ココロ意気・気持ち面

2008年2月28日 (木)

ひなまつり

子供は、作詞する。
うちの子も例外ではない。する(笑)

灯りをつけましょぼっこりに
お花をあげましょ桃の花
五人囃子の明太子
今日はたのしいひなまつり


大きくなるにつれて、ボキャブラリーも飛躍的に増えていく。その充実振りたるや目を見張るほどである。
昨日喋らなかったことが今日喋れている。驚異だ。


育児は難しい。

三つ子の魂百まで という。
子供が数えで三歳になるまでに覚えたり体験したことは生涯消えることなく、いろんな意味で(それはいい意味でも悪い意味でも)基本的な人格形成に影響を及ぼす という意味と僕は解釈している。
自身の体験を通して言えば、おおにしてこの時期は非常に忙しい。毎日がジェットコースターに乗っている様なものだった。あっという間に娘たちの三つ子の時期など通り過ぎてしまったような感である。
だが僕は彼女らに出来うる限り目一杯の愛情を注いだつもりでいる。

彼女らは4歳になるが、保育園にも幼稚園にも行かせていない。妻が毎日見てくれている。それにはまあ、色んな事情があるわけだけれども。
普通はこの年代になると大抵が園に通わせる。そこで社会性や協調性を育ませたいというのも親側のひとつの理由であろう。
でもうちはそうしないでいる。

近所の幼稚園が定期的に園を開放しており、その日だけは園に通っていない子供も自由に園内に入れて貰える機会がある。不定期であるがカウンセラーが育児相談も受け付けてくれている。
以前、妻がカウンセラーの方に質問したそうだ。
「うちの子はもう4歳になるのですが、保育園にも幼稚園にも行かせてあげてません。これはこの子らにとって実際のところどうなんでしょうか」 と。
カウンセラーの方の回答は明快だった。
「それが一番です」


「色んな事情のご家庭があります。生活を支えるために両親が共働きであったりするとどうしてもお子さんを預けなければならない状況になります。0歳から預けるご家庭も珍しくありません。
「ですが子供の心身の発育、特に心の部分で見るとこれは決して良いとはいえません。子供が一番親の愛情を必要としている時に親(特にお母さん)が『現実的に』近くに居ないということは決して良い影響を与えません。
「確かに同年代の子供達に混じって社会性を育むことは必要です。ですがこれは小学校に入る一年前でも充分に間に合います。
「ですから可能であれば出来る限り園に入れず、近くに居れる環境を作ってあげることが一番なんです。」


その日僕が帰宅するなり嬉しそうに妻がこう言った。
「うちは間違ってなかったんだよ」 と。
そんな妻を僕は誇らしいと思った。


ボキャブラリーも増えて、これからどんどんまともな会話をする機会が増えてくる。
同時に言葉で言ってもわからないこともきっと増えてくるだろう。行動で示すしかないことも。

だがそんな時のためにこそ、こんな風にひなまつりの飾り物を前に目をキラキラ輝かせているこの子らの姿を、僕は目に焼き付けておきたい。
心に焼き付けておきたい。

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2007年12月31日 (月)

じゃーも

ここのところ最近、ことある度にやたらと思い出す。


別に面と向かって彼と約束したわけではない。だがそれは僕の誓いとなっている。
僕は、彼の遺志を継ぐのだと。

彼が別の次元に行ってしまってから随分経つ。21世紀になってからすぐのことだ。
だが年月を増すごとに、彼の存在は大きくなっていく。
どんどん、どんどん、大きくなっていく。
いまだに僕は到底敵わない。全然、追いつけていない。

こんな僕を見たら彼はきっと今でもアハハッと笑うだろう。

そんなん気にすんなて!と。
無理すんな。お前はお前らしく行けばいいんだて と。

そうだよね。


大きい。
大きくて、温かい。まるで太陽のようだ。


だが僕は誓ったのだ。告別式のその席で。
俺は、お前の遺志を継ぐのだと。


ギリギリでヤバい時。
たった一つの言葉で踏ん張れることがある。

僕にも、それがある。
彼が僕に言ってくれた言葉だ。正確には手紙に書いて贈ってくれた言葉だ。

「一生、ヨロシク」と。


じゃーも。


やっぱお前大きいわ。

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2007年9月 9日 (日)

思い込みについて

聴くたびに新しい発見がある。それがビートルズの音楽である。


錯視というものがある。
同一の長さの二本の直線であっても矢印の方向ひとつで長さが違って見えるという類のそれである。
Mullerlyer_figure


大人である僕達は経験則的にそれが同じ長さだと知っているが故に「それは錯視(目の錯覚)だよ」と無礙に言い切ってしまったりする。だがそれは本当はおそろしいことなのではないだろうか。
まずその前にそれが本当にそうなのかと確かめてみることが必要なのではないか。
直感的に見て感じたとおり、実際に左の絵の直線の方が数ミリ長いかもしれない。またひょっとしてその逆もあるかもしれない。

知っているからと、そういうものだと思い込んでしまうと、そうとしか見えなくなる。そうとしか感じられなくなる。
思い込みとはある意味おそろしい。


こんな絵もある。
Rotsnakemini2
この静止画はどう見ても動いているとしか見えない。僕に限らず誰にでも同じ。と思う。
だがそれをまた僕達大人は「目の錯覚だ」と言い切ることは果たしてどうか。
感じたまま動いていると表現する行為は子供っぽいということになるのか。
正常な感覚を持つ者の大多数あるいは殆ど全員がどう見ても純粋に動いているとしか感じられないものというものは、動いていると言ってしまってもいいのではないのか。ちょっと強引か。


今日のある新聞の一面のコラムにこういう文章が載っていた。

”野山に一輪の美しい花を認めたとする。それが菫(すみれ)と分かった瞬間、何だ菫の花かと「諸君はもう花の形も色も見るのを止めるでしょう」(小林秀雄)…(中略)…半端な知識に限って、目を閉ざす。しかし黙って花をじっと見続けていれば花はかつて無い美しさを限りなく明かすだろう。画家というものはそういう風に花を見ているのだ”


こうだと思い込んでしまうと、それ以上のものは見えなくなる。感じなくなる。人間というものはそういう風に出来ているのかもしれない。
だから思い込みというものほど、それ以上の正しい成長や進化・深化の道を閉ざすものはないのではないかと思う。
それほど思い込みというものはおそろしい。気付かないうちにそれは柔軟さというものを否定することに繋がる。極論するとそれは感覚や感性の麻痺だ。誤解したまま先に進んでしまい、何時か正視眼でそれを見れないまま固まってしまう。

自分の思い込みなどというものは、実は「半端な知識」に過ぎないのかもしれないと常に疑いたい。


錯視とよく似た同じカテゴリーのものに空耳というものもある。
ただこれはタモリさんのそれとは根本的に異なる。

錯視・空耳(=視覚・聴覚)も等しく脳の組織の中で認識されるものであるなら、使用する脳の部位は違ったとしても頭の中で処理されるものという意味で差は無い。
つまり感覚的な問題である。


聴くたびに新しい発見があるビートルズの音楽。
でもそこに「思い込み」というフィルターをかけて聴いてしまうと、新しい音は何も聴こえてこない。

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2007年8月25日 (土)

信じられない

先日東京で行なわれたあるセミナーに参加した。仕事上のことである。新任バイヤーのマネージャーを対象としたセミナーだ。

そこでは仕事に対する姿勢で色々と根本的なことを教わった。少なからずカルチャーショックを受けた。
もちろん実務的なことの多くも教えて下さった。だが根本は自分で学ぶしかないということだ。与えられたものは結局何も身につかない。それを学んだ。
だがそれは言ってみればすこぶる当たり前のことかもしれない。

わからないことはわからないと言うことの潔さが大事。でもハッタリが必要な時もある。
直感は大事だけれど直観でなければならない。
わかることと出来ることは全く違う。おおこれには大いに賛同。マトリックス1のモーフィアスの言葉だ。”道を知ることと道を歩くことは違う” その通りだ。


そこで2~3簡単なテストがあった。
セミナーの本題とは全く関係がない問題だ。頭の体操的なものだった。
だがそこで僕は目から鱗が数枚落ちたのだ。

今まで信じていたものを根底から覆されたような感じである。
それはまさに本質を衝いていた。僕の直感なんてたかが知れている。畏れ入っちゃったのであります。


Q:
Earth地球の赤道の上にロープを張るとします。地上ピッタリに張ります。ちなみに赤道面での直径は12,742 kmです。
でそのロープの一ヶ所を切り、そこに1mのロープを継ぎ足します。
そこで問題。


その時、ロープと地上との隙間はどのくらい開くでしょうか?
A1:1mm未満
A2:1mm以上1cm未満
A3:1cm以上10cm未満
A4:それ以上


僕はちょっと考えてA2で挙手した。A1のような気もしたがそれでは余りにも。せめて指一本くらいの隙間は出来るだろうと考えたのだ。
セミナーに参加していた他の人も圧倒的多数でA2だった。A1とA3がチラホラ居たくらい。A4など皆無であった。


だが正解は…A4なのだ。


簡単な計算式だ。
早い話が1[m]÷2π=0.159[m] … 15.9[cm] となる。


信じられない。
寝ても覚めても僕にはどうしてもそれが信じられないのである。どうしても。

赤道上のロープにたった1m継ぎ足しただけで地球上の何処でも15cm以上もロープが浮き上がるなんて!そんなの嘘どす。有り得まへん。何万kmもある赤道上のロープにたった1m足すだけですぜ。それがなんで15cmも浮くのよさ。アッチョンブリケじゃないのよさ。
でも計算してみると間違いなくそういう答が導き出されるのだ。
地上にロープをピンと張った状態の半径をr、1m継ぎ足した時の半径をr1として方程式を解けばよいのだ。小学生にも出来る計算だ。


で先生曰く。
「皆さんは殆どの方が1cm以内と答えました。実は僕もそうでした。でも実は15cm以上も開くんです。だから人間の勘などあてにならない時があります。実務には数学的・科学的な裏づけが必要なのです。大多数の人がYESと答えても本当ににそれが正しいのかどうかは疑問を持つことも大切なのです。まあ僕は根っからの天邪鬼ですけれど、だからといって全てを疑えという意味ではありませんが」


他にも面白い問題がいくつかあったけれどそれはまたの機会にでも。


で僕はすっかりこの人を一方的にこの道の師と仰いでしまっているのである。

でもヒゲは似合わない。
神谷幹雄先生

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2006年9月14日 (木)

大きなお世話

ぼくはいつも栄のセントラルパークを通る。
仕事帰りのこと。

尿意を催したので公衆トイレに入る。
そこでぼくは、ある光景に出会う。
車椅子に乗った方が、小便器の前に居たのだ。


彼は見るからに物凄い苦労をしながら体勢を整えていた。
何もそれは、別段珍しい光景ではない筈だ。
ただ出し抜けにその場に出くわしてしまったぼくは一瞬(ほんのコンマ何秒だったと思う)だけ動きを止めてしまったことは事実だった。
トイレの中は混雑していた。ただ、彼の隣りの場所だけがポッカリと空いていた。個室になっていないことが残酷だと思った。
そしてぼくは、彼の隣に並んだんだ。


本当に彼は苦労しているようだった。大きい息遣いや横目で見える光景だけでもそれが充分に窺える。きっと彼は随分前からここで苦労していたのではないか。彼の動きからそれが判る。


何か手を貸そうかと思う。
でも「お手伝いしましょうか」という言葉が喉に痞えてどうしても出て来ない。
ぼくは躊躇する。
物凄く、激しく躊躇してしまう。


何故なら彼は一人でここに来ている。人ごみの中に。介助する人はいない。ならばそれは彼の意志の筈だ。
こんな事態は充分想定した上での行動である筈であるし、彼にしてみればごく普通の行為であるに違いない筈だからだ。
見るに見かねて手を貸すといったぼくの薄っぺらい善意など疎ましく感じるかもしれない。大体どう手を貸せばいいのかも解らない。そんな経験がないからだ。
そこに差別意識や善意の押し売りを彼は感じるかもしれない。こちらにはそんなつもりは100%無いにしても。
彼がどう感じるかはぼくには解りようもないのだ。同じ立場に立たない限り。悲しいけれど解る筈がないのだ。


結局、ぼくは何もしないことに決め、その場を後にする。


帰宅後、妻にその話をする。


誰かに話さないと、ぼくはその時感じた罪悪感と自己嫌悪の様なものからから逃れられなくてどうしようもなかったからだ。

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2006年9月10日 (日)

化石

すっかり忘れてしまっている頃に何かのきっかけでふと思い出したりする言葉がある。
それを言われた時にちょっと嬉しかったりした時などなおさらだ。


音楽談義に花を咲かせている時に過去のお互いが辿ってきた道に話題が差し掛かることがある。
そんな時お互いが同年代で同じような音楽的傾向を持っていると何時までも尽きることなく物凄く話が弾んだりする。

ぼくはかつて一人多重録音をしていた時代があったことを打ち明けた。彼も同じだと言う。
こう来ると「でさあ、最初はやっぱラジカセ二台でやったよね?」「そうそう!やったやった」となる。
でその後普通は順当な進路としてMTR(Multi Track Recorder)に発展するわけである。勿論ぼくもそうであった。そしてそれは勿論、現在のようにハードディスクMTRなど存在していなかったからカセットテープ(笑)のMTRだ。時代的にね。
あーそういやVHSのビデオテープのMTRとかもその頃あったなあ。アレ欲しかったなあ。でも高かったなあ。…買わんで正解だったけど(笑)


それで当時カセットMTRでピンポン録音というものが可能なのだと知った時はぼくは狂喜乱舞したものであった。
ってことはピンポンを繰り返したら永遠にオーバーダビングし続けることが可能ではないか!まさにまるで夢のようだ!ってね(笑)
まあ実際はそんなことをしたらノイズだらけで聴けたものにはならないのですが。ピンポンは精々2回が限度。
まあピンポン録音じゃなく消去ヘッドを取り外したレコーダーで音をひたすら重ね録りした偉大な先人が過去にはおられました。
ジョン・レノンというお方が(笑)


そうこうする内に宅録熱が高じMTRが4トラックから8トラックへ進化します。TASCAMのポータ・ONEから488へ。わかる人にはわかる。懐かしいでしょ?(笑)
更にMIDIキーボードやマルチアウト可能の音源モジュール、そしてローランドのシーケンサーの名機MC-300などを収入の全てを注ぎ込み購入。MTRでシーケンサーを走らせてシンセサイザーやドラム音源との同期録音が可能になり一気にトラック数が拡大(4トラックでこれをすると同期で1トラック潰さなければならなかったので痛かったが8トラックなら余裕だったのがこの上なく嬉しかった)。

ぼくはそのシステムを駆使しそれで数々のビートルズの楽曲を打ち込みと生録の混合で自分なりに創り上げていった。独自の解釈とアレンジで。すでに自宅スタジオと呼んで差し支えなかった当時の六畳間(笑)で。当時独身で親と同居してたからさぞやバカ息子と嘆かれたことであろう(笑)

今でも聴き返すと自画自賛になるかもしれないがこれが結構悪くない。ただヴォーカルを除いて(笑)
その当時ぼくは腹式呼吸での発声など意識したことすらなかったし、だから声が全然出ていない。喉だけで歌っている。だから悲しいかな歌だけは情けなくて聴けたものじゃないのですなあ。


そこまで行った後、ある日突然一気に宅録熱が冷めてしまう。その理由はひどい失恋をしたからだ(笑)
あれほど入れ込んでいた宅録が何故いきなりそうなるに至ったか詳しくは忘却してしまいましたが。まあそういうことにしといて下さい(笑)

それから何年か経って僕はバンドに移行する。しかもビートルズのコピーをライブ一発で再現しようという途轍もなく魅力的な野望を持つバンドに。
だから自動的に宅録システムとしてはこれ以上のものが必要不可欠なものでは無くなったのだ。ライブが主体になったわけであるから。


で、冒頭の呑みながらの音楽談義の続きである。

「あのね、ぼくはいまだにカセットMTRが現役だよ」とぼくは言う。
すると彼。「エ…?! いまだにカセットテープなの?? ああ~っ!発見してまった化石を!」
言うに事欠いて面と向かって人のこと化石とは失礼な(笑)

でも化石という言葉でアナログオヤジ扱いされて何故かちょっと嬉しかったりもしたのが自分でもよく理解できないところなんだけれど(笑)

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2006年9月 6日 (水)

ある部分バカ化

出勤時。

車を走らせて暫く経ってから気付いた。忘れたのだ。
今更もう戻ることは出来ない。カーステ(死語)の時計を見る。もし引き返したならば確実に遅れてしまう時間帯だ。諦めよう。
まあいいや。一日くらい持ってなくたって生きていく上で何の問題もない筈だからだ。でもこうして思うとまさに肌身離さず身につけているという意味の「携帯」というその代名詞の意味がしっくりと来る。

しかしいざその環境に身を晒した時いかにそれが日常の行動に深く食い込んでいたのかがよく解る。「依存」しているとまではいかないまでもそれに近い状態ではあったのかも知れない。


まず、出先において時間がわからなくなる。それまでのぼくは腕時計をしていたがそれを持つように以来外してしまった。時計代わりとしても充分役立っていたことがわかる。
そして次に、外に居る時にBBSやブログの状態をチェック出来なくなる。まあそんなものは別にすぐにチェックしないでもいいわけであるが。余程のことがない限り。そこまでいくとそれこそ完全な依存症だ。
それから、メールのチェック。まあこれも差し迫ったことでない限り別にすぐに返事を出さなくてもいいわけではある。同報メールなどで届いた内容に我先にと早く返事しなきゃ などとそれに縛られるなんて愚かだと思うからだ。返事の速度など別にどうでもいい。


うーんまあいいや。
つまり忘れたわけです。ケータイを。家に。

でそうしてみると不思議なことに非常に解放された気分になるものなんですな。
まず次々に飛んでくるメールの呪縛から解き放たれる。携帯を持たないという日常がこれほどさっぱりして清々しいものなのだということに改めて気付きました。変な喩えかもしれないけれど無重力空間にポーンと放り出されたようでいてしかも地に足が着いているような感覚。
出所のわからない切迫感がなくなることほど気持ちのいいものはない。ちょっとした空き時間や仕事中にコソコソとメールチェックしなくてもいい。よく考えりゃその光景って奇妙なもんだ。時間帯によっては道行く人の半分くらいはケータイを見つめながら歩いているではないか。今じゃそんな光景が当たり前になっているからあまり違和感を感じないがそりゃ肝心な部分が麻痺しているだけなのかも知れない。
メールのチェックなどは半日に一回で充分だ。それ以上に緊急の用件ならばメールなどというある意味姑息な手段など用いるはずがないからだ。用事があるならダイレクトに電話して来ればいい。そんなところにワンクッション置くからどんどん大事な何かが希薄になっていくんだ。
よし。明日から自分に連絡がつくところに身体を置いている間は電源を切っておこう。決めた。

と決めたはいいがひとつ問題がありぼくは帰り間際にいつも妻の携帯にメールを入れるようにしている。乗ったバスの時間を知らせるのだ。いわゆる帰るコール。帰るメール。それが出来ない。これには困った。
これが出来ないということは、温かい晩御飯にありつけるという自分のライフラインが断たれるという結果に直結するからだ。

仕方がないからぼくは帰り道に公衆電話を探す。だが驚くことにこれが意外に見つからない。いざ、探すと。丸の内オフィス街には。
普段通りなれた道であるにも関わらず、どこに公衆電話が在るのかさっぱり分からない。目には見えているに違いないのだが重要でないものは何も見えていないということになる。
とすると人間の網膜に入ってくる情報などというものはいい加減なものである。自分にとって不必要なものはばっさりカットして捨ててしまっているからだ。


でメインストリートから少し奥に入った所に「電話」という看板があるのが目に留まる。こんな所に電話があるんだとちょっと感動する。でも電話ごときに看板って。確かにありがたかったけど。しかし携帯電話を持たない人にとっては何とも不自由な世の中になったものだ。
当然テレホンカードなど持っている筈もない。小銭を探す。10円玉がいくつかと、100円玉と500円玉。
あれ?公衆電話って100円使えたっけ。使えるにしてもお釣り出たっけ。えーっと、先にお金を入れるんだったっけ?・・・使い方をすっかり忘れている。我ながらこれにも驚きを隠せない。よく考えたら何年ぶりだろう。公衆電話を使うのは。
で、使ってみる。何故かちょっと恥ずかしい。公衆電話の受話器に向かって喋っている自分が丸の内オフィス街に何とも不似合いなような気がしてくる。道行く人の何人かがぼくに向ける視線がちょっとに気になったりする。そんな風に思う必要なんて何もないのに。


先に書いたが今が何時なのかが解らないのも困る。バスの定刻までの時間調整(本屋の立ち読み等)など自動的に不可能になる。セントラルパーク内に時計を探すがどこにも見当たらない。よくよく考えたらなんて不親切なんだこの街は。まあ自分のことを棚に上げての我儘な言い分ではあるが。
でも(文字通りではなく)大きく目を開き、あたりを見てみると意外に其処彼処に時刻を知る術はあるのだと気付く。
でもそれ以上に考えてみるとそもそも帰るだけなのだから正確な時刻など必要ないではないか。10分や20分違っていようが大した問題じゃない。


こうして初めて気付くことが出来ることもある。今日のようなちょっとした不自由な思いをして。
ケータイを持たない、必要以上に使わないということは今の時代ある意味いさぎがよいことなのだと知る。同時にまた自分という存在を上手くコントロールする必要性も出てくるし、だから工夫も必要になる。

つまり、それが便利であるということは同時に、脳に汗し深く考えなくても済んでしまうことに繋がるということなのだ。

やっぱり肝心なものは目には見えないものなのだなあ。


思えばぼくの学生時代、そんなものなどなくても充分色んな活動が出来たし、言ってみれば恋愛だって思いのまますることが出来た。今は病院以外ではお目にかかれないベルだって全く必要なかった。
今という時代は確かに、便利かもしれない。
でも頭の中の使っている部分は大きく違ってしまっているような気がする。

深く考えたり、身体を使って答を探したり、相手の気持ちを知ろうと精一杯努力したり、思いの丈を手紙を記して届けようとして届けられなかったり。
遠回りで不器用な努力も確かにあったかもしれない。でも振り返って考えてみるとそれがひとつ残らず無駄ではなかったのかもしれないとさえ思う。
いまの時代これだけ便利になって効率が良くなって、何より一生懸命頭を使うことが少なくなってきて尚更、そう思う。
一見無駄なことに見える中に間違いなく何かがあったのだ。大切なものが。


そして気付く。
あの頃に比べてぼくは確実にバカになってきている。ある部分において間違いなく。

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2006年8月24日 (木)

あせらず、ゆっくり

盆休みの間に、大切なご夫妻に会った。


それは休み中唯一の、イベントらしいイベントだった。んーイベントっちゅうのも変な感じかなあ(笑)
何ヶ月も前の春くらいから計画し、お互いの都合がなかなか合わず夏休みまで持ち越しとなった企画であった。んー企画っちゅうのも変な感じかなあ(笑)
でもまあとにかく、家族ぐるみで遊びに行こうというプランであったのです。んープランっちゅうのも変な感じかなあ(笑) くどいね。スマヘン。


で、念願叶った当日。
こちらから先方のホームグラウンドまで出かけていきました。

でもこっちはヤンチャ盛りのお転婆ツインズを連れて行っているから大方の予想通り(笑)チビに翻弄されあと一歩で修羅と化しそうな両親の姿をご夫妻の目に晒したのみに終わってしまったような気がするぞ(涙)
先方も疲れさせてしまっただけのような気も(泣)


でもそれはそれで楽しかったと仰って下さったことが僕達家族の何よりの救いとなりました。
人生は長いのだし、そのご夫妻とは一生かけてお付き合いしたいと思いました。

欲張らず。
あせらず、ゆっくり と。


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追伸...
おつき合い下さったご夫妻様、本当にありがとうございました!
また、第二段やりましょう。いえ…そんなこと言わずに…お願いですからやらせて下さい(合掌)

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2006年8月 8日 (火)

小さな一日に読書を思う

ちょっとした空き時間に目的もなくふらりと図書館へ入る時はなんだか楽しい。

いや、目的がないと言うのは正確ではない。本を借りるため以外にここを訪れる目的がないからだ。ぼくの場合は。
中には家では暑くて集中できないから勉強をしに来ている受験を控えた学生も居るだろうし、ただ単に涼みに来ている人も結構居るには違いない。この時期になるとかくいうぼくもそういうファクターが全くないわけではない。
ただ今回は何かについて知りたいとか調べたいとかそういう具体的な知的欲求が比較的希薄で、なんとなく吸い寄せられるようにここに足を運んでしまったというのが正直なところであったのだ。
間違いなくぼくは本に囲まれていると不思議に心が落ち着くし、要するにただ単に無条件で本が好きなだけなのだな。
何を読んでもいいというつかみどころのなさ。だからまあ言ってみれば無目的な目的でここに足を運んだわけである。


図書館というものは一種独特の空気がある。それは書店には無いものだ。その風景は酷似しているにも関わらず書店とは全く違った雰囲気がある。この雰囲気を醸し出すものとは一体何なのだろうと考える。心なしか目に映る人の姿や顔かたち立ち居振る舞いまで全てが知的に見えてくる。

普通の書店にはピンからキリまでの種々の本(それは俗物的なものから高尚なものまでという意味で、強いて言うならエロ本から学術書まで)が所狭しとギッシリ詰め込まれている。ここに置かれているものは基本的に「商品」である為売れなくなったものは即出版社に戻される。
図書館と書店とを比較することなどその存在意義の次元が違うのであまり意味が無いことだとは思うが、仮に対象者という切り口でそれを行なうなら前者は「読者」であり後者は「消費者」になる。
根本的な空気の差を生んでいるのは書店は本をどこまでもとことん商売として扱うのに対し図書館はそれに見返りを求めず無条件に分け与えようとする慈悲の塊りの如き知性の宝庫といった各々の施設の性格に起因するものか。
書店をぼろくそに言っているが今の時代個性的且つ魅力的で対象者を絞った書店(絵本や写真専門の書店など)も中にはあるから一概にはそうとは言い切れないけれどね。


まあそんなことはどうでもよくて、今回無目的に立ち寄った図書館のエッセイコーナーに立ち止まり背表紙をボーっと眺めている時に一冊の本のタイトルがぼくの目に飛び込んできたわけである。
呼ばれた という表現が近い。

手にしてみる。前書きがなかったから後書きを読む。

前書きはともかく後書きを先に読むというのは非常識と捉えられがちだが、これはその本を読むに値するか判断する重要な手段だと僕は思っている。何故ならそこには作者の意図するところが凝縮されているからである。
ストーリーを追うものでネタバレになりそうなものが後書きに書かれている場合、必ずその旨が書かれているはずであるからその部位は好みに応じて飛ばせばよい。しかし後書きでストーリーがばれてしまう程度の刹那的な物語というものを果たして時間を掛けて読む価値があるだろうか。

で、借りようと決める。
こういった本は書店ではまず100%お目にかかれない。何故なら売れている筈がないと直感するからだ(笑)
売れないものを本屋に置いているはずがない。ぼくなら置かない。
こういう一冊の本との出会いの瞬間というものは図書館ならではの醍醐味。


本との出会いは奇跡的な偶然である。でも後から振り返ると、それが必然となっていることもある。
だから本を読むことに対して消極的であるということはその面だけに限れば積極的にその出会いから遠ざかっていることになるとぼくは思う。
「大の大人が本を読んでいないと平気で言うということは、その人が知的に生きていないと公言してはばからないことと同義だ」と過去に痛烈なことを言われた人がいた。ぼくは全くその通りだと思っている。


その本の中でこんな素敵な表現に出会った。引用します。
「小さな一日が続く。一日は、一枚の紙のようなものである」
確かに、その通りだと思う。やはり文学者は違う。くそぅぼくもこんな表現がしてみたい。


一日を一枚の紙だとすると、その一日は測れないほど薄っぺらい一枚の紙でしかないが、一枚一枚重ねていくことで気付かぬうちに紙の束となる。
例えばそれがごく普通のPPC用紙のようなものだとしても、一年分、365枚も重なるとちょっとした厚みと重量になる。


時間は、誰にも平等に与えられている。
それをどう使うか、どう生かすかは個人の勝手。好きに使えばいい。

何をしても、何もしなくても、紙は残る。そこに何を書いてもいい。白紙でもいい。
紙を重ねるように、丁寧に生きていきたいと改めて思う。そしてどうせ重ねるなら、一言でもいいからそこに何かを書き残したいと思う。


(荒川洋治 本を読む前に)

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2006年7月25日 (火)

泥に咲く蓮

ストレス充満の世の中だ。
精神的ストレス、肉体的ストレス、社会的ストレス。何でもかんでもストレス、ストレス。この世はストレスのオンパレードだ。

こんな状況に身を置いていちゃどんどん荒んでいく。心が。いつか壊れてダメになる。と、誰しも思う。
だが、本当にそうなのだろうか。


人は誰しも安楽な人生、平穏無事な一生を願う。
安楽 といえばただ眼前の楽しみに耽ったり波風のない平穏な生き方を意味すると思うかもしれない。
しかし人生というものは刻々と変化し続けている。変わっていってしまう。永続的なものでは決してない。一瞬たりとも変化のないものはない。世界も。そして自分でさえも。
だから何もしないで安楽な状態でいるということは現象としてありえない。
そして現象面の安楽というものほど脆く崩れ易いものもない。
生きていれば必ずストレスはある。でも生き物は、生命というものはストレスのない環境では十分に生きられないともいわれる。端的に言えば全てのストレスから開放されるということは死を意味するからだ。

《ストレス学説》を唱えたカナダの生理学者ハンス・セリエ博士はこう言う。
「人生の全ては不確実で、偶発的なものです。今日は金持ちでも明日は貧乏になるかも知れない。また今日は健康でも明日はわからない。人類は歴史の全時代を通してずっとこんなふうだったのです。しかし私たちの時代に特に増えたと思われる社会生活上のストレスがひとつあります。『モチベーションの喪失』がそれです」
モチベーション(動機付け)の喪失。
また利己主義というものが蔓延している今の時代に漠然と感じる無力感。力を注いだならばすぐ結果を求めたがる成果主義。
その奥底には自分の意志と反して受動的に何かをやらされているという、受け身の姿勢がそれを生むのではないだろうか。


先日僕は師匠に視点を変えてみることを教わった。己が立っている位置を、環境を、別の角度から眺めてみるのだ。それは近視眼的なものではない。もっと長期的な視野に立つ。
人が何か事を行なったら直ぐに結果を求めたがる今の世の中の風潮など糞食らえだ!マイペースで何が悪い。自分の人生だ。自分の意志で納得のいくように生きて何が悪いものか。
消極的に生きるということは、積極的に駄目になろうとしていることなのだと師匠は仰る。ならば僕は積極的に生きたい。

視点を少し変えてみること。
セリエ博士の提唱するストレスの対処法はこうだ。
1.自分の耐性をよく知ること。
2.他人に強いられたものではない真に自分で定めた目標を持つこと。
3.「利他主義的利己主義」を目指すこと。それはつまり他人に必要な存在になることによって自分の利益を計るという生き方をすること。
総じてそれは大乗の生き方である。そしてそれは生涯を通じて追求することの出来る目標である。
博士の結論は、それこそが目標の喪失という現代社会の最悪のストレスから身を守る最良のものとなるだろうということなのである。


人間の心は大きく分けて十種類の状態がある。そしてそれは瞬間、瞬間と変化し続け流れゆく姿を持つ。「十界」と呼ばれるものである。またそしてそれこそが生きている証左である。
平常の状態では人は十界のうち六つの状態を彷徨う。それは苦しみの状態であったり、欲望の虜にあったり、本能の赴くままの貪る状態であったり、捻くれた状態であったり、平静であったり、楽しみに没頭し喜んでいる状態であったり。その六つの状態を気付かないまま延々と繰り返している。そしてそれは一瞬のうちに切り替わってしまう。つまり永続的なものではない。
例えば飛び跳ねるほど良いことがあって実際に跳び回っている時に、勢い余って足の小指を柱に強烈にぶつけてしまったとする。すると一瞬にして歓喜の状態からぶつけようのない怒りの状態へと一瞬にして転落する。一喜一憂というわけだ。
このように瞬間、瞬間の外的環要因即ち「縁」によって心の状態は大きく変わってしまう。先の例の場合、縁とは小指をぶつけた柱となる。
これは六道輪廻という。

しかしその先に三つの生命状態がある。それは「反省的自我」とよばれる。先の六道は外的なものにより大きく左右されるがこれは自己の意識の改革によってのみ得ることが出来る状態である。
そのうちの最高の状態が先の「利他主義的利己主義」なのである。
そしてそれは矛盾しているようにも思えるが、ストレス充満の世界に身を晒さなければ実現しない。
泥沼のような現実の様々な障害に積極的に立ち向かうところにその主義の主義たるゆえんがあり、またそれ故に限りなき悩みに遭遇する。

それは、逃避を嫌い、充満するストレスに立ち向かい、どこまでも善き果(成果ではない結果)を目指して進んで行く道を選ぶ ということになる。
即ちそれが煩わしい悩みの猛威を強きエネルギーで沈静化させ、質的に善き方向へ転換させることに繋がる。
それは要するに己の中に巣くう自己中心主義・利己主義というものを徹底的に破壊する ということだ。


泥沼の中に、花を咲かせるのだ。
ストレスが充満する環境に身を置き、歯を食いしばって踏ん張っているその姿こそが、泥中の華を咲かそうとしている何よりの証明なのだ。

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SLAM DUNK

バスケが好きな19歳の青年と知り合いになった。
笑顔の可愛い、好感の持てる人物である。


そしてこれを思い出した。
SLAM DUNKである。井上雄彦さんである。超インドア派の僕の場合バスケといえばこれしかないのだ。
あ、リアルもあるか。でも僕は断然こっちだな。


この物語との出会いはある時、嫁の弟(北海道大学大学院を来春卒業予定)の部屋の本棚に置いてあったものを暇つぶしに手に取ったことがきっかけであった。
何の予備知識も先入観も無かった。何故ならその時僕はもうジャンプは卒業していたからだ(マガジン派だった)。

ははあんよくあるアレね。あのースポーツ青春モノでしょ?キャラも絵もそんな感じだよね。何かルカワってトーイに似てるね。
・・・とりあえず読む。とにかくヒマだったから。
で・・・読む。読む。

その後、僕は何かに取り憑かれた様に寝食を忘れ文字通り貪るようにして読み進めてしまったのである。


でこれは普通のマンガじゃない。と気付く。
確かに、最初の何巻かまではいわゆるよくありがちなありきたりの感もあった。
長編マンガにはよくある事だが途中から画風が劇的に変化している。そこには能条純一さんの影響が見え隠れするように僕は感じる。しかしこれほど1巻と最終巻の絵に違いがあるのも珍しいのではないか。
僕は井上マニアではないから詳しいことは判らないが、このマンガはある部分から間違いなく違うものに変貌を遂げている。
そして他のスポーツマンガの一切と比較にならないくらいの高みにいきなり達してしまっているのだ。

何よりも特筆すべきは物語全体を貫く精神性だ。
それは戦いに臨むにあたって何よりも重要なことは「断固たる決意」である ということ。
確かに、戦うにあたって技術は必要だ。だがそれだけでは勝てない。
それが強烈なメッセージとして読み手の心の奥深くにこれでもかと突き刺さってくる。

それは他のマンガの追随を許さない などというレベルではない。完全に、次元が違うのだ。
物語の作者である井上雄彦という人を何がここまで大きく変えたのだろうか。
作者の言動や素顔をよく知らない僕にさえ端的な言い方をするとその変貌振りは宗教的ですらあると感じる。
井上雄彦という作者の命の叫びが、桜木や赤木や安西といった登場人物を通して迸っているかのようだ。

これには続編がある。『あれから10日後』という黒板漫画。
実際の廃校の黒板に下書き無しでいきなり書きつけたものを写真撮影したものだそうだ。
僕の友達(高校生)に見せて貰ったことがある。彼は、押入れの奥に大事に大事に仕舞ってあるものをどうしても僕に見せたいと言ってくれたのだ。


うーむ何か書き足りないな。この作品について大事なことを何も書いていないような気もする。やっぱりもう一度読み返さないとダメか。
ここまで何度も何度も繰り返し読んでも飽きない作品というものは僕にとって手塚作品を除いてこの井上作品くらいである。
今でも僕はこれを嫁の実家に泊まる度に必ず深夜にゴソゴソと義弟の部屋に入っていって独りコッソリ読むのだ。

でも29~31巻が無いのだ。ヤマオー戦の一番肝心な部分が。

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2006年7月18日 (火)

楽観主義

衝撃的な論文を読んだ。
目から鱗とはこのことである。
昭和女子大学大学院教授の古川真人さんのものより内容を引用させていただきます。


悲観主義か楽観主義か。

「それこそが社会生活の成功や失敗、そして人生の幸不幸を決める決定的な決め手となる」 ことが最新の心理学研究で明らかになっているようだ。

どんな人間にも楽観的に生きる力が元々備わっているのだという。
そこに年齢や性別、職業、置かれいている立場などは一切関係ないのだと。
心 というものは、元々そういう風に出来ているらしい。

ただ一口に楽観主義と言っても様々な種類がある。
何もせずに棚から牡丹餅がいつか落ちてくるだろうといった「呑気な楽観主義」から、自分も世界も全て必ず良い方向に向かうと信じる「超拡大的な楽観主義」まで。
最も一般的な「楽観主義」の定義としては、自分の将来において悪いことよりも良いことが起きるだろう と信じることを指す。これを「素質的楽観主義」と言うらしい。

これには反論もある。
楽観主義でいられるということは、現実の厳しさを認識出来ていないからに過ぎないではないのかと。

人間は、自分の弱さや醜さを全て知った上でなければ一人前の大人になれない。
なるほどこれは世界共通の考え方として広くそう思われており説得力もある。これを「心理主義」という。かくいう僕もそう信じていた。それはいわゆる自分探しの旅。
だがそこには落とし穴がある。
自分を知ったところで、最終的には何の解決にもならないのだそうだ!
「心理主義」「自分探し」については玉川大学の河野哲也助教授の文献を引用させていただきます。

”「心理主義」とは、常に人間の内面に注意を向け、闇雲に内省を迫るような考え方をいいます。
現代は心理主義の時代だと言えます。しかしながら心理主義は幾つもの問題を孕んでいます。
例えば、職場のストレスが原因で精神を病んだ場合でも、心理主義では『彼は精神的に弱かった』とか『ゆっくり休養すればよくなる』と言うように、問題を特定の個人の資質として扱おうとします。しかしここで真に問うべきは、不健全な組織風土や恒常的な勤務過剰といった企業の構造的な問題が現にあるのかも知れません。
このように、心理主義は本来社会的であるはずの問題を個人の内面の問題へと矮小化する危険を孕んでいます。”
”人間の行動を決定するのは決して性格と関係しているのではなく、どのような状況に居るのか、どういう情報を得られるか、周りにどんな人間がいるのか、行動の選択肢を作り出す経験や知識をどれだけ持っているのか、といった環境条件によるところが非常に大きいと言えます。”
”近年、ブームになってきている自分探しにしても、こういう環境への視点が無いと徒労に陥る危険性があります。時間の無駄になりかねません。”
”本当の「自分探し」とは、自己の内面を見つめ、どこかにあるはずの本当に自分を探すことではありません。ハッキリ言えばそんなものはどこを探してもありません。
環境に積極的に働きかけ、人との関係を通して自分の働きに意味を見出せる場所や充実して生きられる環境を創出することなのです。”


古川教授の「楽観主義」に戻るが、認知学、ポジティブ心理学の研究現場では「心が健康な人」というのは実は「在るがままに現実を見ていない」ことがわかっているようだ。
むしろ「自分の都合のいいように現実を見ている」、「将来は悪いことよりいいことが起きる」といった強いバイアスを掛けて世の中を捉えているのだと。
つまり、心が健康な人とは「自分の実際以上の幻想」を観ることが出来る人。病気にはなっても、病人にはならない人。

反対に、心の病気になりやすい人は「真面目に客観的に現実を見ている」のだと。
ネガティブな現実をまともに見過ぎるあまり、本来ポジティブな現実までゆがめて捉えてしまい、そのために自分を「必要以上に」苦しめて結果心身の調子まで崩してしまう。これを「鬱現実主義」と言うのだと。
心理的に追い詰められた人、自分の価値を疑っている人は他者を思いやれない。自分の世界に閉じこもってしまうからだ。

精神的に健康な人は、「実際以上に自己を良きものと考え、自己の未来を明るく描き、自己の統制力を強く信じる傾向がある」のだそうだ。
人間はコンピュータではないから、受け取った情報を処理する時、必ずバイアスを掛けてまず入力する。そしてそれを自分の都合のいいように記憶し、自分の都合のいいように再生する。
つまり、コンピュータのように現実を忠実に正確に模写するのではなく、自分の思うように積極的に再構成しているのだと。


では楽観的に生きるにはどうしたらいいのだろう。

それは自分を取り巻く環境を、自分の力で変えることが出来るかどうかにかかっている。
それは受け身にならないこと。
たとえ捨て身になったとしても、ほんの僅かだとしても、絶対に環境は変えることが出来ると実感すること。

心というものは、マイナスにはプラスで対抗しようとする。つまり、バランスを保とうとする。
しかし、マイナスとプラスで差し引きゼロという状態に留まることはなく、最悪のマイナスの事態をくぐり抜けた人はそのマイナスより大きなプラスを必ず得る。例えばその最悪の事態で、自分にとって何が本当に大切なのかといった掛け替えのない価値に気付いたりすることなどがあげられる。

マイナスは単なるマイナスではなく、何か失敗してもそれが挫折ではなく未来への貴重な経験・財産だと捉えていけばよいのだと。
どんな逆境に置かれても、全て意味のあることなのだとそこに常に有意味性を見出していく。
全てを楽観的に捉えていく力が本然的に心には絶対に備わっているのだ。


僕は楽観主義に生きたい。
悲観的な人より楽観的な人と一緒にいたいと僕は思うからだ。

また明日から、一生懸命生きよう と思う。楽観主義で。

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2006年5月21日 (日)

急がば回れ

ある用事でJR四日市駅の近くまで行こうとする。人と待ち合わせをしているのである。


今日は、奥さん方の祖父ちゃん祖母ちゃんのアルファードを一日預かっていた。だからその時も、使わせてもらった。こういう大型の乗用車も慣れれば楽チンなのである。しかもナビ付いてるし。でこのナビ。当然のことながら検索機能がある。ルート選択のオプションで「推奨」や「一般道優先」また「距離優先」等々。
極端な方向音痴である僕はこのテクノロジーには非常にありがたい恩恵を今まで沢山受けている。
またナビゲートして貰うことにより今まで知らなかったルートを発見できるという感動もままある。ナビとは全く素晴らしいものである。


ところがちょっとしたことで約束の地まで向う出発予定時間を少々遅れてしまった。
別に急いでもいない時なら普段走り慣れた道を適当に走っていくのであるが、今は約束がある。遅刻するわけにはいかない。だからナビに任せて最短時間・最短コースで行こうと考える。
こういう時こそ急がば回れ。じっくり確実に歩を進めていくのだ。焦って知りもしないとんでもない道に迷い込んでしまっては元も子もない。ただでさえ自他共に認める極端な天然の方向音痴な僕なのである。

で車を停めてピピッと入力。目的地は取り敢えず「JR四日市駅」とする。でまた取り敢えずルートは「推奨」コースを選択。
はは~ん。23号線に出るわけね。まあ多少遠回りではあるが無難な線でしょうな。でも何だか当たり前すぎるルートだな。こんなんならわざわざナビして貰わなくてもよさそうだ。
で、ディスプレイには所要時間約25分、目的地までの距離11.6kmと表示される。まあ、いいか。

で走り出すと途端に無機質な女性の声でアラートが入る「この先、渋滞があります」。
なるほど。そう来るのね。
でもう一旦停止。うんうん。急がば回れの精神だね。・・・とは言いつつ。かなり焦って来ていることは隠し様のない事実ではある。
再度タッチパネル上の「再検索」のボタンを押す。渋滞しているなら時間は読めない。ならば次は「距離優先」だ。

で結果が表示される。
所要時間は同じく約25分。ところが距離は大幅に削減されて「8.6km」となっていた。

…何だこの差は?
このナビちょっといかれてんじゃないか?何でこれを「推奨」してくれないのさ。しかも最初は渋滞しているルートを「推奨」しやがって。お前おちょくっとんのか。で迷わずこのルートを選択する。
こんなんだったら最初からこっちにしときゃ良かったんだよ。新鋭ナビとはいえ万能じゃないな。所詮は杓子定規な機械ってわけか。
さっきはナビって素晴らしいものだなんて書いたけどさ、こういう現実に直面すると別に大したことないなあ。やっぱり機械に頼るってのはロクなことにならないんだよ。うっかり余計なガソリンを消費してしまうところだったぞ。いい加減にしてくれよ。ただでさえ世知辛い渡世なんだ。
もうお前の魂胆は見えたぞ。俺を嵌めようとしたんだな。もう騙されないぞ。


と、鬼の首を取ったような誇らしさに包まれた僕をそれでもナビは健気に案内している。
「300メートル先、右折です」
おーよしよし。それでいいんだよ。とっとと案内しやがれ。
で何?右だ?そこは通ったことないぞ。なかなか粋な道を選択するじゃん。どれどれよーし曲がってやろうじゃないの。

で。


…え?
ここ??

コレ曲がるの??
ここ信号ないけど?いいの??
あ…曲がっちゃったよ。
でもだって…メチャ細いよ?この道。まさかと思うけどこれ自転車用通路じゃないの?
普通の人はここ入らないでしょう。クルマでは。絶対。

…だってしかもこのクルマ。
アルファードだよ??
しかも預かりもんなんだよ。ちょっとでも擦ったら立場上ヤバいんだよ。あのさあ、勘弁してくれよ。


その後、僕はさんざんやたらと細い(いや細過ぎる)道ばかりを延々と走らされることとなったのであった。それが軽ならまだしもアルファードで。
だからといって今さら引き返そうにも切り返しなど到底いや絶対に不可能だ。とにかくこのまま前進するしか手がないのだ。
その時の僕の唯一の願いはお願いだから対向車だけは来ないでというただその一点のみであった。いや違う。それは対向車などというレベルではなく人が一人歩いているだけで完全に立ち往生してしまう程の道幅であったのだ。

途中何度も一旦停車しながら電信柱や民家の壁をひとつひとつクリアしそして背中や脇にじっとりと冷や汗をかきつつ思い返してもゾッとするほどの数々の難所をくぐり抜け何とか無事に僕は目的地へ到達したのであった。
所要時間は…35分。しかも遅刻もしてしまったわけである。


この時僕は、このルートを「推奨」としなかったナビの心憎いまでの有り難い(本当に有り難い筈だった)そして運転者に優しい心遣いに対して、泥を塗りつけるような筋違いも甚だしい程の憤慨をしてしまったことについて心から謝罪の念を抱いたのである。
ナビよ。スマン。俺アンタに濡れ衣をかぶせてしまったようだ。アンタが正しかった。「推奨」という言葉の裏には、こんなヤバい道に俺を迷い込ませないでおこうという配慮があったのだな。
しかも出遅れた自分の責任を棚に上げて。
ナビよスマン、バカな俺を許しておくれ…。


確かに、最初の推奨ルートで入ったとしても軽い渋滞を含め所要時間はそれ程変わらなかったのかも知れない。まあそれは知る由もないけれど。
でも思い返すとその時、少しでも早く到着しようと無意識に「欲」を出したのは事実だ。


いろんな角度から改めて『急がば回れ』の意味を考えさせられる一連の出来事ではあった。

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2006年5月 5日 (金)

異体同心

どんな小単位の組織であろうとそれを貫く原理は不変なのである。

それが組織であろうと、一対一の人間関係であろうと。
それが利害の絡む関係であろうと気のおけない遊び仲間の関係であろうと。
それが職場であろうと家庭であろうと。


異体同心。
表面からこれを読むとその意味は以下のようになる。

「身体は異なっていても心がお互いに一致していること(例えば夫婦や友人同士の心が互いに一致して固く結ばれていること)」
夏目漱石の「吾輩は猫である」にこのような用例が引かれているようである。
『昔しなら文句はないさ、異体同心とか云って、目には夫婦二人に見えるが、内実は一人前なんだからね』


この言葉には反語がある。同体異心である。
これを反語から読むと、より一層深くその意味を知ることが出来る。


『異体同心なれば万事を成し、同体異心なれば諸事叶ふ事なし』
『一人の心なれども二つの心あれば、其の心たがいて成ずる事なし。百人千人なれども、一つ心なれば必ず事を成ず』


同体異心とは、端的に言えば己の中に「迷い」があること。そしてその迷いが自分を取り巻く環境に伝染していく様をいう。
異体同心の本義とは、例えば個性も性格も全く異なる者同士が持てる力を一方向に集中させベクトルを揃えた時に、そこから生み出されるものが足し算ではなく掛け算・乗算にも成ることを言うのだ。


誰しも、リーダーとなる瞬間が必ずある。その責を負う時が。
それは何も仕事上のことだけではない。
家庭においても、友人関係においても。
その時、リーダーが最も心を砕かなければならない要点はまさにここにある。


志を同じくすること。自分にとっても、仲間にとっても。
異体同心であるということとは、自己を取り巻く関係や組織を強力にするために最も必要な要件なのである。

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2006年4月28日 (金)

フシアナ

真夜中にびっしょり汗をかいてガバッと起きて我に返ったことがある。
一人暮らしをしていた29歳の時のこと。


ああ俺は…この先一生結婚できないのではないか! と^^
今思い返すと何とも間抜けなシーンではあるが、自分では真剣に悩みそして苦しんでいたのだな。その時は。

こんなに優柔不断でマイナス思考で何かあるとすぐどん底まで落ち込んで暫く使いものにならなくて自分のことだけで精一杯でそれなのに自分の面倒すらみれない。
こんな男がまともな恋愛など出来るはずはなく従い絶対に結婚なんて出来ないと。
シリアスにそう悩んでおったのであります。


お袋は、その頃の僕にいつもこう言っていた。
「あんたの目は、節穴だね」 と。


その時はどういう意味か分からなかった。
今は、分かる。
確かに、その通りであった。


お袋がどういう意味で言っていたのかというとこうだ。
「あんたの周りに将来の奥さんになる人がいるよ。間違いないよ。それもすぐ近くだ。でもあんたの目が節穴だから見えないんだよ。よーく見てみな。気が付かないのかい?バカだね」
確かに、僕はバカであった。
僕の置かれている事情など全く知る由もないお袋には、しかし何かが見えていたのだ。


大切な人は、居るんだ。すぐ近くに。

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2006年4月23日 (日)

この素晴らしき世界

「これにしたら?」妻が言う。

こういう時に、いつも決まって僕は妻から啓示を受ける。
今まで僕は、こういう妻の言葉に何度救われて来たことだろう。


確かに、これはいい。テーマもドンピシャだ。これで行こう。そう決める。
だが無防備で出向くのは聴いて下さる方のためにも申し訳が無い。
確かに今の時点でそれは付け焼刃かもしれない。でも少しだけでもそこに思いを乗せるための手助けになれば。
そういう気持ちで詳細を調べてみる。まずは歌詞からだ。

使われている言葉はシンプルで、中学校レベルの英語力でも理解できそうだ。
だが、タイトルから考えてもどうやら深い意味があるようだ。しかし拙い僕の読解力ではそこまでは読み取れない。


背景を知りたい。

あるサイトで、こう紹介があった。(カッコ内は僕の追記)

“生きることの喜びを伝えるこの曲を、彼が最初に録音したのは66歳(1967年=昭和42年…僕の生まれ年)の時だった。
1970年、彼の70歳を祝って、彼のこれまでの業績の集大成として1枚のLPが収録された。
この収録時には、マイルス・デービス、チコ・ハミルトンなど多くの後輩達が集まり、 さながら彼の誕生パーティーのようだった、と伝えられている。
その時、彼を尊敬する多くの後輩達の前で彼は予想外の行動に出た。
それは、この「この素晴らしき世界」のイントロの中で、彼はスピーチを始めたのだった。
その言葉を、彼が事前に用意していたのか即興だったのかは誰も知らない。
わずか16小節の短い時間だったけれど、バンドのメンバーは、
イントロを演奏しながら、サッチモが歌いだすのを待ったそうだ。”

(中略)

“君達 若い連中にはオレに こう言ってくるのもいる
おやじさん「素晴らしき世界」ってどういう意味なんだい?
世界中でおこっている戦争も素晴らしいのかい?
飢餓や汚染はどこが素晴らしいんだい?
だけど このおやじの言うことを聞いてみないか
オレには世界はそんなに悪くないと思えるんだ
オレが言いたいことはね
世界は素晴らしくなる
そう思って行動すればね
愛だよ 愛
それが秘訣だよ
もっともっと オレ達が愛しあえば問題も減るし
世界はとびきりいい所になるんだ
それが このおやじのずっと言ってることなんだ”


歌詞の対訳は、女性の言葉で語られるこちらの方が僕の中にはしっくりと沁み入って来る。

”私は思うわ 緑あふれる木々と赤く咲くバラは
あなたと私のために あるのだと
なんて素晴らしい世界なの

青い空 白い雲
祝福を受ける明るい昼 聖なるときの暗い夜
私は思うわ なんて素晴らしい世界なの

虹のひとつひとつの色が 空にきれい
通りすがる人たちの顔は輝いてる
「こんにちは」と言い合いながら 握手する友
本当は「愛してる」と言ってるわ

赤ちゃんが泣いている 育っていくのを目に出来る
私が知っていることよりも たくさんのことを学ぶでしょう
なんて素晴らしい世界なの

私は思うわ 緑あふれる木々と赤く咲くバラは 
あなたと私のために あるのだと
なんて素晴らしい世界なの

心から思わずにいられない
なんて素晴らしい世界なの”


今回の僕は、この二つの記事に全く教えられる通りであった。
この歌が創られた背景も、其処に込められた熱情も、大事なことも何も知らず僕はこれを歌おうとしていた。それは僕の持つ傲慢さであるに違いない。
妻と二人でこれを読み合い、そして、二人で翌日に演奏した。
二人で、思い通りのことが出来た。


リンク先のゆうちこさんが言っていた。
人の心に土足で入っていくことは意外に簡単なことだ と。
それが無意識であろうと無かろうと。
常に自分を監視し戒めていなければ、僕はあっという間にこういう人間になってしまうだろう。


これから、こんにちは と言いながら、あんたのこと愛してるよ と思うようにしたいな。
そう言葉にするのは恥ずかしいけれど、思うのは僕の自由だからねえ。


WHAT A WONDERFUL WORLD
ルイ・アームストロング(1901-1971)

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サイン

目から入る情報というものは、直截心に刺さる場合が多い。

自分の思いや考え方と正反対の情報などを目にした場合ともすると暫くは使い物にならないくらいのダメージを受けることがある。それが攻撃的な内容であれば尚更である。
またそういう情報に自分の中のスキャンダラスな部分が意に反して見たい読みたいと首をもたげてくることがある。
その時は要注意だ。経験上それは自分がダメになりかかっている時の重要なサインだ。

確かにそれがひとつの事実として存在している以上知っておくべきことではあるに違いないが、だがそれを見て気力を吸い取られるようなことになるのであるならば見ない方がいいものもこの世には沢山あるのである。


何をみるか 何を五感で感じるか を自ら選び取っていくことが大事である。
だから本物である一流の絵画や音楽、芸術を見、聞き、触れることが大事だと思うのである。それが本物と偽物を見分ける力になっていく。精神的にもレベルアップできる。
反対に偽物や俗物的なものや刹那的で衝動的なものに囲まれそれを常に目にしていると図らずも自然にそういう心(精神状態)に自ら近づいてしまっているのだと思う。


「自分に甘く、弱い人は話していてつまらない。逆に厳しい人間と話をするものは楽しいものです」

今読んでいる本の中で頭をハンマーで殴られたように衝撃を受けた部分。
本物を知る人間だからこそ言える言葉。
僕は、つまらない人間になりたくない。

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2006年4月 7日 (金)

住めば京

有休を取る。

普段出来ないことをする為である。
目的地は、名古屋市。港区。僕の生まれ育ったところ。まあ言ってみれば故郷である。
桑名から23号線を車を走らせる。
途中、大事な忘れ物をしていることに気付く。木曽川あたりで。で急いで家まで引き返す。でまた走る、走る。大幅な時間ロスだよ俺よしっかりしてくれよ。

忘れたものとは、保険証券。
行き先は港区の小さな郵便局。


そこの小さな郵便局で、実家の母が(元々は父が)、僕が18歳の時から僕にかけてくれていた養老保険が20年経って満期になったのである。幸せなことに僕は20年間死亡も入院もせずに今日まで生きてこられたわけである。
んー20年かあ。
その間僕は親父を亡くし家を出て四日市に住み結婚し桑名に移り新しい家族が増え気が付いたらすっかり桑名の人間になった。
しかし20年かあ…歳くったなあ。

でまあそれを引き出しに行くという寸法である。その郵便局へ行くのも20年ぶりくらいかもしれない。
ね。これは一日会社休む価値あるでしょ。
それを証券忘れるとは何事だ俺よやる気あるのか。


(ここで帰宅後妻から鋭いツッコミあり。
「今日どこまで行ったの?」
「名古屋よ」
「何しに行ったの」
「何て、昨日話したじゃん。保険が満期になったから払い戻しに行ったんだよ」
「何で名古屋まで行ったの?」
「何でて・・・何で?」
「郵便局は全国どこでもいいんだよ?何しに名古屋まで行ったの?」
「え…?…あ……そうなの??」
何しに名古屋まで行ったのだ僕は。しかも有休とって。そんなら会社休まなくても良かったじゃんか。まあ、いいや。済んだことだ。休暇と思おう)


で、何だったっけ。
あそうだ。今日は陽気もいいし車の中は冷房をかけたくらい暑かったんだ。
で喉が乾いた。昔よく通っていた近くの喫茶店でも飛び込もうかと思う。

だがその店の前まで来た時、僕は言いようのない寂寥感に襲われた。
確かに、ここは馴染みの喫茶店では、ある。
だが何かが違う。
町並みもそうだ。目をつぶっても歩けるくらいこの辺りの地理は頭の中に残っている。だが目に映る景色は僕の記憶の中のものと微妙にずれている。

結局、僕は自動販売機でジュースを一本買って飲むことにした。


そして気付いたのだ。
それは、かつてここで暮らしていた僕という人間はもう記憶の中にしか存在しておらず、だから、僕はもうここの住人ではないということなのだ。
僕は明らかに、其処においては異邦人であり、そして其処に留まるべき人間ではないことを僕は知ったのだ。
僕の帰るべき場所は、もう、ここではないのだ。

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2006年4月 2日 (日)

再会

報告を。

「奇跡」
僕は歌い切ることが出来た。
本音を言うと、実はとっても怖かった。高音が出るかどうかの不安もあった。
比較にはならないかもしれないけれど、荒川静香さんが演技の前にひたすら自分と向き合っていた姿が僕の支えになったところも実は、ある。
今の自分よりも強くなりたいから僕はこれを歌うのだ。だからそれは、誰のためでもなく自分のためなのだ。そう昨日決意した。
そして、僕は乗り越えた。


その場で、思いもよらなかった人と再会する。
それは、偶然というものを完全に超えているとしか言いようがない。
お互いが、何でここに居るの? と言う感じなわけである^^


その方は、思い遣りのあるとても良い人である。
立場的には9年前の僕の置かれた状況とそっくりそのままと言ってもいいくらい。だから僕にはその人の気持ちが良く解る。


勇気は、出す為にあるんだ。
出さないのなら、それは勇気じゃない。
想いは、形に表すべきだ。
胸に仕舞っているだけの想いは、実は伝わらないんだ。

それは、この9年で僕が掴んだ真実だ。

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2006年3月22日 (水)

あと5分

遅くに帰ってきて、金曜いや木曜の晩までにしなければならない事を済ます。

済ます と言ってもそれもどうもしっくり来ない。その題材に対する僕の考えが熟していないようなのである。機械的にこなせると言うものではなく、だからつかみ所があるようでないようで…少々、混乱しているようだ。
そのうちあんまり考え込みすぎて、肩が張り胃が気持ち悪くなってくる。前屈みの姿勢も悪かったみたいだ。

ふと時計を見る。ああもうこんな時間だ。
あまりすっきりしないけれど、今日はもう寝よう。これで明日の仕事に差し支えては元も子もない。
幾ら明日の寝覚めが悪かろうと、他にも今日の内にしなければならないことはあるけれど…仕方ない。


とここで師匠のある言葉が頭をよぎる。

「『あと5分』頑張ることが大事。
もう止めようかな、遊びたいな、と思うときに『あと5分』頑張る。
5分間、余計に努力した人が偉大なのだ。この人が勝つ。これが人生」


…むむ。

お師匠さん。今の僕には少々キツいのですが。


でも、うん。
あと5分か。
無理なら止めよう。
どうだろう。肩が張ってるとか胃が気持ち悪いとか言ってるけど気持ち的にダメなだけじゃないのか?
どうだ?俺よ。
…うん。
よく考えたらどうも気持ち的だけみたいですわ。認めたくないけど逃げ 入ってましたわ。


それならメールひとつなら打てそうだ。
よし、そうしよう。そして、すっきりして寝よう。

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2006年3月19日 (日)

二つの物差し

例えば朝。

寝惚け眼で車の運転をしたとする。別にそれは車でも自転車でも何でもいい。
そして信号のない交差点に差し掛かる。
すると突然、出し抜けに現れた車が目の前を猛スピードで通り過ぎる。ノーブレーキで。


ここでどう思うか。
「もし交差点に入るのがあと1秒早かったら…ヤバかった」
で冷や汗を流しながらこう思う。
「自分は運が良かったのだ、助かった」
そして一日、いま自分が生きていることを奇跡のように思う。例えばの話。


そして後日また別の朝。

あの日の朝と同じように寝惚け眼で同じように交差点に差し掛かる。
ただ猛スピードの車は来ない。だから命が縮む思いもしなくて済む。
そのあと一日、何事もなく過ごす。普段通りの毎日だ。
でそのまま帰宅する。


そして、思う。
「今日は別にいいことも何もなかった」 と。


本当に、そうなのだろうか。

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ミイラ取りがミイラになる

人と対話する時。

「会話」ではなく、「対話」。
例えば相手が初対面の人だとする。
それが会話であれば、難しいことではない。表面だけでも充分に成り立つからだ。当たり障りのないことを、並べればいいのだ。そしてそれが、日常生活の殆どであるのだ。
ところが、対話となるとこうは行かない。
まず自分が胸襟を開き、相手に自分を曝け出すことから始まる。そうしないことには相手の人も絶対に本音を言ってはくれない。対話とはそういうものだと僕は思う。


人と交渉する時。

その時、強い一念を持っているほうが勝つ。それはひとつの例外もなく。
以前こう教えてもらったことがある。
「自分より立場の強い人と交渉する時は、懐に刀を忍ばせて行くんだ」
勿論それは文字通りの意味ではない。それでは犯罪になってしまう。
「要求をぶつける時には、ヌラリと刀身を見せ、抜くぞ、抜くぞと迫ることだ」


仕事で、ある取引さんのところへお邪魔する。

価格の、交渉のためである。
昨今の景気状況もあり、うちからの発注数量も減っている。それでも頑張ってロット数を減らしながらも辛抱強く旧来の価格で納品して下さっている取引先さんである。
そして、その設定価格がもはや限界を超えるレベルに達してしまい、已むに已まれず部品の価格を値上げさせて欲しいとの要求が取引先さんから届けられたわけである。
企業というものは、どこまで行っても利潤を追求する集団である。損をすると解りきっている仕事は余程の事情がない限り基本的には行なうはずがないのだ。

その取引先さんの社長とまともに話をするのは二度目となる。
単価の値上げはすんなりとは容認することが出来ない。だがそれは端から理不尽な言い分であることは解りきっている。取引先さんに損をさせてまで発注する権利など誰人にもあるはずがない。
僕は、今日は思いきり胸襟を開き、独りその場に臨もうと決意していた。本音で話そうと。それしか手がないと思ったからである。
そして、その通りにした。

取引先さんの社長は、朴訥で信頼の置ける方である。口も決して上手くない。
僕は、初対面の時からその方に好意を抱いてしまっていた。
もし仕事を離れた時にお会いできたらきっと僕は父のように慕うことになってしまうような気がする。
だが、立場上、胸襟は開くものの即要求を呑むことはやはり出来ない。僕にも社命があるからだ…。


ところが今日。

社長は懐に刀を忍ばせていたのだ。


僕の頭の中には、この言葉がこだましていた。
------
ミイラ取りがミイラになる

【意味】
人を探しに行った人が、探されるがわになってしまうこと。
説得(せっとく)しようとした人が説得されて、相手の意見にしたがってしまうこと。
【ゆらい】
ミイラを取りに行った者が、帰れずに自分がミイラになってしまったこと。

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2006年3月18日 (土)

自由とは

自由とは、遊ぶことではない。
自由とは、浪費することではない。
自由とは、時間があることではない。
自由とは、休日が多いことではない。
自由とは、気分のまま気ままに生きることではない。


自由なのか不自由なのか。
受け身になったら、どんなに自由な環境でも不自由な自分になる。
攻めていけば、どんなに不自由な環境にあっても自由な自分になれる。

自分自身を支配できることこそが、本当の自由である。
賢者は心の自由人、愚者は心の奴隷である。

力があれば、自由になれる。
スポーツでも、音楽でも。
自由自在にプレーする為には、実力が必要である。技術が必要である。
その為には、自分を不自由な立場においても懸命に練習しなければならない。
苦労と相反して、自分のしたいことだけをやっているのは自由ではない。
それは、放漫であり、我儘である。

勿論、逃げる自由もある。
しかしそれは小さな自由だ。
最後は、何の力も無いひ弱な自分になり、行き詰まり、最大に不自由な人生となってしまう。

自分は何をしようと自由だ と言って苦労から逃げても自分自身からは逃げられない。
自分の弱さや性格、宿命からは逃げられない。
それは、自分の影から逃げられないことと同じである。


苦しみは、逃げれば逃げるほど追いかけてくる。犬のようなものである。
だから、立ち向かうしかない。
人生とは、最終的に無限の自由を獲得する為の戦いである。


これは全て、僕の師匠から戴いた言葉である。
頑張れ、負けるな と。

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2006年3月13日 (月)

学ぶということ

自ずから予習して自ずから講義を聴いて自ずから復習する。
このステップを踏んで初めて学んだことが自分の血となり肉となる と教えて貰ったことがある。


だから学ぶということは単に頭の中に知識を詰め込むということではない。
好きだろうが嫌いだろうが美味かろうが不味かろうがとにかく何でもまずは一度目をつぶって飲み込んでみる。
そして自分の中でグチャグチャに消化して、そしてその後に出てくるものを自分なりに表現してみる。自分以外の誰かに、それを伝える。
それは飲み込んだ知識を自分の中で再構築する行為である。

その上で実際に、自分の表現で伝えることが出来たもののみこそ、自分が学んで得ることの出来たものの全てであるのだと。
それが本当の意味で学んだということなのだと。


それは音であろうと言葉であろうと、何であろうと。
それは変わることのない普遍的な真実である。


それは自発能動の姿である。
何かを学ぼうとする以上、受身になってはいけないのである。
何故ならそこからは何も生まれてこないからである。

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言葉に出来ない

こんな光景を目にする。


バス停。朝。
なかなか来ないバスを待っている様子の10代とも見える若い女性。だが、母親である。

一見しただけでまだ1歳にもならない乳飲み子を抱きかかえている。
気付かれないように僕はそっと観察する。何故なら余りにもその赤ん坊の瞳が気になったからだ。
着せられている服装から男の子に見えるその赤ん坊は、鼻水が乾いて鼻の下がガビガビになっている。そして風邪をひいているのか小さく咳をしている。だからだろうかどこか、虚ろな瞳をしているように僕の目には映る。
そしてその彼女の足元にはお兄ちゃんと思しき男の子が母親の太腿を軸にしてぶら下がって遊んでいる。

こんなものはどこにでもある光景だ。


でも、彼女はイライラしている風でもないのに大きく僕の想像を絶する行為に出る。

煙草に、火を点けたのだ。


そんな母の行為を兄は、気にもしていない様子だ。
でもそんなちょっとした振る舞いを見るだけで、彼女の生活が垣間見えてしまうと感ずるのは僕の傲慢さであろうか。


だが、少なくとも抱かれた赤ん坊には、抵抗する術も何も与えられていないことだけは間違いない。
ただ、小さく咳をすることのみを除いて。


どなたか、僕に教えて下さらないだろうか。
僕は、この気持ちを一言で言い表せる日本語を知らないのだ。

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2006年3月 7日 (火)

モード切替

人の前でまともに歌うのは昨年5月以来である。


今回、一週間前に思いがけずお誘いを受け、一人で演ることになった。
ただ問題が少々あった。声が出ないのである。
確かに、風邪気味のような気もするし、花粉症でもある。耳鼻科にも全然通えてない。鼻の状態がどうにも芳しくないのである。
だがそんな諸症状よりも一番困ったことは…声の出し方を忘れてしまっているようなのだ。

とりあえずやると決めてから自宅で一人でリハをする。チビ達がいないときを見計らって。コッソリと。
でもあまり大きな声は出せない。何故なら時間も時間でまた自宅だから^^
あそこの家から変な時間に奇声が聞こえる などという噂が近所で立ってしまってはたまったものではない。僕はあくまで常識人である。
ま、子供の奇声は日常茶飯事ではあるが。

そうするうちに焦ってくる。高音も出ないし伸びもない。
俺ほんとにレノすけか?うっかりしてるうちにもう歌えなくなっちゃったのか? と段々自信が脆くも崩れ去りそうになってくる。
そしてそれは本番当日まで続く。まるでそれは野球選手が自分の打撃フォームを忘れてしまうかのような完全なスランプ状態である。


そして当日。
朝。僕は祈る。人間ここまで来たらもう祈るしか手はないのである。
そしてふと思い出す。閃いたというべきか。

あ。
アレをやってなかった。そうだ。モード切替のためにライブ前にやってたいつものアレ。なあんだ。そうじゃん。
で会場に向う車の中で実行してみる。二度、三度。どうだ?いけそう?
で、うふん(咳払い)。
軽く歌ってみる。 …出た。

うん。納得のいく僕の声だ。高音も出る。
僕という奴は調子のいいもので声が出た途端に胸の奥からやってやろうという自信が溢れて出てくる。


人前でやる以上僕はこのような状態で臨まないと申し訳なさが先に立ってしまい、結果何に負けるよりもまず先に自分に負けちゃうのである。そんなんでいいものが出来るわけがない。
他の人がどうかは知らない。ただ僕は、自分と勝負している状態でなければ人の前に立っては絶対にダメなんだ。
モチベーションはとうの昔に出来上がっている。要は、テンションの問題だ。緊張感とは…少し違う。
だからピリピリしている本番直前にテンションの下がるようなことを囁く奴がいると僕は張り倒したくなってくるのである。


えー選曲?
ああ、今回は新レパを取り入れました。
徳永英明のアレと小田和正のアレとジョンのアレと(ジョンは外せない。だって僕は自他共に認める三重県のジョンなのですから)。
しめて3曲、時間にして約20分。この僕が^^喋りも織り交ぜながらたけスンに借りっぱなしのアンプにギター繋いで一人でプチ・ライブ、やりきりました。

また出来たじゃん、俺。頑張れ。

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2006年3月 5日 (日)

羨む=心病む

僕が発奮する理由のひとつは、あの人のようになりたい と思うことだ。


今日僕は「羨む」という言葉の原義を知って少々(いや大いに だ)驚いた。

「羨む」とは「心病む(うらやむ)」ことなのだそうだ。
例えばあの人のようになりたいとの思いが高じて、心が病気になることをいうのだと。


僕は30歳になった時に大きな心境の変化を経験して以来、人を羨むことが全くなくなった。文字通り全く である。完全に無くなった。
思い返せばそれまでの僕の人生は、嫉妬と挫折の繰り返しだったように思う。

変わりたい、でも変われない。
逃げたい、でも逃げられない。
僕はその理由を自分を取り巻く環境のせいにして、変われない自分を正当化しようとしていたのかもしれない。
そんなことが無限に続くスパイラルループのような人生に絶望しかけた時もあった。
簡単に言うと、堕ちたらとことん堕ちて行く超ネガティブな人間だったわけですな。全く情けなかったぞ。俺という奴は。


そしてもう一度書く。
今僕が発奮する理由のひとつは、あの人のようになりたい と思うことだ。

これを言葉尻ではない僕の奥底の本音を書くとそれは、その人が見、聞き、そして感じている世界に僕も到達したいという思いだ。その人と同じ景色を見たいだけなのだ。
だからそれは羨望ではなくもちろん嫉妬でもない。
それは強くなりたいと願う切実な思いから来ているだけだ。

「幸福は、自分自身で決まる。自分の心で決まる。強い心を持てば、景色が一変する」
今日そう教えて貰ったからだ。

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2006年3月 3日 (金)

武士道

ある人に電話をする。昨年以来1年以上ぶりのこと。


お互い疎遠になっていたその間、僕の方から何度も連絡しなければ と思っていた。
いや、何か違う。それでは自分自身ですっきりしない。何故ならそれは僕の本音を隠しているからだ。
勿論、最初はそう思っていた。連絡しなきゃ と。
でも本音を言ってしまうと、忙しさに感けている内に徒に月日が流れいつしか連絡するきっかけを失ってしまっていたに過ぎないのではないか。と自問してみる。

で自答する。やはりそうだ。どう考えてもそこに行き当たる。情けないけれど。どうしても認めたくないことだけれど。
理由を並べれば過ぎ去った時間の分だけ出てくる。きっと幾らでも。でも所詮それは言い訳だ。
要するに僕は、自分の弱さを都合よく何か別のものに責任転嫁しようとしているだけだ。


でもこの現状を何とか打破したい。このままではいつまでたっても永遠に平行線を辿るだけかも知れない。
結論は分っている。待っていても何も変わらない。
あとは勇気だけだ。今の僕に必要なことはその人に電話なり何なり連絡を取ろうとする僕の勇気を出すことだけだ。

だから思い切って電話してみようと決意する。そしてまず詫びるのだ。
こういう時、案外、相手の人は別に然してどうってこともなかったりする。「ああ、久しぶりだね」って大抵の人はそう言ってくれる筈である。
でもこれは(何というか相手の方には甚だ申し訳ないことではあるが)極めて僕自身のみの問題だ。何故ならそれは僕個人の感ずるその方に対する仁義と礼節とに関わることだからだ。そしてこれは相手の方がどう思っていようと僕としては誠に申し訳ないことであり且つそれは僕自身が解釈する武士道であるからだ・・・。

ここまで思うに至るとこれはこれで何だか妙に納得しそうになってしまっている自分がいる。
勇気を出すことでそれを吹っ切りたいと思う自分自身に対して。
だけどもう一つ何かが喉の奥に引っ掛っているような気もする・・・。


悶々としているともう一人の自分が胸の奥からこう囁きかけて来る。
ほら来たぞ。引っ掛りの原因はこいつだ。厄介なのはいつもこんな時に現れるもう一人の俺だ。


お前・・・何なんだよ。調子のいいことばっかり言いやがって。
お前相手の人の気持ち考えたことあるのか。自分の都合だけで放ったらかしにしやがって って思ってるかも知れないんだぞ。
それをゴメンの一言で簡単に済ますのかよ。
そうやって今まで何人も何人も傷つけてきたんじゃないのかよ。
この際はっきり言ってやろうか。
お前、自分が傷つきたくないだけなんだろう。楽になりたいだけなんだろう。


・・・・・・。

・・・・・・。


うーむ。痛い。
我ながら痛いとこ突くなあ。


こういう時、僕は本当に苦しいのである。
そして自虐的になりかける。
どうしようもなく自分を卑下したくなる。


で、ここまで来てしまうと途端に僕は開き直る。そう挙げ句の果てに^^;


しゃんないじゃ~ん。過ぎたことは過ぎたこと~。今さらどうあがいても変える事なんか出来ないし~。

ってね。
だってこうでも思わないと人間生きていけないよね。
だから今からが大事なんだよね。
最近、僕は努めてこういう風に考えるようにしているのです。
さするに僕という人間は何といい加減な奴なのだろう。
でも本当に今さらうじうじ悩んでもしょうがない。
今回は、勇気を少しだけであるにしろ出せたんだ。それだけでも、一歩前進じゃんね。


とにかく、生きている以上俺は前へ進むしかないんだ。いつまでも立ち止まっていてばかりじゃ気付かぬ内に俺は老いてしまうんだ。
だから俺よ、今からが大事なんだぞ。
とにかく、出来ることは出来るうちにしとかないとダメになっちゃうんだぞ。
いいかもうここに書いちゃったぞ。だからよもや忘れるなよ。


・・・と自分で自分を励ますのであります^^;
情けない俺よ、俺に負けるな、頑張れ。

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2006年2月 4日 (土)

環境問題を考える 2

僕は目が悪い。

目つきではなく視力です勿論のことですが。
自慢ではないが視力は両目裸眼で0.05を切っている。
その理由は幼少の頃から勉強一筋に打ち込んできたことにある。

視力が悪いということは、考えてみると大きなハンデである。
ずっと以前にテレビか何かで「目が悪いっていうのは片輪(かたわ)と同じだ」という差別発言とも取れる暴言を耳にしたことがあるが、ある意味強ち的外れでもないな と思う時もある。

別の見方をすると、視力が良くないということは、見えなくてはならないものが見えないという何とも不便な点がある。
その代わりまあ、見なくてもいいものは見ずに済むという利点もあるにはあるが^^


風呂で頭を洗う時のこと。
うちは詰め替え用のシャンプーとリンスを奥さんが購入してくる。詰め替え用の包装容器からポンプに入れ替えて使用するのである。
それはどこの家庭でも当たり前のことであると思う。
しかし難点はその容器の区別が非常に付きづらいのである。シャンプーとリンスの。
ポンプの大きさや色が違っていればまだしも困ったことにうちは瓜二つの容器が並坐しているのである。
この時どういう現象が起こるかといえば想像に難くないでしょうが間違えるのである。シャンプーとリンスを。
何だこれ泡立ちの悪いシャンプーだなもしかして俺の髪物凄く脂ぎってるんかなしかしいい匂いのするシャンプーだなあと思いつつリンスで一生懸命シャンプーをしたり、三度目のシャンプーをしたりして結果髪パサパサになってしまったりするのである。

こんな時に僕は何故かこう思ってしまうのである。「あ~ゴメン」と。
何ゆえゴメンか?自分でもよく分からない。大体何に対して謝っているのだ。使命を果たすことなく流されてしまうシャンプーやリンスにか?
シャンプー製造会社にしてみればそれだけ消費が早く進むわけだからそれは売り上げの貢献に繋がり結果利益となる。だからむしろこれは製造者側や経済の発展から鑑みるともしかして推奨される事なのかも知れない。
しかし、咄嗟に(あー勿体ないことをした、だからごめん)と思ってしまうのは事実でなのである。

実は、今日もやってしまったのである。三度目のシャンプーを。
いや、やりそうになったというか。掌にぎゅっとその溶液を落とした後に気付いてしまったのである。だから余計に罪が重い。
えーとあのー・・・それは罪になるのか?いや、やっぱりそうだ。
何故なら僕はそれを無情にも使うことなくシャワーで流してしまったからだ。


ここで話は途轍もなく飛躍するが、ちょっと前にこんな話を聞いた。
環境問題を根本的に解決するたった一つの考え方がある と。
その人の話の要旨はこうだった。


---------------
詮ずる所、現代に生きる多くの人がこの発想に立てば環境問題はいっぺんに解決する。
その発想とは「目の前に存在している全てのものが生きていると考えること」である。
---------------

一聞しただけでは甚だ突拍子もない飛躍した発想のようである。
しかしこの言葉はストレートに僕に突き刺さり貫通しその上その刺し口から染み出る毒のようにジワジワと効いてきた。


よくよく考えてみると、存在する全てのものはミクロ的にいえば元素から構成されているのである。
またそれをマクロ的に見ればその元素とは宇宙を構成する元素以外の何者でもないわけである。
動物も植物も空気も水も有機物も無機物も地球も宇宙も。根本は同じ様に生きていると捉えるのである。
植物など例えば農業では栽培中の植物に音楽を聴かせると実際に美味しくなるのだという話は良く聞く話である。それは音波や振動などから計測される科学的根拠があるのかも知れない。しかし所詮科学が自然界の多くの法則をいまだ全て解明しているわけではない。

実際、例えば僕がある音楽を聞いて気持ちいい心地よいと感じる時の心の動きなど絶対に科学などに解明されてたまるものかとすら個人的には思う。科学を否定するつもりはないけれどそれで気持ちや感情の全てが解明できる筈はないと思うだけなのである。


要するにマクロ的にもミクロ的にも根本は同じであるわけであるから、それらを自分の一部なのだと気付くことが重要なのだと。
また、その一部が自分なのだと。
そしてそれらの全てが何らかの使命を持って互いに関係し合い意味があってそこに存在しているのだと。

然るに感情を持たないものが生きていないと思い込んでしまうとは余りにも傲慢で非合理的な考え方になるわけである。それも自分の一部であるのだから。
となると僕が一日に約一箱空ける煙草もそれを揉み消す灰皿も歩いているこの道も僕の一部となるわけだ(例えばの話です)。
それならばじゃあ地面に向けて煙草を投げ捨てることが出来るか?ちゃんと吸殻を入れて貰いたいと思っている(かどうかはさておき)灰皿君にその吸殻を入れずに路上で踏みしだくのか?それを自分の一部の上で?
えー、これは自分の名誉の為に言っておきますが僕はマナーも携帯してますのでそんなことは絶対にしませんので念のため^^例えばの話です。

んー、まあ煙草の話はさておき、シャンプーです。
この発想に立つと、途端にシャンプー君が愛おしく思えてくるのです。
「あぁ~僕出されちゃったよ。この人いっつも間違えちゃうんだから・・・」とぼやくシャンプー君の声が聞こえてくるような気が・・・しないけどね。


ここで間違えないでおきたいことがある。
僕達は現代の社会に生活しているという事実を無視してはならないということである。
その意は、生きている以上何かを消費することは避けられないということである。
局地的に見ればの話だけれど現代の日本で経済的生活が営めなくなった時、それはやはり尋常ならぬ非常に悲惨な事態となる。
だから、何かを消費するということ自体に罪があるのではなく、必要以上に無駄に消費してしまうことに罪があるというのである。

極端な話例せばお釈迦様だって一切衆生森羅万象に生命を覚知した仏の身でありながらそれでも生ある生身の肉体を維持する為に何かを消費することは事実だったのである。
ただそこに、それが必要なのかそうでないのか という判断基準は世尊は間違いなく持たれておられたに違いない。
実際、弟子に「命を大事にしなければならないことはよく分かりましたが、じゃあお師匠様、あなたが道を歩くだけで地面の上を行き来する沢山の虫を気付かないうちに踏み潰しているかもしれないではないですか」との問いかけに対し、釈尊は「確かに言われてみればその通りだ、これからは気をつけて注意して歩くようにしよう」と答えている。
これは生きていく上で誰しもが直面するどうしようもない矛盾を端的に表したエピソードであると解釈できる。

そういう視点に立って考えてみるに、例えば冬場毎日寒いからエアコンやファンヒーターを点けるという行為はこれはもしそうしなかったら間違いなく我が家族特に幼子は凍死してしまうのだから必要なことになるわけである。
石油が高騰しているこのご時世に誰だって無駄な出費は避けたいが生きていく上で之は已むに已まれぬ行為なのである。だからこれは必然的に必要なものと分類される。
すると今日の僕はシャンプー君を無駄にしてしまったということでひとつの過ちを犯してしまったということになるのである。僅か数ccのシャンプー君の果たすべき役割や存在価値を無駄にしてしまったという意味で。
それで心が痛んだのに違いない。と思う。いや思いたい。


えー・・・。何が言いたいのかって・・・別にこれ以上でもなくそんだけなんですけど・・・。すみません。

ここまで辛抱強く読んで下さった奇特なあなた、お疲れ様でした。下書きも何にもなく書いてしまったひとりよがりの駄文、大変に失礼致しました。
目が悪いことで風呂場で偶然出くわした事から環境問題に発想が繋がりつらつらとこのような駄文を垂れ流してしまう僕はやはりある意味で行き当たりばったりな人間なのですから・・・どうかお許し下さい。

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2006年1月22日 (日)

朴さんのこと

バブルの頃うちの会社は輸出の仕事が非常に多かった。


その頃僕は営業。輸出担当の部署で仕事をしていた。
僕の担当エリアはアジア。韓国や、中国。
短期間ばかりであったが何度も両国に海外出張をした。特に韓国。
ソウル、釜山、仁川、大邱、亀尾、慶州、全州、光州・・・殆どの都市に行った。冬ソナの春川を除いて^^
今と違い韓国がまだその都度ビザを取らなければならなかった時代。観光だろうと就労だろうと。
年間20回以上も行き来していたからあっという間にパスポートのページが足りなくなって、増補という制度があることもその頃知った。
そして韓国市場を逐次モニターする為の現地駐在員として、朴さん(Mr.Park)という人を会社は採用した。


朴さんはいわゆる転職組である。務めていた会社を一旦を辞め、外国の企業に就職するというそのバイタリティ。
いまだに僕はそこまでの思い切りを一度も持つことが出来ないでいる。
しかも朴さんはその時、日本語のにの字も喋ることが出来なかった。その代わり英語は達者だった。

入社後、半年間朴さんは日本で研修を行なった。母国に妻と幼い娘を残しての単身赴任である。
同じ部署ということで行きがかり上当時独身の僕が朴さんのプライベートの面倒を見ることになった。
朴さんは僕より丁度10こ上。誠実で、真面目な方だった。
前述の通り朴さんは韓国語と英語しか喋れない。僕は日本語しか喋れない。
こういう時、どうコミュニケーションをとるか。
やはり、英語である^^;
気持ちさえあれば、片言の英語でも結構意志の疎通は出来るものなのだ。


オフの日に色々遊びに行ったりもした。
一緒に映画を見に行ったり。ターミネーター2とか^^
その時は気付かなかったのだが、映画を観終ったあと喫茶店で話をしている時、朴さんが日本語が読めないことに僕ははたと気付いた。要するに朴さんは日本語の字幕がさっぱりだったのである。
僕は大変申し訳ないことをしたと思い詫びたら英語は聴こえたから大丈夫とのことだった^^なるほど。取り越し苦労だったのね。


ある晩、帰り間際に突然朴さんがどうしても今夜一緒に食事して下さい と頼んできた。
あいにく僕は外せない用事があった。父の見舞いに行かなければならなかったのだ。
だから断ると、30分だけでいいんです、一緒にいて下さい と言う。
(しつこいなあ)と僕は正直なところ内心思ってしまう。何も今日でなくても明日でも別にいいじゃんか。こっちにも都合ってもんがあるんだ。
悲しそうな表情をする朴さんを尻目に、じゃっ と僕は踵を返してさっさと帰っていってしまった。


後日人づてにその日のことを知り、僕は猛省することになる。
取り返しのつかないかけがえのないその日を、何と無慈悲に僕は踏みにじってしまったのであろうかと。


その日は、朴さんの誕生日だったのだ。
たった一人で異国の地で迎える誕生日。
朴さんはきっと、国際電話で家族に電話をし、その夜を過ごしたに違いない。
どれ程、寂しかったのであろうかと。
僕は朴さんに対し何と申し訳ないことをしてしまったのだろう。


僕も子をもつ親となった今、ようやく僕にも朴さんの強さが身に沁みて解るようになってきた。
そんな朴さんは、今はもう連絡先すらわからない。
もしこれから先朴さんに会うことが出来たならば、何よりも真っ先に僕はその日のことを詫びたいと思う。

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2006年1月21日 (土)

悩み・祈り

ネットの向こうで悩んでいる人がいる。


どうにか手を差し伸べたい。がその手段がない。
近いようで、遠い。
詳しい状況も分からない。断片的にしか。
名前も素性も知らない。ネットだから。
ただ悩んでいるということだけは解る。痛いほどに。

現実的には何もしてあげられないのかもしれない。
だからそれは善意の押し売りだといわれかねない。偽善だと。何様のつもりだと。
そして激しく自問自答する。


しかしただ話を聞くだけでもしてあげたいと思う。出来ることならば。
だから祈る。
何もしてあげられないとき、祈ることしか僕には出来ない。


僕は弱くちっぽけな存在であるけれども、そんな自分を卑下してはいけないと教えて貰ったことがある。
それは自分を冒涜することなのだと。だから自分を信じるのだと。


こんな時にはいつもこの言葉を引く。


悩みとは

悩みがないことが
幸福ではない
どんな悩みにも負けないことが
幸福なのである


自分だけの幸福ではない
人を幸福にできる人が
本当の幸福者なのである


祈りとは

それはあきらめない勇気だ
自分には無理だとうなだれる惰弱さをたたき出す戦いだ
現状は変えられる
必ず

それは恐怖の破壊なのだ
悲哀の追放だ
希望の点火だ
運命のシナリオを書きかえる革命なのだ

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2005年12月31日 (土)

声は夢に通ず

声を出す。
これは意外と大事なことのようだ。

声とは自分の口から出た音声。言葉。
それが自分の耳に届く。自分の声を聞く。要するにフィードバック。ギターでもアンプを通してよくやるそれ。まあギターはどうでもいいけど。
で自分の声が自分にフィードバックされるとどうなるか。脳に響く。良くも悪くも。
つまりいい声、いい言葉は脳を活性化させる物質(セロトニンetc)を多く生み出すらしい。
逆に悪い言葉はそれを阻害する。それは愚癡やネガティブな言葉。
つまり苦しい時ほどポジティブな言葉を意識的に口に出した方がいいらしい。極端な話それは嘘でもいいらしい。
笑顔もそう。笑うと免疫力がアップすることは医学的にも証明済みのことである。楽しくなくても無理やりにでも笑顔になってみるだけでネガからポジに転ずる。
じゃあそれをして損か得かと言われれば元気になる方が良いに決まっている。


そう理解した上で目標や決意を口に出すことを考えてみる。人前で自分のそれを公言することの意味を。
ある側面ではそれはストレスともなり得る。
また一方では脳を活性化させる脳内化学物質のドーパミンの分泌を促す。そしてそれはやる気へと繋がっていく。
その場合公言する目標は大き過ぎても小さ過ぎてもいけないらしい。確率50%ほどが最もいいらしい。
簡単には出来ないけれど実現不可能でもない程々の目標。それが最も多くのドーパミンの分泌に繋がるらしい。
要は自らの意識で自分の脳を「できる脳」に変化させていく。
そしてそのキーとなるものは「自分の声」なのだ。


そう考えると夢を語るという行為は、自分を高める上でもとても大事なことになる。
とにかく口に出していくこと。そして出し続けていくこと。
そこにチャンスが生まれてくる。縁も出来る。色んなものがそこから拡がっていく。
夢や思いを自分の胸にしまいこんでいては何も生まれない。


「有言実行」と「不言実行」。
日本人は後者が望ましいと思われがちだけれど、夢を実現するためには医学的にも現実的にも実は逆なのだ。
だから声に出していく。声には力が間違いなくあるのだ。だからまず、声。
自分に対して遠慮していて何がどうなるものか。

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2005年11月15日 (火)

私は、剃る派。

堂本剛の正直しんどいにて熊田曜子談。


いつか書いたような気もするが、告白すると僕は風呂が嫌いである。
何より面倒だし、特に、冬場になると尚更である。
それほど汗もかかなくなるし、それより第一に、脱衣場が寒いのだ。

でも僕は煙草を吸うから髪に煙草の匂いがついてしまう。
それから歳を取ると共に髪の油分が多くなって来たような気もする。気のせいだと心から信じたいが。
でだから毎日髪を洗わなければならない。余程のことがない限り。
そうせねば翌朝の僕のヘアスタイルはどうやっても収拾のつかない物凄いことになってしまっているからである。
明日も、明後日も、誰にも会わないで良いならばきっと僕は間違いなく風呂を捨てる確信がある。

しかし名古屋の丸の内に通うサラリーマンたるものそうもいかないのでそれで仕方なく風呂場へ向う。
でも思い切って入ってしまうとさっき迄の逡巡などすぐに忘れてしまう。勝手なものだ。
入ってしまったからにはこの時間を楽しまなければ。と思う。
んー鏡で確認すると結構髭も伸びてしまっているな。剃らなきゃ。

僕はシェ-バー派ではなく剃刀派だ。シェーバーの充電池がイカレてしまって以来。
冷めた湯を追い焚きしながら髪を洗う。その間シャワーは出しッパだ。だって寒いもの。背に腹は替えられない。
湯が焚き上がったら浴槽の中で髭を剃ろう。肩まで湯に浸かりながらゆっくりやろう。

でさあと思ったら風呂場に髭剃りがない。
そして思い出す。


先週のことであるが、嫁が利き手である右手に高温の油をかけてしまいひどい火傷を負ってしまった。
だから家事はおろか子供のオムツを替えることすらままならないため一時避難という形で昨夜まで嫁の実家に泊り込んでいたのだ。
関係ないが一週間僕は嫁の髪を洗ってあげた。嫁は最初は美容院で洗って貰うと言っていたが、お金の無駄遣いである。僕が洗えばその分家計の足しになる。
まあそんなことがあって、プチ引越しをする際に嫁は非難用具一式の中に僕の髭剃りも入れていてくれたのだ。
そういえば、確かにあのミッキーの袋の中に入っていた。


さてどうしよう。
今更ビタビタに濡れた体で外に取りに行くなんて厭だなあ。
さっき上にあがってみたら皆スースー寝息立ててたしなあ。こんな深夜に寝ている妻を大声で呼ぶなんて情けないしなあ。
もう今夜は髭剃るのやめようかなあ。でも明日の朝なんて経験上時間が無いだろうから剃れそうもないしなあ。丸の内サラリーマンがこんな髭ボーボーで出勤するなんて世間体的に許されないしなあ。どうしようなあ。

ん・・・?あそこにアレがあるぞ?
あるにはあるけども?でもそれは?

・・・いいのか??


で、あまり迷うことも無くそれを使ってみる。
試してみると意外とこれが良いのである。
そもそも顎や頬に使うものではないのであるから設計が違う。だから角度が合わない。
しかしそれを除けばなかなかどうして結構な剃り心地である。

本当に良い感じである。
風呂上りなど僕の顎や鼻の下には元から髭など存在していなかったと錯覚するほどの剃り上がり具合である。


さすが男性用に設計されたものとは違うのだと僕は感心し同時にまたそんな素敵なプレゼントを偶然にも用意してくれた妻にも感謝した次第である。

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2005年10月24日 (月)

手がかり

物事には原因と結果がある。必ずある。
それは道理である。


いまの自分が置かれている状況について考えてみたとする。
その状況が望むと望まざるとにかかわらず である。

いま自分がどんな状況にあったとして、それは他の誰でもない自分自身の責任である。
幾ら周りのせいにしてもそれは全く意味がない。
人は同情はしてくれるかもしれない。「運が良かった・悪かった」と。
しかしでもそれは根本的には何の解決にもならない。
誰だって、ある時はバッサリ斬られないと解らないこともある。
自分のことは最終的には自分の意志と責任で決着をつけていくしかないのだ。


 過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ
 未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ
  「心地観経」


この言葉は常々僕の中の奥深いところへ、過去の確認と反省、そして未来への強く断固たる決意を促す。
それは凹んでいる時の過去の自分に対する言い訳や開き直りではなく、調子こいている時の自分が傲慢にならないように戒めておく為のものでもある。
今更過去はしょうがない。変えることが出来ない。
だがその時気付かなかったものを知ることは出来る。今の自分を見れば。
そして問題は、今と未来である。

いうなれば原因と結果とは、表裏一体である。
今という瞬間に、原因と結果の全てが倶わっている。
未来の原因と過去の結果。因果倶時である。

これは二千年も前に釈迦によって三世の生命の因果を明確に説かれた言葉である。
二千年も前から人間が根本に持つ悩みや迷いというものは基本的に何も変わっていないようだ。


マネジメントシステムの根幹は「PDCA」である。
Plan-Do-Check-Action である。
計画して、実行して、確認・反省して、見直す。その継続によりスパイラルアップを目指すのである。
だがPDCAを実行する前に一番最初にしなければならないことがある。現状把握である。

ビジネスの世界は、シビアである。
過程などは殆ど評価されず結果しか問われないといっても過言ではない。
好むと好まざるにかかわらず、今の社会というものは、自己の現状を把握し、改善し、良い結果を生み出していくために努力をし続けることの出来るものだけが勝ち残っていけるのである。企業も、人も。


翻るとそれは人生でも同じである。
ただ それは勝ち負けだけなのではない のかもしれない。

しかしでも、究極は勝負なのだ。
戦いなのだ。環境との。自己との。
勝負である以上、ならば勝つか 負けるかしかない。


ビジネスとは全く次元は違うが、自分という人間に対してもシビアでならなければならない部分というものは何がしか必ずあるはずだと思う。
自分をマネジメントしているのは紛れもない自分自身である筈である。
そうであるならば、自分自身を検証すべきタイミングというものが必ずあるはずだ。
人によってそれは一年に一度なのかもしれないし、毎日なのかもしれない。
西洋で生まれたマネジメントシステムという発想が、一歩下がって違う角度から眺めてみると東洋の思想に相通ずる部分があると気付く。


釈迦の説いたこの言葉は、自分という人間を知る手がかりとなる。
自分では最も解りにくい自分という人物について。

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2005年10月17日 (月)

随分後になってから、少年は自分のその思いを恥じたそうだ。


中学のクラスの中でも決して成績の悪い方ではなかった少年のもとを訪ねて来たのは、ひいき目に表現しても洗練された雰囲気を持つ人ではなく、逆にどちらかというとむしろ愚鈍な感じのする青年だった。
経歴を聞けば中卒という。
青年は、今日から少年の家庭教師的な役割をを受け持つことになったのだと自己紹介した。

そして初めて会うなり青年が開口一番何を言うかと思えば「一緒に勉強しよう。一緒に成長しよう」という思いもよらない言葉だった。
その時少年は正直、こう思ったそうだ。
(勉強しなきゃならないのはあんたの方じゃないのか?大体なんだ。見るからにあんたの方が頭悪そうじゃないか) と。
しかしそんな少年を責めることは出来ない。
誰しも、その青年に対しては同じような印象を受けるに違いないからだ。

それから程なくして青年の家庭訪問が始まった。
足繁く自宅に通ってくる青年を、少年は疎ましく感じた。
そういう感情を抱いてしまう ということ自体は、その時期の一般的な少年の持つ残酷さというものも確かにあったのかもしれない。
しかしそれ以上に、少年は青年の醸し出す愚直さから来る純粋さに嫌悪感を感じていた。
こんな大人にはなりたくない というような。

なぜそこまで疎ましがったのか。
それには理由がある。
青年は、漢字がまともに読めなかったのだ。


いつも教材として持参してくる新聞の切抜きを、青年が読み聞かせようとしていた時のこと。
新聞紙面にして二段ほどの僅かな記事を読み上げるだけで、実に小一時間程も時間を費やしていたそうだ。
少年は、うんざりした。
これだけの文字数なら飛ばして読めば3分だってかからない。普通に読んでも5分もあれば充分事足りる。
しかし漢字が満足に読めなかった青年は、難しい漢字が出てくるたびにつっかえつっかえ、読み上げるのに一時間近くの時間を要してしまっていたのだ。
その時はさすがに青年も申し訳なさそうにしていたそうだ。
「ごめんな。俺がもっと漢字を読めさえすればこんなに時間もかからなくていいのにな」
少年は愛想笑いをしながら「いいですよ、別に」と答えたそうだ。
だが内心では、彼を小馬鹿にし卑下している自分がいたことだけは否定できなかったそうだ。


何ヶ月かそんなことが暫く続いた頃、少年はいつの間にか青年があまりつかえずに新聞を読み上げていることが増えてきていることに気付いた。
そしてその理由を知った時、少年は愕然とすることになる。

ある時少年は、青年の持つボロボロの手帳を何気なく覗いてしまったことがあった。
その時、青年の血の滲むような努力を、少年は初めて知ったのだそうだ。


青年は、少年の家に行く時のためだけに読めない漢字を事前に調べ上げ、そしてその全てに読み仮名を振り、何度も何度も練習し、そして少年の家に出向く ということを誓いのように守り、そして実践していたのだ。
青年が受け持った、たった一人の少年のためだけに。

青年にしてみれば、自分よりひと回り近くも歳の離れている少年がすらすら読める漢字を、自分は満足に読むことが出来ない現実が、涙を流すほど悔しかったに違いない。

しかしそれをおくびにも出さず、正々堂々と、青年は努力をし続けたのだ。
それは誰の為でもなく、ただ一人の少年のために。


少年はその時、思ったそうだ。
僕はこの人には一生、逆立ちしても絶対に勝つことが出来ない と。


ともすると傲慢になりつつあった自分の命を、その青年は不器用すぎるほどの愚直さと誠実で、言葉で何を言うでもなく正してくれたのだ と後日少年は思い返し猛省する。


その少年は、今では人を導く立場に立っている。
今の自分が今こうして生きていられるのは、全てはその先輩のお陰です と、彼はことあるごとに胸を張って話をしている。

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2005年10月14日 (金)

なくしてはならないもの

あっ と思った。


いつもそれを僕はズボンのポケットに入れている。
かたん という音によってそれが床に落ちたのが分かった。
隣の人もそれに気付いたようだった。

車内が空いていれば何気ない振りをしてそれを拾い上げることが出来た。
しかし席はかなり混雑しており文字通り身動きが取れない状況であった。
靴の先で足元をまさぐってみる。だが何も触れる気配が無い。どうやら落ちた勢いで結構遠くに転がっていってしまったようだ。

葛藤があった。
そして一瞬、諦めかけた。
まあ、いいか。わざわざ無理して拾わなくても。そこらのコンビにでも安いものが売っていることだし。新しいものを買えばいいだけの話だ。


他人から見れば決して大した品物ではない。
大したものどころかむしろそれは傷だらけで半分ガタが来てうまく蓋が閉じれない状態にもなっている。
もし誰かがそれを拾ったとしてもまず間違いなくゴミになるだけのものだろう。

だが僕にとってそれが、疑う余地なく掛け替えの無い大切なものであるということをその時初めて実感している自分がいた。
それを買ってくれた時の妻の表情を忘れることが出来ないでいる自分がいたのだ。


程なく幸いにも隣席の同乗者が僕より先に席を立ってくれた。
それは僕が降りる筈のほんのひとつ前のバス停のことだった。
大袈裟ではなくそれは天から降って湧いた奇跡にも感じた。

そして僕はようやく自然に自分の席の下を覗き込むことが出来た。もう見栄や外聞など関係なかった。
何とか手を伸ばして届くところにそれは落ちていた。

何でもないような顔をしてそれを拾い上げることが出来た時、僕は不思議な感覚に包まれていた。
もし隣人や周りの目を気にしてそれをそのまま拾い上げることが出来ず、自分に嘘をついて捨て去ってしまったとしたら、本気で僕は一生後悔したことだろう。
無くして初めて気付くということは、本当にあるのだ。
無くしてはならないものが、誰にでもあるのだ。
はあっ とため息が出るほど、僕は心から救われた気持ちになった。


もったいない という言葉は、外国語に訳すことが出来ない日本独自の言葉なのだそうだ。
そして一番もったいないものとは、気持ちを捨ててしまうことなのだそうだ。

例えば、高校受験の日に母がこしらえてくれたお弁当を電車の網棚に置き忘れてしまったとする。
こういう時の「もったいない」とは弁当を失った無念さよりも母の「真心を失ってしまった申し訳なさ」なのだそうだ。

「もったいない」の表側は物質的損失を惜しむ気持ち。
その裏側には「形には表れない大切なもの」に馳せる感謝の気持ちと、それを無にしてしまった嘆きが一体となっている。
それが日本人独特の精神世界を形づくっているのだと。


本当にどうってものではない。

小さな携帯用の灰皿。
出かける時には僕はそれを肌身離さず身に付けて、そして今ではもう10年ほど使い込んでいるものだ。


それは決して物への執着ではない。
気持ち というものは、目に見えたり計ったり出来るものではないのだ。
ただそれを僕に贈ってくれた妻の気持ちこそが本当にもったいないものであることに、その時僕は気付いたのだ。


mottainai
mottainai

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2005年10月11日 (火)

ポンコツを回避する

最近は少しの間(通勤バスの行き帰り)座ってじっとしているだけで足の裏が無性に痛くなる時がある。いや時があるじゃなくいつも痛くなる。嘘はいけない。でも気持ち的には「時がある」にしておきたいだけなの。

しかしこれは一体なんなんだろう?きっと足が鬱血して軽いエコノミークラス症候群が起こっているのではないだろうか?
バスから降りて歩き出す時、「く~っ」とか心の中で言いながら、歩く。で暫くすると治まる。「ほ~ぅ・・・」て感じである。

でこれは足腰が弱っているに違いないと自己診断した僕は先週から何を血迷ったかスクワットを始めるようになる。
でついでに腕立て伏せも始める。
バランスが大事だからだ。

bodybuilding30


足腰の衰えといえば若い頃は(と言う時点でヤバいことはわかっている)ケッタ・マシーンにどれだけ乗っても平気だったのだけれど今はダメだ。
うちの団地は坂になっているので行きはよいよい帰りは恐い。立ち漕ぎなんかした日には翌日は腿たからふくらはぎにかけて完璧な筋肉痛だろう。


歳をとるにつけ体力の衰えは避けられない。

かく言う僕自身も気持ち的には20代後半ではあるのだけれど現実はかなり厳しいところに追い込まれている。
脳が少々来ていることは前に書いたが肉体的にはまず疲れが取れなくなった。翌々日まで。
若い頃は(今でも若いのだけれど)徹夜なんかしても全然大丈夫だった。
でも今もしそれをやったら(やるとして3000円位のユンケルと強心剤を同時に服用しなければならない)間違いなく一週間くらいは使い物にならなくなるような気がする。それはきっとまるでポンコツ・廃人状態だろう。


うちの子が先日丸二歳の誕生日を迎えた。
僕とは年回りが三回り違う。
我が家には未が三匹。
家族で同じ年回りが三匹揃うのは結構珍しいそうだ。なかなかどうしてこれは結構な福運らしい。ふーむ。


で。
彼女らは今が二歳だから、幼稚園か保育園に行き出すのが仮にあと2年か3年後として果たして僕は幾つになるのだろう。簡単だ。信じられないことだけれどもあろう事か四十路に到達してしまっている。
それで?小学校に上がるのが?何年後?4年後か?僕いくつ?厄年か?
・・・それから卒業するまで何年?

いや、気掛かりなことがひとつだけあるんです。
運動会のことです。あの父兄参加の競技です。
ケッタ・リング・マシーンに乗って筋肉痛になっているようじゃ情けなくてでもそれより増して駆けっこで足がもつれている父親の醜態を世間に晒して子供に冷たい眼で見られるのが怖くて父ちゃんは今からせっせと足腰を鍛えておくからな。せめて周りの若いお父さんに引けはとらない程度に。バランスもちゃんと考えるからな。

ハッピー・マンデーなる素晴らしいものが出来たお陰で10月の第二月曜は休みになっている。
これは中高年のお父さん方への配慮と僕は受け取っている。
ちなみにこれは公明党の実績らしい。ナイスだ公明党。いいぞ庶民・中高年の味方。
ただハッピー・マンデー?命名はどうなのだろう?ハッピー?か?
まあ運動会に出るのに会社休まなくてもいいからハッピー なんでしょう(笑)
ただ僕の様な中高年がこの秋晴れの日に運動会で走り回った翌日は正直言うと身体的にはアウトでしょうから、恐らくきっと虚弱な僕の場合は火曜日も有休を取り土日も併せて4連休となるでしょう。確実に。
となるとそれはそれでハッピーとはいえないかも知れぬ。


えー、でそうそうスクワット&腕立て伏せ。
こないだから始めたところ結果翌日腿・腕・胸・肉パンパンだった。
でも二三日したらもう良くなってるんだよねえ。いいぞ。若いぞ。
これって筋肉になってる証拠かなあ。まだまだ若い筋肉が作られてるってことかなあ。
・・・それともただの筋肉の炎症か?

でスクワット。30回越えた辺りから苦しくなってくるのですのよね。
31、32、33・・・と段々スピードが落ちてくる。
で37と来た時いつもあ!これ今の俺の歳じゃんと思うのですね。
今のところスクワット目標50回(笑わないで)なのであと13回。
38、39、40・・・はあ・・・あと10年(気付くといつの間にか単位が替わっている)。

でもここからが長いのですね。40からが。
でようやく目標の50歳に到達。真っ赤になりながら何とかこなして心臓はバクバク。息はきれぎれ。情けないけれどこれが今の自分の現状なのですな。


で思いました。
40から先は長いと(笑)
どうやら俺まだ人生折り返してもいないみたいな気がしてきた。
まだ間に合うぞ。まだまだポンコツにはなるまい。

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2005年8月27日 (土)

わけの分からない情熱

「『リーダーシップ』っていう意味を社長はどのようにお考えですか?」
僕は思いきって聞いてみた。

その時のシチュエーションは取り立てどうってことはない。
休憩時間に僕は煙草を吸いに外に出て行くのだが、そんな時たまたま社長とタイミングが合い二人きりになってしまい、天気がどうだとか向かいのビルの工事の進捗状況がどうだとか、そんなどうでもいい雑談の中から出た科白だった。


実は僕は常日頃から彼のリーダーシップに疑問を抱いていた。
人を不快な気分にさせる天才的な能力がこの人には間違いなくある。
基本的にまず否定から入る人だ。肯定しているような素振りを見せる時もないわけではないが、その実そんな時は殆ど話を聞いていない。対談する相手をコテンパンに論破してやろうという強い意志を感じるだけだ。
否定から入る人間を僕は絶対に信用しない。まず肯定があるべきだ。そうじゃなかったら「対話」が成り立つ筈がない。「会話」ならまだしも。
それから彼はプライドが高いからちょっとでも反論などするとたちまち激怒する。
でもそのくせ話をしていると言葉の端々から実はとても小心者であることが伺われる。
そんなタイプの人種だ。本質的に傲慢なのだ。

何故そんな話題を僕は振ったのだろう。
自分の周りにイエスマンばかり集めようとしている姿が余りにも目に付いて仕方なかったからだろうか。
いつか機会があれば吐き出してやろうと思っていたことは事実だ。そして今がその時と僕は直感的に感じたんだろう。


「スキルとマインドの関係についての記事を読んだんです。それはリーダーのあるべき姿を説いていました」
彼は一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような表情をした。
「それはどういう意味だ?何が言いたいんだ?」
「スキルは確かに必要です。でもそれ以上にマインドが重要だと僕は思うんです」
僅かな時間彼は目を泳がせてこう言った。「じゃあ君はマインドだけでだけで仕事が出来るとでも思っているのか?」
・・・食いついた。

「それでは逆にお伺いします。マインドなくして仕事が出来るとお思いですか?いい仕事が?」僕は反論した。
「それは・・・抽象論だ。実務をこなす時にそんな漠然とした精神論だけで今の大変な現状を乗り切ることが出来るとでも思っているのか?」
自分の体がブルブルと震えてくるのが分った。ヤバイ。俺キレそうだ。
平常心だ。落ち着け。この状況は想定の範囲内じゃないか。
僕はゆっくり深呼吸し、そして長い間溜め込んで一度はグチャグチャになってそれでも尚心の奥底に積もり積もっていたその言葉を口にした。

「はっきり申し上げますと、僕はあなたのリーダーシップについてずっと疑問を持っているんです」


途端に彼の顔色が見る見るうちに変わっていくのがはっきりと見て取れた。
ああ遂に・・・僕は遂にその言葉を口にしてしまったんだ。これを口にしてしまった以上もう後戻りは出来ない。今更後悔しても遅いぞ。
だから僕は矢継ぎ早に言葉を連射した。それは自分でもビックリするくらいスラスラと口から滑り出た。その中には今この瞬間に思い付いた言葉もあった。
「仕事って、その人の持つマインドのキャパ以上のものは絶対に出来ないと思うんです。だから部下にいい仕事をさせようと思うならばリーダーは部下のマインドを向上させる努力を常日頃から行ない続けなければならないと思うんです。それがリーダーに絶対不可欠な資質だと思うんです。少なくともあなたが一分でもそんな考え方を持っているならばそれは振る舞いとして顕われてくる筈です。どうひいき目に見ても僕はあなたにそれを感じることが出来ません。大体、一社員にここまで言わせてしまったあなたのその普段からの横暴で傲慢な態度に僕はもう我慢がなりません。自分の考えを押し付けるばっかりで人の意見など端から否定的な扱いばかりする」

ここで一度言葉を切って、そしてもう一度深呼吸して僕は最終的に用意していた言葉を言い放った。
「あなたはビジネスマンとしては優秀かもしれないけれど、経営者・・・いやリーダーとしては失格だ!」


え~・・・。
この物語はフィクションです(笑)

・・・今日仕事中にメチャ腹立つことあってさ、だからこんな妄想をするに至っちゃったのさ。
はあぁ俺大分溜まってんな(苦笑)


『この人についていこう』って思わせてくれる上司というかリーダーに飢えてるんだな^^
昔は、いました。うちの会社にも。そんな人が。
でもその人はリストラがあった時に反体制分子として切られちゃったんだ。実力も行動力も牽引力も並外れたものを持っていた人だったのに。だからこそ逆に経営層からは疎ましがられてたのかもしれないけれど。
送別会の時、僕は男泣きしながらその人に抱きついたんだ。「あなたのことが好きです」って叫びながら。酔っ払ってた勢いもあったけれど^^;
後にも先にも男に抱きついたのはその時だけだったな^^
リーダーシップ論


なんかさあ。
俺持て余してるんだ。
わけの分からない情熱をさ。

もう寝ようっと。

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2005年6月22日 (水)

距離(ディスタンス)

都会は決して 人を変えてはゆかない

果たしてそうだろうか。
都会は、やっぱり人を変える。と僕は思う。
この頃のさださんの詩には、少し抽象的なところがあって、まるで都会を擬人化し過ぎているように僕には取れる。都会に肩入れしすぎなんじゃない?と。さださん、ごめん。
でも恐らくこの詩には、僕のような凡夫の浅はかな思いとは異なるもっと深い意味がきっとあるに違いないのだろうけれど。
まだ其処まで行けてません。いや・・・行けるかどうかも^^;


都会は決して 人を変えてはゆかない
人が都会(まち)を変えてゆくんだ
人と人との距離が 心に垣根を
静かに刻み始める

もうそろそろ帰ろう 帰らなくちゃいけない
僕が僕でいるうちに
もうそろそろ帰ろう 帰らなくちゃいけない
君が君で いるうちに

 詩 さだまさし
 (一部のみ抜粋)


四日市の片田舎から名古屋の丸の内に職場が変わって三ヶ月が経った。
石の上にも三ヶ月の思いで何とか踏ん張ってきた。
あれ?石の上は三年だったっけ?まいいや。自分の中では三ヶ月は一つの区切りの目安だったから。

で三ヶ月経ってどうだったか。

どうやら僕は、変わりつつあるようだ。
別に、都会のせいにするわけじゃないけれど。

いま僕のいる場所は、三重県とは空気も違うし、第一人が歩く速度が違う。いつの間にか僕も、随分早足になってしまった。


知らず知らずのうちに、自分が最も望んでいなかった環境に置かれてしまっていることがある。
今の状況が、そうならないように。毎日踏ん張ってるけれど。
でもうっかりすると大事なものを持っていかれそうになる。

毎日、苦しい。
でも苦しいと感じれることがまだ幸せなのかもしれない。
イタミは始めのうちだけ。慣れてしまえばダイジョウブ。
そうなってしまったらきっともう僕はダメだ。


わかっているんだ。
現状維持をしようとしている程度ではぬるいんだ。
少なくとも、前に進もうとする以上は。

だって少しでも成長したいもの。
僕という人間はいつまでたっても未完成なんだもの。

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2005年6月 9日 (木)

エネルギーの素

例えばあることでカチンと来たとする。そして「くそっ」と思う。
そうすると、アドレナリンかドーパミンかエンドルフィンか何か分からないけど^^確かにナニかが全身を駆け巡る感覚がある。
頬は紅潮し、汗が出てくる。それは決して冷や汗ではない、熱い汗だ。


以前に会社の上司とモメたことがある。大いに^^
二人で出張し、そしてお客さんと打合せをしていた時。
突然、そいつが僕に対しあまりにも理不尽な事をほざいた。
僕の書いた図面のほんのちょっとした矛盾をことさら大袈裟に指摘し、これだからなにやってもダメなんだと。お客の前で僕に赤っ恥をかかせようとしているのが見え見えだった。
そして、そいつとおでこを突き合わせて、文字通り鼻と鼻をくっつけるところまで行った。お客の前で^^
僕は手にしていたペンを床に思い切り投げ捨て、そいつに向かって「もうやっとれんわ!」と言い残してその場を立ち去った。

そこまでに至るきっかけはそれよりずっと以前に遡る。それはごく些細な事から始まった。
それをいちいちここで書いても仕方ない。
ただ、それ以来何かにつけて僕に対してネチネチと意地悪チックな仕打ちをする様になったのだった。そう。完全なイジメだった。
そいつは僕の直属の上司だったから、僕に逃げ場は無い。何度辞めようかと思ったことか。


そして前述のように、ついに僕が爆発する日がやってきたのだ。
ただ僕は、その時異様に冷静だった事を覚えている。
決して「キレた」わけではなかったのだ。状況的には明らかに僕がキレた風にしか取れないが^^
そう。僕はキレた自分を演じたのだ。それは用意周到に、僕の中で何度も何度もリハーサルを繰り返し、頭の中で完全にイメージが出来あがっていたことを僕は演じ切ったのだ。
今思うとなんて陰湿な、いやな奴だったろう。それはわかってる。
でもそれは僕の戦いだったのだ。追い詰められ行き詰まった状況を打開するための。


だからそのシチュエーションは、僕にとってはまさに絶好の機会だったわけだ。
そいつは僕を陥れようと浅はかな知恵でその状況に持ち込んだと思っていたのだろうが、蓋を開けてみたら結果は逆だった。
部下に取り残されて現場に置いてけぼりを食らったそいつ。赤っ恥をかいたのはそいつだったのだ。
飼い犬に手を噛まれたか鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていたのを覚えている。


そんなこんなで^^

エネルギーの素。
それは「怒り」。イカリ。
僕のバヤイね(^^)
ブチ切れキャラのカンニング竹山氏はどうか知らないからさておき^^


怒りとは怒ることじゃない。静かに、イカルことだ。
怒り続けるということは、実は物凄くしんどい事なのだ。
エネルギーを消費する。そしてまた、それがエネルギーの源にもなるのだ。


僕にとって、怒りとは。
自分が自分であるためのとっても重要なファクターなのです。

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2005年6月 7日 (火)

不思議な感覚 (完)

充分に予想出来ておりましたが。。。
昨日朝一に感じた心身に漲る不思議な充実感は半日も持ちませんでした。
午後にはすっかりいつものストレス全開モードに。

仕事とは。
かくも人の生命力を奪うものなのです。


男が楽しそうに仕事してると・・・なんかちょっと、ねえ^^ バカっぽいし^^;
でもしかめっ面でブツブツ文句垂れながら仕事をしている人には誰も近寄ってきませんから。
だから少なくとも、まあ程々元気にはしていたいと心掛けております。溌剌とまでは行かなくとも^^


ええと。
何が言いたいんだろうか^^;


あの感覚よ。
どうかまっぺん戻ってきてくらさい。
んー出来たら今度はライブの直前なんかに^^

そしたらきっとキレたステージになること間違い無いでしょうから^^

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2005年6月 6日 (月)

不思議な感覚

朝。
通勤バスを降りた瞬間。
妙な感覚にとらわれた。
今まで経験したことの無い感覚。

目に映るもの一切がストップモーションに見えた。
耳に聴こえてくる音。全てがクリアだった。
体が自然に動く。
頭が軽い。目がよく見える。

何なんだろう。

でもこれだけは解る。
頗る好い精神状態だ。


さぁてと。
仕事しよう^^

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2005年5月23日 (月)

感謝すること

昨日上の子が急に入院する事になった。

こういう時は途端に生活が慌しくなる。
そしてこういう時こそ、身内の大切さが身に沁みる。
世の中には家族だけでは乗り切れないことが本当に沢山ある。
それは、食事や洗濯など生活の雑多な事全てを含めて。

確かに、ストレスも多く圧し掛かる。
肉体的にも精神的にも…疲れる。
生きていると、時には思うように、いかない事の方が多い。


現代はストレス社会と言われている。
誰しもが鬱状態になり易い社会だと。
鬱という状態は、軽度ではあったが自分も一時期体験したから少しは解る。
確かに、ストレスが引き金にはなった。
そして自分の体験を通して得た答えがある。
それは、人はストレスと共存できなくなった時、ストレスとのバランスが取れなくなった時、
…ストレスに負けた時に鬱になるのだ。

ならばストレスのない生活を求めることが最善だろうか?平穏無事な?悩み事も何事もない?
でも、それは間違っている。

大体、今の世の中では無理だ。いや、それは今でなくとも昔から、1000年前だろうと2000年前だろうと何も変わらない。
だがそれは諦めではない。何故ならそれは人間社会であろうと、獣の社会であろうと森羅万象変わる事はないからだ。
いやむしろ獣の社会の方が人間のそれより数倍もストレスに満ちているのではないだろうか。それは当に己の生き死にに直結しているからだ。
自分が明日他の強い獣に喰われるかも知れないという感覚などいかばかりのストレスだろうか。

ストレスのない世界などない。
だからどうしてもそこに行きたいなら己の命を滅するしかない。灰のように。
例えしたとしてストレスや苦悩から解放されるとは僕は思わないが。
世紀末の時に流行したくだらない終末思想などその典型だ。
だから自ら命を絶つなんて、絶対に駄目だ。大体自分に対して無責任だ。自分の命から解放されるはずなんて絶対に無い。

ストレスのない生活など考えただけでぞっとする。
今の僕からストレスを取り除いたとしたら、途端に間違い無くボケることでしょう。確信があります。
ストレスがあるからこそ生きていけるのだ。錆びずに。
生きるということは、ストレスと共存していくことに他ならないのだ。


以前にこんな話を聞いた。
仕事や生活、色んな面で勝利を収めている方の体験。
特に、仕事面で。誰もが認める実証を示しておられた。
歳は僕より若い方なんですけどネ^^

その方は、総合病院のレントゲン技師をされている。
その方曰く「医療に携わる人なら誰しも同じでしょうけど、ちょっとしたミスが文字通り命取りになります。だから僅かな気の緩み、まあ油断ですね、それから手抜きは絶対に許されません。だから毎日職場では緊張の連続です。それは僕にとっての戦いです」と言われていた。
そしてこの方の凄いところは、それを飄々と語るところなのだ。苦労を表に出さない。
なんか、カッコイイ。

それで…その方は職場での仕事振りが認められ、病院長から表彰はされるわ給料もン万円アップするわ(@@)
僕などとは立場も状況も違うけれど、仕事に対する取り組み方や姿勢、それは誰しも大いに尊敬に値すると思う。


そんな彼の言葉。
職場でも、何処においても成功する秘訣が、たった一つだけあるって。
世間的に誰が見ても成功を収めていると言える人の言葉。聴いて然るべき言葉。
だから強烈に僕の胸に突き刺さっている。

「僕は今までたった一つだけ貫き通して来たことがあるんです。それは何事に対しても感謝するということを片時も忘れないことです」

例えば。
職場など矛盾だらけ。それは何処でも同じ。正論が通らない時もある。理不尽な事の方がむしろ多い。自分にとって不本意な仕事をする場合だってある。時には生活を犠牲にしたり、肉体的にも無理をする事もある。

そんな時。
どんな仕事をする時でも、その仕事に対して感謝する気持ちを忘れなかったと。
それは微妙な気持ちの持ちよう。心の奥底にある、ほんの僅かな心根のありよう。
そしてそここそに、自分の周りで起こるものごとに対して感謝するというファクターを常に保ち続けること。
二つに一つ。感謝出来るか、出来ないか。
「それ(感謝すること)を続けていくだけで、数年後には物凄い差が出来てきます。僕はそうして来ました」って。

そして最後にこう付け加えた。
「確かに職場では物凄いストレスがあります。でも昔の自分と、今の自分では感じるストレスの質や量は全く違うかもしれません。昔に感じていたものは今ではどうってことはありません。それだけ成長したんだなって思います」


やっぱり人間はバランスの生き物だ。
「ストレスを感じる心」と「感謝する心」。ふたつのベクトルは相反するような気もする。
だけど一つだけ確実に言えること。
それは両者とも自分でしか感じる事が出来ないものだということだ。
その物差しは、絶対に他人の目じゃない。自分の目だ。
自分で、決めて進んでいくしかないんだ。逃げずに。


いま目の前に立ちはだかる壁を破らないと、いつまでも壁の周りを右往左往するか後退するしかないもんな。
その壁の向こうに、見たこともない広い世界がきっとあるのに。


あ~・・・
お腹空いた^^
コンビに行って何か買ってこよう^^ ・・・パジャマで^^

恥かしげも無く寝巻きのままコンビに行けるなんて…オッサンになったな~俺も^^

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2005年5月12日 (木)

道の途中で(ON THE WAY)

リラ冷えの朝に旅立つ君へ
今迄の愛を込めて歌を贈ろう

君の道程(みちのり)は三叉路ばかり
迷って傷ついた時 思い出しておくれ

ON THE WAY
僕等はいつでも道の途中
ON THE WAY
喜びも哀しみも季節の様に巡り巡る

さよなら 君に会えてよかった
さよなら 君が好きでした


誰かの言葉や時代の嘘で
その微笑みや心を曇らせぬよう

君は君らしく生き抜いてくれ
僕は僕の通りに歩いてゆくから

ON THE WAY
僕等はいつでも道の途中
ON THE WAY
力の限りに時の流れを生きて生きて

さよなら また会う日まで
さよなら 君に幸あれ


さよなら 君に会えてよかった
さよなら 君が好きでした


 詩 さだまさし


【リラ(ライラック)】
リラ冷えとは、北海道でライラックが咲く頃の冷え込みをいう。
北海道では5月頃に、ライラックも桜も梅も、満開になるのだという。

僕が暮らすこの街で、桜がすっかり散ってしまった頃。
僕は、いつもこの歌を思い出す。


さよなら 君に会えてよかった
さよなら 君が好きでした

さよなら…僕の好きだったひと

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2005年5月 9日 (月)

苦労するから生き方もへったくれもない…

法事があった。
三月末に亡くなった嫁の祖母の四拾九日。


法事にまつわるこんな話。
以前にある人(年上だが相当の偏屈者)と話していて、こんな言葉を聞いてテンションをかなり下げられたことがある。
「いやね、僕法事に出るのが嫌いなんです」と彼。
「何で?」
特に悪びれる風でも無くヘラヘラと続ける彼。「だってね、僕、弟がいるんですけどね。こいつが出来が良くてね、いつも比較されるんですよ」
その彼は、40近いにもかかわらず定職に就かず、親と同居し日々を過ごしている。別に不具者とかそういう訳ではなく見た目も言動も至って普通の人間。いわゆるパラサイト。
だが困った事に仕事を長く続けられない。そして致命的に理屈っぽく、一番厄介なことに言動と行動が全く一致していないのだ。
「あぁそうなんだ…」あぁさっさと会話を切り上げたい。
「それでね、弟がしっかりしている割りにお前は何だ、と。親戚と顔を合わせる度にそう言われるんですわ、ハハッ」
(そら言うわな…俺が親戚でも)心で思っても口に出来ない。やたら理屈っぽいから思わぬ方向からカウンターを返して来るのが目に見えているからだ。こちらの言いたい事を言えない時ほど疲れるものはない。
そんな話をいい加減聞くだけ聞かされて、僕のテンションと生命力はガタ落ちしたのだった。
きっと彼の場合、一事が万事そんな感じなのだろうということは想像に難くない。
それ以来法事と聞くと彼の姿を思い出す。そしてああはなりたくないと自分を戒めるようにしている。これぞ反面教師。


少年時代、『台風クラブ』という映画を見たことがある。御存知の方も多いと思う。
いわゆる学園ものではあるが、普通は取り上げないような思春期に誰もが感ずる非常にデリケートなテーマに真正面から取り組んだ作品。強烈な印象として残っている。
そのデリケートなテーマとは…生と死、そして性。

全編を通して、何かこう…上手く言えないけど、汗臭さを感じてしまうような、息苦しいようなもどかしいような(なんだソレ^^)。そんな青春映画。ただ決して明るくは無い。それが恐いくらいリアルだった。
記憶に残っているシーンは幾つもある。中でも教師役で出演していた三浦友和が、法事かなんかの席で酒に酔っ払って普通の大人になってしまっているシーン。
生徒の前や普段学校では決して見せる事の無い、教師ではない只の大人の姿。だから弱音も吐く。そして情け無くカッコ悪い。生徒としては絶対に見たくない先生の姿。
監督の意図は分からないが、映画の製作者がどうでも良いシーンなど残す筈がない。僕の勝手な捕らえ方ではここが最も重要なシーンだと思っている。
その教師の生の姿を垣間見た生徒が、台風が去った翌朝、校舎の窓から飛び降りるのだ。頭から。
僕がその生徒の立場だったら、飛び降りはしないまでも恐らくは衝動的に何かしてしまうかも知れない…と思った。
子供とは、本当に真実を見抜くまなこを備えている。こんな映画を創り上げた監督は、子供の視点そして子供の心を持ち続けている人なのだと思う。

20年以上経った今でもこの三浦友和のシーンが時折蘇ってくる。カッコ悪いけれど、紛れもなく生活と格闘している大人の姿。
そして今、当に自分がその状況にあるのだと痛感している。
少年時代にこの映画を見ておいて良かった、と思う。少しでも客観的に自分を見る事が出来ているという意味で。これも反面教師。

割りと近しい人に対しては自分を虚飾する事も可能かも知れない。だけど身内だけは騙せない。生身の人間性を問われるからだ。しっかり見られている。身内に対し、格好つけようとする姿ほど滑稽なものはない。自身の振る舞いを通して裸で勝負するしかない。


最近こんな記事を読んだ。
短文ではあるが非常に感銘を受けたので、一部を原文のままここに転載します。

【ともあれ生き方の問題】
”(前略)全く、生きていることは苦労がつきまとうものだ。生き方もへったくれもありはしない。
(中略)私は小説を書く仕事をしているが徹夜はしない(できない)。
朝はとりあえず、掃除と洗濯をし、午後にはスーパーへ行って夕食の買い物をする。トイレは汚れていると思ったら、即、掃除。ゴミは溜めない。そうした心掛けで家の中は最低限の秩序が保たれるのだ。
生きるということは、そうした雑多な生活のあれこれをこなし、冠婚葬祭の義理を果たし、人に不快を与えない程度に身ぎれいに暮らすことに尽きる。…(後略)”
(宇江佐真理 第三文明2005年6月号より)


そうだ。
生きるということは…。
その通りなのだ。


普通に暮らし、普通に生きるということ。
それが実は一番の力技なのかも知れない。

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2005年3月27日 (日)

50年後

今年で37歳になる。あ、違う38だ(^^)鯖読んでも仕方ない。

歴史の節目を見る時、よく100年の単位で括られる。世紀という単位。
でも僕はコレはいまいちピンとこない。100年生きることが実感できないからだ。
だけど50年ならどうだろう。充分実感できる。

もっと近いところで例えば四半世紀単位でまず考える。今から25年後。2030年。

僕は63歳。生きてたら(^^) 勿論、生きてます。保証はないけど生きていたい。
嫁はんは5*歳。で、うちの娘らは26歳。いい年頃。僕はお爺ちゃんだ。もう定年迎えてる。うへ~マジかよ(^^)
もしかしてもう孫がいたりして。いてもおかしくはないな…。誰だうちの娘をさらってくどっかの太ぇ馬の骨は、一発殴らせろ。
年金受給条件はどうなってるか分からないけど、その頃僕は老後のことを考えているのだろうか。まさかまだリッケンバッカー抱えてる?それもいいな。


え~と、言いたいことは50年後。
日本も、世界も、間違いなく存在してる。それだけは否定できない。未来が無いものと想定するのは余りにも愚かだ。未来をまず肯定する。
僕は88歳。米寿だ。勿論生きてます。確実に第一線には居ないにしても。
僕達が今生きてるこの時代の風を、肌で知る人が生き残っているギリギリの時代がそこにある。
その時代を支えるのは、紛れも無くいま少年少女である世代の子供達。それからいまこれから生まれ来る子供達。
世代的には今、中学生や高校生をしている子供達の中からきっとその時代のリーダーが、国でいえば首相や国会議員をする子が出てくる。

僕達は、いま、彼らを後継者として育成する責任があるんだ。
そう、責任。
自分の子供を含めて彼らの生い立ちに対して善きもの残すを責任がある。


そんな心配しなくても誰かがやってくれる?

あの…それって幻想じゃないかな。


同じ世代の人より僕は不思議と地元の今の中高生と顔見知りが多い。教師してるわけじゃないけど。
みんな素直。カワイイ。
でも今の世の中は、ニュースや新聞を見てると、子供とまともに面と向って対話できない、しない、しようとしない親が育てた子供が多い、溢れてると感じませんか。
それって誰かの責任なの?違うよな、親だよな。やっぱり。
絶対に子供の責任じゃないんだ。
だから幻想にダマくらかされちゃダメだってこと。

もちろん一生懸命子育てしている沢山の親御さんを否定するつもりなど全くありません。
僕は、今こそもっともっと親同士の横の繋がりを、余りに希薄なこの繋がりを、泥臭く築いていきたいな、と思う一人なだけです。
実行に移しますよ~(^^)

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2005年3月12日 (土)

黒船

「人間っていうのは外部からの圧力がないとなかなか動けないものなんですよ。それは企業でも同じです」 以前にある人からこう言われたことがある。
その人とは取引先のお客様の工場長。クレーム処理の用件でお邪魔したのだが、話が終わったあと雑談になり、その時に飛び出した言葉。その方が言いたかったことは、今回のクレームの真因は要はうちの会社が品質ISOを取得していない為に起こった不適合だと。それは物理的なエラーじゃなく人的エラーだと。だから品質ISOを取ってくださいね、ISOというものは外的圧力な訳ですよ、ISO取得してピリッとして下さいな…という展開。なるほど的を得ている。
その時はメーカーとして不適合品を流出してしまった申し訳なさからただただ「あぁそうですねぇ、上司に進言しときます」と頭をポリポリ。仕事上のうわべだけで話を聞いていたのだが、後になってボディブローのようにジワジワ効いてきた。冒頭の言葉が。
思い返して噛みしめてみると、仕事上のことだけではなく、非常に普遍的で示唆に富んだ、含蓄深いお言葉である。


日本人はよく外部から未経験のものが来襲してくる時、比喩的に「黒船」を多く用いる。
ISO自体も欧州で生まれた様々な分野に適合できるマネジメントシステムの国際規格なるものだ。黒船のようにかつての日本にやってきて、従来の経営のあり方というものをひっくり返した。ISOについては今回の本題ではないのでこの辺にしておく。


日常生活においても、色んな場面で未経験の事態に直面する時が多々ある。
いや、未経験の事態でなく経験済みのことでも、その時の心理状態や体調によって受け取り方が大きく変わり、受け入れることを拒否してしまうこともある。無意識に。
人間というものは、実は弱いものだ。そして一人でいる時ほど弱いものはない。自分しか見ていないからだ。だからどれだけでも誤魔化せる。サボれる(^^)

人間の真の強さはひとりになった時にわかる…なんて言葉を聞いたことがある。だが、僕はそうは思わない。そんなのウソだ。人間が一人で生きていけるはずなどない。
ただそれは「ひとり」を「一人」と読んだ場合。
「ひとり」を「独り」という読み方をした場合全く意味が変わる。「独り」の時ならば、確かに真価は問われるかな…。うん。変に納得。


人間とは、二人の時に実は一番力を出せるのだ。僕はそう思う。
勿論三人やそれ以上では力が出ないと言う意味ではない。一人でも、信じることの出来る人間がいるだけで、ギリギリの瞬間に限界を超えようと思う底力が湧く時がある。心から信じれる友達が多ければ多いほど、底力は出せるだろう、と。
だからたった一人だけそんな友達がいるだけで、人は強くなることが出来るのだ。成長の過程の中で。


一人でいる時の弱さを知っているが故に。
時として、友に対して、自分が「黒船」の役を買って出なければならない時が必ず来る。自分がその人にとっての外部からの圧力に。
心を鬼にし、その人を叩き斬る覚悟で。もちろん実際そうするのではなく、思いの上で。その人のことを大事に思い、それが裏づけとなっての行動なのだから。
こんな時代に、こんな考え方は古臭いかもしれない。
だがこんこんな時代だからこそ、こんなダサい考えを持ったバカが居てもいいと思う。

思い悩み、深く沈んでいるその人に、一時的には疎まれ、拒否されるかもしれない。誤解もあるだろう。
またその人にとって、果たして自分が心から信じて貰うに足る人間であるかどうかは分からない。
ただ、そうでありたいとひたすら願い、祈り、そのかけがえのないたった一人の人の為に、まことの時は、泣きながら走っていきたいと僕は思う。

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2005年3月10日 (木)

出会い

チャンスは掴むものと言われる。
イコール、待つものじゃない。という意味と僕は解釈している。


チャンスはなかなかやって来ないのではない。実はしょっちゅう目の前に来てる。らしい(^^)
イメージ的には胸のまん前に。ス~っと知らん顔して来るようだ。だから見てる筈なんです。チャンス君を。自分の目で(^^)
でもあっという間にピュっとどこかに行ってしまう。ん~もしかしてこれチャンスか?と躊躇している間に。一瞬の隙を突いて。あっと思う。でももう姿も見えない。だから胸の前に来たときにパッと取らないと逃してしまう。
また自分自身がそれをチャンスと気付かない場合もある。他人から見れば明らかにチャンスなのに。アンタなんで飛びつかないのさ!と言いたくなる程。
一度離れてしまったチャンスはその後はなかなかやって来ない。でも近いうちに必ずまたやって来る。でも待っててもなかなか来ない。そうこうしているうちに別のチャンスが来る。こいつもまた出し抜けにやってくるからそれがまたチャンスと気付かない。そうこうしている内にまたどっかに行っちゃう。以下繰り返し…(^^)
そんな経験。過去、自分はよくあった。後の祭りというか、後悔先に立たず…みたいなもの(ちょっと違うか^^)


ふとしたきっかけで、新しい人と知り合うことは多い。
いや、人でなくとも例えばモノであったり、本であったり。音楽でもそう。
そしてその新しい出会いから人生が大きく変わる事だってある。本や、中でも人との出会いは特に。
独身の時なら異性との出会いは大変に重要な課題だ。なに~それは既婚者でも同じ?…ま、お好きなように。ご自身の価値観で勝手にして下さい(^^)

で、自身の人生を変える程の出会いに直面したとする。それは果たして偶然か必然か?!おおにしてその時は分かんないんですよね。さっきのチャンス論と同じく。


ところが。問題は恋愛。なんですよ。
恋愛とは…。
一度相手のことを好きになってしまい、その想いが通じた後。途端に今度は嫌われることが怖くなる。だから時に自分を偽ったりしてしまう。嫌われたくないが故に。
そして相手の要求を拒めない時がくる。好かれていたいが故に、許してしまう。そんな時傷つくのは相手より弱い立場である場合の方が多い。
まるでブレーキの効かない車に乗っているようなもの。スピードが出すぎてる、降りたい…と思っても車は止まらない。最初はときめきを感じて、自由を感じて、思い切って飛び乗ったのにもかかわらず。最初に感じたときめきも自由もいつか色褪せ不自由なものに変わっていく。
そして相手のことを好きになってしまうが為に嫉妬という一番醜い感情が心の中に生まれてくる。

実は、その悩みの答えは全て入り口にあるんです。恋愛に入る時の入り口に。
答とは。それが逃避であるかないか、なのです。単純です。
恋愛というものは総じて最初は楽しいことばかりだ。喜びも沢山ある。でも実際には楽しいことばかりが続くはずもない。むしろだんだん苦しいことや悲しいことが増えてくる。
だから現実から逃避したいと思い恋愛に飛び込んだとしても、その後に起こる苦しみや悲しみは避けられない。
それは自分が変わらない限り無理な話です。自分は自分でしか変えられない。相手に変えて貰えるはずなんて絶対にない。
だから、いくら日常生活が地味で平凡であっても、恋愛のときめきに逃避してしまったら…残念ながら結果は目に見えています。
それは寝ている間に見る夢のようなものだ。だから人間は夢を見ている間はそれが現実だと思い込んでしまう…。

僕の理想とする恋愛とは。
それは相手のことを心から信じ、尊敬し抜くことだ。

…ん?いつから恋愛論になった??アカン疲れてます(-_-)
え~と、あ、出会い出会い。
出会いもチャンスも、消極的にではなく積極的に掴んでいけば、それが人生を切り開くカギとなる、ってことだと。それが僕の主観。ただそれだけです(シマッタ尻切れトンボになりそうだ^^)。


最後にひとつだけ。


サン・デグジュペリの『星の王子さま』を読まれたことは?ありますか?
キツネが王子さまにこう言うのです。
「なに、なんでもないことだよ。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目には見えないってことだよ」


実はこの本も、少年時代からずっと読みたい読みたいと思って3年程前にようやく出会えたって寸法。
この言葉を手塚先生の物語の中で読み、いつか大人になったときにきっと読もうと決めていたのです。
そうして、僕の人生に大きな影響を、与えたんだ。その出会いが。

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2005年3月 9日 (水)

環境問題を考える

職場が環境マネジメントシステム(EMS…Environment Management System)の第三者認証を受けることに昨年末重い腰を上げようやく踏み切った。
とはいえISO14001などという重いシステムではなく、僕の会社のような中小企業にはもっと負担の軽いものだ。それは『エコステージ』という。

これは3年ほど前より大手の取引先から要求があったもので、その取引先の品質部門の担当窓口をしていた僕が暗黙的且つ自動的に実質的推進責任者となった。
当初僕は推進担当になることを拒んでいた。何故ならそれは社会一般的にEMSというものは総務部門の仕事だと認識されていることに起因する。環境関連法(例えば廃棄物処理法など)の遵守等が必須項目だからだ。
その当時僕は品質保証課に所属していた。とはいえ課員は一人。要するに僕だけだ。
件のEMSには全くのお門違い。ど素人。だからいきなり任されても僕責任取れませんから。
そもそもEMSというものは経営に関わるものであり、いち部署で取り組むものじゃなく全社的なものだ。僕だって誰だって本業があるわけだし。システムを立ち上げることなど片手間で出来るものじゃない。

拒んでた理由はもう一つある。その時の上司の態度が逃げ腰に思えたことだ。
「大ちゃん、出来るやろ頼むわ」過去何度その言葉に翻弄された事か。そりゃあなた実務はネ、僕がキッチリしますから手を煩わすことはしません、でもちゃんと最後まで責任は持って下さい。上司であるならば。口が裂けても後ろ向きの言葉は吐いてくれなさんな。あ、アカン愚癡愚癡…(-_-)スミマセン。

またこういう類のものは長いスパンで見てようやく効果らしきものが顕われてくるものだ。そりゃ最初はイニシャルコストも手間もかかる。それを僕の居るいち部署からボトムアップして啓蒙を進めろって?そいつは全く違うんだって逆です、これはトップダウンしなきゃならないことなんだって…。は~空回り…。

そんな理由で取り組めば壺にハマることは判っていた。だからといって取引先の要求はどんどんエスカレートするばかり。窓口は俺。ブチ切れてほったらかしたろかと何度思ったか(^^)


ある時ビビッと来た。膠着状態の現状をなんとか動かしたいと。いや動かさなかんと。
そして遂に一念発起した。自爆玉砕覚悟で社長を動かそう。それしかない。どんな企画でも結局中間にブレーキをかける存在がある時は話が進まないのだ。だとしたらそんなブレーキなど捨ててしまえ。
環境に良いことを、会社にとって有益なことをしようとしているのだ。何を負い目に感じたり恥じたりすることがあろうか。腹をくくった。


いくら環境に良い行動だろうと、社内ではこれも実は賛否両論。
対象となる工場単位でいくら省エネ活動を進めても、今回適用範囲から除外した本社事務所では相変わらずエネルギーを湯水のように使っている。
だから本社サイドからこんな言葉も出た。「これって正直者がバカ見るだけなんとちゃうの?コストかけてこんなん導入するよりもっと経費削減出来るとこ見直したほうが手っ取り早いのと違う?」勿論その通りだ。んなこた最初から判ってる。
じゃあ今現状の廃棄物問題には誰がどう取り組むんだ?家庭から出る廃棄物の何倍もの産業廃棄物を俺らは出し続けているんだ。臭いものに蓋をする発想でここ数年誤魔化してきた結果がこの工場の敷地内に溢れたゴミの山なんとちゃうけ?ああそれは誰の責任でもないさ。それを管理するシステムが無かったことが問題だったんだ。
だからそれを今からやろうとしてるだけのことなんだ…。
めげそうになりながら。踏ん張ったさ。


要は意識の問題だ。
あらゆる問題を突き詰めていくと、最後は個々人の心の領域に踏み込まざるを得ない。
何でも根本的な問題というものは実はとっても小さいものなのだ。それをほじくり出して表に出してプチッと潰すことにより問題はいっぺんに解決の方向に向う。そんなもんだ。

社長に直訴した背景には色んな要素がある。勿論上司を無礙に扱ったわけではない。あくまでもこれは仕事だから。上手くやらなきゃ意味が無い。一人相撲をとっても自分が損を被るだけだし。
最終的に僕はこう考えた。EMSに取り組む理由をまず整理した。
①環境問題に取り組むことは間違いなく良いことだ。
②取引先に対しても会社としての清廉性をアピールするに大きな武器となる。
③背景には全世界・社会的な要求も大きくなっている。

…ならばどうしてうちの会社は取り組みを渋るのか。コスト面の問題だけだろうか?

そして気付いたのだ。
要は。
不本意ながらも引き受けた責任から僕自身が逃げていただけなのだ。
僕がやります!やらせて下さい!という姿勢を僕自身が見せれなかったことだ。上司の態度やら周囲の雑音を理由にして、要は僕がブレーキになっていただけだったのだ、と。
猛省した。だからまず上司を説得した。もう一度僕にやらせて下さい、だから協力をお願いしますと。程なくそれが社長に伝わった。そこから一気にトップダウンで話が進んで一月後コンサル契約を締結するに至った。

ここまで漕ぎ着けるのに3年近く遠回りした。でも無駄な時間ではなかったのだとも思う。
実際3年前にはISOより簡易なシステムというものは社会的に認知されていなかった。
だから、今がその時だったのではないかと振り返ってみてそう感じる。

最初は対応できる手っ取り早いところから廃棄物処理問題に取り組んだ。「ゴミのことなら大ちゃんに聞け。ゴミ大臣に(笑)」と冗談半分にからかわれたりもした。
四日市市の廃棄物処理業者のミズノの僕と同年代のM専務には大変お世話になった。色々相談に乗ってもらったり愚癡を(^^)聞いて戴いた。中でも僕を勇気付ける温かい言葉をかけて下さったことは一生忘れることはないだろう。
「山本さん、どんな会社でもゴミの問題に関してはね、冗談じゃなくゴミ大臣と言われるほど真剣に取り組む情熱を持った人がいないと解決しないものなんですよ」と。

運用を開始した工場全員の意識も最初とは違ってきているようにも感じる。
でも工場の人たちから「やり始めると面白いし気持ちいいもんだな!」なんていう言葉を聞くと本当に心からやってよかったと思う。
やらされているという意識から、誇りを持った行動へ。目には見えないが、結果として大きく意識が転換したのだ。


ジョンレノンは『イマジン』で「想像してごらん」と教えくれている。
オノヨーコは「ひとりで見る夢はただの夢です。けれど、みんなで見る夢、それは現実になります」と語る。
これはもう30年以上も前にジョンとヨーコが世界に向けて発信した考え方だ。
「イマジン」の想像力
一人一人が同じ方向性の夢とか希望を持つだけで、フワッとひとつ世界中の次元が上にあがることが出来る…2004年のジョンレノンスーパーライブに出演した宮沢和史さんは「すげぇメッセージをジョンは残してくれてたんだ」とインタビューで語っていた。


環境問題の根っこは、みんなの心の中にあるのだ。
立場や置かれている環境など何も関係ない。例えて言うなら政治家だろうとホームレスだろうと、会社員だろうと自営業だろうと公務員だろうと、大人であろうと子供であろうと、女性であろうと男性であろうと。何も関係ない。

大事なものはひとつだけ。決して忘れてはならないことがある。
自分ひとり頑張っても…などという無力感に苛まれる必要など絶対にないということだ。大丈夫なのだ。
もどかしくとも一人一人、じっくり話し込んで意識を変えていくしか手がないのだから。遠回りのようだけれどそれしかない。結果は一番の近道となる。振り返ってみた時。初めて気付く。
ただし勿論時間は限られている。だが焦る必要はない…と信じるしかない、こればかりは(^^)
何故なら焦っても何も変わらないし、だとしたら変えようと最後まで努力し抜くしかない。現状の中でもがき苦しむしかない。逃げずに。
想像することを、創造することを諦めずに。最後まで。
夢を、見るのだ。


先月末までにそこまでやり切って。そいで俺来週から新しい部署に異動になるんだもんなぁ。
やり残したことも沢山ある。何だか名残惜しいな。でも僕は僕なりに精一杯結果を残したぞ。それだけでもいいじゃん。
まあまた新天地でも自分の新しい使命を見つけて、必死こいて仕事するだけさ。
だって家族4人食ってかなきゃなんないからな~♪父ちゃん頑張るよッ(^^)

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2005年3月 1日 (火)

朝に勝つために相互リンクを考える

僕の場合特にそうだ。誰でも同じなのかも知れない。
例えばこうだ。朝。どうにも気分が優れない。そんな日は大抵そんな一日で終わる。殆んどが朝で決まる。
考えてみれば長い人生も一日一日の積み重ねだ。ならばそんな一日を大枠決定する朝とは、言い換えれば人生をも決定する。大袈裟だろうか?いやそうではない。

さわやかな朝を迎える為に。今何をすべきか考えること。それは見落としがちだがムチャクチャ大事なことの筈だ。
その答えはさわやかに眠りに入ることだ。人間とはいえ眠っている間は電源が切れているのと同じだ。そうでなければ眠りではない。
さわやかに眠りに入るために…じゃあどうするのか。

自分の周りの環境。家庭やプライベート。仕事や利害関係者との人間関係。気のおけない仲間と居る時。
中心にいるのは全部自分だ。そう感じられない時はどこか何がしかズレている時だ。
プライベートな時間を過ごす時の自分。職場に居る時の自分。仲間とバカ話する時の自分。
そのギャップが大きい程疲れるものは無い。そう感じない時は大事な部分が麻痺しているのだ。少なくともそれは自然体とは程遠い。

一時期それで大いに悩んだ。結果鬱状態になった。しかしそれは意味のあることだと後になって気付いた。その時は苦しかった。どこにいても何をしてても苦しかった。誰とも会えなくなった。
体験したからこそ理解できることもある。いや、真の意味では体験なくして理解出来ることなど無いのかも知れない。
誰しもそんな状態になる可能性があることも分かった。そんな時立ち直れたのは一人の友達の存在のお陰だった。
そして、自分を中心としたあらゆる環境や事象が密接に関わりあっていることにも本当の意味で気付いた。
立ち直った時、全てが好転を始めた。

全て自分を中心とした相互リンクが張られている。自分の周りの全ての環境が。
目には見えなくとも実は繋がっているのだ。
大切さという視点で見ると全て横一列だ。だから例えば家庭を犠牲にした仕事や、仕事を犠牲にした家庭創りというものは本来不自然なのだ。
それは人間として当たり前のことだ。その不自然さを色々理由をつけて誤魔化してしまった時に実は崩壊が始まっているのだ。ココロの。

それは全部自分との戦いだ。しかしそれは誰もが認める聖人君子になることなどとは全く違う。
それは今の自分との戦いだ。他人との比較ではない。自分自身に対して責任を取れるかどうかだ。
今生きていることに感謝し、正直に、一生懸命に生きられるかどうかだ。


だから朝に、今日一日自分と勝負することを誓うことは何よりも大切なことだ。そして誓いを果たすのだ。
それが人生の勝利に必ず直結しているからだ。全てを好転させる唯一の秘訣だ。
1s

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2005年2月26日 (土)

己を奮い立たせる

例えばどうにもテンションが上がらない時。でも気持ちを奮い立たせなければならない時。
刻一刻とその時が近づいて来る。だがそれに反比例して気持ちが乗ってこない。
ふと逃げたい、と思う。弱い自分が台頭してくる。


要は気持ちの切り替えだ。んなこた分かってる。今まで何度もそんな経験してきたじゃないか。次もきっと上手く出来るはずだ…。

それよりそんなに無理しないで、誰かに代わって貰えばいいじゃん。俺っていつも無理しちゃうよな。頼まれたら断れないんだよ。でもいいじゃん、そんなん逃げじゃないじゃん。下手打って赤っ恥掻くくらいならやめればいいじゃん。だって気持ちが乗ってないんでしょ。そんなら仕方ないじゃん。理由なんて幾らでもあるじゃん。やめちゃえ…。

あれ、俺また元に戻ろうとしてる?あんなに嫌だった昔の自分に。うわ弱いな。
それと…違うんだ今回は特別なんだ。予感がするんだ。今は気付いてないだけで、もの凄く大きな意味があるんだ…。


ん~。書いてるうちに気持ちの整理が出来てきちゃった。何だ…イイじゃん俺。は~スッキリ。
えーと、本題ですが。別に行かなくてもいいかな?でもまあ折角なんで。書き始めちゃったから。


僕は、過去に強烈な体験をしたんです。
工業高校の同級生で、山本年元君という友達がいました。彼は卒業するなり大学行って。ですぐ中退して。
それで突然東京に行っちゃった。芸能界に入って有名になって薬師丸ひろ子と結婚するのだと。馬鹿げてるけど誰もが彼ならやると信じさせる何かを持ってた。
ほどなくS.E.T.に入ったって噂で聞いた。気がついたらテレビに出てた。ウッチャンナンチャンと一緒に。ムッチャ元気。輝いてた。
文字通り夢に近づいてた。クラスの希望だった。眩しかった。


10年後発病した。癌だった。一年以上闘病生活を送ってた。
東京まで見舞いに行った。姿は変わり果ててたけど、目だけは輝いてた。
来月退院するでよ。笑ってた。
歩けないのに病院の玄関まで奥さんに付き添われて見送りに来てくれた。手を振って笑顔で送ってくれた。目に涙を一杯浮かべてた。
一週間後亡くなった。


彼と約束したわけではない。
でも僕は彼の遺志を受け継ごうと決めた。
そしていつの間にかそれが僕を奮い立たせる力の源になった。


いつも繰り返しだ。
多分これから先も繰り返し続ける。
それを止めた時、恐らく僕の心は錆び、老いているのだ。
彼に追いつきたい。


俺弱いからさ、支えになるものが無いと立っていられないんだ。
ねえ、じゃーも。いやゲンさん。それでもいいよね。

chop

チョップ名人

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