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2008年7月

2008年7月28日 (月)

至福の時

背中がカユイのである。


で、掻く。
ふと指を見ると何やら付着している。

皮だ。
どうやらその段階に達したようだ。


で頼む。剥いてくれまいかと。娘らに。
最初は激しく拒絶される。まるで汚いものに触るかのようだ。確かにその通りだ。そんなおぞましいもの僕でも出来れば見たくない。鳥肌が立ってくる。
でも僕が採取した綺麗なサンプルを見せてあげると一転、そのサンプルに俄然興味を示し掌を返したように取り組み始めてくれた。

こういうものは一度軌道に乗るとうまいこと進んでくれるようである。
今日などうつ伏せに午睡していると勝手に僕のシャツをたくし上げ、作業に掛かってくれていた。
大きいのが獲れた、などとはしゃいでくれている。

まどろみながら軽くチクっとしながらも娘らがピリピリと剥いてくれるこの瞬間とは、まさしく父親冥利に尽きる至福の時といえまいかと考える僕は変態なのだろうか。


でも5分もすると飽きるようである。
で後は自分でピリピリとやるのである。

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2008年7月22日 (火)

古い

前述の記事のカシマシ三人娘カノリノワカサ。
だが忘れてはならない人物がもう一人居る。ワカサの妹ハルカだ。


ハルカは1歳だ。
だがハルカは自分を4歳児と思い込んでいる。
そりゃそうだ。上に3人もの強烈な姉が居るのだ。彼女らと自分も同じことが出来ると確信しているようだ。


でハルカ。
ハルカは高い高いが大好きだ。
先日高い高いをしてあげた時勢い余って鴨居に頭をぶつけてしまった。
笑顔が一瞬にして引きつり見る見るうちに泣き顔になってしまい泣き出す寸前に抱きしめていいこいいこしてあげて何とか事なきを得た。ハルカ、済まんかった。許せ、ハルカ。


でハルカ。
自称4歳児の姪っ子の彼女に僕は様々なことを仕込んでいる。

手始めは志村けんの「アイーン」。これは完璧にこなしている。
ここだけの話今は変なオジサンを仕込み中だ。誰にも言っていないが。


ハルカは飲み込みが早い。仕込んだ途端にモノにする。スジが良いのだ。
ここのところの仕込みヒットは「ゲッツ」だ。ダンディ坂野だ。ガニ股になるところなど完璧な仕上がりだ。
で密かな次の目標はゲッツ・アンド・ターンだ。


だがハルカの父は一言、こう言ったそうだ。
「古いね」


…確かに。
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確定

これからこれが毎年恒例の行事となることが確定した。


一度体験させてあげたかったのだ。
本物の海を。


我が娘カノとリノそして同い歳の従姉妹ワカサ。この三人が揃うと最強だ。読んで字の如くまさしく姦し娘。ところでこの「姦しい」語源的には正しくは「囂しい」が正解らしいがんなこたどうでも良い。

でカノリノワカサ。小悪魔三人衆。
彼女らを黙らせるには大人が激昂する以外にない。思い切り感情を露にした時点でようやくあ、この人は怒っているのだと理解されるようである。全く何時まで続くのかこの果てしなき闘争は。まいいや。


で海。

行ってきました。
三重県は津市。御殿場海岸へ。
偶々入った海の家は「みよし」。まあ「みよし」が一杯だったから店のオバチャン公認で隣の「みはま」へ回されましたが。

大人にとって海の最大の楽しみは七輪で食べる貝だ。少なくとも貝好きの僕にとってはこれ以外の楽しみは何もない。
パカッと口を開けたところにちゅーっと醤油を注ぎプルプルの身をハフハフいいながら頬張るこの至福さよ。
堪りません。どれだけでもイケます。


で海。

行ってきました。
子連れで。じいちゃんばあちゃんを巻き込んで。
4歳の子供三人連れて行くわけですからとなると最低でも大人が三人要るわけです。
同時に浮き輪つけて三人の子供が海に入るわけです。子供は自由人ですから勝手気ままに動くのです。僕は当然ながら三つ目なわけではありませんので同時に三人の行方を追うことは物理的に不可能です。二人が限度。
遠浅で溺れることは無いにしてもそれでも視界から消えることは危ない。だが大人で水着を持って来ているのは僕だけ。じいちゃんはラフな上下。この時点でじいちゃん海入り決定。


で半日近く遊んで帰ってきましたが、当初の目的であったチビ達に広大な海を体験させてあげるというこのミッションは完遂。
同時に強烈な日焼け体験も完遂。もちろん子供達には日焼け止めを完全に施しましたがそれ以上に真夏の太陽は強烈でありました。チビらは背中にワンピースの水着の跡クッキリです。大体海に入ると日焼け止めも流れちゃうしね。
じいちゃんと僕は上半身火傷に近い状態です。むーんTシャツ着ておくべきだったか。後悔先に立たず。
余談ですが背中が焼けると車に乗るのがきついです。特にシートが焼けた状態の車は。ちょっと快感ではありますけれど。
今は上半身全体が超痛痒いです。


で海。

ということでこれからこれが毎年恒例の行事となることが確定したのであります。

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2008年7月21日 (月)

安息の場

扉を閉め、施錠する。


見つからないように僕は気配を殺し、そーっと、そーっと足音を忍ばせて扉の向こうに滑り込むのではあるが、ガチャリという扉の音に反応し目ざとく発見されてしまう。
発見されたが最後、扉を叩かれる。しかも、激しく。
無視していると一層激しくなる。ドアノブをガチャガチャと回され、電気はON-OFFを繰り返され、そして早く出て来なさい、そこで何をしてるんですか、などと扉の向こうで騒いでいる。
この様はまるで借金の取立てに来た暴力団の追い込みのようだ。僕の言い分などただの一言も言わせてくれない。まさに問答無用、である。

さらに扉越しに確認される。ウンコなのかシッコなのか。答えなさい。と。
この時、ウンコと答えたりなどした場合は扉の向こうは爆笑の嵐だ。その上さらに一層激しく追い立てられる始末である。これでは出るものも出ない。


我が家に僕の安息の場は、すでに無い。
それが愛されている証拠であるのは間違いないとは思うのではあるが。

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2008年7月11日 (金)

奇跡のシンフォニー

奥さんを誘って映画を観に行った。


こういう場合、チビたちには内緒だ。当然のごとく。
まだ大人の映画を観るにはちょっと早い。悪いけどゴメンね。
そんなわけでじいちゃんばあちゃんの全面的協力のもと、パパとママはとっても大事な用事があるからちょっと出かけてくるからね、今日はじいちゃんばあちゃんとねんねするんだよ、という寸法だ。その代わり帰りにお土産を買ってくるからと約束をすることになるのではあるが。

最近は上のチビ(双子のお姉ちゃんの方)などめっぽう知恵がついてきて、かなりの推理力と洞察力を持ち始めている。侮れないのである。
一夜明けた翌朝、チビ姉の第一声はこうだった。
「ねえパパ、昨日大事な用事って言ってたでしょ。なのになんで草履で行ったの?ダメじゃない!ちゃんと靴履いて行きなさい」
我ながら迂闊ではあったが、どうせ映画観るならリラックスして観たいからさ。幾らなんでも軽い気持ちで履いて行った草履のことを指摘されるとは夢にも思わなかったので正直、面食らった。
こやつ、出来る。


で映画。
ワーナーマイカル桑名のレイトショーを観に行った。レイトショー、安いし空いてるからね。ゆっくり出来る。

誰でもそうなのかも知れないが、これは、これだけはスクリーンで観なきゃいけない、という映画が年何本かある。
この映画は観る前からまさにそうだと確信できる映画だった。
しかもこれは一人で観ちゃいけない。恋人か、夫婦か、そういう関係の二人で観なきゃならない映画なのだ。
ということで奥さんに頼み込んで無理やり家事やら育児の合間をこじ開け夫婦で時間を創り、観に行った。


329926view002で映画。

素晴らしかった。映画を観てこれほど全身に何度も鳥肌が立ったのは久しぶりでした。
内容には触れません。

物語もさることながら、最初から最後まで全編を通して流れる音楽の素晴らしさ。これだけはその場に行って体験するしかありません。
とにかく心地よかった。まるで映画全体がひとつの音楽になっているようです。
それにしてもクラッシックとロックがここまで見事な調和を保っている映画なんてそうは無いのでは。

またストーリーについては、全てを素直に受け入れることが何より大切なのだと思いました。
なんせ「奇跡」なのですから!

ありえないなんて思ってしまうようならばその人はきっと何か大事なものを知らない内に何処かに置いてきたまま大人になってしまったんだなと推して知るべし。きついようだがそうとも思ってしまう。そのくらいピュアな映画。


帰りに妻と話す。
それにしてもこれ以上ない邦題をつけたね、と。

確かに。
原題(AUGUST RUSH)のままでは知らない人にはさっぱり意味が解らない(笑)
英語的には何かの含みがあるのでしょうか?


あ、で、サントラも即Amazonで購入しちゃいました(笑)
それくらい音楽が良かったんです。
多分、音を聴いただけでいろんなシーンが蘇ってきて、またジーンとしちゃうんだろうなあ。


もう一回観に行きたい、と本気で思える映画。
おすすめです。

(7/12追記)
サントラですが、予想に違わずこれもまた良いです。そうそう、これはあのシーンだ、と映像が目に浮かんできます。

またアコースティックギターが物凄くかっこよくて、まさに故マイケル・ヘッジス御大そのものサウンドという感じ。押尾コータローなんかが好きな人にも堪らないかも。
タッピング奏法というかなんというか弾くというか叩くというかあのギターの音を出しているのは女性ギタリストのカーキ・キングさんというお方によるものらしいのですが、はぁ、女性だったなんて。凄すぎる。
また手の部分が大写しになる実際の映画の中の映像もこのお方によるものだそうです。これも驚きですねえ。

ロック面の音源のプロデュースはジョン・レノンやビリー・ジョエルやジュリアン・レノンを手掛けたあの大御所フィル・ラモーン氏とのこと。道理で音がいかしてるわけだ。

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2008年7月10日 (木)

言いまつがい

僕の家の前にお住まいのオヤジさんは、綺麗好きだ。
結構な、綺麗好きだ。


オヤジさんは毎週、休みの日になると道路を箒で掃いている。ついでに我が家の前の側溝まで綺麗にしてくれる。
有り難いやら申し訳ないやら、である。

チビと一緒に朝の公園に遊びに行こうと玄関を出るとオヤジさんが道路を掃いている。ラクダのシャツにステテコといういでたちである。
「おはようございます。朝から暑いですねえ」と僕は声をかける。
「オハヨーございます」とチビたちも声をかける。
「あーおはようございます。こうも暑いと参るねえ」オヤジさんはチビにも負けず元気一杯である。


で「あー暑い暑い」とか言いながらオヤジさんはせっせせっせと道路を掃く。

で「こうも暑いとアレだね。ネズミが一杯出て困るね」とオヤジさんは言う。


「…ネズミ?!」と僕に代わって率直に返事をするのはチビたちである。
正直、僕は余りの脈絡のなさに唖然として返す言葉が無かったのだ。何だって?ネズミ?ですと??

「そう!ネズミネズミ。こうも一杯ウジャウジャ出てこられると掃除がおっつかんわね」とオヤジさんは元気一杯である。
「ネズミがいるの?!」とチビたちはやにわに興奮気味となる。


ところで一体どこにネズミが居るのだ。掃除がおっつかないほど大量発生しているネズミが。
どこぞに。
おるのか。
一体。

恐いではないか。


「あーネズミ。…違う。ミミズだ。ミミズ」


ん。

納得。

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2008年7月 4日 (金)

念書

念書とは、形式としては誓約書に近いもので、一方がもう一方に対して約束する内容を記載して差し出すもの。
通常の契約書は、お互いが合意した内容を互いに承認して同一内容の書面を2通作成して、お互いが署名(又は記名)捺印するが、念書は、差し出す側の署名/捺印のみとなる…


ここ最近、念書をよく作らせている。

「約束できるか?」との問いに「出来る」とのことなので、それならば「じゃあ紙に書いて残しておいてくれ」という寸法になる。
こういう展開になると、ともすると強制的に書かせている印象を与えがちになるかもしれないが、決してそうではない。むしろ先方は喜んで書いている、といった風情である。

だがいざ実際に念書を作成するとなるとなかなか難しかったりする。慣れない文字を使ったりするからだ。そういった場合僕が横でガイドをする。参考書籍などから抜粋して該当する文字を探してやるわけだ。
だがこの場合、結構気を遣うことになる。
先方が知っている字を探し出して見せてあげたりなんかすると先方のプライドをいたく傷つける場合が想定されるからだ。そんな字教えて貰わんでも知っとるわ!みたいな感じになり若干空気が気まずくなったりする。なかなか難しいものだ。


で今回書き上げてもらった念書。

時間的制約や体力的理由などのノッピキナラナイ事情により、先方としてはどうしても本日中にそれを遂行することが出来ない、とのことだったので、明日それを必ず行なって貰いますよ という内容の念書だ。
念書としてはまんずまんずなかなかの出来栄えであった。
先方も僕も双方、その出来栄えに惚れ惚れしたほどだ。


『あしたのあさ はみがきをします やくそく』
時間にして半時間ほどかけてその一文を書き上げた後、念書が完成したその達成感と全ての制約から解放された先方は、僕の腕枕の上で安らかな眠りに入っていった。

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