ビートルズ面

2009年2月21日 (土)

ハンサム・スーツ 前夜

いざそれを導入することを実行に移すことが決議されたはいいものの、僕の職場が丸の内長者町繊維街付近にあるという理由で先遣隊としての任務を任されたのである。
ターゲットは仕立ての出来る問屋さんだ。こちらのオーダー通りのものを。仕立ててくれそうな。しかも比較的安く。

時間のある時に少し歩き回り、二三軒それと思しき店も見つけた。
しかしただいきなり突撃するというのも芸がないので、事前にネットで情報を収集しておくことに。
でもしかしうーん、ネットではうちらのニーズにあったものが出来るのかどうかよく分からない。当然ながら予算の関係もあるし。結果的に大幅な予算オーバーとなってはいけないし。
どうする。んーまいいや。今日、帰りに寄ってみようか。


…でもどうだろう?
改めて考えてみるとこちら側のニーズというものは極めて特殊であり、なおかつ極めてマニアックな部類に属するものだ。
イメージがある程度ハッキリしているとは言え、細かい部分はまるで分かっていない。
果たしてどこの誰かも分からない一見の客に対し、具体的な形が出来上がるまで付き合ってもらえるものだろうか。いい加減とは言わないにしても、ある程度のところで先方が妥協してしまうのではないだろうか。
疑念はある。いやむしろ確信に近い。
店側として、あ〜あ困った人が来たぞ的な扱いを受けるのは目に見えている。間違いなく。
また、実際長者町の問屋さんは問屋さんだけに閉まるのが早く、仕事の定時(17:30)が終わってダッシュでそこに行っても既にシャッターが閉まっているかもしくは今まさに閉めようかしているような状態なのだ。そんな状態ではジックリと落ち着いて話が出来るとは思えない。


で気付く。

こちら側のニーズを満足させることが出来るかどうかの唯一の選択肢とは(無論、その選択肢の肯定側が必要だ)。


それは。

ビートルズが好きか否か。
いや、大好きか否か。
ただその一点のみなのである。

要は早い話が、「ビートルズコピーバンドである俺達にとことん付き合ってくれてその上で一緒になってそれを創り上げることの出来る店」でなければならないということだ。


仕事の帰りにフラッと立ち寄ってあの〜どうでしょうこんなん出来ますかねえ的なそんな風情でそれに該当する店に出会うことが出来る確率など端から分かっている。
それは限りなくゼロに近いだろう。

じゃあどうする。
近郊のコピバン業界の誰かに該当する店を紹介して貰うか。確かにそれも手だ。
でも、今回だけは自分で見つけたい。せっかく創るなら自分達のこだわりもある。

どうしよう、どこがいいだろうと数日間悶々としつつ長者町の当初突撃予定だった店の前を通り帰宅している時に何かが心に引っ掛った。

そしていきなり閃く。
あそこだ。あそこの店なら何とかしてくれるかもしれない。いや、絶対に何とかできる。
あの店長が一緒になって協力してもらえるなら、いいものが出来るに違いない。
きっと。


何故それに初めから気付かなかったんだろう。
決めたら話は速かった。
「何?ビートルズスーツ?ウンウン。わかるわかる。でどうするの?ハードデイズナイトの辺り?それともヘルプの辺り?」
…話が早い早い(笑)

そして結果は、あの時感じた閃きの通り。
ステージに臨む俺たちの意識まで変える大満足のカッコイイ衣装が出来上がったのだ。

(以下、たけスンの筆によるSELTAEB-log(2008.12.30付)に続く)

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2009年2月 4日 (水)

VOX PYTHON STRAP

ビートルズのコピーバンドを始めてはや7年。いや1999年にスカウトされてからだから9年だ。

ジョン担当者として何故かいきなりRickenbackerではなくEpiphone CASINOを最初に手に入れ(これは僕が後期ビートルズに強い思い入があったからだ)、それから紆余曲折を経ながらも一つ一つ地道に楽器や周辺機器を揃え、数々のライブをこなし、気が付けば今や立派なアラフォーなビートル☆バカとなった。

それでも今まで欲しかったにも関わらずどうしても手が出ないものがあった。


これだ。


Vox_python_strap01Vox_python_strap02Vox_python_strap03Vox_python_strap04


VOX PYTHON STRAP


文字通りPYTHON(ニシキヘビ)の鱗をモチーフにした装飾の施された、リッケンバッカー325を吊るためにジョンがVOX社に特注で作らせたというストラップ。
以前にこのブログでも触れた。


Vox_python_strapjohnGeojohplays見ての通りこれがまたカッコよくて。欲しくて欲しくて。
でも高くて(笑)

着けたらカッコイイに決まっているのにサラリーマン兼バンドマンとしてはなかなか音に直結する楽器以外の装飾品購入というものは踏ん切りがつかなかったりもするんです。
根が貧乏性なもんで。


でも今回。
遂に手に入れる決心をしたのであります。
思い掛けないチャンスにも巡りあったので。


思い立ったが吉日。早速探しました。
以前何気なく探していた時は当然の如く輸入品なので常に品切れ状態だった記憶があるので急げ急げ善は急げてな感じで。
でやっぱりここは信頼の置けるビートルギア専門店が一番。
買う前にどうしても確認したいこともあったし。


ということで有名な東京のWITHさんのHPを覗くと何とトップページにひときわ大きく「VOX パイソンストラップ入荷しました」とあるではないか!
これはまさに以心伝心。WITHさん以外はもう考えられない。
で早速メール。


確認したかったこと。
それはストラップのサイズ(長さ)だ。


僕はあまり身体が大きい方ではないのでというか小さい方なので、当然ギターを抱える際にもストラップが長すぎると非常にしまらない感じになってしまうわけであります。
そうでなくても特にビートルズは持ち位置が高めであることもあるし。
そんなわけで僕がリッケンバッカー325を抱える際にベストのストラップ長は経験値で89cmというデータが導き出されているのであります。

でその旨メール。
翌日、写真付の丁寧なメールを返して頂きました。


結果やはり純正ではバックル部を調整したとしてどんなに短くしても94cmが最短だという。
5cmの差は大きい。

だが手はある。自分のベストの位置に穴を追加工すればいいのだ。戴いたメールによるとジョンも同じ様にバックル部を取り外し穴を追加工していたとのこと。
それを聞いたらもうトドメ。どこまでもジョン様の通りにいたしますわ。


で今日。
届きました。


090204_000222090204_000656手に取ると思いの外重い。この重量感が堪らない。ジャラッとした感じも堪らない。メッキ部がすぐ錆びそうで手が掛かるとしてもこれまたすでに楽しみのひとつに。
それより見て下さいなこの輝き(笑)

ビートルコピバンを始めてはや九星霜。
嗚呼やっと念願の憧れの品を手に入れることが出来たこの幸せよ。


そんな感じで早速届いたものをせっせと325に装着し、一人鏡の前でニマニマしている自分がいるのであります。
もちろん妻子の寝静まった深夜にです。そんな姿決して人には見せられません。


ちなみにWITHさんのブログ(2月2日付)でもこのことが取り上げられていました。
ちょっと恥ずかしいけれど光栄です。中島さんありがとうございました。


でも問題がひとつ。
ストラップのエンド部が10cm程余ってしまっているのだ。ギターの後ろで。プランプランと。


単に切ればいいのだが。


でも愛するこのストラップにハサミを入れる勇気が今はなかなか湧いてこないのだ(笑)

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2008年11月 1日 (土)

SO LIKE CANDY

告白するともの凄くハマってしまっている。
それは近年稀にみるほど。ドップリ浸かってしまっている。


エルヴィスに。
コステロ氏に。

氏?否。師です。最早。僕にとって。
ぶっちゃけ。傾倒しています。


先日友達の披露宴で師のSHEを弾き語った時に聴き込んだのが直接の引き金にはなっているのだが、その時以来、ビートルズを差し置いて僕は師の音しか聴いていないのである。ただしPerfumeを除く(笑) こないだDVD買っちゃったしね。かしゆかちゃん最高♪


師のように歌いたい。師のような声になりたい。師のようにセクシーに。師のように激しく。
師のように、なりたい。


でSO LIKE CANDY。
Sir Paulとの共作です。

この名曲を知らんのはアカンやろとCDを貸してくれたぱいんちゃんがあきれるほど。
9曲目!さあ9曲目ってエンドレスに(笑)

最初聴いた時はなんじゃこりゃこの曲と思ったのですが。
ところが聴けば聴くほど。来ます。スルメというか。最早中毒です。SO LIKE ジャンキーです。
曲自体はもとより構成からサウンドから何から何までビートルズの香りというか匂いというか臭いがプンプン漂ってきててどこをどう切ってもビートル臭がします。
ということは要はこの曲の何から何まで全てが僕の最も好みとする音なわけです。

そいでイントロなんか。A HARD DAY'S NIGHTを髣髴とさせるというか。
さらに最後のヴァース前の"My Darling Dear it's such a waste"のところからのピアノなんて中後期ビートルズのモロにそれだし。いわばGLASS ONION的な(笑)
トドメは間奏でメロトロンなんか飛び出してきちゃったり。


Sirポールとの共作なのに、まるでジョン的というか。
その故は師がジョン的だからなのか。


ミスチルの桜井くんが多大な影響を受けているのを公然としている気持ちがよく分かる。
自分で言うのも臆面もなくなんなんですが客観的に僕の声質は桜井君のそれと比較的近いものがあり、だから彼の歌はとても歌い易かったりするのである。
その桜井君がそっくりに模倣せんとする師の声や歌い方。
そして往年のジョンそのものにさえ見えるこの御姿(↓)。

そこにこそ僕が傾倒する理由があるのです。


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2008年4月 5日 (土)

LEIKA AND THE WAITERS

10年以上前のこと。
CDショップのオムニバスのコーナーにひっそりと並んでいたそれ。だが思わず手を伸ばしてしまうような何かをそれは発していた。
帯を見るとピーター・バラカンの賛辞(しかも絶賛)があった。ということは「お墨付き」ということだ。

時期的にアンプラグドなるものやアンプラグド的なものが流行っていた背景もあり、それに類するものなのかなと軽い気持ちで聴いてみた。
ところが、である。
これはその後の僕の人生に多大な影響を与えるに至るものだったのだ(というと言いすぎか(笑))。


Leika & The Waiters。
日系アメリカ人のレイカさんのヴォーカルが何より物凄く良く、またバックを支えるアコースティックギター、ウッドベース、ブルースハープという極めてシンプルなドラムレスのバンド編成。アンプラグド以外の何物でもない。最高だ。
ビートルズの楽曲を独自の解釈で見事にアレンジしており、それにレイカさんの黒く艶のあるソウルフルなヴォーカルが乗ると何だか旧き善きアメリカのデルタ地方の田園風景が目に浮かんでくるような気もする。よく意味が分からないが(笑)
アコースティックな音が満載でそれは時にはブルースであり時にはフォークであり時にはソウルであり時にはジャズであり時にはディキシーランド(笑)である。
喫茶店なんかでBGMで流れてたら最高。ライブバーで生で聴けたらもっと最高(笑)

…という超名盤です。
中でも特にアコギでビートルズに取り組もうとする人は必聴と思います。


このアルバム(LET IT BE)のジャケットのお嬢ちゃん、レイカさんの実子だとか。
もうすっかり大きくなって親譲りの立派なシンガーになっているような気がします。

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2008年4月 2日 (水)

ぶっ飛んだ

ぶっ飛びました。この人のギターには。


Dietmar Hermkesというお方です。西ドイツのお方らしいです。
「In My Life」をギターソロでカヴァーされてます。

日本にも山下和仁さんというそれはそれはもの凄いギタリストがおられまして、同名の曲をソロギター(ガットギター)でカヴァーされている音源があります。このアルバムではクラッシックという切り口からビートルズをばっさりと料理していまして、とても聴き応えがあります。
これをカラオケにしても充分ビートルズが歌えます。実際僕はカーステで歌ってます(笑)


でこのDietmarさん。
ぶっ飛んでます。

ポツポツと歩いてきて弾き始めるまでは(大丈夫かなぁ…)って感じなんですが、ファーストノートがギュッと搾り出された瞬間に空気が一変します。世界まで変えてしまうほどの音。思わずゾクッと鳥肌が立ってしまいました。
この人は間違いなく世界最高峰のフィンガー・ピッカーです。

しかし超絶的なテクニックもさることながら、この人のギターの歌ってること…!


山下さんの「In My Life」も文句なしに素晴らしいですが、このDietmarさんのヴァージョンの方がよりポップで間奏のピアノのパートもものの見事に完コピされちゃってます。ギターでこんなことが出来るなんてにわかには信じられません。
もしかしたらこれがこの曲のソロギターにおける世界最高のカヴァーかも??と思ってしまいます。


…ここ最近You Tubeネタが多くて申し訳ございません(笑)


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2008年3月28日 (金)

GIRLが歌うGIRL

セルターブのライブの際にはいつも松チャンが「暗~い曲」と紹介するこの歌。
でも好きなのである。


アルバム「ラバーソウル」には双子の曲がある。ポールの「ミシェル」とジョンの「ガール」。どちらが先に書いたかは定かではないけれど。
Jpジョンとポールの力関係が均衡をうまく保っていたこの頃。良い意味で本来の意味の好敵手・ライバルとしてお互いを認識しあっていたに違いない。


僕は断然「ガール」の方が好きだ。何処がというと巧く表現できないがジョンの型破りなところが綺麗に顕われているからと思う。
「ミシェル」は、テンションを多用しているから上品に聴こえ、音楽的にはある意味ではこちらに軍配が上がるのかもしれないが、「ガール」は何しろサビでいきなりキーが変わる(転調や移調どころの騒ぎじゃない。キーがCmから繋ぎや前触れも何もなくFmに変わる。理論もヘッタクレもないけれどそれが全然違和感がなく自然に行なわれている)ようなところがいかにもジョンらしい。
また「ミシェル」のようにかなり色んなものを意識して創り込んだ感がなく、素材からそのまま仕上げたような荒削りな部分にジョンらしさがとてもよく出ているように思う。


余談ですが以前にここでCAPOを8フレットに装着する曲があると書きましたが何を隠そうこの曲がそうなのであります。て何も隠す必要などありませんが(笑)

これまた余談ですが、さっき気付いたんですがこの「Girl」のイントロ無しで始まる歌い出だしのヴァース、明日香さんの「花ぬすびと」にそっくりだ。否、それが「Girl」にそっくりだ。


で好きなんですGirl。
でYOU TUBEで何気に探していたら素晴らしいカヴァーを見つけてしまいました。
彼女、名前なんていうんでしょう。とにかく良いです。
それにしても何てセクシーな声なんだろう…。


…て考えるとやっぱり僕の脳内はフェチ的にはに支配されているようにことさら思う。


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2008年3月22日 (土)

Across the Universe

大体がビートルズのカバーアルバムが在るとなると聴きたくて居ても立ってもいられなくなるタイプなのである。
その挙句衝動買いした結果激しく後悔することになるものも決して少なくはないがこれは当たった。

同名の映画(日本未公開)のサウンドトラックとなるアルバム。
これは良い。かなり良い。

映画の日本公開は未定らしいのですが、内容はミュージカル仕立てのシュールでポップでサイケな青春もの(なんじゃそれ(笑))の映画らしい。んーかなりちょっと観てみたい。
どんな風に映像と音楽が絡み合ってるのかも興味津々。クリップを見るとビルの屋上の演奏シーンもあるみたい。こそばゆいとここそぐってくれてます。それからU2のボノも出演してるとのこと(サントラでも「L.S.D」を歌っています)。
あそうだ、つい最近ぱいんちゃんにDVD借りて「I am Sam」観たけどこれも良かったなあ。これはまた別のエントリで書こう。


でそういう経緯でこのアルバムも日本盤はまだ発売されていないのでUS盤になりますが、ビートルズ好きなら輸入盤を注文してでも一聴の価値あり、です。
こういったサントラ盤やカバーアルバムにありがちな全体を通して聴いたときのある種の統一感の欠如もなく、二枚組(何と収録曲29曲!)を連続で聴いた後にもスッキリとした感覚が残り巧く纏められています。
「Hold Me Tight」や「Dear Prudence」、さらには「Happiness Is a Warm Gun」、「Flying」、「Blue Jay Way」(!)なんてマニアックでちょっとシブイ選曲もあり、サントラとしてではなくビートルズのカバーアルバムとして聴いたとしても総じて良いアルバムと思います。っていう僕自身が映画を観ていないので先入観無しでそう思うのでしょうけれど。
中でもDana Fuchsの「Helter Skelter」はめちゃくちゃ良いです。女性ヴォーカルなのに凄まじい。目の前でこんな声で歌われた日には完全にノックアウトです。あとあと、「Warm Gun」ラストのGuuuuuunも最高!
英語圏の人のヴォーカルってやっぱりいいんだよなあ…。喉から違うっていうかなんというか。


という感じでこれがしばらくの間は僕のヘビーローテーションになることでしょう。確実に。

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2008年3月16日 (日)

歳と声

ビートルズは、若いバンドである。


ジョンとリンゴは1940年生まれなのでビートルズが駆け抜けた年代と年齢の比較をする場合に非常に数えやすい。つまり、メジャーデビューした1962年は22歳、解散した1970年には30歳、という寸法である。
1940年というと昭和15年である。昭和15年といえばブルース・リーの生まれた年でもある。いわゆる団塊の世代付近の年齢。まいいや。


でビートルズである。
とにかく彼らは若くして制覇してしまった。世界を。
ジョンとリンゴが同い年、2コ下にポール、もう1コ下(学年はポールと同じ)にジョージ。
リヴァプールの港町の不良少年たちがこれ以上は望めないほどの成功を手に入れた。弱冠20台半ばという年代にして。

そりゃ勢いがあって当然だ。なんせ20代である。
比較するのもおこがましいとは思うが僕だってその頃はイケイケだった(笑)何も恐いものなどない年代だ。
20台半ばといえば体力も気力も漲っている年頃である。何をするのも自由。失敗だって許される。もちろん程度はあるけれど。


ビートルズのコピーバンドについて思うときがある。
「ビートルズをコピーする」という行為は、結構歳が行かないと上手くいかないのではないかと。

ビートルズが20代で出していた音を再現しようとした場合、同年齢の人間の方がシックリ来るようにも思えるが、実はそうではないのかもしれない。
その実は、彼らが老成円熟していたせいではないだろうか。
ハッキリとした目標を持ち、それに向かってまっしぐらに突き進んでいく若さとバイタリティとそしてもちろん幸運にも恵まれて彼らはスターダムにのし上がっていく。
その過程でさまざまな経験を通して彼らは老成していった。人間的にも、音楽的にも。

だから同じ年代の人がコピーをしようとしても決してコピーにはならないように思う。
なぜならその年代では老成した部分を出そうとしても出せないからだ。
尚且つその年代ではコピーではどうにも満足できない筈だからだ。根本がフリーダムだからアレもコレも色々と音楽的に遊んでみたくなる年頃。また逆にそうでなくてはいけないとも思う。その年代で型に嵌ったトッチャン坊やではいけない。


という理由で中年の男たちが集まって結成されたビートルズの完コピを謳うセルターブというバンドの存在意義があるわけである。カッコよく言うとねえ…。


だが如何せん中年のオヤジバンドなのである。
実はだんだん体力的に辛くなってくるような感がある。僕だけかもしれないが。

特に、声だ。

いい訳がましいが、ジョンだって40近くなったら歌い方が変わっている。
フォロワーを自認する佐野元春氏だってしかり。
だから僕だってしかりだ。


だがビートルズの「カバー」ではなく「コピー」バンドと旗揚げしている以上それでは通らない。
おっさんが集まって結成されたコピーバンドのサウンドの聴かせどころは実はそういうところにもあるのである。

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2008年3月10日 (月)

みたいな

Googleでビートルズの画像を何気なく検索していたら見たことのない写真を発見。

ジョンだ。
J-160Eを抱えている。


Johnlennon

でもアレ?ん?なんかちょっと?
よく見りゃギターもピカピカだぞ?


リンクを辿るとこんなところに出た。

…なんか動画まであるぞ(笑)

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2008年3月 6日 (木)

J-160E考

1964j160e
昨年4月に手に入れたギター。それがギブソンJ-160E。
ジョンが生涯愛したギター。それがギブソンJ-160E。
生では悲しいくらい鳴らないギター。それがギブソンJ-160E。
GIBSON J-160E。
嗚呼GIBSON J-160E。J-160E。もうええ。


このギターはピックアップにシングルコイルのP-90を搭載しているのであるが、これが個人的にあまりと言えばあまりに使えない。特定の楽曲(※)を除いて。
(※:確かにビートルズのファーストアルバムでは駆使されているようである。PLEASE PLEASE MEのイントロのベインといったサウンドなど顕著にそれが聴ける。また中期曲で有名なI FEEL FINEのイントロのフィードバックやバッキングはモロにソレである)

このギターの設計のポリシーとして、ピンポイントで本来の意味での「エレアコ」というものを狙っていたようである。いわゆる現在巷でいうエレアコとは本来「アコエレ」であり、はじめに「アコ」ありきなのであるのに反し、J-160Eは初めに「エレ」ありきという意味である。その当時のギターアンプ(しかもエレキ用)で鳴らさんがために。
だからこそハウリングを抑えようとトップを単板でなく合板にしたりブレーシングをエックスでなくラダーにしたりとアコースティック楽器の一番の魅力である筈の部分を潔く捨てエレクトリックを志しているのである。また15フレットジョイントであったりアジャスタブルブリッヂであったりと、同時代のアコースティックギターと比較しても根本的に特殊な仕様となっている。

つまり、アコースティック楽器として鳴りを追求する方向とは全く逆を行っているわけだ。
ちょっと乱暴な言い方をするとギターとしてはいわゆるエレクトリックのフルアコに分類されるのではないか。
しかしホントに鳴らないぞ。生音はCASINOと遜色がない(笑)


でセルターブのライブでこれを使おうとした場合、ちょっと困る。
アンプ(しかもアコースティック用)で鳴らす際にP-90のままではアコースティック楽器として機能しないからだ。前述の通り実質的にエレキとなってしまう。従い本来バンドとしての求める音とズレが生じてしまう。
実際にジョンはレコーディングの際にJ-160Eを使用する場合、ピックアップからの出力ではなくマイク録りで空気感を加味した音作りにこだわっている。


しかしまさしくコレこそジョンの変わりモノ好きの真骨頂と言えはしないか。


敢えてエレキとして設計された生では鳴らないギターを使ってその上で生音でアコースティック楽器としてレコーディングするというこの倒錯ぶり。やはりキレていたのだこの人は。
いやだからこそそれがビートルズの音が特異で唯一無二となった所以であると思う。


で。
セルターブでコレを使用する場合。
となるとどうしても生の音が欲しい。ジョンがアコースティックギターとして使用したあの音をに近づきたい。しかもライブで使えなければ意味が無い。でもP-90では違う。
ならばふた昔前のフォークシンガーのようにギターの前にマイクを立てて歌うか。ビートルズバンドとしてルックス的にも物理的にもこれは無理だ。これだけはどうしてもできない。やりたくない。
まさにこれこそビートルズバンドでJ-160Eを使うジョン担当者ならば必ず通る茨の道なのである。


で。
邪道かもしれないがこれにピックアップを増設することを決意。

【RARE EARTH BLEND】

これのセレクトに関してはたけスンと綿密に打ち合わせを行なった。たけスンはバンドの音に関する船頭の役割を担っているからだ。たけスンのゴーが出ない限り僕は決して導入しない。
これはハムバッキング・ピックアップとコンデンサマイクが一体となっておりそのブレンドを行なうことが出来るという優れもの。
セルターブにおいてビートルズのコピーをライブでやる場合、コンデンサマイクで拾うというのが必須条件であったことからこれ以外のピックアップは断じてありえないとたけスンと完全に意見が一致して導入に踏み切った。
ただしブレンドボリュームをマイク側に寄せ過ぎるとすぐハウる。またボディ内部で音を拾うため若干こもりがちな感じの音になってしまうのはどうしても否めない。しかしコンデンサマイクのエアー感はこれ以外のピックアップでは作り出せない。

Fishmanblend結果は、この上なく大正解であった。
見た目もすっきりして不自然な感じが全くない。クールだ。

このピックアップ増設に関してには実はちょっとした企業秘密(?)がある。
ジョーイさんにセットアップをお願いしたのであるが、コントロールノブの操作次第でP-90を活かせるのである。詳細は秘密(笑)


あ、長くなった。
続く(笑)

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2008年3月 5日 (水)

大人のロック

ちょっとした時間つぶしに書店に立ち寄り、何を求めるでもなく店内をぶらぶらしていた時。
雑誌のコーナーに並ぶ積み上げられた書籍の中でひときわその存在をアピールしているフレディ・マーキュリー氏の雄姿に惹きつけられ、オートマティカリーに僕はそれを手にしていた。


Otonanorock0804こういう類の表紙にはおおにして「ビートルズ」という文字が載っている。これまた悲しい習性ではあるが僕のような人種にはそれがある種の強烈なフェロモンとなる。


時間つぶし(時間調整)の設定時間は、5分。
それを一分でも超過するとちょっとまずいことになる。逆に一分早くてもまあ同じだ。

フレディ氏のものをパラパラとめくる。
途端にある写真が目に飛び込んでくる。
オートマティカリーに顔が5cmほど前に傾く。
…見たことない写真だ。しかもやたらカッコイイ。鮮明でもある。
弦の巻き方の癖までハッキリと見て取れる。
人目もはばからず、顔を5cm突き出した姿勢で僕は食い入るようにそれを見つめ続けるのだった。

で5分経過する。タイムアウトだ。
泣く泣く棚にそれを戻し、店を後にする。
買えば良かったのではあるが、それには様々な理由がある。
ひとつは財布がcool bizだったってことだ。


翌日。
会社の創立記念日であった。
で記念品が出た。会社から。


帰宅間際に開封してみる。
大袈裟に包装されたその包みの中には、図書券が入っていた。


その足で書店にダッシュしたのは言うまでも無い。

Otonanorock

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2007年12月 8日 (土)

A DAY IN THE LIFE

担当者として甚だ情けない話ではあるが、実は当時のその日、僕は全く意識もせず一日を過ごしてしまっていたのだ。
中学一年、13歳の時の話だ。


当時の僕を構成している大部分を思い起こしてみるとひとつはさだまさしでありひとつは手塚治虫でありひとつは恋愛であったような気がする。だからほかのものが入り込む余地が無かったのかも知れない。つまり僕の脳内は木根川橋・ブラックジャック・おんなのこでパンパン状態だったわけだ。
然るに僕にとってのそのスタートは、同い年の従兄弟から手ほどきを受けることになるもっともっと後になってからのことだったのだ。

そもそも当時の僕にはテレビやラジオのニュースなどを見たり聞いたりするなどという発想は根本的に無く、ましてや新聞などすら読む習慣などもあるはずも無く、ただ毎日を一生懸命に生きていただけだったのであろう。さださんと手塚先生と恋するあの娘に満たされて。意識してかどうかは別の問題で。
ただ従兄弟の言動からどうやら尋常でないことが起こったようであったことだけは察することは出来たが、正直なところ毛筋ほども全く気にもせず、従いその時点での記憶というものが全く残っていない。

今になって年齢を問わず色んな人とその時のことを話す機会があったりするわけであるが、皆が一様に(しかも僕より年齢が若い人すらも)その当時を遠い目で振り返るのを目の当たりにしたりすると僕は何とも情けない気持ちになってくる。俺って担当者としてどうなんだと。自問したりする。


今、その年齢に達してしまった自分がいる。


余りにも激しく、熱く、短く、強く、ある時は弱く、でも総じて生き急ぐように人生を駆け抜けた彼を、同年代になって初めて改めて偉大な存在だったのだと僕は今、知るのだ。


毎日いろんなことがあり過ぎて、気がつくと一日が終わってしまい、特別である筈のこの日をしんみりと追悼をするような余裕は毎年全く無いけれど、だけど、それでもいいと思う。


きっと彼は、それでいいんだと、言ってくれると思う。

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2007年9月 9日 (日)

思い込みについて

聴くたびに新しい発見がある。それがビートルズの音楽である。


錯視というものがある。
同一の長さの二本の直線であっても矢印の方向ひとつで長さが違って見えるという類のそれである。
Mullerlyer_figure


大人である僕達は経験則的にそれが同じ長さだと知っているが故に「それは錯視(目の錯覚)だよ」と無礙に言い切ってしまったりする。だがそれは本当はおそろしいことなのではないだろうか。
まずその前にそれが本当にそうなのかと確かめてみることが必要なのではないか。
直感的に見て感じたとおり、実際に左の絵の直線の方が数ミリ長いかもしれない。またひょっとしてその逆もあるかもしれない。

知っているからと、そういうものだと思い込んでしまうと、そうとしか見えなくなる。そうとしか感じられなくなる。
思い込みとはある意味おそろしい。


こんな絵もある。
Rotsnakemini2
この静止画はどう見ても動いているとしか見えない。僕に限らず誰にでも同じ。と思う。
だがそれをまた僕達大人は「目の錯覚だ」と言い切ることは果たしてどうか。
感じたまま動いていると表現する行為は子供っぽいということになるのか。
正常な感覚を持つ者の大多数あるいは殆ど全員がどう見ても純粋に動いているとしか感じられないものというものは、動いていると言ってしまってもいいのではないのか。ちょっと強引か。


今日のある新聞の一面のコラムにこういう文章が載っていた。

”野山に一輪の美しい花を認めたとする。それが菫(すみれ)と分かった瞬間、何だ菫の花かと「諸君はもう花の形も色も見るのを止めるでしょう」(小林秀雄)…(中略)…半端な知識に限って、目を閉ざす。しかし黙って花をじっと見続けていれば花はかつて無い美しさを限りなく明かすだろう。画家というものはそういう風に花を見ているのだ”


こうだと思い込んでしまうと、それ以上のものは見えなくなる。感じなくなる。人間というものはそういう風に出来ているのかもしれない。
だから思い込みというものほど、それ以上の正しい成長や進化・深化の道を閉ざすものはないのではないかと思う。
それほど思い込みというものはおそろしい。気付かないうちにそれは柔軟さというものを否定することに繋がる。極論するとそれは感覚や感性の麻痺だ。誤解したまま先に進んでしまい、何時か正視眼でそれを見れないまま固まってしまう。

自分の思い込みなどというものは、実は「半端な知識」に過ぎないのかもしれないと常に疑いたい。


錯視とよく似た同じカテゴリーのものに空耳というものもある。
ただこれはタモリさんのそれとは根本的に異なる。

錯視・空耳(=視覚・聴覚)も等しく脳の組織の中で認識されるものであるなら、使用する脳の部位は違ったとしても頭の中で処理されるものという意味で差は無い。
つまり感覚的な問題である。


聴くたびに新しい発見があるビートルズの音楽。
でもそこに「思い込み」というフィルターをかけて聴いてしまうと、新しい音は何も聴こえてこない。

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2007年9月 1日 (土)

カブトムシ外伝

ちゃんと日本語が聞こえると馴染み易いというかとっつき易いのであろう。
初めて聞いた時点ですっかり彼女らは虜になってしまい、それ以来車に乗る度にリクエストが入るようになった。
特に頻繁に使用される「赤ちゃん」というキーワードが彼女らの琴線に触れたのであろう。察するに。
♪メリー姐さんに教えよう、旦那のジョンが浮気をしてると赤ちゃん~ などというフレーズなど完コピだ。いきなり歌いだす。三歳児であるにも関わらず。どうしたものか。

ビートルズのオリジナルヴァージョン(とはいえこちらもカヴァーではあるが)の方も好きは好きな様であるにはあるが、歌える という点においては彼女らの中では完全にこちらのヴァージョンに軍配が上がっている様だ。

著作権の関係上ビートルズのオリジナル曲を取り上げることは叶わず、結局ビートルズがカヴァーした曲をカヴァーするというややこしい事になってしまってはいるが、ただのコピーで終わらないところが流石。
ビートルズのオリジナル曲をやりたくても出来なかった執念というか怨念というかそれが随所に感じられ、歌詞を除いてそれはそれは紛う事なき完全コピーの域に達している。イントロだけ聴くとオリジナルに聞こえてしまう。
流石王様。またバンドの皆様。こういうことをサラッとやっちゃうなんて何とも素晴らしくカッコイイです。

で王様、カヴァーのカヴァーだけでは飽き足らず自身のオリジナル曲も収録している。
こちらもビートルズへのオマージュとしては世界レヴェルにあるといっても過言ではない出来である。
「Hey 柔道一直線」という歌い出しでは聴いている側は思い切りこけてしまうが。

でうちのチビ達はそれを耳でコピーし、音源に合わせて歌っている。
親バカかも知れないが客観的に見てこの子等の耳はかなり優れているように見受けられる。音程もちゃんと取れているし。リズム感もバッチリだ。

最近など一人で思い出し歌いをしていることもよくある。そんな時はああ今この子らの頭の中ではカブトムシがエンドレスリピ-トしているのだろうなあと思う。
でも若干恥ずかしいのか小声で口ずさむといった風である。
「あー腰振り赤ちゃん腰振り。捻ってワオ捻ってワオ
といった具合に自分で合いの手まで入れている。
なかなか、やるではないか。
それは聞こえたまんまやる というコピーの基本だ。原点だ。

で今日。

「へい柔~道一直線。せんせん。せん。せん。千・人・斬りェーーー!!!」

ときた。

そこまで行ってしまったか。
王様自体は悪くないのではあるがこの辺に来るとちょっと三歳児の情操教育にはあまりよろしくないんじゃないかという気がしてきた。

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2006年9月 9日 (土)

無臭でチョレた

リヴァプールでデビュー前のビートルズを知っていたコアなファンというかグルーピーの人達の気持ちが解ったような気がした。


いつかメジャーになるに違いない、なって欲しい。でも自分達だけが知っているという優越感に似たものを持っていたい、それでいて全国の人に知って貰いたい。だけどメジャーになることでメディアの食い物にだけはなって欲しくない。

特定のアーティストの本当のファンとはこういった何とも微妙な気持ちを持つに違いないのだろう。光り輝く金剛石というものは、例えそれがドブやゴミ箱の中に在ったとしてもその本質は変わらないし、変わるはずのないものなのだ。本物であるが故に。


本当の意味でのあなたの地元のファン(というか応援団?)の方達から比べれば、ぼくなどいちファンとしては思い切り新参者でこんなことを憚りもせず述べることなど図々しいも甚だしいことなのかも知れない。
でもぼくはあのオンエアの日に完全にノックアウトされてしまってから気持ちの上ではコアなファンを自認しているのです。

そう。
ぼくはあなたに「夢中で惚れた」一人なのです。


あなたには一度も会ったことなどないのだけれど、念願が叶ったことをぼくはまず心から嬉しく思っているし、そしていつまでもそのままで居て欲しいと心の底から思っています。
でも放映を見る限り大丈夫と思いました。やっぱりあなたはどこにいてもあなただ。「無作」という言葉があなたほど相応しい人はもしや居ないのかもしれません。
こうなったら今年の流行語大賞を狙うのもひとつの手かもしれないぞ(笑)


兎に角、つんくと共演という念願叶ってまずはおめでとうと言わせて下さい。よかったねえ。幸ちゃん


Wikipedia

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2006年5月12日 (金)

最高のヴォーカル

いやそれはヴォーカルというより咆哮というべきか。


喉から搾り出すようなそのヴォーカルは凄まじい。聴いているだけで体中からアドレナリンが噴き出すような感覚がする。
ジョンがメイン・ヴォーカルをとるビートルズの曲の中でもこれが1、2を争うものだと僕は思う。


ジョンのシャウトで余りにも有名なものは初期のもので「TWIST & SHOUT」がある。

そのレコーディング時。
ファーストアルバムのレコーディング・セッションは終盤を迎えそして午後10時半をまわった頃。
その日酷い風邪をひいていたという23歳のジョンは上半身裸になり、士気を高ぶらせこれ以上もう二度と歌えないという位にその一曲に全身全霊を注ぎ込みそしてその声をテープに記録したという。
そして「最高で驚異的な演奏だった」とジョージ・マーティンをはじめコントロール・ルームにいたスタッフを痛く感動させたという。


ジョンほどヴォーカルのスタイルが変わったヴォーカリストも珍しいのではないかと思う。それは年齢相応の肉体的な変化によるものであることは勿論であるが。
それにしてもジョンのヴォーカルはアルバム一作一作でことごとくそのスタイルを進化させているように思う。ファースト・アルバムとラスト・アルバムの時間的な期間は僅か7年に過ぎないにも関らずその声の違いは全く別人といってもいい程の差がある。どれ程の体験をすればこのような劇的な変化を顕すことが出来るのだろう。


この曲は1965年、ジョンが25歳の時に記録された音源である。
これは前述の「TWIST & SHOUT」に勝るとも劣らない(いやむしろ洗練されているだけ強力さを増しているのである)、途轍もない破壊力を持ったジョンのヴォーカルを全編に聴くことが出来る。この声はまさに「咆哮」と表現することが相応しい。歌っているその喉から血が噴き出しているような気さえするほどである。
これほどの見事な音楽として成り立つ「咆哮」を僕は他に知らない。ヴォーカリストとして僕の尊敬するジョン・ボン・ジョヴィの声でさえここまで見事なシャウトは聴くことが出来ない。ましてやその辺の半端なロック・ヴォーカリストなど足元にも及ばない。
ジョンは、ヴォーカリストとしても間違いなく唯一無二、そして不世出の存在であるのだ。
ただ日本人でこれに近い凄まじいヴォーカル音源を残しているアーティストが僕の知る限り一人いる。尾崎豊さんだ。


これは僕の主観であるが、ジョンのヴォーカルの魅力というものは、「動と静」そして「情熱と冷静」がそこに同時に存在していることにあると思う。
ジョンに内在する情熱は桁外れに熱く、そして内面には同時に繊細さが備わっている。寂しがり屋で意地っ張りであり、またそれを防御する為なのか攻撃的で且つ内省的。
自らの肉体に備わる「楽器」としての喉を自在に使いそして其処から発せられる「声」にその持て余すほどの情熱を顕すということが出来たジョン。
そんな生身の人間としてのジョンに僕は堪らなく惹かれるのだ。


「DIZZY MISS LIZZY」

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2006年5月10日 (水)

BBC

初めて聴いた時の率直な感想は「何じゃこれ」だった。もう10年くらい前のことと思う。


ブートレグなどさんざん聴いてレアなビートルズの音源に飢えていた僕は、未発表曲満載という売り文句で発売されたこのアルバムに無条件で飛びついた。
でこのCDを初めて再生した時の率直な感想が冒頭のそれである。
音は悪いし、演奏は雑っぽく聴こえるし未発表曲といえどオリジナルじゃなくカバーだし。


その頃の僕はコピーバンドにも縁が無かったし、また近い将来そういう状況になることすら想像だにしていなかった。
当時の僕の志向はビートルズの後期 であった。ホワイトアルバム以降の音しかまともに聴く気にならなかった。
そんな状態で手にしたこのアルバムである。当時の僕の情けない琴線に触れるはずも無くとりあえず一聴してお蔵入り となったわけである。

その数年後セルターブに加入することとなり、そして僕はまっちゃんから殆ど自動的にジョン担当に任命された(メガネをかけていることがアピールポイントだったのかもしれない)。
でまずはライブ実行を目標にスタートした背景から、レパートリーの選曲は四人で演奏し易い初期のものから多く選ばれることとなる。
そしてバンド活動を初めて何度かライブを経験し、バンドの難しさや面白さをようやく知りつつあった時再びこのアルバムを改めてじっくりと聴いてみようという意識が芽生えてくる。


そしてつくづく実感させられた。目から鱗とはこのことである。
全編スタジオライブで一発録りされたこの音源群(但し一部オーバーダブあり)を自分達で演奏してみたらどうなるかというイメージをしてみても到底どうにもならないほど高いところにビートルズは居たのだ。
恥ずかしくも今さらながらようやく思うに至ったわけである。ビートルズは、とんでもなく上手いバンドだったのだと。
これに似た記事は前にも書いたような気がするからこの辺にしておくけれど。


で今思うにこのアルバムは、ビートルズはその当時のライブツアーでは売れて人気のある決まった曲しか演奏することを許されず、本当に演りたいことが出来なかったフラストレーションを観客のいないラジオのスタジオで発散させていたのではないかと思うのである。
まだハンブルグで武者修行をしていた頃など何を演っても良かったわけだし、その頃に感じた自分達の本当に演りたい曲をライブで演奏する快感を得たくて仕方なかったのではないかと。
だから演奏も全編を通して実に伸び伸びと躍動しているのではないかと思う。楽しくて仕方ないというような。


バンドを始めていなかったら、このアルバムはきっとまだお蔵入りだったような気がする。

Bbc

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2006年4月 1日 (土)

3121

それが本名だと知ってから僕はその人に妙な親近感を抱くようになった。
それまでは、自分を誇示・鼓舞するためにそのような名前を立てていると思い込んでいたからである。


初めてその音を聴いたのはいつだっただろう。高校1年の時か。
確かテレビで放送されていたグラミー賞の授賞式か何かでボディガードに囲まれて颯爽とステージに現れそして「Purple Rain」を歌いギターを弾き倒しスタンディングオベーションを浴びている姿を目の当たりにした時だったと思う。
記憶ではマイケルジャクソンも同じ会場にいて、サングラスを取るだけで嬌声をあげている熱狂的ファンの姿を僕は冷めた目で見ていた。それはビートルマニアに対するストーンズのファンの心理か?よく分からないけれど。
まあとにかく僕はそれ以来「プリンス」の虜となってしまったのであった。
お陰でデビューアルバムから順に全て聴かずには居ても立ってもいられなくなってしまったのである。


高校の時は割と耳の肥えている友が常に廻りに居たから浮かずに済んだのだが、社会に出てから僕はプリンスを好きだという人と不幸にも出会ったことがない。考えてみるにやはりそのセクシャルで変態チックなイメージが大きくブレーキとして作用し、公然とプリンス好きであることは内面の変態性を吐露するようでうっかり口に出すということが憚られるに他ならないと思ってしまうのだがどうだろうか。何しろかく言う僕もプリンスが好きだと公けにいうことに対しては少々抵抗があるにはあるのであるが。

正直に告白すると、僕はプリンスの音を聴くことが非常に気持ちいいのである。
どういう言い方をすれば一番適切かと考えてもただ気持ちいいとしか表現のしようがない。
一部分を聴いただけで即プリンスの音だと僕は判断出来る自信がある。まるでビートルズの音もそれと同じように感じるように。


過去にこんなことがあった。
ビートルズのアンソロジープロジェクトが立ち上がり、そして大晦日ににそのダイジェスト版が放映された頃のこと。小宮悦子さんのナビゲートだった。
その少し前に、FMで「ビートルズの新曲」が先行でオンエアされていた。「FREE AS A BIRD」である。
そういう曲が発表されることは知っていた。しかしその頃の僕は他ごとで頭が一杯で(恐らくその当時付き合っていた女の子のこととかそういった類のことだと思う)、ビートルズどころではなかった。
そして車を運転している時、DJが何かを喋り終えた途端、一瞬の間を置いたあと出し抜けにラジオから ダン・ダン というスネアの音が聴こえて来た。
瞬間的に僕の背筋を何かが走り、全身に鳥肌が立ったことを覚えている。
ほんの僅かの時間、コンマ何秒かで僕はそれをビートルズの音だと悟ったのであった。しかし聴いたことのない歌だった。でも間違いなくこれはビートルズだ。だって、ジョンの声が聞こえてくるじゃないか。
思わず車を停め、口を半開きにしたまま僕はそれに聴き入った。
これが、僕の唯一のリアルタイムで感じたビートルズである。


でプリンスであるが、正直なところここ最近のものはあまり好きになれなかった。気持ち良くなれなかったのである。
幾らプリンスたる人であろうとやはり人の子、老いて勢いは枯れてしまうものなのだろうかと…畏れ多くも僕はそう思うに至ってしまったのであった。
しかしこの「3121」は違う。僕の中で勝手に創り上げたプリンス像が間違いなくここにある。音が、気持ちいいのである。それはもう、理屈ではない。
僕個人的には、非常に密室的な音のする「Sign of The Times」辺りが非常に好きなのであるが、「パレード」の時のような倒錯しているといっても過言ではないラジカルで訳の分からない感じもある。アルバムのライナーにも同じような表現があるが、プリンスが「発明」した音の洪水がここには溢れているのだ。ぞくぞくする。
密室ファンク。下半身にガツンと来る感覚。んーよく分からないが。

頼もしきプリンス殿下、健在である。
「3121」(Thirty-One,Twenty-Oneと読む)の意味は全く分からないけれど。

3121

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2005年12月14日 (水)

共時性

心理学で言うシンクロニシティ。
偶然の一致を超えている現象。
物理学では形態共鳴とも呼ばれる。


共時性というものは普段ごく普通の生活しているだけでも体験することがよくある。
例えばこうである。
このブログで何かについて書こうと思った時、よく見に行く他のブログで同じテーマのものが取り上げられていたりする。
何かについて知りたいと思った時、偶然その関連記事が書かれた新聞記事とバッタリ出くわしたりする。
随分会ってもいず思い出したりもしなかった人のことを思い出した途端ありえない場所で偶然出会ったりする。
「100匹目の猿」という話もある。
一度形態の場が形成されるとそれは時空を超えて世界に影響を及ぼす。

以前に、「SYNC」という本に触れた。
これ実はまだ完読していない^^;志半ばで止まってしまったのだ。途中難解過ぎてどうにも読み進めていけなくなってしまった。半年以上も前の話。
自分自身非常に興味を惹起される内容だったので勢い込んで取り組んだが挫折^^;
で巡り巡って、またそこに戻ってきた。時間さえあれば読み切りたい。と思う。


こう思うに至ったのは、とあるバンドマンと話をしていて(話といってもメールだが^^)、その中でビートルズバンドのブームについてどちらからともなく言及したことがあってからのことだ。
僕がバンドを始めた時、中部地方なかんずく名古屋近辺でもあちこちでウジャウジャと新しいビートルバンドが誕生していた。
その時はその渦中にいたので自覚はなかったが、今過去を振り返ってみると確かに間違いなくブームのようなものがあったようだ。
あちこちに色んなジョンがいた。色んなポールやジョージ、リンゴがいた。
自然発生的に、そういうムーブメントが間違いなくあったのだ。特に中部地区全般に。日本中でも中部・東海が一番熱い時だった。


「時」というものは実に不思議である。
同じ事をしても、時を誤まれば全く違う結果になったりする。
まあ、どういう結果になったにせよ何もしないでいるよりはずっとましだと思うけれど。

たった一人の変化が大きく周囲に影響を及ぼす事もある。
二人、三人、四人であればなおさらだ。


ビートルズのマジックは、僕らの生活のこんな身近なところにまで現在にわたって影響を与え続けているのだ。

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2005年11月25日 (金)

CHAOS AND CREATION IN THE BACKYARD

僕は批評家でもないしそれ気取りでもない。
ましてや出来上がった作品のレビューを書くつもりなども更々ない。
でもだからそれ故思い入れたっぷりに書くことが出来る。

今で四度目のリピートになる。だからそれは聴き込んでいるなどと言うには程遠い。
でも独りでこれを聴いていると、言葉で上手く表現できない感情が渦巻くように湧き上がって来る感覚を覚える。
上手く表現できないのだけれど、あえて進めてみようと思う。


殆ど全てのインストゥルメンツをポール一人でこなしていると紹介されたアルバムの記事を読んでからというもの、僕はそれを聴きたくて居ても立ってもいられなくなった。
そしてそれを聴いて今更ながら改めて確信した。
僕は、ビートルズそのものの音が好きなのだ。

ビートルズ的なものにも僕は堪らなく強く惹かれてしまう。
しかしそれには僕なりの条件がある。


ビートルズの中で僕が好きな音のひとつは、ホワイトアルバムの音源群である。
誤解を恐れずに言うと、この新作を聴いて僕はホワイトアルバムの中に流れているビートルズの風を感じた。
ポールの自作の曲を自分で演奏する楽器の音、ポールの歌う声と自らコーラスを当てる声。
それは紛れもなくビートルズだと僕は感じる。
勿論、(元ビートルズの)当の本人なのだから何をどうやってもそうなるのは当たり前なのかもしれない。

でも反面僕は大阪ドームにポールのライブを聴きに行った時に感じたあの感覚は忘れることが出来ない。
目の前に居るのは紛れもなくポール・マッカートニー本人であり、そしてポール本人が歌い、自らベースやピアノを弾き演奏されている曲はビートルズのものなのである。
そうであるにも関わらず、(これは乱暴な言い方だとは分っているが)ああ僕の体感する音は・・・ビートルズではなかったのだ。


僕の中でこの二つの感覚は矛盾するのだろうか?


そうではないのだと思う。
答えがあるとしたら・・・。

プライベートな音そのものが、僕の好きなビートルズであるのかもしれない。
それは手作りの、意図的に洗練されていない素材に近い音である。
上手く言えないが小奇麗ではいけないのだ。
自身の内面を表現しようとした時、それはプライベートな音でしか出来得ないものだと僕は思うのだ。
そしてそれこそが創造であり、そして時として混沌でもあるのだ。
僕の好きなビートルズとは、プライベートな混沌と創造が一体になっているものなのだ。


このアルバムを聴いていて、僕は無意識に探してしまう音がある。
そしてただ思うのである。
ここに、ジョンやジョージやリンゴの声や音が聴こえてきたとしたらどんなに素晴らしいだろうかと。
例えばスタートのカウントひとつや、洟をすする音だけでもいいのだ。
感傷ではない。


4年ぶりに発表されたアルバムである。
僕のような日々の生活に追われている4年間とポールのそれとは次元が違うことは分りきっているが、それでも決して4年という時間は短くはない筈である。
2005年の現在のポールは、4年間の間に何を見何を思いこれを創ったのだろう。そしてそこから何処へ行こうとしているのだろう。


裏庭の混沌と創造
cc

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2005年9月14日 (水)

出勤時に撃沈

夏風邪に悩まされてはや三日。
僕を苦しめるのはクシャミ・鼻水・咳の三大症状です。ああそれとプラス微熱・頭痛・虚脱感。
動き、鈍いです。かなり。
間黒男を呼んでくれって感じ。


ん~僕は節約して節約して貯めたお小遣いを月に一度だけ自分の為に使います。
でもCDを買うにしても最近はもっぱら店に行くのも億劫になってきたからアマゾンにはお世話になりっぱなしであるのです。
さてえー、もとより僕はビートルズのカバーものにはめっぽう弱い。ジャケットにビートルズの文字があるだけで何でもかんでもだぼハゼの如く衝動買いしてしまうのです。
この前ネットを徘徊していたら面白そうなものを見つけたのでこれは聴いてみたいと思い早速購入しました。
で昨日届いたものを今朝出勤時に車の中で早速かけてみました。
↓これです。

pistol


それでえー・・・。

こういう類の音楽は朝の景気づけにはきっともってこいなのでしょうが・・・そいつは体調の良いときに限るようです。
この一撃で風邪の諸症状ですっかり参ってしまっている僕は頭痛がひどくなり、併せて購入したさだまさしの新譜に交換したのです。信号待ちしながら。粛々と。ものも言わずに。遠い目で。


生ギターの音、いいです。「MOTTAINAI」、素晴らしくいいです。
実感しました。朝は、こうあるべきです。
さださん、癒しをありがとう。

tokoshihe

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2005年9月 3日 (土)

She Loves You

世界の音楽史上初めて三人称を用いた画期的なタイトルであるとか。
内容は至ってシンプル。

付き合っている彼女を何らかの理由で傷つけてしまった友に対し、彼女の気持ちを伝えるメッセンジャーとしての役割を引き受け友を励まそうとする僕という人物。
そういう構図。
この物語の主人公は彼なのか彼女なのか、はたまた僕なのか。


「昨日彼女に会ったよ。伝えて欲しいんだってさ、お前のこと愛してるって。悪く無いじゃんか」She Loves You
「もうダメになりそうなくらい苦しめられたけど、それでも思い直したんだってさ。お前は人を傷つけたりしない人だって信じてる、って。悪く無いじゃんか」She Loves You
She Loves You,Yeh Yeh Yeh
「あんないい女いないって。お前もっと喜べよ」

「あとはお前次第だよ。謝っちゃえよ。だってお前惚れられてるんだよ」
She Loves You,Yeh Yeh Yeh
「お前、本当に喜ばなきゃダメだよ」Yeh Yeh Yeh・・・


リリースされた当時は、これを聞いた女性達はジョンやポールが、そしてビートルズがまるで自分に語り掛けてくれているような気持ちになったのだろう・・・と思う(当時の世の女性に失礼か?)
だってこんな風に普段滅多に触れないキュンとする部分をストレートに射抜く歌なんてそれまで存在してなかっただろうから。

それはビートルズが現役バリバリのアイドルだった時代。
そういう部分を上手く計算できるのがジョンでありポールだったのだろうと思うから、確信犯的にそれを狙って作られた歌だと思っていた。ずっと。

だからあまり好きになれなかった・・・男の立場からすればこんな内容別に面白くもなんとも無い。
幾ら友達の為だろうとだあれが喜んでそんな役なんか引き受けてやるもんか(笑)


ところが。
いま僕の感じるこの「She Loves You」。
第一印象で感じたイケ好かない感じのする歌から一変して、今では数あるビートルズの作品群の中でも最高に素敵だと思う歌の一つになっている。

なぜ、覆ったか。


それは僕なりの解釈を発見してしまったからなのだ。
この解釈だけは誰からか教えてもらったり、書籍やその他媒体から得た情報ではなく、純粋に僕の中から湧き上がってきたもの。
そして間違いないと確信するもの。


デビュー前。
ハンブルグから帰ってきたジョン。そしてビートルズ。
しかし帰路には行きの時に居た仲間のひとりが欠けていた。
ひとりだけ残ったんだ。結婚するために。


そして彼らは成功した。
ひと回りもふた回りも大きくなったビートルズはプロフェッショナルとして再びハンブルグに凱旋した。
その時、かつての友はもうこの世にはいなかった。
大切な人を残し、突然に、消えていなくなってしまったのだ。
それはあまりにも、突然に。


この歌を聴くと、僕は切なくて涙が溢れてくる。

「She Loves You」とは。
ジョンが、愛する友に捧げた鎮魂歌なのだ。


Astrid_kirchherrStujohnBeatles_early2_2
   

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2005年8月 7日 (日)

Abbey Road Webcam

職場のビル内は完全禁煙だ。
だから吸いたくなった時はわざわざエレベーターに乗ってビルの外に出て、通行人のウォッチングなどしながら一服する。
でも夏場はちょっときつい。アスファルトしかない都会では地表温度がかなりのものになっているに違いないからだ。


よくベビーカーを押して歩道を歩いている人を見かける。
そんな時、言葉で苦痛や苦情を伝える術を知らない子供の悲鳴が聞こえてくるような気がする。

最近天気予報か何かのニュースで聞いたところ、気象庁が発表するその日の最高気温とはあくまでも標準的な数値(どこでどのように測定しているのかは知らないけれど)であって、アスファルトしかない都会では軽くそれを超えているのだそうだ。
そしてそれは困ったことに大人の立場からの見方だけのことだそうで、身長の低い子供は当然地表に近い位置に身体があるわかだから体感温度いや実気温は如何ばかりになるのかと察すると…恐ろしいことに地表からの輻射熱により地面より1m以内の気温は発表されるそれをも遥かに凌駕するそうだ。
となるとましてやベビーカーに乗っている赤ん坊など言ってみれば最悪の環境にあるわけだ。
真夏の日中にベビーカーに子供を乗せてアスファルトの上をうろつくなどという行為は、ハッキリ言ってしまうと虐待に等しい。


そんなことをボーっと考えつつ広小路通りに目をやった時、不思議な乗り物が目の前を通り過ぎた。
二階建てバスだ。

それをロンドンで見たことがある。行ったことはないけれど^^映像でね。
ビートルズ縁の地だ。そこにはアビーロードスタジオがある。

アビーロードといえばあの余りにも有名な横断歩道。
現在そこにはウェブカメラが設置されていて、リアルタイムでその情景をモニターすることが出来る。
http://www.abbeyroad.co.uk/virtual_visit/webcam/

思い出したようにさっき見に行ってきた。
するとそこには映ってました。その二階建てバスが^^
bus

で、僕が栄で目撃したその二階建てバスのことを色々調べてみても全然情報がない。
このバスは一体なんなんだろう?
国産でこんなもの造るなんて信じられないからきっとロンドンから輸入したものなのなんじゃないかなって思うんだけれど。
となるとあの横断歩道の上を走ってたバスの可能性もあるわけだ。
俄然、ロンドンが近くに感じた^^


(えーと。なんか、チャランポランな内容だ^^;)

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2005年7月 9日 (土)

IN MY LIFE

何か歌ってほしいと言われた。
この前ピアノでイマジン歌ったばかりだ。しかも二週立て続けで。
いい加減ワンパターンと言われそうだ。何にしよう。

やっぱりビートルズがいいな。なかんずくジョンの歌がいい。レノすけと名乗っている以上^^
でもバンドじゃなくてソロだもんなあ。んー今回はギター一本にしよう。
で、何 歌おう。


「悲しみはぶっ飛ばせ」?なんかそぐわないな。
「ブラックバード」?・・・ポールじゃん^^;

ジョンの弾き語り、ジョンの弾き語り・・・。何がある?
あ、別に自分でアレンジしちゃえばアコースティックな曲じゃなくてもいいんだ。

「IN MY LIFE」にしよう。


それで練習してみた。
即席とはいえやっぱり人前で歌う以上。それなりのレベルに仕上げないと。

まずイントロをどうしよう。何はともあれあのフレーズだけは欠かせない。
よし。オープンコードでメロを絡ませてみよう。
でAadd9の5~6フレット辺りを押さえる1,2弦開放のコードを持ってきた。
あれっ メチャいい感じじゃん。何度か弾いてみる。いい響きだ。

それが決まったら後はスラスラと全部ギター伴奏を創れた。
基本は、1,2弦開放をペダルトーンに持ってきた。
F#m7も1,2弦開放を入れると11thの響きになるし、B7も変わったトーンになる。
これぞアコースティックギターマジックです。
うん。いいぞ。これで聴いたことない感じの「IN MY LIFE」になった(^^)
このアレンジでは世の中の誰もやってないはずだ。


そして本番。
歌っている時。最後の部分。
「In my life, I'll love you more」
ここだけは、特別に、心を込めて、歌った。


下手なりにもこんな僕の歌に拍手を送ってくれた人たちに、僕は感謝しています。

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2005年6月20日 (月)

声についての考察1

例えば街ですれ違う人の顔を見て、その人の声を想像してみる。
また逆に、例えば声だけを聞いて、その人の外見を想像してみる。

前者はそれ程の食い違いが無い事が多い。
だが、後者は時に大きなギャップを感じることが多々ある。
おそらく前者は視覚から入る情報で、顔の輪郭や首の長さ喉の太さなどの条件をある程度分析し、声をイメージできる事によるものだと思う。
逆にいえば後者も同じなのであろうが、情報量としては圧倒的に少ない。


まだ少年時代の頃。ビートルズの歌を聴きだした時。
どういう訳か僕の中では長い間ジョンとポールの声が入れ違って認識されていた。
手掛かりはテープから聴こえる歌声と、そしてビートルズが演奏している写真だけ。映像やライナーノーツなどは手元に無かった。
ビギナーな少年にはレットイットビーがポールの曲だなどとは知る由もない。イマジンがビートルズの歌だと信じていたほど。

中でも食い違いが一番印象に残っている曲は「I'VE GOT FEELING」。
最初のヴァースからポールが引っ張っていくあの曲は、ポールの声をした丸眼鏡をかけたジョンがリードヴォーカルだと思っていた。
今ではあまりに滑稽過ぎてそう感じる事すら難しいけれど。
ポールのあの人懐っこいどちらかというとかわいい顔からあのソウルフルな声が出ているのだとは夢にも思わなかった。
そしてヴォーカルをジョンに渡し「Everybody had a hard year」と繰り返す部分の声こそポールの顔から出ていると信じていたのだ。

今だからこそメンバーそれぞれ全員の声と顔は完全に一致しているが、聴きだした頃はこの四人組はそっくりな顔をした単なる外国人。しかも何故だかアメリカ人だと思っていた^^;
だから何の予備知識もなく屋上ライブの映像を見ていきなりポールが歌い出した時のショックは大きかった。
何故なら外見的にポールが大好きだったから。だってジョンは中途半端な金八先生みたいな髪型だったし。
リンゴやジョージなど問題外。その他 2。みたいな^^

エッヂの効いた、錆びているがよく切れるナイフのような声がジョンのものだと知ったときから、僕はジョンの虜になってしまったのだ。


声とは、心の思いを形にするものなり。
始めに言葉ありき。そして言葉は、声からはじまる。

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2005年6月13日 (月)

ビートルズ詩集

ずっと前。中学二年のとき。
角川文庫版の「ビートルズ詩集」なるものを買った。上下二巻に分かれているもの。片岡義男訳。
ふと思い出して本棚から引っ張り出してきた。
20年以上も経ったいま読むと、当時の感覚とはまた違った捉え方が出来る。

でもこれがまた・・・面白いのです。
どう面白いのかというと・・・。

まず1。
ビートルズ詩集と銘打っているにも関わらず何故かジョンとポールの作品のみを収録。
ビートルズの初期の歌はカバーも多い。だからそれを取り上げないのはまぁ分るにしても・・・ジョージとリンゴのは??と思わず突っ込みたくなる^^
そりゃ、ね。少ないけどさ。確かに。ええジョージとリンゴの歌は。でも情け容赦なくバッサリ切り捨てるなんて^^;
それにしてもアレです。
ジョンが自分で作っておきながら恥ずかしくってとても自分では歌えず挙句の果てジョージに無理矢理歌わせた「DO YOU WANT TO KNOW A SECRET」や「素敵なダンス」とか、出だしから力の抜けまくっているリンゴの歌う「YELLOW SUBMARINE」なんかは収録しているんです^^
要するにクレジットが「Lennon-MacCartney」になっているものに徹底的に拘っているのですな。

そして2。
曲のタイトルまでが訳されている(^^)
確かに日本盤のものでおかしな^^タイトルが正式に承認されているものもありますよ。
タイトルの意味とは全く関係ない「四人はアイドル」とか「ヤァヤァヤァ」とかね^^
でもね。片岡さんのコレはそんなレベルじゃないのですよ。ラベルが違います。
もうなんチュッたらいいのかタイトルだけでは何の曲なのか一瞬見当が付かないものが沢山あります。
例えばこうです。
「なにを考えて」
「そうはさせない」
「ちょっとしたことすべてが」
「うまくゆくはず」
・・・答えは文末に(^^)

それからまた、モロもあります。こうです。
「彼女は女」
「幸せとは撃ったばかりの銃」
「明日はどうなるかわからない」
「ソヴィエト社会主義連邦共和国に帰って」
「私と私の猿のほかは誰でも隠し事を持っている(コレだけは訳しても長くなるのね^^;)」等々。
そんな中でも極めつけはコレです。
「太陽王」
モロ過ぎます。

これほどの名訳をされているにも関わらず何故か英文のタイトルのままのものも何曲か。
「ヘルプ!」や「COME TOGETHER」。何故か・・・カタカナとアルファベットに。この辺の方がよっぽど訳し易いと思うのに。一体どういう分類なのだろう・・・。

あと「革命」と「革命1」の違いも特筆すべき。
ジョンの歌う(というか口ずさむ)フレーズの大事な大事なとっても大事な'OUT'と'IN'には一切触れておらず、違うところは文語体と口語体であるというだけ^^
これは確かに曲のイメージからしても、前者はライブ感溢れるハードなロックナンバーで突き放すような感じ。
対する後者はリビングルームに皆で楽器を持ち込んでワイワイやっているような感じ(^^)
だからカチッとした文語体とくだけた口語体にした訳には大いに共感^^


しかしう~む。
考えるにこの本は・・・。
「歌詞集」ではなく「詩集」なのだ。そう考えると全ての疑問が解けてくる。
片岡氏は間違いなく「歌詞」を「詩」として捉えていたに違いない。


片岡氏のあとがきによると、英語で歌われて初めて意味をなすもの(=日本語に訳した場合では意味をなさないかも知れないもの)という「韻」まで少しこだわったようです。
そういう読み方をすると、俄然これが立派な詩集として独特の世界を持つものなのだと感じられてきます。
片岡さんがこの詩集を書くにあたって訳者として念頭においていたことは「無色透明な訳を心がけたのは、無色透明で時として無味無臭であることがビートルズの一つの資質であるように少なくとも訳者は感じているから」だそうなのです。
そして「あれだけのグループであるからにはどの曲にもさぞや独特な彩りがほどこされ、においが織り込まれているはずだと思ってしまうのだが、意外にそうではない」だからなのだと。

・・・なるほど。


そういう視点から見るとこの詩集は。それはまるで・・・。
北原白秋の訳した「まざあ・ぐうす」のような無色透明な印象を読む者に与え、途端に眩いばかりの光彩を放ち出すのです。


あぁ・・・。くしゃみが止まらない。水ッ鼻ばっかり出る^^ はー何処かで貰ったかな(=;;=)


あ、さっきの答えはこうです。まあオチとしてはどうってことないけど(^^)
「WHAT GOES ON」
「YOU CAN'T DO THAT」
「EVERY LITTLE THING」
「WE CAN WORK IT OUT」

おやすみなさい・・・(=;;=)

 

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2005年6月10日 (金)

クラウス・ヴァーマン氏の言葉

セルターブがまだイケイケだった頃。
今は、え~・・・ちょっと充電期間中ですがね。
まあ、その頃の話です。


バンド内で皆の共同で貯金の口座を持っていました。
通称、セル貯(笑)
とは言えそれは金融機関に開設したものではなく、100円ショップで買ってきたファスナー付きの袋がその実態だったんですが。一緒に買ったお小遣い帳を同梱し。で管理人は僕。実質的には奥さん(笑)

で、そのセル貯の財源はライブチャージ。
基本的ポリシーとして僕らはチャージを戴いておりませんでしたので、その代わりにライブを行なう度に空き缶(通称セル缶)を必ず用意し、演奏を気に入って下さった方に幾ばくかの御捻りを頂戴していた訳なのです。いわゆるフリーチャージってやつ。

でその貯まったセル貯を最初に使ったのが「ザ・ビートルズ・クラブ」への加入。いわゆる昔の「BCC(ビートルズ・シネ・クラブ)」です。
昔のLPのライナーの欄外には必ずコソッと書いてありました。BCCに加入しませんか って。今のCDにも書いてあるんかな。
で入会するなり第一回目の配布時に入会記念にとオフィシャルバッジと洋物の雑誌が付いてきました。どっかに行っちゃいましたが。

あ・・・セル貯はその他にも有意義に使わせて戴いておりますから。
消耗品であるギターやベースの弦やピックを買ったり、アンプを買う資金の足しにしたり・・・等々。どうか誤解の無いようにネ。


でそのビートル・クラブは毎月毎月小冊子を送ってきてくれます。A5版のかわいい雑誌です。もう何年にもなるから結構なライブラリーが出来上がりました。デア○スティーニみたいなもんか。
で届いた小冊子をメンバーに回覧したりしてました。
あ・・・そういやセル貯はもう廃止してるからもうずっと僕個人の負担だな。
まいっか。これのお陰でポールの日本公演のチケットも優遇的に買えた事だし^^大体回覧してないし。

でその小冊子。内容は全てビートルズ。当たり前か。
ここ最近のお決まりの内容は・・・ポールのワールドツアーのレポートだったりジョンレノンスーパーライブのレポだったりヨーコへのインタビューだったり。
・・・あんまり変わり映えのしない内容で正直面白くなかったのです。
大体僕は思いっきりジョン派だから。ポールやヨーコなんてどうでもいいのです。スマンね。


ところが今月届いた2005年6月号は違った。
新連載の「ビートルズ・タイム・マシーン・ストーリー(マイク・チッパーフィルド著・・・誰だ?)」には正直やられた。
ファーストアルバムのレコーディング風景を紙面で再現しているのだ。まるでレコーディングに立ち会っているかのよう。
この音源はブート(Please Me Do)に収録されてるんだけど、ミステイクなどした時に喋るメンバーの会話の内容がやっとここで判明しました。
ああ、こんなこと喋ってたんだ・・・。しかしやっぱりジョンの台詞が好きだ。
「エピー(ブライアン・エプスタイン)、ミルクが飲みたいよ」って言うポールに答えてジョン。「俺もー。ママー、ミルクー」って(笑)


それより今月号で特筆すべきは「クラウスのビートル・レシピ」だ。
クラウスとはクラウス・ヴァーマン氏。
Klausbackbeat映画バックビートで、嫉妬に駆られたスチュアート・サトクリフに殴られレコードプレーヤーに突っ込んで壊したのは彼です。後にスチュの妻となるアストリッド・キルヒヘアの元恋人。また、後年ジョンと意気投合しジョンの何枚かのソロアルバムでベースも弾いておられるお方です。
何しろ、デビュー前のビートルズの、ハンブルグ時代を一緒に生きたお方なのですから。それもその当時最もビートルズの近くに居た生き証人なのです。
(2005.6.12追記・・・アルバムREVOLVERのジャケットも手掛けておられるアーティストでもあります。そいで何と御本人の名前と写真まで載せてしまっているという大胆さ)
↓ここです。
revolver


この方の言葉だけはビートルズファンなら黙って聴くべし、としか言いようがありません。
「ビートル・レシピ」とはそのクラウス氏のビートルズに纏わる回想録。
毎回毎回思わず惹き込まれる文体で、僕はこのページをこよなく愛しています。


JohnastridAstrid1今回はポールとスチュの確執をリアルな言葉で回想して下さっている。
その時のビートルズは当然のことながら成功には程遠い状態で、いくつも存在する小さいビート・バンドの一つに過ぎなかった。

今回の話の舞台はハンブルグのどこだかのステージ上でのこと。
ポールが、当時決して巧いとは言えないビートルズのベーシストであったスチュに対し放った侮辱に相当する言葉。それに対するスチュの男としてまたロックンローラーとしての熱い態度。
生の男達であるビートルズの姿が少しでも垣間見れて、僕をとても幸せな感覚に浸らせてくれた。

そして、ビートルズが一度本国イギリスに帰り、再度ドイツに上陸した時の様子。
スチュはその時既にこの世を去ってしまっており、そしてビートルズは欧州でブレイクする段階だった。
ドイツでビートルズの帰りを待っていたクラウス氏の、率直な心情を明かしてくれていた。

確かにビートルズは洗練され、おまけにスーツを着込み、音楽的にも急激な成長を遂げていた。
しかしクラウス氏は動揺しこう感じたのだ。「僕らの凄いバンドに一体何があったの?」「あの荒削りなフィーリングはどこに?」


後にジョンがこう発言していたのを思い出した。
「ビートルズは、ハンブルグで無茶をやりながら演奏していた時こそが、最高の時だったのさ」

少しでも、その言葉の意味が、やっと僕にも理解できた。
それは、ほんの少しだけなのには違いないのだろうけれど。


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2005年5月15日 (日)

完全コピーへのこだわり

セルターブでは、今までビートルズの初期の曲を徹底的にコピーをしてきた。そう徹底的に^^
だからバンド内には妥協は許されない空気があった。
全員が納得できる水準まで持って行って、そして初めてライブで披露して評価を問う。
今までそうやってライブを幾つもこなしてきた。


初期の楽曲は、当時のビートルズがそうであったようにライブで演奏することを狙って創られたものが殆どだ。
だからコピーのし甲斐もあるし、ライブの手本となる音源も沢山存在している。
だからといって。これが簡単に再現できるものではない。

バンドを始める前は、実は軽く考えていた。
ビートルズってシンプルな4ピースのギターバンドだし、その曲だって耳にタコが出来るほど聴きこんでいる。
だから頭の中のイメージでは簡単にコピー出来ると思っていた。多くのアマチュアバンドマンがそう思うように。

ところが。
いざ4人で希望に燃えて、さあ音合わせ!と意気込んで演奏し歌っても、出てくるのはイメージと全く違う音。
演奏しているのは確かにビートルズの曲だ。スコア通りの演奏でどこも違う部分などない。でも明らかに違う。何が違うのか?
そう、ビートルズに聴こえてこないのだ!

曲によっては一発で決まるものもある。
「YOU'VE REALLY GOT A HOLD ON ME」なんか練習もせずいきなり完成した^^
それとは逆に何度音あわせを重ねても完成しない曲もある。
「IT WON'T BE LONG」は実に一年以上かけて創り上げた。その代わりこの手のものは一度完成するとよほどのことがない限り崩れない。まさしく血と汗と泪の結晶だ^^
そしていまだに未完成のものがある。もしかしたらビートルズの曲の中でこいつが一番コピーの難しい曲ではないかと思う。これが出来ればもう他には何も要らないと思えるほど。
それは「YES IT IS」。・・・どうしてもあの透明感が出せないんだ。


ビートルズのコピーバンドを始めてみて、痛いほどよく分かったことがある。
それは、ビートルズって実はムチャクチャ上手いバンドだってこと。
巷でよく言われてることだけど、例えばジョンはギターが下手だったとか、リンゴのドラムは癖があって基本が出来てないとか、ジョージのリードギターもクラプトンに比べたら見劣りするとか・・・。ん~アレ?そういやポールに対するそんなのはないな・・・。まいいか、マルチプレーヤーの先駆けだったんだから^^

事実僕もそんな風評を信じ、コピーバンドなんて簡単に出来ると思っていた。
確かに、メンバー一人一人の演奏のレベルは世界最高峰のそれと比べると大した事はないかもしれない。
だがバンドとして一つになって、同じベクトルに向けて各人の力を結集したビートルズは、唯一無二の最強のグルーヴを生み出す無敵のバンドだったのだ。

ライブを行なうにあたって、実質的にビートルズにはリーダーがいない。
ビートルズのライブの映像は凄まじい。特にリンゴ・スターの存在感は途轍もなく大きい。
演奏中髪を振り乱し、スティックを振りまくる姿は鬼神でも取り憑いたかのように見えるときがある。笑顔はひと時も絶やさないけれど。だからフロント三人が霞んで見える程。
そしてこよなく愛するジョンの、ステージから聴衆を見下ろすように機関銃の如くリッケンバッカーを構えて立つ姿の神々しさ。
ビートルズは、やっぱり世界最高の不世出のロックンロールバンドなのだ。


もし仮に、セルターブが完全コピーバンドなどと旗揚げせず、ある程度のカバーで甘んじるバンドであったならこんなことには気付きもしなかったに違いない。
ただビートルズの曲を演って、楽しければいい・・・と。そういうところに目標を置いているのならば、ライブバンドとしてのビートルズの本当の凄さは決して解らなかっただろう。

お断りしておきますが、僕はコピーバンド以外を否定するつもりなど毛頭ありません。バンドそれぞれの楽しみ方や目標があって当たり前ですから。どうか誤解なさらないで下さいね(^^)


ただいかんせん僕らは、恐れ多くもビートルズ完全コピーバンドと大見得をきってしまっている。
そしてそれはある意味非常にストイックな行為でもある。
バンドマンなら誰しも思う。あ~ここでこう弾きたい、ソロをこう変えたい、アドリブかましたい、歌い方を変えてみたい。等々。
完全コピーバンドではそれは許されない。細部まで忠実に再現し、それをライブで披露するのだ。それが完全コピーバンドの使命。サムライ魂。・・・ん?
・・・そうは言ってもたまにコソッと細かいところを変えたりしてるけどね^^
でもこれはね、僕のバヤイよ?ジョンだったら絶対ここでこうするに違いないと確信を持ってやってますから(笑)
気持ち面での完全コピーも目指してますから!(^^)

大袈裟かもしれないけど、僕はそう思ってバンドに取り組んでいる。そしてそれができると思っている。
セルターブというバンドで。


う~ん。


う~ん・・・。
だから、ドラムが見つからないのかなあ^^;
上手いドラマーならゴロゴロ転がっているんだけど・・・リンゴ・スターはなかなか見つからないんだよなあ^^

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2005年4月27日 (水)

ジョンとジョージに捧ぐ

上田正樹さんの話を聞く機会があった。
二月ほど前のこと。

日本の、いやアジアを代表するブルース&ソウルシンガー。ベタな振りですが『悲しい色やね』が有名。
生い立ちから、今の活動に至るまで、上田さんの半生を事細かく詳細に且つ軽妙な関西弁で(^^)語って下さった。

話の途中、思わず吹き出してしまった箇所。
外国に行く機会が多いから、当然外国の友達も増える。
上田さんも英語は堪能なんだけど、友達の方も一生懸命日本語を勉強して、日本語での会話を希望されることも多いと。
で、ある友達が「どうしてもわからないことがあるのです。それは色のことなのです」と上田さんに質問を。
「なに?どんな色のことなの…?(悲しい色のことか?)」
「はい。日本の家の屋根はそんなに悲しい色なのですか?」
…あちゃ、すべった^^;やっぱ関西弁で聞かなきゃダメか~難しいな~^^


上田さんが音楽の道を歩み始めたきっかけというものも話して下さった。
それは、高校生の時。
学校をサボってアニマルズのコンサートに出かけ、初めて行ったコンサートで心細かったのにも関わらず、気がついたら最前列に来ていた。
熱狂する観衆がステージ際に押し寄せる中、上田さんもその坩堝に揉まれていた。
そして…ヴォーカルの人がステージの際まで歩み寄ってきて、他の誰でもなく、ただ一人、高校生の上田さんの手をとったのだと。
その瞬間に文字通り全身に電流が走り「俺の道はこれだ」とその瞬間に確信したのだと。


講演会場にはグランドピアノが備え付けられていた。
(せっかくあるんだからそれで歌ってくれたら最高なのにな)と思っていた願いが通じたかどうかはさておき^^…歌ってくれました。
しかも3曲も!タダで!!なんてラッキーな(^o^)

まずは有名な前述の『悲しい色やね』。そして話の途中に何度も出てきたビートルズを!なかんずくジョンの歌を!歌ってくれたのです。ピアノ弾き語りで!勿論生です。
ビートルズの『ヘルプ』そしてジョンのソロ『イマジン』。

上田さんの『ヘルプ』は凄い。
前に一度テレビで聴いたことがあります。そっくりそのまま演ってくれました。
コード進行なんか全く違うの。うっかりするとヘルプに聴こえない^^;


上田さんの声は本当に個性に満ち溢れている。
どんな歌を歌っても、全て自分のものにしてしまう。

上田さんはやっぱり世界にいる人であり、プロの中のプロだ。
ご自身が今実現しようとしている一番近い夢を語って下さった。
その夢とは。「アジアからグラミーを獲るアーティストを創出する」ことだと。そしてそれは近い将来必ず実現すると。もの凄い才能を持った若いアーティストがこのアジアには沢山いるんだって。


その後、『イマジン』。
ブルージィに響き渡るピアノのイントロ。途中、英語で何か囁く様にして歌に入っていった。
歌の歌詞は勿論解る。だが僕は英語が喋れない。イコール、ヒアリングが出来ない。
残念なことに、間奏の時に上田さんが囁く英語の言葉が聞き取れない。だから本当の意味が解らない。

だけど、一箇所だけハッキリ聴こえた部分がある。英語そのものは解らないのだけれど、それは心に響いてきたのだ。
それはイマジンのエンディング。
上田さんは、間違いなくこう言ったのだ。
「この歌を、天国にいるジョンそしてジョージに捧げます。それが僕のハートです」と。
僕は不覚にも涙が頬を伝わり落ちてしまった。

そして心から思ったのだ。
音楽に一番大切なものとは、いや、音楽に限らず人に何かを伝えようとする時に一番大切なものとは。
それはハートなのだ。
言葉にするのは容易い。
でも、それを本当に行いたい時、その人が燃やし続けている情熱の温度がそれを決めるのだ。


講演が終わったあと、サイン会となった。
上田さんの書かれた本、『Believe』を買えば即それにサインをしてくれると^^
やっぱりタダじゃなかった^^
でもいいや。だって感激したんだもん。
そいで長蛇の列に並んださ。
順番待ちをしている時、係の人が紙と鉛筆を持ってきた。「上田さんがすぐサインできるように、ここにお名前を書いて下さい」

受け取って、暫く考えた。で書いちゃった。
「三重県のジョン・レノン 山本大介」(^^)
我ながら何と図々しい(^^)

ドキドキしながら順番待ちした。前の人たちは一人づつ名前入りのサインを貰い、はしゃいでいた。そのへんは上田さんもプロ。営業スマイル(^^)
そして…遂に僕の番になった。
紙をそっと手渡す。受け取った上田さんは一瞬固まり、そして顔を上げた。
「お!三重県のジョンレノンか!」
僕はぶっちゃけ泣きそうになりました。恥ずかしさと、何より上田さんのその声のあまりの大きさに。

もぅこうなったらなるようになれだ。「はい!そうです!今度イマジンピアノで歌います!」
大いに上田さんは喜んでくれたようだった。
「そうか、頑張れよ。うん?君、何処となく俺に似てるな~きっと歳とったら俺みたいになるぞ」
完全に涙目になった僕を上田さんは優しく見つめ、そして…あろうことか僕の肩を抱いてくれたのだ。
紛れもなく、それは上田さんが高校生の時に感じたあの出来事を、今度は上田さんご自身が体現しようとしているのだとその瞬間に僕は理解した。

そう、僕にも間違いなく電流が流れたのだ。


僕は、力も何も無いけれど、一歩でも上田さんに近づきたい。
せめて、ビートルズに対する想いだけでも。

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2005年4月21日 (木)

海賊盤考

15年位前のこと。

仕事帰りに栄のセントラルパーク地下街の新星堂にはしょっちゅう顔を出していた。
それには大きな理由があった。お店の一番奥まった所にお目当てのものが常に陳列してあったからだ。
お目当てのものとは…
ビートルズの海賊盤(^^)

例えば、コレ(^^)↓
urtusm

言葉の定義を念の為辞書で引いてみた。

海賊盤
海賊版のうち、特にレコード・ CD ・テープ・ビデオなど音楽にかかわるもの。ブートレッグ。

…うん。それは分かってるよ(^^)
でも…なんで海賊なん??海賊ときたらカリブの海賊がすぐ浮かぶがね。うん、アレ何回見ても飽きないな(^^)レストランの雰囲気も好きだ(^^)

まいいや。で海賊盤です。特にビートルズの。
ライブ録音のものは除きます。スタジオ版です。
その当時は当然、アンソロジーなど存在していませんでした。
一般的に手に入れられるものとしては正規盤のEMIのオフィシャルのみ。


関係ないけど僕はCDプレーヤーを導入するのが世間と比べて非常に遅かったんです。
新しモン好きの割にはちょっと偏屈で。もうちょっと待ったら安くなるだろうなるだろうと思いつつ。
当時の新譜はCDとLPが併せて発売されてましたから。CDプレーヤーなど無くても充分新譜を満喫できた。
でも遂にCDしか発売されなくなってようやく導入に踏み切ったのです。
もともと面倒臭がりだから、レコードプレーヤーの針交換やノイズが気に入らなかった僕としては買っちゃえばもうコッチのもん(^^)
だからそれまでの鬱憤を晴らすが如くCDを買い漁る生活に突入したのです。

それでまずはビートルズの中でも好きだった後期を揃え、そして当時ハマっていたブルース関連へ。中でもアコギ一本で演るカントリーブルースが大好きだったからロバートジョンソン、サンハウス、ビックビルブルーンジー、ライトニンホプキンス…あぁディープな世界へと。…ブルースについては本題から外れますからまたの機会に^^


ビートルズの音源は正規のものしか流通していないと思い込んでいたから、偶然そのブート群を発見した時の衝撃はかなりのものでした。
しかもお店の方も分からないようにわざと手書きの背見出しなんかつけて目立たないようにコッソリ並べてるんです。
手にとってレーベルを見てみると見たり聞いたこともないようなヘンチクリンなもの。明らかに怪しい。でもメチャ興味がある。
だってストロベリーフィールズなんかが8ヴァージョンぐらいクレジットされているんだもの。んー。え?コレどういう意味なん??
当時多重録音マニアだった僕。ピンときた。は~コレが噂に聞く海賊盤なのだな。
こいつの中にはレコーディング途中のミステイクやら未完成ヴァージョンが間違いなくギッシリ収録されているに違いない。
中一の時にFMで聴いたオーダーリンでポールが喉を潰してヘロヘロになって歌っているあの音源にいつか出会えるかもしれないぞ。その時録音してなかったことをどれほど悔やんだことか。
それが分かったら居ても立ってもいられなくなりまずは一枚を手に取り値段も見ずにレジへ。

「¥4,600になります」…げ!そんなにするの??二枚組じゃないんだぞ?正規盤じゃないからってボったくってんじゃないの?あ…千円足りない。まーいっかカードで。
そいでポイントカードと一緒にカードを出したら「あ、こちらポイント対象外となっております」って。
お~そうきたか。さすが海賊盤(^^)

足取りも軽く家に帰って、プレーヤーに挿入した瞬間に…僕のブートジャンキーとしての生活は幕を開けたのでした。
振り返ってみると本当に随分つぎこみました。
だからアンソロジーが発売された時は、収録曲の殆どが耳タコ状態のものばかりでした(^^;)でも迷わず買っちゃったのね。だってフリーアズアバードがまず聴きたかったんだもの(^^)


で…そろそろ纏めないと^^;


件の海賊盤ですけど。

これは様々な楽しみ方があります。
冒頭で除外したライブ盤ならライブ演奏のネタに出来たり、僕のようにレコーディングの研究・勉強に使う目的があるならいいけど、そうでない場合は出来る事なら手を出すべきものじゃないと思います。
純粋なビートルズファンならば、正規盤(当然アンソロジーは含まれます)だけで充分過ぎます。
正式にプロデュースされた以外のものを聴くのは本来ルール違反です。

ビートルズの海賊盤には魔力があります。
ですがそれは当然の如くビートルズにより承認されたものではありませんし、故に厳選された音源などとは程遠い。だから殆どがゴミ音源です。
必死こいてヘッドホンでブートを聴いている姿をジョンに見つかったりするシチュエーションを想像してみて下さい。有無を言わずジョンに尻を蹴り上げられるでしょうね(^^) そんな姿は本当に不健康っぽいしカッコ悪いですよ。
ビートルズの海賊盤とは、ビートルズとは全く関係のない誰かが音源を勝手に持ち出して、金儲けの道具として利用しているだけなのです。
あ、だから海賊なのか~(^^)

大体ヴァージョン違いとかミックス違いとかいうものも、それが音楽という意味ではたいした価値はありません。
例えば正規盤に記録されているうわもののオーヴァーダブが一つ足りないだけの未完成の曲を聴いて楽しい筈がないでしょう。
正規盤でも存在するけど、ミックスの違いでそれがステレオヴァージョンなのかモノラルなのか、またエンディングのフェイドアウトが何秒長いとか短いとか。
そんな違いなどはっきり言って音楽とは無関係。枝葉ですよね。幹じゃない。


海賊盤で唯一聴いて良かったと思えるものは、自宅で録音されたアコギ一本のデモだけです。
ビートルズの凄さを痛感します。だってギター一本だけで曲のアレンジから構成まで、殆ど出来上がっているんですもの。


ビートルズの曲の中で、僕が一番好きなのは「ディアプルーデンス」。
このデモを、随分つぎこんだ挙句手に入れた海賊盤の中で、幽玄な声で歌うジョンの弾き語りで聴けた時のあの感動は今でもすぐに蘇ってきます。
こういう音源を聴いてしまうと、ビートルズは、いや、ジョンは。やっぱり天才と思います。

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2005年3月 9日 (水)

環境問題を考える

職場が環境マネジメントシステム(EMS…Environment Management System)の第三者認証を受けることに昨年末重い腰を上げようやく踏み切った。
とはいえISO14001などという重いシステムではなく、僕の会社のような中小企業にはもっと負担の軽いものだ。それは『エコステージ』という。

これは3年ほど前より大手の取引先から要求があったもので、その取引先の品質部門の担当窓口をしていた僕が暗黙的且つ自動的に実質的推進責任者となった。
当初僕は推進担当になることを拒んでいた。何故ならそれは社会一般的にEMSというものは総務部門の仕事だと認識されていることに起因する。環境関連法(例えば廃棄物処理法など)の遵守等が必須項目だからだ。
その当時僕は品質保証課に所属していた。とはいえ課員は一人。要するに僕だけだ。
件のEMSには全くのお門違い。ど素人。だからいきなり任されても僕責任取れませんから。
そもそもEMSというものは経営に関わるものであり、いち部署で取り組むものじゃなく全社的なものだ。僕だって誰だって本業があるわけだし。システムを立ち上げることなど片手間で出来るものじゃない。

拒んでた理由はもう一つある。その時の上司の態度が逃げ腰に思えたことだ。
「大ちゃん、出来るやろ頼むわ」過去何度その言葉に翻弄された事か。そりゃあなた実務はネ、僕がキッチリしますから手を煩わすことはしません、でもちゃんと最後まで責任は持って下さい。上司であるならば。口が裂けても後ろ向きの言葉は吐いてくれなさんな。あ、アカン愚癡愚癡…(-_-)スミマセン。

またこういう類のものは長いスパンで見てようやく効果らしきものが顕われてくるものだ。そりゃ最初はイニシャルコストも手間もかかる。それを僕の居るいち部署からボトムアップして啓蒙を進めろって?そいつは全く違うんだって逆です、これはトップダウンしなきゃならないことなんだって…。は~空回り…。

そんな理由で取り組めば壺にハマることは判っていた。だからといって取引先の要求はどんどんエスカレートするばかり。窓口は俺。ブチ切れてほったらかしたろかと何度思ったか(^^)


ある時ビビッと来た。膠着状態の現状をなんとか動かしたいと。いや動かさなかんと。
そして遂に一念発起した。自爆玉砕覚悟で社長を動かそう。それしかない。どんな企画でも結局中間にブレーキをかける存在がある時は話が進まないのだ。だとしたらそんなブレーキなど捨ててしまえ。
環境に良いことを、会社にとって有益なことをしようとしているのだ。何を負い目に感じたり恥じたりすることがあろうか。腹をくくった。


いくら環境に良い行動だろうと、社内ではこれも実は賛否両論。
対象となる工場単位でいくら省エネ活動を進めても、今回適用範囲から除外した本社事務所では相変わらずエネルギーを湯水のように使っている。
だから本社サイドからこんな言葉も出た。「これって正直者がバカ見るだけなんとちゃうの?コストかけてこんなん導入するよりもっと経費削減出来るとこ見直したほうが手っ取り早いのと違う?」勿論その通りだ。んなこた最初から判ってる。
じゃあ今現状の廃棄物問題には誰がどう取り組むんだ?家庭から出る廃棄物の何倍もの産業廃棄物を俺らは出し続けているんだ。臭いものに蓋をする発想でここ数年誤魔化してきた結果がこの工場の敷地内に溢れたゴミの山なんとちゃうけ?ああそれは誰の責任でもないさ。それを管理するシステムが無かったことが問題だったんだ。
だからそれを今からやろうとしてるだけのことなんだ…。
めげそうになりながら。踏ん張ったさ。


要は意識の問題だ。
あらゆる問題を突き詰めていくと、最後は個々人の心の領域に踏み込まざるを得ない。
何でも根本的な問題というものは実はとっても小さいものなのだ。それをほじくり出して表に出してプチッと潰すことにより問題はいっぺんに解決の方向に向う。そんなもんだ。

社長に直訴した背景には色んな要素がある。勿論上司を無礙に扱ったわけではない。あくまでもこれは仕事だから。上手くやらなきゃ意味が無い。一人相撲をとっても自分が損を被るだけだし。
最終的に僕はこう考えた。EMSに取り組む理由をまず整理した。
①環境問題に取り組むことは間違いなく良いことだ。
②取引先に対しても会社としての清廉性をアピールするに大きな武器となる。
③背景には全世界・社会的な要求も大きくなっている。

…ならばどうしてうちの会社は取り組みを渋るのか。コスト面の問題だけだろうか?

そして気付いたのだ。
要は。
不本意ながらも引き受けた責任から僕自身が逃げていただけなのだ。
僕がやります!やらせて下さい!という姿勢を僕自身が見せれなかったことだ。上司の態度やら周囲の雑音を理由にして、要は僕がブレーキになっていただけだったのだ、と。
猛省した。だからまず上司を説得した。もう一度僕にやらせて下さい、だから協力をお願いしますと。程なくそれが社長に伝わった。そこから一気にトップダウンで話が進んで一月後コンサル契約を締結するに至った。

ここまで漕ぎ着けるのに3年近く遠回りした。でも無駄な時間ではなかったのだとも思う。
実際3年前にはISOより簡易なシステムというものは社会的に認知されていなかった。
だから、今がその時だったのではないかと振り返ってみてそう感じる。

最初は対応できる手っ取り早いところから廃棄物処理問題に取り組んだ。「ゴミのことなら大ちゃんに聞け。ゴミ大臣に(笑)」と冗談半分にからかわれたりもした。
四日市市の廃棄物処理業者のミズノの僕と同年代のM専務には大変お世話になった。色々相談に乗ってもらったり愚癡を(^^)聞いて戴いた。中でも僕を勇気付ける温かい言葉をかけて下さったことは一生忘れることはないだろう。
「山本さん、どんな会社でもゴミの問題に関してはね、冗談じゃなくゴミ大臣と言われるほど真剣に取り組む情熱を持った人がいないと解決しないものなんですよ」と。

運用を開始した工場全員の意識も最初とは違ってきているようにも感じる。
でも工場の人たちから「やり始めると面白いし気持ちいいもんだな!」なんていう言葉を聞くと本当に心からやってよかったと思う。
やらされているという意識から、誇りを持った行動へ。目には見えないが、結果として大きく意識が転換したのだ。


ジョンレノンは『イマジン』で「想像してごらん」と教えくれている。
オノヨーコは「ひとりで見る夢はただの夢です。けれど、みんなで見る夢、それは現実になります」と語る。
これはもう30年以上も前にジョンとヨーコが世界に向けて発信した考え方だ。
「イマジン」の想像力
一人一人が同じ方向性の夢とか希望を持つだけで、フワッとひとつ世界中の次元が上にあがることが出来る…2004年のジョンレノンスーパーライブに出演した宮沢和史さんは「すげぇメッセージをジョンは残してくれてたんだ」とインタビューで語っていた。


環境問題の根っこは、みんなの心の中にあるのだ。
立場や置かれている環境など何も関係ない。例えて言うなら政治家だろうとホームレスだろうと、会社員だろうと自営業だろうと公務員だろうと、大人であろうと子供であろうと、女性であろうと男性であろうと。何も関係ない。

大事なものはひとつだけ。決して忘れてはならないことがある。
自分ひとり頑張っても…などという無力感に苛まれる必要など絶対にないということだ。大丈夫なのだ。
もどかしくとも一人一人、じっくり話し込んで意識を変えていくしか手がないのだから。遠回りのようだけれどそれしかない。結果は一番の近道となる。振り返ってみた時。初めて気付く。
ただし勿論時間は限られている。だが焦る必要はない…と信じるしかない、こればかりは(^^)
何故なら焦っても何も変わらないし、だとしたら変えようと最後まで努力し抜くしかない。現状の中でもがき苦しむしかない。逃げずに。
想像することを、創造することを諦めずに。最後まで。
夢を、見るのだ。


先月末までにそこまでやり切って。そいで俺来週から新しい部署に異動になるんだもんなぁ。
やり残したことも沢山ある。何だか名残惜しいな。でも僕は僕なりに精一杯結果を残したぞ。それだけでもいいじゃん。
まあまた新天地でも自分の新しい使命を見つけて、必死こいて仕事するだけさ。
だって家族4人食ってかなきゃなんないからな~♪父ちゃん頑張るよッ(^^)

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モノマネとコピーの差

そもそも僕らは日本人だ。
だから、僕らのバンド『The SELTAEB』をビートルズ完全コピーバンドなどと旗揚げしたところで青い目をした金髪の人たちには逆立ちしたって敵わない。
と。思っていた。一時期。

だからせめて声色だけでも似せようと。最初からルックス面でハンデを負っているならば。
特にジョンの声はエッヂの利いたよく切れるナイフのような声だ。僕とは到底似ても似つかない。だから無理をした。結果思うように歌えなくなった。


僕らのバンドは、聴きに来て下さった方からよくこう言われる。「コーラスが美しい」と。
勿論僕らは練習やライブの時にその部分にも大きな力を注いでいるから、それなりにそこを大きな評価をされて非常に有り難いことと思う。トレーニングに対する正当な評価として。

だが、僕らはビートルズのコピーバンドなのだ。
あらゆる分野で世界をひっくり返すほどのパワーを持ったバンドの。
そしてその力の源となったものは…純粋なロックンロールなのだ。

ビートルズはメジャーデビューする時にブライアンエプスタインにより革ジャンからスーツに着替えさせられた。しかし中身は何も変わっていなかった。
まるで刺青の様にこっそり革ジャンを着込んでいたのだ。スーツの下に。
また例えばジョンのリッケンバッカーを肩から吊るしていた"パイソンストラップ"もそうに違いない。
当時の洗練されたスーツ姿にはおよそ似つかわしくない無骨でメタリックなものをジョンは敢えてVOXに特注したという。
「スーツなんて着ちゃいるが俺達はロックンローラーなんだぜ」なんてクールに言い放つジョンの声が聞こえてきそうだ。

しかし欲しいな…パイソンストラップ。めちゃカッコエエ。何処で手に入るんだろう。肩から吊るした時に「ジャラッ」って感じがするんだろうな。あ~欲しい。今すぐ。
(たけスンはさぁ…随分前にどっかの楽器屋で見かけたけど次行ったらもう無かったよ、と。しれ~っと言ってた。たけスンよそういう時はお願い買っといて…(T_T)


ロックンロール。 ロック。
その部分こそが、ビートルズの根底にある最もビートルズらしい部分を形成するものだと僕は思うのだ。それはビートルズの初期から後期全てを通して。
ならば其処こそがコピーの肝心なのではないか。真似ではなく、コピーするという意味の。
ダサい言い方だけどロック魂。

そうであるならば、肝心のロックの魂には触れられず表面的なコーラスを評価されることに満足しているコピーバンドなど思い上がりも甚だしく自己に酔い浮かれているだけで全くの論外だ。
クラッシックじゃあるまいし。ビートルズのライブ中に目を閉じて聴かせちゃアカンちゅうねん…。
ライブって真面目でストイックな俺達が唯一暴発できる場所だろ?暴発して、その上で演奏も高い評価を受けたいよな!そんなライブがやりたいよな!!

日本の「ビートルズ・コピー・バンド界」(んなモノがあるのか??^^)などという狭い世界の中で、一定の評価をされ続けることに固執する…そんなことなど考えてみれば小さいことだ。何が怖いというのか。
壊したい。バンドにこびり付いたこのイメージを。打ち壊したい。


声色の話に戻るけど、無理してジョンのように歌おうとしてた時は自分を見失いそうになった。物真似することにのみ意識が集中してた。
それが出来れば出来たに越した事はないが、ある人から「そんなん止めて自分が本来出しやすい声に戻したら?」と言われその通りにしてみた。結果とても楽に歌えた。自然に。
で、ライブの後に「戻してみたけどどうだった?」と聞いたら「うん。今日はビートルズだった」と。
これはどういうことだろう。


やっぱり物真似とコピーは違うのだ。

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2005年3月 5日 (土)

東京ビートルズ

何故かいつも。忘れた頃に思い出す。


先日、ドラムをヘルプで頼んでライブをこなした。
今のところドラマーが抜けてからバンドは実質的に活動停止状態だ。
そんな中でも何とかライブに漕ぎ着けた。

音合わせの前に、ミーティングを行なった。
ヘルプの方は僕らよりちょっと年上で、だからビートルズに関しては勿論、70年代辺りの音に含蓄が深そうだった。
でも念のため前もって演奏予定のビートルズの音源をコピーして欲しいとの事だったので、何枚ものビートルズのオリジナルCDを取替えひっかえしながらメニュー通りにCD-Rを焼く準備をしていた時にそれは突如姿を現した。ようやく忘れかけていたところに。

tokyobeatles


『meet the 東京ビートルズ』 by 東京ビートルズ
ビクターエンターテイメントから発売されている。


僕らのバンドがまだメンバーチェンジする前。
ドラムの子とギターの子と一緒に名古屋まで買い物に行った。その時にフラッと立ち寄った中古レコード屋で何の前触れも無く見つけた。
未開封の新品(定価\1,200)であったにもかかわらずそれには\780の値札が付いていた。お店の人も処分に困っているように思えた。
直感でこれはキレてる と本能的に感じた。
怖いもの見たさのような気持ちも正直あり、迷わず購入した。

帰りの車の中でかけてみた。
運転する僕を含め、ひっくり返るほど笑い転げた。音楽を聴いて腹がよじれるほど笑ったのは初めての経験だった。
ドラムの子なんか「もう堪忍してぇ」と涙を流していた。
大真面目なだけに、これこそまさに純粋なアナーキーだ。ある意味、紛れも無い本物だ。
変なポーズで楽器を抱え、格好つけるように撮られた写真を見ると空しさにも似た本当に哀しい気持ちになってくる。


勿論賛否は両論ある。圧倒的に賛が少数派ではあるが。
(僕はこれほどのレビューを書く自信が無いのでこれ以上彼らに対する突っ込んだコメントは控えさせて戴きます。以下、勝手にリンク)

日本でもっともスカシたBeatles Bootlegger
世界に誇る永遠の「雑音」
「忘却の和訳ロックへのレクイエム」

更にCDのライナーノーツで大瀧詠一・高田文夫・野村義男による熱くも哀しいコメントを読むにつけ、音楽性以外でのあまりに際立ったそのスタイルから滲み出るフェロモンのようなものにこのバンドの潔さを感じざるを得ない。
しかし白タイツを身に纏った当のご本人達は、その当時実は何も考えてなかったとの確信すらある。
高田文夫氏は、築地の松竹セントラル(映画館)で生の東京ビートルズに遭遇したそうだ。


話を戻すと…思わずドラムヘルプの方に、間違えたことにしてこの音源をコピーしたいとの衝動にも似た誘惑に駆られたことは言うまでも無い。
しかしシャレにならないことは確実だったので何とか思い止まった(笑)


忘れかけた頃にこうしてまた思い出したのだけど、今の時点ではまだ聴き返して思い出に耽るほどココロの準備が出来ていない。
…次の素敵な機会が訪れるまで持ち越しすることにしようっと。

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