コラム面

2006年4月23日 (日)

官と民

うちの近所にパチンコ店がもうじきオーピンする。
閉鎖した鋳物工場の跡地に建てられたものである。


パチンコ店というともっと違う場所に建ってもいいようなものだと僕個人としては直感的に思ってしまう。何故にこんなのどかな所にあえて建てる必要があるのかと。
まあそれは僕がパチンコに全く興味が無いからだと言える。パチンコ好きの人にはよくぞこんな所に建ててくれたと僕とは全く正反対の感慨を持っているに違いないだろうから。
パチンコ店側も十分に利益を創出できると徹底した計算を行なった上でのことであろう。

パチンコについてあれこれ言及するつもりは無いが確かに、射幸心というか病み付きになってしまうといった習慣性のようなものはあるのだろう。
前述の通り僕はパチンコに対し全く興味を持てないのであるが、それでも過去に一度パチンコで大当たりをしたことがある。それは高校の時である。

同級生の連れは煙草をふかしながらパチンコを打っていた。僕はそれを横から見ていた。
僕はもとより騒々しい所は好きな方じゃない。というか嫌いである。
でも何故かその時は何かの行きがかり上パチンコ屋に付いていくことになってしまったのである。
でしたり顔でニヤニヤしながら盤面に向っている同級生の姿が妙に大人びて見えたことを覚えている。
興味が無いからして僕にはパチンコ打ちの心境は完全には理解出来ないが、とにかくお金を(文字通り)湯水の様に使うことには少なからず未だにどうなんだろうと思ってしまう。自分のお金だからどう使おうと自由だし大きなお世話なんだろうけれど。だけどこういうことだけは僕には出来ない。絶対に。
根っからの貧乏性なのかもしれない。

覗いてないでお前もちょっとやってみろや と連れが言う。
雰囲気的に僕も何かしなきゃと思っていたのでちょっとやってみることにした。でとりあえず\1,000を入れてみた。貧乏高校生にしてみれば大金である。だが連れはその時点で何万と投入していたのを僕は傍から見ていたからちょっとしょぼい感じもしたが。
でああ\1,000ドブに捨ててまったと若干後悔しながら見様見真似でレバーを回して暫く玉の行方を見つめていたら突然盤面が光り輝き大音量の音楽が流れ出した。
お前当たってるじゃん! と連れが横目でゲラゲラ笑っている。
訳も分からない内に係の人がやってきて玉入れを置く。でマイクを持って何か喋りだす。どうやら僕のことを言っているようだ。

で結果その時僕は差し引き\14,000の勝ちを収めたのであった。投資額\1,000で\15,000のリターン。
流石にこれはヤバいと思った。連れが必死になって大金を投入しているのも十分理解できた。
でもその時僕は思ったのだ。多分僕はこれで一生分のツキ(それはパチンコに限る)をきっと使い果たしてしまったに違いない と。金輪際パチンコを打つのは止めようと。
そしてそれから幾十星霜。
その誓いは破ることなく保たれている。まあパチンコごときでそんな大それたものもないのではあるが(笑)


そんな思い出はさておき冬のソナタである。
それにしても何なんだあのコマーシャルは!あの印象的なピアノのイントロがテレビから流れた瞬間にパブロフの犬の如く反射的に画面の方を向いてしまうではないか。
で何だ?言うにこと欠いて「ぱちんこ 冬のソナタ」だと?! 何なんだそのネーミング。パチンコをぱちんこと平仮名にしただけでひねりもヘッタクレもあったものじゃない。
CMで流れるムービーも冬ソナファンとしては大事に大事に心の中にしまっておきたい感動的なシーンではないか。それをパチンコのCMで垂れ流すとは何事か!
自称ソナティアンとしてはこれは少々許しがたいものがあるぞ。

聞くところによると世のオバサンたちは日々冬ソナ機に向い、液晶画面に思い出のシーンが現れては涙しているなどというではないか。そしてその話題が話題を呼びそれで新たな顧客を上手に獲得しているパチンコ業界というものはロマンの欠片も無いと思うのは僕だけなのだろうか。
これは純粋無垢な冬ソナの世界への冒涜だとすらワシャ思ってしまうぞ。


でタイトル何だったけ。官と民?
ああそうそうこのパチンコ店の我が地元進出を目の当たりにし「官と民」の体質の温度差についての考察を書こうと思っていたんだけどもまあこの際そんなことどうでもいいや。

Fuyusona

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2006年3月12日 (日)

ミッドライフクライシス

取引先さんの工場へお邪魔しようとして朝一でアポを取る。
で30分後にお邪魔しますと約束する。

通りがかりの感じのいい喫茶店で時間を調整する。
時間的にもまだ充分モーニングサービスにも間に合う。
ゆで卵とトーストを齧りながら中日スポーツをめくる。

大体僕はあまり野球にも興味が無いし今の中日も落合監督が好きだからなんとなく応援している程度だ。だから理由も無くただなんとなく、中スポを手に取っただけである。
で何気なく芸能欄の記事に目を落としているとその中のある部分で目が留まる。
小さな枠で囲まれた記事だ。


それはパックンマックンのパックンが書くコラムであるようだった。
しかしそれが大変に面白く、飲みかけの珈琲を思わず噴き出してしまいそうになった。
それは「ミッドライフクライシス」というタイトルのコラムだった。
詳しい全文は忘れたが記憶を頼りに書くと概要こんな記事である。


『ミッドライフクライシス』とは直訳すると『中年の危機』。
これに相当する日本語は存在しない。
その症状としては中年に差し掛かったオヤジがある日突然豹変することをいう。
軽症のうちはまだいい方で突然趣味嗜好が変わったりする程度。
例えばそれまでずっと国産車で満足していたのがある日突然真っ赤なスポーツカーに乗り換えたりする。
またある日突然自分の名前を「トミー」などと英語読みにすることに決め、そしてクラブ通いを始め縦ノリで踊ったりする。ちなみにこの場合のクラブは彼らの中ではディスコに相当するのだそうだ。
しかしそれが高じると突然仕事を辞め髪の毛をモヒカン刈りにしたりして「今日から俺はプロのミュージシャンを目指す」と宣言し周囲の度肝を抜いたりする。
またこれが重症になると長年連れ添った奥さんに突然離婚状を叩きつけそして別れた挙句に何を血迷ったか娘の高校の同級生といきなり結婚しようとしたりする。


・・・らしい。
怖い話である。


理由は様々考えられているが、中高年に差し掛かり、肉体的にも精神的にも衰えを感じている自分への抵抗なのだそうだ。要するに若返りたいという欲求か。
実際パックンも自分の目で直にそれを見るまで本当にそういう現象があるのか信じられなかったという。
そのパックンが出会った光景はこうらしい。


ある中年オヤジがバイク屋の前で買いたいバイクを物色している模様。見るからにバイクとは縁遠い感じの冴えないオヤジである。
そしてそのオヤジ、店員さんにこう尋ねていたそうだ。

「ぶっちゃけ、この中で一番女の子にモテるのはどれだ?」

若い店員さんが訝しげに売れ線のバイクを勧めるとやにわにそれにまたがり
「俺、どう?」
みたいな熱い視線を店員さんに送っていたそうである。


パックンは思ったそうだ。
これがそうなのか。これぞ急性ミッドライフクライシス。しかも末期。 と。
さすがパックン、単に日本語が堪能な芸人さんなだけではなく伊達にハーバード出てる訳じゃないマジで博識な人のようである。

中でもこのコラムで一番辛辣だと思った部分がある。
「大量破壊兵器の存在を理由に中東の国を攻撃し続ける某国の大統領も完全にこれに当てはまる」
・・・のだそうだ。
アメリカ人であるパックンがこう言うのだからなおさら重みがある。


少し気になったので調べてみると、ミッドライフクライシスの症状の中にはこんなものもあるそうだ。
「青春時代のロマンチック歌曲への回帰」


僕は今、こう思っている。
僕がジョンに憧れコピーバンドで演奏しそしてジョンに近づきたいと思うこの気持ちが断じてミッドライフクライシスなどではないと。
僕はただひたすらそう願うのみなのである。
大体、僕にとってビートルズはリアルタイム世代ではないし。
だから、大丈夫。


でもそんな中、往年の5人時代のオフコースを懐かしがる僕もいる。
・・・それって。もしかして。

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2006年2月 4日 (土)

環境問題を考える 2

僕は目が悪い。

目つきではなく視力です勿論のことですが。
自慢ではないが視力は両目裸眼で0.05を切っている。
その理由は幼少の頃から勉強一筋に打ち込んできたことにある。

視力が悪いということは、考えてみると大きなハンデである。
ずっと以前にテレビか何かで「目が悪いっていうのは片輪(かたわ)と同じだ」という差別発言とも取れる暴言を耳にしたことがあるが、ある意味強ち的外れでもないな と思う時もある。

別の見方をすると、視力が良くないということは、見えなくてはならないものが見えないという何とも不便な点がある。
その代わりまあ、見なくてもいいものは見ずに済むという利点もあるにはあるが^^


風呂で頭を洗う時のこと。
うちは詰め替え用のシャンプーとリンスを奥さんが購入してくる。詰め替え用の包装容器からポンプに入れ替えて使用するのである。
それはどこの家庭でも当たり前のことであると思う。
しかし難点はその容器の区別が非常に付きづらいのである。シャンプーとリンスの。
ポンプの大きさや色が違っていればまだしも困ったことにうちは瓜二つの容器が並坐しているのである。
この時どういう現象が起こるかといえば想像に難くないでしょうが間違えるのである。シャンプーとリンスを。
何だこれ泡立ちの悪いシャンプーだなもしかして俺の髪物凄く脂ぎってるんかなしかしいい匂いのするシャンプーだなあと思いつつリンスで一生懸命シャンプーをしたり、三度目のシャンプーをしたりして結果髪パサパサになってしまったりするのである。

こんな時に僕は何故かこう思ってしまうのである。「あ~ゴメン」と。
何ゆえゴメンか?自分でもよく分からない。大体何に対して謝っているのだ。使命を果たすことなく流されてしまうシャンプーやリンスにか?
シャンプー製造会社にしてみればそれだけ消費が早く進むわけだからそれは売り上げの貢献に繋がり結果利益となる。だからむしろこれは製造者側や経済の発展から鑑みるともしかして推奨される事なのかも知れない。
しかし、咄嗟に(あー勿体ないことをした、だからごめん)と思ってしまうのは事実でなのである。

実は、今日もやってしまったのである。三度目のシャンプーを。
いや、やりそうになったというか。掌にぎゅっとその溶液を落とした後に気付いてしまったのである。だから余計に罪が重い。
えーとあのー・・・それは罪になるのか?いや、やっぱりそうだ。
何故なら僕はそれを無情にも使うことなくシャワーで流してしまったからだ。


ここで話は途轍もなく飛躍するが、ちょっと前にこんな話を聞いた。
環境問題を根本的に解決するたった一つの考え方がある と。
その人の話の要旨はこうだった。


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詮ずる所、現代に生きる多くの人がこの発想に立てば環境問題はいっぺんに解決する。
その発想とは「目の前に存在している全てのものが生きていると考えること」である。
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一聞しただけでは甚だ突拍子もない飛躍した発想のようである。
しかしこの言葉はストレートに僕に突き刺さり貫通しその上その刺し口から染み出る毒のようにジワジワと効いてきた。


よくよく考えてみると、存在する全てのものはミクロ的にいえば元素から構成されているのである。
またそれをマクロ的に見ればその元素とは宇宙を構成する元素以外の何者でもないわけである。
動物も植物も空気も水も有機物も無機物も地球も宇宙も。根本は同じ様に生きていると捉えるのである。
植物など例えば農業では栽培中の植物に音楽を聴かせると実際に美味しくなるのだという話は良く聞く話である。それは音波や振動などから計測される科学的根拠があるのかも知れない。しかし所詮科学が自然界の多くの法則をいまだ全て解明しているわけではない。

実際、例えば僕がある音楽を聞いて気持ちいい心地よいと感じる時の心の動きなど絶対に科学などに解明されてたまるものかとすら個人的には思う。科学を否定するつもりはないけれどそれで気持ちや感情の全てが解明できる筈はないと思うだけなのである。


要するにマクロ的にもミクロ的にも根本は同じであるわけであるから、それらを自分の一部なのだと気付くことが重要なのだと。
また、その一部が自分なのだと。
そしてそれらの全てが何らかの使命を持って互いに関係し合い意味があってそこに存在しているのだと。

然るに感情を持たないものが生きていないと思い込んでしまうとは余りにも傲慢で非合理的な考え方になるわけである。それも自分の一部であるのだから。
となると僕が一日に約一箱空ける煙草もそれを揉み消す灰皿も歩いているこの道も僕の一部となるわけだ(例えばの話です)。
それならばじゃあ地面に向けて煙草を投げ捨てることが出来るか?ちゃんと吸殻を入れて貰いたいと思っている(かどうかはさておき)灰皿君にその吸殻を入れずに路上で踏みしだくのか?それを自分の一部の上で?
えー、これは自分の名誉の為に言っておきますが僕はマナーも携帯してますのでそんなことは絶対にしませんので念のため^^例えばの話です。

んー、まあ煙草の話はさておき、シャンプーです。
この発想に立つと、途端にシャンプー君が愛おしく思えてくるのです。
「あぁ~僕出されちゃったよ。この人いっつも間違えちゃうんだから・・・」とぼやくシャンプー君の声が聞こえてくるような気が・・・しないけどね。


ここで間違えないでおきたいことがある。
僕達は現代の社会に生活しているという事実を無視してはならないということである。
その意は、生きている以上何かを消費することは避けられないということである。
局地的に見ればの話だけれど現代の日本で経済的生活が営めなくなった時、それはやはり尋常ならぬ非常に悲惨な事態となる。
だから、何かを消費するということ自体に罪があるのではなく、必要以上に無駄に消費してしまうことに罪があるというのである。

極端な話例せばお釈迦様だって一切衆生森羅万象に生命を覚知した仏の身でありながらそれでも生ある生身の肉体を維持する為に何かを消費することは事実だったのである。
ただそこに、それが必要なのかそうでないのか という判断基準は世尊は間違いなく持たれておられたに違いない。
実際、弟子に「命を大事にしなければならないことはよく分かりましたが、じゃあお師匠様、あなたが道を歩くだけで地面の上を行き来する沢山の虫を気付かないうちに踏み潰しているかもしれないではないですか」との問いかけに対し、釈尊は「確かに言われてみればその通りだ、これからは気をつけて注意して歩くようにしよう」と答えている。
これは生きていく上で誰しもが直面するどうしようもない矛盾を端的に表したエピソードであると解釈できる。

そういう視点に立って考えてみるに、例えば冬場毎日寒いからエアコンやファンヒーターを点けるという行為はこれはもしそうしなかったら間違いなく我が家族特に幼子は凍死してしまうのだから必要なことになるわけである。
石油が高騰しているこのご時世に誰だって無駄な出費は避けたいが生きていく上で之は已むに已まれぬ行為なのである。だからこれは必然的に必要なものと分類される。
すると今日の僕はシャンプー君を無駄にしてしまったということでひとつの過ちを犯してしまったということになるのである。僅か数ccのシャンプー君の果たすべき役割や存在価値を無駄にしてしまったという意味で。
それで心が痛んだのに違いない。と思う。いや思いたい。


えー・・・。何が言いたいのかって・・・別にこれ以上でもなくそんだけなんですけど・・・。すみません。

ここまで辛抱強く読んで下さった奇特なあなた、お疲れ様でした。下書きも何にもなく書いてしまったひとりよがりの駄文、大変に失礼致しました。
目が悪いことで風呂場で偶然出くわした事から環境問題に発想が繋がりつらつらとこのような駄文を垂れ流してしまう僕はやはりある意味で行き当たりばったりな人間なのですから・・・どうかお許し下さい。

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2006年1月13日 (金)

演歌

歌番組が何気なくテレビで流れていた時に妻がふと気づいたように呟いた。
「そういえばさあ、私のお父さん昔から演歌聴いてるよ」


うん?そうなんだ?そうだね。
・・・で? と言いそうになってその瞬間僕もはたと気づいた。何かしらトテツもなく大事なことに思えることに。
そう言えばうちの父ちゃんもそうだったのだ。

僕がまだ小学低学年の頃だと思う。
父ちゃんはある日ラジカセを買ってきた。
そしてその晩テレビを生録しては後日聴き返し悦に入った表情をしていた父の姿をかすかに覚えている。
その頃の父の年齢は、30代前半だったはずである。
「うちのお父さんは20代の頃からだよ。ずっと演歌が好きだね」 と妻は言う。
僕の父はジョンレノンと同い年だ。
その今の5、60代の方達はいわゆる団塊の世代に当たる方々である。
その方達が「ああー懐かしいなあ」と目を細めるのがおおにして演歌なのである。


とすると何か?
例えば僕なんかどんな演歌を聴いても大抵一緒に聞こえてしまう程に何の感銘も無いのであるが、団塊の方達にはそれがほろ苦い青春のワンシーンと一曲一曲見事にリンクしてノスタルジーを呼び起こすものであるに違いないのである。
それが懐メロ番組というひとつのジャンルのテレビの番組が成立するに至っている理由なのである。

実を言うと僕は最近の歌番組を観ても若い子らが夢中になっている歌手(死語か?アーティストと言わなければならぬのか?)の歌を聴いても正直ピンとこない。
高校生の時あれだけ一世を風靡し夢中にさせてくれたヘビメタがダサさの象徴となってしまった現在である。
もしかして団塊さんが僕のほうに歩み寄ってきているのか?
いや僕が団塊さんに一歩また一歩と近づいていっているのか?そうなのか?


とすると何か?
僕が今で言う団塊相当の年代になる時。
その頃の懐メロ番組にはきっと恐らく青春のヒットパレードみたいにさだまさしや松山千春やアリスなんかが今の演歌に相当するが如く取り上げられているに違いない。


「そうだよ歌ってのはこういうものをいうんだよ」とテレビを見つめて遠い目でしみじみしている僕を眺めて娘達はきっとこう思うのだろう。
あーまた父さん懐メロ番組見て入ってるよ と。

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2005年12月26日 (月)

支えになるもの

安藤美姫がトリノ五輪への切符を勝ち取った。

ノミネート直後の氷上でのコメントは「苦しかった時に支えてくれた周りの人たちのお陰です」 の一言だった。
誤解を恐れず端的に言ってしまえば現在スランプに近いものに喘いでいる様にすら見える18歳の少女である。だからそれは本音だろう。
余計に胸に響くものがあった。

苦しい時。
第一線の舞台からの引退を考えた事もあったという。
泣きながらの会見を覚えている。
「大好きで楽しくて仕方がなかったはずのものがいつの間にか楽しく思えなくなってきた」 と。
それは体験した者にしか分からないものだろう。

苦しい時。
どんな些細なものでもいい、支えになるものがみんな必要なのだ。誰にでも。どんな人でも。
それは耳に聴こえる励ましの声であったり、聴こえはしないが心で感じる声であったりもする。
またそれは偶然知った遠方の友の姿であってもいい。誰に伝えるでもなくひた向きな友の姿。
支えになるものとは自分にしか分からないものなのだ。それは自分で理解しそして感じることしか出来ないものなのだ。


大切な友へ。
あなたの声が、僕には聴こえています。


---
画面を見つめていた。
その場においては無謀に近い四回転ジャンプに挑戦することより、自分が納得し満足できればいい という開き直り ではなく…彼女の表情には無心の境地に近いものを感じた。
僅かの間で、彼女の中で大きく何かが変わったように思える。
周囲との勝負より、自分との勝負を選んだひとりの人間の姿をその時僕は見た。

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2005年12月17日 (土)

3.14

原口證さん。59歳。

どうやら至って普通のおじさんのようである。
ところがこのおじさん。凄いのである。

自己の持つ世界記録を更新された。
しかも前回記録樹立時は、会場の公民館の閉館時間になってしまい止む無く途中で断念したという。
で今回。
時間制限のない会場を滞りなく押さえ^^万全の体制で臨んだという。
そして開始より13時間後。日付が変わって夜中の午前1時26分。
8万3,431桁まで諳んじてしまったというのだ。
円周率を。


よほどの天才か並外れた努力家と思いきや、そんな原口さんの経歴を知って更にまた度肝を抜かれた。

小学生の時など成績は良い方ではなく至って普通。
暗記など決して得意な方ではなかったらしい。
高卒で電気部品メーカーに就職。

幼い頃の体験があるそうだ。
心に病を抱いた人の姿を目の当たりにしてからずっとそれが心の奥底に残っていたという。
そういう方たちの支えになれたらいいとの思いで39歳の時に放送大学に入学。
「人間が考え出したものから離れてみたくなり」壮大な宇宙に思いを馳せるように。
自然科学や哲学、心理学を学ぶ。
その時、小学生の時に習った円周率と再会する。

51歳で脱サラ。その後心のケアを主眼とした奉仕的なお仕事に就かれる。


自由な時間が増え、暇な時間に覚えた円周率を何気なく口ずさむと平常心が保たれることに原口さんは気付いた。
それまでの怒りっぽかった性格が穏やかになっていくのを感じたという。


覚え方がまた独創的である。
日本語による語呂合わせだそうだ。
1は「あ」「い」「ひ」、2は「つ」「に」「の」などひとつの数字にいくつかの言葉をあてはめる事によるものらしい。
すると3.14159265・・・は「さあ安心得んと国許去った儚きその身は・・・」という文章に変換される・・・らしい^^
要するに円周率を翻訳(!)して壮大な物語を構築するのだと。

その発想、どう考えても普通じゃない。
そのストーリーは北海道を出発点に中国シルクロードへ渡りやがて世界一周の旅に出たという。


そしてある年の正月。
原口さんはお屠蘇を飲みながらほろ酔い加減でその物語を思い返していた時に「アレッ?」と気付いたらしい。
「もしかしたらこれで世界に行けるか?」

その後毎晩晩酌をしながら物語をボツボツ再構築していったという。

そしてその3年後。
「僕は全くの凡人。頑張らないで気楽にやったら出来ちゃった」
そう言う原口さんは家族に見守られながら人類未曾有の記録を樹立した。
2005年7月1~2日。


それを知ってしまってからのこと。

ビートルズの歌詞を覚えることだけで四苦八苦している自分がなんとちっぽけに見えたことか^^
ちっちぇ~なあ自分^^;

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2005年6月22日 (水)

体の一部

ふと気がつくと無意識に触っているものがある。
左手薬指にそれはある。
触っていると、何故だか不思議と落ち着く。

それを初めて着けた時はその異物感に悩まされた。
だがそれをつける喜びの方が勝っていた。
それを見つけた会社の後輩がこう言った。
「あ、ついに鎖で繋がれましたね」
鎖か^^そうなのかな?

滅多なことでは外さない。
というかかなり変形してしまっており外せないと言った方が正しい^^;
純銀って軟らかいんだね。ホントに猛変形してる。
完全に、体の一部と化している。

ライブをしている時に、一度だけクレーム(?)がついた事がある。
ジョンはライブ中だろうと何だろうと、それを着けているという記憶がその人には全くなく(僕も確かにそのとおりだと思う)、ギターのネックを握る左手にキラッと光るものが目に付くにつけ気になって仕方がないと。
でもしかしコレは僕のアイデンティティでもあるから受け入れなかった。
だって、これを外すと丸裸になったような気がするんだもの^^


以前、もう辞めてしまった先輩が雑談の中でこう話していた。
何でも工事現場に出張に行った時の話らしい。
「俺さあ、コレ一度なくした事あるんだよね」
彼曰く、現場でセメントの缶をこねている時に何かの拍子にそれがスルッと抜け落ち、ものの見事にセメント缶の中に吸い込まれてしまったのだそうだ^^
たった30cm四方の缶の中であったにもかかわらずどれだけ探しても見つからず^^
結局そのセメントは土間に使用されたそうだ。
慌ててその日の帰りにショップへ駆け寄り、そっくりなものを注文し、そして今に至るという事だった。
「でもかみさんには絶対バレてない自信があるんだよね」とは何の根拠も無い。


・・・絶対バレてるって(笑)

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2005年6月20日 (月)

声についての考察1

例えば街ですれ違う人の顔を見て、その人の声を想像してみる。
また逆に、例えば声だけを聞いて、その人の外見を想像してみる。

前者はそれ程の食い違いが無い事が多い。
だが、後者は時に大きなギャップを感じることが多々ある。
おそらく前者は視覚から入る情報で、顔の輪郭や首の長さ喉の太さなどの条件をある程度分析し、声をイメージできる事によるものだと思う。
逆にいえば後者も同じなのであろうが、情報量としては圧倒的に少ない。


まだ少年時代の頃。ビートルズの歌を聴きだした時。
どういう訳か僕の中では長い間ジョンとポールの声が入れ違って認識されていた。
手掛かりはテープから聴こえる歌声と、そしてビートルズが演奏している写真だけ。映像やライナーノーツなどは手元に無かった。
ビギナーな少年にはレットイットビーがポールの曲だなどとは知る由もない。イマジンがビートルズの歌だと信じていたほど。

中でも食い違いが一番印象に残っている曲は「I'VE GOT FEELING」。
最初のヴァースからポールが引っ張っていくあの曲は、ポールの声をした丸眼鏡をかけたジョンがリードヴォーカルだと思っていた。
今ではあまりに滑稽過ぎてそう感じる事すら難しいけれど。
ポールのあの人懐っこいどちらかというとかわいい顔からあのソウルフルな声が出ているのだとは夢にも思わなかった。
そしてヴォーカルをジョンに渡し「Everybody had a hard year」と繰り返す部分の声こそポールの顔から出ていると信じていたのだ。

今だからこそメンバーそれぞれ全員の声と顔は完全に一致しているが、聴きだした頃はこの四人組はそっくりな顔をした単なる外国人。しかも何故だかアメリカ人だと思っていた^^;
だから何の予備知識もなく屋上ライブの映像を見ていきなりポールが歌い出した時のショックは大きかった。
何故なら外見的にポールが大好きだったから。だってジョンは中途半端な金八先生みたいな髪型だったし。
リンゴやジョージなど問題外。その他 2。みたいな^^

エッヂの効いた、錆びているがよく切れるナイフのような声がジョンのものだと知ったときから、僕はジョンの虜になってしまったのだ。


声とは、心の思いを形にするものなり。
始めに言葉ありき。そして言葉は、声からはじまる。

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2005年6月17日 (金)

バカボンのパパ

クシャミをするには大抵理由がある。
風邪をひいている、花粉症だ、胡椒を鼻で吸いこんだ、誰かが噂している、等々。
僕の場合、大抵の理由はこれだ。


車を運転している時。
廻りを見渡したりルームミラーで後ろを覗いたりすると、鼻の下を大きく伸ばして一心不乱に何かをしている人をよく見かける。
そう。処理をしているのだ。
かく言う僕もその一人。よく、やる(^^)

涙がチョチョ切れんばかりの疼痛が顔全体に走るが、何よりカーンと親指と人差し指を思いきり引いた時のあの爽快感は他では得難い。
また獲物が大きかった時などは大いなる達成感も得られる。

今日も、一本獲れた。仕事中に。コッソリやった。
おそらく喫煙が大きく関係しているのだろう。常にハナノアナの中を刺激しているわけだから。
今日のは大物だった。約1.5cm。太くて芯が強そうだ。こいつのせいで朝からクシャミ連発だったわけだ。まあこのくらいの大物なら仕方ない。
惚れ惚れする。保存しておきたいくらいだ。


以前にサマーと話していた。
僕がバンドの練習の最中に鼻をカーンとやるために練習を中断している時のこと。
僕がカーンとやるのをふふんと横目で見てサマー曰く「俺さあ、前にすっげえの抜いたことあるよ」
「ウソマジ?」
「うん。4cmくらいあったよ」


サマーよ。

それ絶対何か違うモノだって。
ソレが何かは知る由もないけど。

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2005年3月 9日 (水)

環境問題を考える

職場が環境マネジメントシステム(EMS…Environment Management System)の第三者認証を受けることに昨年末重い腰を上げようやく踏み切った。
とはいえISO14001などという重いシステムではなく、僕の会社のような中小企業にはもっと負担の軽いものだ。それは『エコステージ』という。

これは3年ほど前より大手の取引先から要求があったもので、その取引先の品質部門の担当窓口をしていた僕が暗黙的且つ自動的に実質的推進責任者となった。
当初僕は推進担当になることを拒んでいた。何故ならそれは社会一般的にEMSというものは総務部門の仕事だと認識されていることに起因する。環境関連法(例えば廃棄物処理法など)の遵守等が必須項目だからだ。
その当時僕は品質保証課に所属していた。とはいえ課員は一人。要するに僕だけだ。
件のEMSには全くのお門違い。ど素人。だからいきなり任されても僕責任取れませんから。
そもそもEMSというものは経営に関わるものであり、いち部署で取り組むものじゃなく全社的なものだ。僕だって誰だって本業があるわけだし。システムを立ち上げることなど片手間で出来るものじゃない。

拒んでた理由はもう一つある。その時の上司の態度が逃げ腰に思えたことだ。
「大ちゃん、出来るやろ頼むわ」過去何度その言葉に翻弄された事か。そりゃあなた実務はネ、僕がキッチリしますから手を煩わすことはしません、でもちゃんと最後まで責任は持って下さい。上司であるならば。口が裂けても後ろ向きの言葉は吐いてくれなさんな。あ、アカン愚癡愚癡…(-_-)スミマセン。

またこういう類のものは長いスパンで見てようやく効果らしきものが顕われてくるものだ。そりゃ最初はイニシャルコストも手間もかかる。それを僕の居るいち部署からボトムアップして啓蒙を進めろって?そいつは全く違うんだって逆です、これはトップダウンしなきゃならないことなんだって…。は~空回り…。

そんな理由で取り組めば壺にハマることは判っていた。だからといって取引先の要求はどんどんエスカレートするばかり。窓口は俺。ブチ切れてほったらかしたろかと何度思ったか(^^)


ある時ビビッと来た。膠着状態の現状をなんとか動かしたいと。いや動かさなかんと。
そして遂に一念発起した。自爆玉砕覚悟で社長を動かそう。それしかない。どんな企画でも結局中間にブレーキをかける存在がある時は話が進まないのだ。だとしたらそんなブレーキなど捨ててしまえ。
環境に良いことを、会社にとって有益なことをしようとしているのだ。何を負い目に感じたり恥じたりすることがあろうか。腹をくくった。


いくら環境に良い行動だろうと、社内ではこれも実は賛否両論。
対象となる工場単位でいくら省エネ活動を進めても、今回適用範囲から除外した本社事務所では相変わらずエネルギーを湯水のように使っている。
だから本社サイドからこんな言葉も出た。「これって正直者がバカ見るだけなんとちゃうの?コストかけてこんなん導入するよりもっと経費削減出来るとこ見直したほうが手っ取り早いのと違う?」勿論その通りだ。んなこた最初から判ってる。
じゃあ今現状の廃棄物問題には誰がどう取り組むんだ?家庭から出る廃棄物の何倍もの産業廃棄物を俺らは出し続けているんだ。臭いものに蓋をする発想でここ数年誤魔化してきた結果がこの工場の敷地内に溢れたゴミの山なんとちゃうけ?ああそれは誰の責任でもないさ。それを管理するシステムが無かったことが問題だったんだ。
だからそれを今からやろうとしてるだけのことなんだ…。
めげそうになりながら。踏ん張ったさ。


要は意識の問題だ。
あらゆる問題を突き詰めていくと、最後は個々人の心の領域に踏み込まざるを得ない。
何でも根本的な問題というものは実はとっても小さいものなのだ。それをほじくり出して表に出してプチッと潰すことにより問題はいっぺんに解決の方向に向う。そんなもんだ。

社長に直訴した背景には色んな要素がある。勿論上司を無礙に扱ったわけではない。あくまでもこれは仕事だから。上手くやらなきゃ意味が無い。一人相撲をとっても自分が損を被るだけだし。
最終的に僕はこう考えた。EMSに取り組む理由をまず整理した。
①環境問題に取り組むことは間違いなく良いことだ。
②取引先に対しても会社としての清廉性をアピールするに大きな武器となる。
③背景には全世界・社会的な要求も大きくなっている。

…ならばどうしてうちの会社は取り組みを渋るのか。コスト面の問題だけだろうか?

そして気付いたのだ。
要は。
不本意ながらも引き受けた責任から僕自身が逃げていただけなのだ。
僕がやります!やらせて下さい!という姿勢を僕自身が見せれなかったことだ。上司の態度やら周囲の雑音を理由にして、要は僕がブレーキになっていただけだったのだ、と。
猛省した。だからまず上司を説得した。もう一度僕にやらせて下さい、だから協力をお願いしますと。程なくそれが社長に伝わった。そこから一気にトップダウンで話が進んで一月後コンサル契約を締結するに至った。

ここまで漕ぎ着けるのに3年近く遠回りした。でも無駄な時間ではなかったのだとも思う。
実際3年前にはISOより簡易なシステムというものは社会的に認知されていなかった。
だから、今がその時だったのではないかと振り返ってみてそう感じる。

最初は対応できる手っ取り早いところから廃棄物処理問題に取り組んだ。「ゴミのことなら大ちゃんに聞け。ゴミ大臣に(笑)」と冗談半分にからかわれたりもした。
四日市市の廃棄物処理業者のミズノの僕と同年代のM専務には大変お世話になった。色々相談に乗ってもらったり愚癡を(^^)聞いて戴いた。中でも僕を勇気付ける温かい言葉をかけて下さったことは一生忘れることはないだろう。
「山本さん、どんな会社でもゴミの問題に関してはね、冗談じゃなくゴミ大臣と言われるほど真剣に取り組む情熱を持った人がいないと解決しないものなんですよ」と。

運用を開始した工場全員の意識も最初とは違ってきているようにも感じる。
でも工場の人たちから「やり始めると面白いし気持ちいいもんだな!」なんていう言葉を聞くと本当に心からやってよかったと思う。
やらされているという意識から、誇りを持った行動へ。目には見えないが、結果として大きく意識が転換したのだ。


ジョンレノンは『イマジン』で「想像してごらん」と教えくれている。
オノヨーコは「ひとりで見る夢はただの夢です。けれど、みんなで見る夢、それは現実になります」と語る。
これはもう30年以上も前にジョンとヨーコが世界に向けて発信した考え方だ。
「イマジン」の想像力
一人一人が同じ方向性の夢とか希望を持つだけで、フワッとひとつ世界中の次元が上にあがることが出来る…2004年のジョンレノンスーパーライブに出演した宮沢和史さんは「すげぇメッセージをジョンは残してくれてたんだ」とインタビューで語っていた。


環境問題の根っこは、みんなの心の中にあるのだ。
立場や置かれている環境など何も関係ない。例えて言うなら政治家だろうとホームレスだろうと、会社員だろうと自営業だろうと公務員だろうと、大人であろうと子供であろうと、女性であろうと男性であろうと。何も関係ない。

大事なものはひとつだけ。決して忘れてはならないことがある。
自分ひとり頑張っても…などという無力感に苛まれる必要など絶対にないということだ。大丈夫なのだ。
もどかしくとも一人一人、じっくり話し込んで意識を変えていくしか手がないのだから。遠回りのようだけれどそれしかない。結果は一番の近道となる。振り返ってみた時。初めて気付く。
ただし勿論時間は限られている。だが焦る必要はない…と信じるしかない、こればかりは(^^)
何故なら焦っても何も変わらないし、だとしたら変えようと最後まで努力し抜くしかない。現状の中でもがき苦しむしかない。逃げずに。
想像することを、創造することを諦めずに。最後まで。
夢を、見るのだ。


先月末までにそこまでやり切って。そいで俺来週から新しい部署に異動になるんだもんなぁ。
やり残したことも沢山ある。何だか名残惜しいな。でも僕は僕なりに精一杯結果を残したぞ。それだけでもいいじゃん。
まあまた新天地でも自分の新しい使命を見つけて、必死こいて仕事するだけさ。
だって家族4人食ってかなきゃなんないからな~♪父ちゃん頑張るよッ(^^)

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