(笑)

今でも聴き返すと自画自賛になるかもしれないがこれが結構悪くない。ただヴォーカルを除いて(笑)
その当時ぼくは腹式呼吸での発声など意識したことすらなかったし、だから声が全然出ていない。喉だけで歌っている。だから悲しいかな歌だけは情けなくて聴けたものじゃないのですなあ。


そこまで行った後、ある日突然一気に宅録熱が冷めてしまう。その理由はひどい失恋をしたからだ(笑)
あれほど入れ込んでいた宅録が何故いきなりそうなるに至ったか詳しくは忘却してしまいましたが。まあそういうことにしといて下さい(笑)

それから何年か経って僕はバンドに移行する。しかもビートルズのコピーをライブ一発で再現しようという途轍もなく魅力的な野望を持つバンドに。
だから自動的に宅録システムとしてはこれ以上のものが必要不可欠なものでは無くなったのだ。ライブが主体になったわけであるから。


で、冒頭の呑みながらの音楽談義の続きである。

「あのね、ぼくはいまだにカセットMTRが現役だよ」とぼくは言う。
すると彼。「エ…?! いまだにカセットテープなの?? ああ~っ!発見してまった化石を!」
言うに事欠いて面と向かって人のこと化石とは失礼な(笑)

でも化石という言葉でアナログオヤジ扱いされて何故かちょっと嬉しかったりもしたのが自分でもよく理解できないところなんだけれど(笑)

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ホントか?

出所不明な噂話の類だけれども。

あのジョン・ボン・ジョビの実姉が名古屋の覚王山かどこかのECCかなんかの英会話教室の講師をかなり前にしていたという話だけど。

でその名をアン・ボン・ジョビと言うらしいが。

…ホントか?(笑)

だってどんだけググってもアンのひとかけらも引っかかってこないじゃん。
「かなり前」ってのがさもありなんって感じで胡散臭さは感じてたんだけどさ(笑)もう帰国しちゃって今はもう居ない云々とか(笑)

…さてはかついだな(笑)

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2006年9月 9日 (土)

無臭でチョレた

リヴァプールでデビュー前のビートルズを知っていたコアなファンというかグルーピーの人達の気持ちが解ったような気がした。


いつかメジャーになるに違いない、なって欲しい。でも自分達だけが知っているという優越感に似たものを持っていたい、それでいて全国の人に知って貰いたい。だけどメジャーになることでメディアの食い物にだけはなって欲しくない。

特定のアーティストの本当のファンとはこういった何とも微妙な気持ちを持つに違いないのだろう。光り輝く金剛石というものは、例えそれがドブやゴミ箱の中に在ったとしてもその本質は変わらないし、変わるはずのないものなのだ。本物であるが故に。


本当の意味でのあなたの地元のファン(というか応援団?)の方達から比べれば、ぼくなどいちファンとしては思い切り新参者でこんなことを憚りもせず述べることなど図々しいも甚だしいことなのかも知れない。
でもぼくはあのオンエアの日に完全にノックアウトされてしまってから気持ちの上ではコアなファンを自認しているのです。

そう。
ぼくはあなたに「夢中で惚れた」一人なのです。


あなたには一度も会ったことなどないのだけれど、念願が叶ったことをぼくはまず心から嬉しく思っているし、そしていつまでもそのままで居て欲しいと心の底から思っています。
でも放映を見る限り大丈夫と思いました。やっぱりあなたはどこにいてもあなただ。「無作」という言葉があなたほど相応しい人はもしや居ないのかもしれません。
こうなったら今年の流行語大賞を狙うのもひとつの手かもしれないぞ(笑)


兎に角、つんくと共演という念願叶ってまずはおめでとうと言わせて下さい。よかったねえ。幸ちゃん


Wikipedia

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STILL GOT THE BLUES

Stillgottheblues

STILL GOT THE BLUES

「泣きのギター」という言葉があるが、これ程それが相応しい曲もないのではないかと思う。まあぼくの知る限りであるが(笑)


どういうきっかけかは忘れてしまったがこのアルバムと出会ってから一時ぼくは完全にこの人の虜になってしまったのであった。神社の狛犬というかシーサー顔の(笑)この人に。
指なんかを見ると物凄くぶっとくてとてもあの速いフレーズなんてどう考えても弾けるはずがないじゃないのよさと思ってしまうのであるがそこはやはりこの御大。弾いちゃっているのであります。

随分前に友達に貸していたこのアルバム、全くの別件で彼の家にお邪魔した時にふと貸したことを思い出し「いい加減返してよ」という話になり急遽返して貰った(笑)でも一緒に貸したスコアは彼の引越しのドサクサで紛失してしまったようだ。ちょっと残念。あの速いギターはとても耳コピ出来るレベルじゃないからだ。まあ、仮に聴き取れたとしても同じように弾けるのかということになるとまた別の問題になるのではあるが(笑) シロートにゃどう考えても無理ッしょ(笑)


で、G.MOORE氏です。シーサー顔の御大です。もういいって。
いぶし銀のレスポールから搾り出されるあのチョーク。あーそうそうと太ももをパーンと叩きたくなるようなこれ以上のものはないと思ってしまう程そのブルージー且つロックなフレーズ。ここまで来たらもう弾き切らないとどうにも治まらないと言わんばかりにぐいぐいと聴き手の胸をえぐってくるのは紛れもなく御大の持てる限りのパッションをぶつけられているからに違いないと感じてしまうのであります。
曲調やヴォーカルの雰囲気から考えて、もしかしたらクラプトンがカバーしても結構行けるんじゃないかなと思ったりもしますが。まあそんなことはありえないでしょうけれど。
一説によるとこの印象的且つ象徴的なこのイントロは「ヤマトより愛をこめて(沢田研二)」をパクってるなどということも囁かれているようですが(笑)今はァさらぁばと~言わせないでぇ~くれぇ~♪う~む言われてみると確かに(笑) でもまあそうだとしても、逆でしょ。こっちは氏が二十歳そこそこの時に書いたらしいから。
まあそんなことはあっちに置いといてこの曲。ソロの途中で明らかにピックアップのスイッチのポジションをフロントからリアに切り替えたと判る箇所、そしてその時の息遣いまで伝わってくるこの曲は紛れもなくこの人の最高のブルースであるとぼくは思ってしまうのであります。

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2006年9月 7日 (木)

甘酸っぱい夏のおもひで

夏も終わりました。

夏といえば思い出すものとして僕には強烈なメモリーがひとつあります。それはロッテのキャンディ小梅ちゃんのように切なく、キュンとする(というかツンとくる)ような甘酸っぱいマイメモリーです。
元々は2年前にセルターブのBBSに載せた記事なのですが、幸いなことにログが残っていたのでこのブログにも記録という形で残しておきたいと考え、再び上梓しようと思うに至りました。
思えばこの頃からブログというフォーマットをボクは渇望していたような気がします。
それでまあ、以下のとおり、原文のまま転記します。


---
「衝撃映像」

目撃しちゃったんです…(@@)
ん~映像じゃないな…生で見たから^^
…いやね、先週仕事でとある刈谷のお客様のとこに打ち合わせに行ったんす。年配の営業の方と。
で暑かったんす、当日は。とにかく暑かったんで待ち合わせの後お客様のとこに行くまで時間の余裕があったから喫茶店で冷たいもんを飲んだんです。出されたもんだけじゃ足りなかったからお冷やもガブガブと。

それでまぁ打ち合わせは滞りなく済んだんです。けど、終わったあとにトイレに行きたくなりましてね。あー小さい方です。水分沢山摂りましたから。で二人で仲良く入りましたよ。トイレに。
で手を洗った時に気付いたんです、ハンケチを持ってなかったことに。
ペーパータオルや乾燥機も無かったんでペッペッとしようとしたらその年配の方が「あーこれ貸したろか」とハンケチを貸してくれまして、一瞬う~むと思いましたが親切な人だなと思い素直に借りましたよ。
まあそんなことは些細なことなので忘れてました。


ところが昨日また社内でその人と話しこむ機会がありまして。
ちょうどその日も暑かった。台風一過でね。いい天気で。
仕事中だっちゅのに話してるうちその人もリラックスしまくったんでしょうね、ズボンのポッケからハンケチをオモムロに取り出し、話をしながら額の汗を拭いだしたんです。それはボクに貸してくれたのと全く同じものでしたね。
…そこまではいい。そこまでは全て順調だったんです。

ボクとの雑談が弾みながらそのお方はですね、吹き出る額の汗を拭うだけでは飽き足らず、ハンケチは汗したたる顎さらに首そしてほのかに地肌の露出した頭頂部へと移動していったのです。
そこで話を切れば良かった…忙しいからとさっさと仕事にかかれば全てよかったんです。後悔先に立たず、です。
ところが話は延々続き、行く先を求めてとどまる所を知らぬハンケチは最終的にそのお方のワキヘ…恐らくは想像するに耐え難い湿度と酸味の充満した禁断の場所へ。

彼は笑顔で話しながら丹念にそのポイントを拭い終え、そしてようやくボクは開放されたのです。
無くて七癖というかそれはそのお方にとっては至極自然な行為であり、事実その手つきや笑顔は自然そのもの、ひとつも作ったものではありませんでした。普段からきっとごく普通に行なう一連の作業なんでしょうね。


しかしそのハンケチを貸された者の身になってみればこれは重大なダメージをメンタル面へ与えるに充分すぎる光景でしたね。
いま思うとあの日トイレでハンケチを借りたあと、両のてのひらが妙に酸っぱい臭がした気がしたような…フラッシュバックのようにモノクロのスローモーションであの日のトイレの光景が何度も頭の中をよぎる今日この頃です。
(2004.9.2)
---

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2006年9月 6日 (水)

ある部分バカ化

出勤時。

車を走らせて暫く経ってから気付いた。忘れたのだ。
今更もう戻ることは出来ない。カーステ(死語)の時計を見る。もし引き返したならば確実に遅れてしまう時間帯だ。諦めよう。
まあいいや。一日くらい持ってなくたって生きていく上で何の問題もない筈だからだ。でもこうして思うとまさに肌身離さず身につけているという意味の「携帯」というその代名詞の意味がしっくりと来る。

しかしいざその環境に身を晒した時いかにそれが日常の行動に深く食い込んでいたのかがよく解る。「依存」しているとまではいかないまでもそれに近い状態ではあったのかも知れない。


まず、出先において時間がわからなくなる。それまでのぼくは腕時計をしていたがそれを持つように以来外してしまった。時計代わりとしても充分役立っていたことがわかる。
そして次に、外に居る時にBBSやブログの状態をチェック出来なくなる。まあそんなものは別にすぐにチェックしないでもいいわけであるが。余程のことがない限り。そこまでいくとそれこそ完全な依存症だ。
それから、メールのチェック。まあこれも差し迫ったことでない限り別にすぐに返事を出さなくてもいいわけではある。同報メールなどで届いた内容に我先にと早く返事しなきゃ などとそれに縛られるなんて愚かだと思うからだ。返事の速度など別にどうでもいい。


うーんまあいいや。
つまり忘れたわけです。ケータイを。家に。

でそうしてみると不思議なことに非常に解放された気分になるものなんですな。
まず次々に飛んでくるメールの呪縛から解き放たれる。携帯を持たないという日常がこれほどさっぱりして清々しいものなのだということに改めて気付きました。変な喩えかもしれないけれど無重力空間にポーンと放り出されたようでいてしかも地に足が着いているような感覚。
出所のわからない切迫感がなくなることほど気持ちのいいものはない。ちょっとした空き時間や仕事中にコソコソとメールチェックしなくてもいい。よく考えりゃその光景って奇妙なもんだ。時間帯によっては道行く人の半分くらいはケータイを見つめながら歩いているではないか。今じゃそんな光景が当たり前になっているからあまり違和感を感じないがそりゃ肝心な部分が麻痺しているだけなのかも知れない。
メールのチェックなどは半日に一回で充分だ。それ以上に緊急の用件ならばメールなどというある意味姑息な手段など用いるはずがないからだ。用事があるならダイレクトに電話して来ればいい。そんなところにワンクッション置くからどんどん大事な何かが希薄になっていくんだ。
よし。明日から自分に連絡がつくところに身体を置いている間は電源を切っておこう。決めた。

と決めたはいいがひとつ問題がありぼくは帰り間際にいつも妻の携帯にメールを入れるようにしている。乗ったバスの時間を知らせるのだ。いわゆる帰るコール。帰るメール。それが出来ない。これには困った。
これが出来ないということは、温かい晩御飯にありつけるという自分のライフラインが断たれるという結果に直結するからだ。

仕方がないからぼくは帰り道に公衆電話を探す。だが驚くことにこれが意外に見つからない。いざ、探すと。丸の内オフィス街には。
普段通りなれた道であるにも関わらず、どこに公衆電話が在るのかさっぱり分からない。目には見えているに違いないのだが重要でないものは何も見えていないということになる。
とすると人間の網膜に入ってくる情報などというものはいい加減なものである。自分にとって不必要なものはばっさりカットして捨ててしまっているからだ。


でメインストリートから少し奥に入った所に「電話」という看板があるのが目に留まる。こんな所に電話があるんだとちょっと感動する。でも電話ごときに看板って。確かにありがたかったけど。しかし携帯電話を持たない人にとっては何とも不自由な世の中になったものだ。
当然テレホンカードなど持っている筈もない。小銭を探す。10円玉がいくつかと、100円玉と500円玉。
あれ?公衆電話って100円使えたっけ。使えるにしてもお釣り出たっけ。えーっと、先にお金を入れるんだったっけ?・・・使い方をすっかり忘れている。我ながらこれにも驚きを隠せない。よく考えたら何年ぶりだろう。公衆電話を使うのは。
で、使ってみる。何故かちょっと恥ずかしい。公衆電話の受話器に向かって喋っている自分が丸の内オフィス街に何とも不似合いなような気がしてくる。道行く人の何人かがぼくに向ける視線がちょっとに気になったりする。そんな風に思う必要なんて何もないのに。


先に書いたが今が何時なのかが解らないのも困る。バスの定刻までの時間調整(本屋の立ち読み等)など自動的に不可能になる。セントラルパーク内に時計を探すがどこにも見当たらない。よくよく考えたらなんて不親切なんだこの街は。まあ自分のことを棚に上げての我儘な言い分ではあるが。
でも(文字通りではなく)大きく目を開き、あたりを見てみると意外に其処彼処に時刻を知る術はあるのだと気付く。
でもそれ以上に考えてみるとそもそも帰るだけなのだから正確な時刻など必要ないではないか。10分や20分違っていようが大した問題じゃない。


こうして初めて気付くことが出来ることもある。今日のようなちょっとした不自由な思いをして。
ケータイを持たない、必要以上に使わないということは今の時代ある意味いさぎがよいことなのだと知る。同時にまた自分という存在を上手くコントロールする必要性も出てくるし、だから工夫も必要になる。

つまり、それが便利であるということは同時に、脳に汗し深く考えなくても済んでしまうことに繋がるということなのだ。

やっぱり肝心なものは目には見えないものなのだなあ。


思えばぼくの学生時代、そんなものなどなくても充分色んな活動が出来たし、言ってみれば恋愛だって思いのまますることが出来た。今は病院以外ではお目にかかれないベルだって全く必要なかった。
今という時代は確かに、便利かもしれない。
でも頭の中の使っている部分は大きく違ってしまっているような気がする。

深く考えたり、身体を使って答を探したり、相手の気持ちを知ろうと精一杯努力したり、思いの丈を手紙を記して届けようとして届けられなかったり。
遠回りで不器用な努力も確かにあったかもしれない。でも振り返って考えてみるとそれがひとつ残らず無駄ではなかったのかもしれないとさえ思う。
いまの時代これだけ便利になって効率が良くなって、何より一生懸命頭を使うことが少なくなってきて尚更、そう思う。
一見無駄なことに見える中に間違いなく何かがあったのだ。大切なものが。


そして気付く。
あの頃に比べてぼくは確実にバカになってきている。ある部分において間違いなく。

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2006年9月 5日 (火)

夢の記録

ひと月ほど前に寝汗をびっしょりかいて起きたことがあった。

今の生活に全く関わりの無いと思われる夢を見たのだ。どちらかというと、怖い夢だった。
起きた時、心臓は激しく鼓動し、目には涙が一杯たまっていた。
そこで五感で感じていた音から色から何もかも、その夢の全てを僕は現実に僕の身の上に起こったのものと暫くの間信じて疑えなかった。

正確な内容は(いや、夢自体が正確とはいえないのだがそれを見たままという意味で)時間の経過と共に記憶は段々と薄れていってしまう。その内キーワードだけが残る。
だがそのあまりのリアルさから何か意味があるような気がするので(また同時にその逆も大いに感じるが)書き残しておきたくなった時のメモがこれである。
今これを推敲している段階でその記憶や情動は全く残っていない。綺麗さっぱり消え去ってしまっている。
だから今の時点では全く意味をなさないのではあるが、後日何かの手掛かりになるかもしれないので記録に残しておく。


「真夏」
 …蝉が激しく鳴いている。
「義父」
 …見たことも会ったこともない義父。だが間違いなく義父。どういった原因かは解らないがぼくとの信頼関係はイマイチ築かれていないような感じ。ぼくが一方的にそう感じているような雰囲気である。
「義妹」
 …義父と同様見たことも会ったこともない義妹。だが登場人物としてはれっきとした義妹。
「小学校の校庭」
 …それは住宅街の割と高い位置から遠巻きに見えいている。ひと気がないことから夏休み期間中と思われる。木の陰からぼくはその風景をボーっと眺めている。
「銃殺刑」
 …何故か銃殺刑がその校庭で行なわれることになっている。背の高い木の柱が4~5本校庭の隅に立てられており、どうやらそこで行なわれるようだ。一週間後がその予定日だという。隣の家から廻ってきた回覧板でその事実を知る。
「喫茶店」
 …その後子供二人と義妹と姪っ子と近所の喫茶店へランチを食べにいく。その喫茶店は見たことも聞いたこともない。店内はかなり和風である。
「知性的な中年の女性」
 …その喫茶店で主人として働いているセレブな感じの女性がいる。彼女は厨房に立ち、仕事をしながらチラチラとこちらを見る。だがそれは決して厭らしいものではなく、むしろ好意的な視線にぼくは感じる。


このような断片的な記憶が入り混じり、しかも完全に脈絡を欠いている。
残念ながらこのようなキーワードの羅列を見ても具体的な内容は全く思い出すことが出来ない。しかし夢を見ている間はものの見事に全てが符合し、現実としか思えないリアルさがあったことだけは確かだ。
それにしても1週間後に銃殺刑が日常的に白昼堂々行なわれるというショッキングな事実だけは強く印象に残っている。
ぼくの激しい胸の動悸と慟哭はその受刑者(おそらくは冤罪と思われる)に対する念かそれとも自身がその受刑者そのものであったのかはわからない。


こういう具体的なキーセンテンスを持つ夢をここ数年僕は観た事がない。夢診断的にはどういう意味を持つのだろう。たぶん、何の意味もないだろうけれど。

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2006年9月 2日 (土)

冷暗所保存

12/12(火)にナゴヤドームに行きます。


大好きで大好きで、尊敬して止まない御大ビリー・ジョエルのワールドツアーの名古屋公演です。
一時は引退説も囁かれていた御大ですが、何を言うか!ここに健在だぜ。きっとあの魅力的でセクシーな声だってもっと深みと凄みを増してるに違いない。
6年前にも英国の御大とジョイントでワールドツアーをしていた時にも全てをほっぽって夫婦で参戦しました。今回も同じです。育児どころじゃねえ。もちろん、有休です(笑)


で、ZIP FMの先行予約で速攻席を確保したのですが、すごい時代になりましたなあ。コンビニでチケットに引き換えなんですって。
え?そんなん当たり前??いやいや、ぼくにとってはかなりのカルチャー☆ショックだったわけですよ。
「この予約番号でチケットに替えれるんだって」 と妻は言う。
「ん?意味が分からん」 とぼくは言う。

で行きました。サークルKに。期限もあるし。早めに現物化しとかないと気が気じゃない。

で恐る恐るレジで言いました。
「あの~、チケットなんですけど…」 そんなんで意味通じるのか?と不安を抱えつつ。
するとカウンターの女の子はごく当たり前に 「あ、ぴあ ですね」 と言いぼくの申請した予約番号をカチャカチャと機械に打ち込み 「これで間違いありませんね」 と確認した後にスッとチケットを二枚差し出してくれたのだ。
ちょっとちゃちい感じもするが見紛うことなき本物のチケットだ。
ぼくは感動した。
「あの~…凄い時代になっちゃったんですね」 と僕は思わず洩らした。チビリそうだった。
「?」 とこのオッサン何言っとるんだというような営業スマイルで彼女は僕を見た。


その昔チケットを入手する時は苦労したものだ。
なんせ当時は電話がダイヤル式だ。指先が痛くなるまで回し続けてようやく繋がって、でショボイ席にしても確保できた時のその喜びたるや。
そしてその後も現金書留で送金してさ、そういう一連のプロセスを経た後に手元に届けられるチケットの重みときたら何物にも変え難いものがありましたよ。
それが今じゃコンビニでチョチョイのチョイです。確かに便利だけれどオジサンはなんか物足りなさを感じてしまいます。


でそんなこんなでゲットしたチケットですが、チビたちの被害にならない場所に保管する必要があります。
そこでぼくが思いついたのは冷暗所です。
ここならチビの魔手も届かないし風味も損なわれないしねッ。我ながら最適の保存場所を見つけたと自負しています。なんじゃそれ。


Billyjoel_060712

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