育児面

2009年4月29日 (水)

LIVE PERFOMANCE

今日4月29日昭和の日は娘らの晴れ舞台の日だ。
約一年前から通い始めたバレエ教室の年に一度の発表会の日だ。
家族のみならず一族総出で応援体制を敷いて(笑)当日に臨んだ。

なにしろ人前で演技する初めての機会となる日だ。彼女らの人生で。
だから今日という日は、特別な日なのだ。


このバレエ教室。服部バレエ研究所さんである。
こちらは指導方針が徹底している。稽古場に保護者は一切立ち入れないのだ。シャットアウト。それは子供達の甘えを断ち切るためだという。
親としては一度くらい練習風景を覗かせて貰いたい気持ちもあったのだが、許されない。
だから今回が、初めて目にする彼女らのLIVE PERFOMANCEなのである。


さて今日。
桑名市は大山田コミュニティプラザで開催された「小さなバレエコンサート」である。
バレエ教室に通う子を持つ家庭にとって、こういう一大イベントとなると出演する本人のみならず家族(いや、奥さんだ)もそれはそれは大変な一日になる。
出演する生徒さんのお母さん達何組かが、うちの奥さんの実家に集結し、お化粧から髪の毛のセットから付け睫毛からそりゃもう朝からてんてこ舞いの奥さん方の姿を横目にこういう場合父親はオブザーバーにならざるを得ない。というか手の出しようもない。精々準備が出来上がった後に写真を何枚かパチリパチリと取るのみくらいしか。


ブザーが鳴る。緞帳が上がる直前の一瞬。
その時緞帳の向こう側にいる側の気持ちというものは経験したものにしか決して解り得ないものがある。
逆に観る側としては実に気楽なものだ。緞帳の向こう側の気持ちに思いを馳せる必要などない。
ま、それでいいのだけれど。それこそが送り手と受け手の違いなのだから。だから例えそれがどんなささやかな会だったとしても、LIVEで人前に立つということは、そういうものなのだ。
その小さい胸にどれ程の緊張と興奮を詰め込んで、娘らはその時を待っているのだろう。
胸が苦しくなるような思いで、僕はその瞬間を待っていた。


自分なりに精一杯の演技を見せてくれた娘たちを、僕は心から誇らしいと思っている。
生涯、この日の経験を忘れず、これからもバレエに限らず色んな舞台で、自分らしい素敵なLIVE PERFOMANCEを披露してくれるように成長して欲しいと僕は、願っている。

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2009年4月28日 (火)

ロードショー

早いものでこの4月から我が家のプリティツインズは幼稚園に通いだした。
本当に、早いものだ。ついこの前オムツを替えていたような気もするのだが。
以前ここに書いたとおり、これは我が家の教育方針でもあるのだが、子供達は就学前の一年だけの登園となる。
その意味では本当に妻が頑張ってくれた。子供を持つ家庭ではそれがどういう意味を持つのか察して下さるだろう。

ま、それで毎日規則正しいリズムで生活しようとしているわけだがこれまた切り替えが大変である。何しろいままで彼女らは平気で8時過ぎまで爆睡していたものをある日突然6時半に叩き起こされるようになったのだから。
ここ最近ようやく慣れてきたようではあるが、それでも土日を挟むと月曜は流石にきつそうな素振りを見せる。健気に起きてくれてはいるが。
園に通いだして3週間ほど経つが、既に今の時点で土日が恋しくなっているようだ(笑)
パパ、あしたやすみ?さいじつ? としきりに訊いてくる(笑)


このくらいの年頃の子供は、非常に好奇心旺盛である。何でも質問してくる。質問責めだ。
その質問内容は実に多岐に亘り、どこからどういう方向で飛び出してくるかまるで見当もつかない。フェイントなど一切なく常に直球だ。瞬間瞬間に脳裏をよぎったことを混じり気なしにぶつけてくる。だから受け取る側も真剣勝負で臨まねばならない。
そういう時、きちんと答えを返してあげると、子供は素直に喜ぶ。逆にこっちの歯切れが悪くなったりするとそういう時は非常に敏感で、それ以上追求はしないでくれている(笑)情けない話であるが。
まあ、良いのだ。わからないことは正直に分からないということも大事なのだから。
ゴメンね。パパも勉強しとく。こんな感じで僕としてはふざけた回答だけは絶対にしないようにしている。


で先日、こんな質問があった。
テレビを観ている時のことである。


「パパ、ロードショーってなに?」

僕は一瞬、言葉に詰まってしまった。言われてみるとロードショーって何だろう?そもそも。考えたこともなかった。

「ロードショーってね、映画のことだよ。映画館で映画をやることだな」
まあこんなところが模範解答と呼べる範囲だろう。ちょっと苦しいが。

「えいが?えいがをみるのをロードショーっていうの?」
「まあそうだな。映画館でね」
「えいがかんでえいがをみるのをロードショーっていうの?ふーん。じゃあ金曜ロードショーは?」
これは軽いジャブである。

「金曜ロードショーはテレビだよ?」
「…それはあのアレだ。金曜ロードショーはテレビで観る映画やろ?金曜日に映画がテレビでやるからな。だから金曜ロードショーだな」
「ふーん。じゃあ、じゃあ」

あの、すみません。もう勘弁してください。


「じゃあ、こうせいロードショーは?」
「…?」
「こうせいロードショーってなに?」
「…??」


こうせいロードショーって何?
それどこで聞いたんですか?いま?テレビ?
こうせいロードショーって、何ですか??


その時テレビに映っていたのは豚インフルエンザに関する政府の対応で記者会見に臨む舛添要一厚生労働大臣その人であった。

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2009年2月26日 (木)

風の歌を聴け

この季節は手洗いうがい励行が我が家の必須事項なのである。ま何処の家庭でも同じだとは思いますが。

ところで我が家ではここのところ給湯器がヤバくなってきており、湯温が程よく温まるまで結構時間がかかってしまうのである。
仕方ないからジャージャー湯水のごとく水を流し適温の湯になるまで待つのであるが、これが非常にもったいない。根が貧乏性なので温まる前に手を洗い出してしまう。なので温まった頃には完了しておるという寸歩である。んなこたどうでもいい。


で重要なのは手洗いうがい励行である。

先日、夕暮れ時にチビと一緒に帰宅してそしてお決まりのように手を洗おうとした。
その時は結構お腹が空いていたので「さ、さ、早く手を洗ってご飯食べようね」と言いながら僕は娘の介助をしてあげた。つまり背中から手を回し、袖を捲くってあげ、まだ水が冷たかったので嫌がる子供の手に石鹸をつけて一緒に洗おうとしてあげたわけである。


その時。
「グゥ…グォー…」というような音が聴こえた。幽かに。

手洗いの手を止め、チビは耳を澄まして遠くを見るような目でこう呟いた。
「パパ…風の音がするね…」

その時、外では雨混じりの風が結構吹いていたのだ。
春の嵐だ。


こんな風に時として大人びた仕草や言葉遣いをする我が娘。
こうして一つ一つ大人の階段を上っていくのだなあ。


なので実はその音が、本当は僕のお腹から出た空腹音だとはそんな目をしている娘には、僕は言えなかった。

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2009年2月24日 (火)

スーパーで熟読

どうやら僕には生鮮品等の買い物をするセンスというものが欠落しているようなので家族でスーパーに買い物に行くような際は専ら子守に専念することになる。
空のカートに子供を乗せ最初は奥さんの後を付いて回るのだがそうこうするうちにはぐれてしまい、店内をグルグルとさ迷うことになる。当てもなく。

基本的に僕は文房具が大好きなのでこういう場合はそのコーナーにも当然のように立ち寄ることになる。特に何を買うでもないのであるが。財布を持参していないのでね。
そんな時に新機能の文房具が並んでいたりすると非常に幸せな気分になったりする。まあ文房具は今日の話題にはなんら関係はないのでどうでもよいが。


で店内を巡るのにも飽きると落ち着く先は書籍のコーナーとなる。
然るに主婦層が顧客の多くを占めているスーパーだけに陳列されているものはやはり主婦向けのものが圧倒的に多い。ファッション関係の雑誌やら住まいや料理に関わるもの等々である。
次に多いものが子供向けのものだ。「たのしい幼稚園」とか「おひさま」とか。プリキュアとか仮面ライダーとか。
うちのチビ達も例に洩れずこの辺がモロにストライクゾーンど真ん中なようで、このコーナーに立ち寄るや否やちび達はカートに乗り込んだままで思い思いの書籍を手に取り熟読態勢に入る。非常に微笑ましいものだ。
で後はお父さん向けのものが少量並んでいる。パソコン雑誌やら車雑誌やら文芸雑誌やら。余談だがこの文芸雑誌は表紙になぜか艶かしい画が付いているものがやたら多い。僕の名誉にかけて記しておくが僕はそれに手を伸ばす域にはまだ達していないので手にすることはない。手にしたいかどうかは別問題として。

とまあざっとこんな感じなので僕としては何より好きな書籍を目の前にしているにもかかわらず僕の読むべき書籍はそこには見付からないのである。残念ながら。
ま早い話がそこには僕の欲するPlayerやGuitarMagazineという音楽系の雑誌など皆無なのだ。残念ながら。置いてあることを期待するだけ虚しくなってくるのだす。


だから仕方ないので僕は適当に目に付いたものを手にとってパラパラとやるわけであるが、その日は非常に興味をそそる雑誌が置いてあったのでそれを読み耽ってしまった。

Logomu2
ムーだ(笑)


決して僕はオカルト的なものに興味津々な訳ではないが、この手の書籍には子供の頃から弱いのである。中でも特に矢追純一的なものには。
好きか嫌いかと訊かれれば、大好きなのである(笑)
矢追純一のUFOスペシャル。あのジングル。テテテーテテテテテー。最高です。いまだにあれを超える特番はありませんねえ。少なくとも僕の中では。


スーパーの片隅で書籍を一心に読み耽る親子の図。
本好き親子を自認している我が家にとってある意味これも価値的な時間の過ごし方なのである。
例えそれが「たの幼」と「ムー」であったとしても。

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2009年2月10日 (火)

音楽の絵本

2月7日に桑名市民会館大ホールにクラッシックのコンサートを聴きに行ってきた。

F004757720080508182439_2『音楽の絵本』コンサート


子供たちと近所にあるサンシティに行った時。
そこのインフォメーションコーナー付近に貼られたこのポスターを目にした瞬間。
心奪われ「行こうか」となった寸法である。
無論、心奪われたのは僕である。


だが何しろ果たしてクラシックのコンサートだ。
子供たちはジッと耐えうることが出来るだろうか。というような心配はそもそも完全に杞憂であり、会場に着くや否や居るわ居るわちびっ子が。乳幼児が。生まれたてと思しき赤子まで。
そう、これはちびっ子を対象としたコンサートなのだから。

とは言え、子供向けと侮ることなど出来ない。
音は最高だった。一流の演奏家が集結している。大人が聴いても聴き応えのあるステージに純粋に感動しました。


出演は管楽器組のオカピさん率いる「ズーラシアンブラス」、弦楽器組の「弦(つる)うさぎ」。
演奏家全員が動物の着ぐるみ(というか被りもの)を身に纏っての演奏である。
その衣装はクラシックのコンサートだから写真の通りタキシードとドレス。
そして全員手袋着用。人間ではないわけだから肌の露出があってはならぬという寸法か。なるほど。

ここだけの話僕も昨年末に着ぐるみ的なものを身に纏い演奏した経験がないわけではないのでその苦労は若干は分かります。
あれはやり辛かろう。弾きにくかろう。手袋着用でヴァイオリン?まじで??ビックリしました。でも何より暑かったでしょう。うんうん。みなさま本当にお疲れ様でした。


それにしても前述の通り音は一流。
動物の演奏家の方たちは一言も声を発することなく、音楽だけで観衆を魅了するわけです。いや、音楽だけでなくその身体の動きやアクション、そしてステージング。
言葉でなく身体の動きで笑を誘うなんていう芸当はまさしくもうパントマイム芸術の域にまで達しています。何より音楽で人を笑わせるっていうことは本当の実力を必要とする最も難しいこと。
恐れ入りました。音も演出もまさに芸術。


ホールとしては結構小さい方なのかもしれない桑名市民会館大ホール。それでも最新鋭の立派なホールだ。
流石にマイクで音は取るだろうと思いきや完全なアンプラグド。
管楽器はまあ分かります。ですが弦(弦楽四重)もマイクなし。生音一発勝負。
そのサウンドはもの凄く綺麗でそして繊細で、まさに「音」とは目には見えないけれど空気を伝って耳に届くという感じがよく分かりました。それを改めて教えて貰えただけでも感動です。


090207_150944で演目が終わってからロビーでサイン会があるといいます。
子供たちにサインどうする?と確認するまでもなくパンフレットを購入しそこにサインして貰おうと僕の一存で決定。
ついさっきまでステージの上にいた人たちがいま目の前に!すっかりミーハーですわ(笑)
でもなんだろう、このドキドキした感覚。握手させてもらおうかな。要はファンになっちゃったってことですわ。ハッキリ言うと(笑)


僕たちの席はかなり後方だったので、チビたちはステージ上で見えるサイズと今目の前にいる人(動物)のサイズが感覚的に一致しなかったみたいで、目の前の彼らの思いの外大きいその頭部にチビCは恐れをなし、握手を拒むとオカピさんは何とも悲しそうなジェスチャーを(笑)
どこまでも芸達者な人たち。愛すべき楽団。うん。完全にファンです。


また近くにコンサートに来てくれたら絶対に聴きに行こうねと一同堅く約束をして帰途についたのでした。


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あと余談ですが。
本当の余談ですが。


F0047577_8492234弦うさぎさん達。
ドレスもとても美しくて、演奏も素晴らしくて。お辞儀のしかたも本当に愛らしくて。
最高なんです。


けど、
どうしても、あの。


矢追純一さん系の。
あの、


グレイに。


見えてしまうんですが。

あ、いや、でもだって皆さん出てきたら泣き出す子供結構居たんです(笑)
…でも僕は大好きですよ~!

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2009年2月 9日 (月)

天狼星(シリウス)に

とある機会で歌を歌わせていただいた。


そこでは何を歌っても良かった。完全に僕の自由。
それだけに何を歌うか。何を伝えたいのか。
悩んだ、悩んだ。


この歌の存在は以前から知っていた。
でもその時は声に出して歌おうとは思わなかった。いや、歌えなかった。
僕が歌える歌ではないと思っていたからだ。
そこまで、僕は到達していないと。そう思っていたからだ。


そして娘が生まれて。家族が増えて。
日一日と大きくなってく彼女らの姿を毎日目の当たりにして。


何時か訪れるだろうその日のことを、時折想う。
うまく想像すら出来なけれど。
間違いなく彼女らにも僕と同じように、彼女らの人生があるのだ。
自らの足で、力で、道を歩んで行くのだ。


ふとそう思った時にこの詩の一節が心に浮かんだ。

父さんよりも 愛する人が
出来るなんて 思わなかった

不覚にも涙が零れそうになったが、そこは堪えたよ。
だって情けないじゃんね。


天狼星に

自分だけは だませなくて
独り夜汽車で 旅立つけれど
ひとつひとつ 数える駅の
数だけ不安も 数えている

それほど遠くへ行く訳じゃない
それが悲しい理由でもない
父さんよりも愛する人が
出来るなんて 思わなかった


膝の荷物が 二十余年の
重さというには 軽すぎるけど
いつか何処かで 根付いたならば
許してもらえる そう信じてる

窓から見上げる夜空にひときわ
輝く星の名は知らないけれど
蒼い光に かけて誓う
何があっても くじけない

それほど遠くへ行く訳じゃない
それが悲しい理由でもない
父さんよりも愛する人に
出会うなんて 思わなかった

父さんよりも愛する人が
出来るなんて 思わなかった

 詩 さだまさし

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2009年1月19日 (月)

消費税

休みの日になると大体いつも買い物に行く。子供らと。
ターゲットは、お菓子。いや駄菓子だ。

昨今のスーパーやコンビニには子供用の小さな買い物用籠が常備してある。通常の籠の1/4サイズくらいのものだ。
これは大人のように小さい頃から買い物の仕方を覚えるには大変よい社会勉強にもなる。とは言えまんまとお店側の策略にはまっているような気もするが。しかし小さい籠を片手にお目当ての商品を取捨選択している姿は実に可愛いものであるからまいいや。


ママと一緒に買い物に行くときは大体がかなりの制限付になるのでチビ達は僕と一緒に行く時は実に奔放になる。
かといって無制限になれるわけでもないので先に予算を決めておく必要がある。

近所のユーストアの入口前で今日の割り当て分を支給する。
「はいこれ」と言って僕は百円玉一個を手渡す。
「え〜百円?」チビ達はふくれっ面になる。
「いいの。これで買えるだけ買えばいいじゃん」
ま、でも貰えたものは儲けものという寸法で意気揚々とチビ達は店内に入っていく。


件のお店の入口付近には100円ショップがある。
そこを通り過ぎてお菓子のコーナーに行かんとするその刹那、下のチビLが100円ショップの玩具の前で足を止めた。

「今日はお菓子はいいや。これにしとくわ」とお医者さんごっこセットを手に取りLが言う。
「ふーん、いいよ。じゃあそれにしときな」と僕は答えてハタと気づく。
たとえ100円ショップでもその商品を100円で買うことは出来はしないということに。

気がつくと既にチビはレジに並んでいる。僕は慌てて後を追いかける。
で「Lちゃん今日は駄目だよ。これは買えないよ」と僕は伝える。
すると思いもよらなかった僕の通達にLは一瞬にして目に涙を一杯に溢れさせるという必殺技を披露し、大声で泣きはじめる。
「イヤだ〜!買うの〜!」

大体いつもここで僕は根負けして不足金を支払うのであるが、この日ばかりは僕の小銭入れの中には1円玉が3つしか残っていなかった。さっきタバコ買っちゃったからね。

「駄目なんだってLちゃん。消費税が掛かるんだって」と僕は真剣に訴える。
「ちがう!100円で買えるの!これがいいの!」とLは繰り返す。
「でも消費税が掛かるんだってばさ…」

そうこうする内に段々恥ずかしくなってくる。100円ショップのレジ前で消費税について語り合う親子の図。何というか…。


すると上のチビCが一気にこれを解決する。

「はい。貸してあげるよ」と手にした100円玉を妹の手に握らせたのだ。
Lは文字通り現金に無邪気に満面の笑みを浮かべる。
「Cちゃん良いの?」と僕は言う。
「いいよ!お姉ちゃんだもん」とC。
これで問題は無事解決し、Cはお釣りの95円を受け取る。
すると今度はCが驚愕の表情を浮かべる。

「え〜!?すごい!100円が95円になっちゃった!…増えたよ!!」と(笑)
僕はしたり顔で頷く。「そうだよ。いいことすると得するんだよ」


そしてCは31円と50円のお菓子を二つ仕入れ、手元に残金14円を残しホクホク顔でこう言うのであった。
「パパ、いいことするって気持ちいいね〜!お菓子二つも買えたしね。Lちゃんもおもちゃ買えてよかったねえ〜」


何ともはや。

僕は愛している。心から。
この子らを。

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2009年1月17日 (土)

お年玉

つい先日御節や御屠蘇を口にしたばかりだというのに最早一月も終盤に差し掛かっている。
恐るべきスピードで毎日が過ぎ去っていく。猛烈な。もの凄い。スピードで。


しかし子供とは見上げた存在である。
お正月がやってくる度にいとも簡単に手に入れるのである。大金を。労せずして。
ぽち袋に入っている真新しい千円札をよくよく全部数えてみると2万円弱ある。うーむ5歳児にはちょっと多すぎる金額だ。世間の金融不安などどこ吹く風といった塩梅である。

お年玉が入ったら好きなもの買っていいぞと約束していたので、昨年末から彼女らが目をつけていたという件のものを早速仕入れに行く。待ちに待ったお年玉解禁だ。
どうだたった数日我慢しただけで手にした時の喜びはこんなにも違うのだぞ。好きなだけ思う存分遊べばよい。粘土で(笑)

件の粘土だけでは到底全額は使い切れない。件のものは精々数百円のものだからだ。
従い彼女らのミッキーの財布には相当量の備蓄金が残ることになる。

でもまあまだ5歳児だ。結局のところ、お正月が過ぎれば彼女らの手にした大金は母の手によって彼女らの銀行口座に振り込まれてしまうわけであるが、それまでの数日は自分らのミッキーの財布に札束(!)を忍ばせて悦に入っている姿などは実にかわいいものである。

時おり娘らは札束をペラペラとやりながら横目で僕をチラチラと見る。
なに?その目?欲しいの?と言わんばかりである。
そしてオモムロに札束からペッと一枚の千円札を引き出し、ペッと僕に渡す。



「いいよ。使って」
と言う。


ちょっと待て。

娘に施しを受けるほど落ちぶれてはおらん。
またそんな風に育てた覚えはない。


正直喉から手が出そうになるのが事実だとしても。

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2008年10月22日 (水)

反故確定

仕事で疲れ果てていようがいまいが帰宅すると玄関で大歓迎される。
娘らに。

仕事で疲れ果てていようがいまいが考えてみるとこれは実にありがたいことである。これほどまでに僕の帰宅を首を長くして待ち焦がれていてくれる存在とはわが子をおいて他には決してないであろう。
ただ仕事で疲れ果てているような時は正直勘弁してくれと一瞬思ったりもする時も実際あるのだが、それは恵まれた悩みというものだろう。

うん。
ま、雰囲気的にちょうど晩ご飯が終わった時間のようである。
よーしじゃあ一緒に入ろう。お風呂に。
仕事で疲れ果てていようがいまいがこれは僕にとっては癒しの時間だ。


で湯船で遊んでいると上のチビがオモムロにこう訊いてきた。

「ねえパパ、パパはいつまで一緒にお風呂に入ってくれるの?」


僕は暫し考え「うーむそうだな。おマタにおケケが生えてきたらさすがにちょっとマズイかな」と答えた。
するとチビは残念そうにこう返してきた。
「え~そおなの?んー、でもパパが一緒に入りたいときは入ってあげるよ」


うん。
ま、いいや。

こんな口約束など早晩反故にされるには違いないにしても。

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2008年8月17日 (日)

ポニョ

ポーニョポーニョポニョを観てきた。
強力なリクエストが入ったので。チビ達から。

毎日、毎日、リクエストが入った。「行く?ポニョ。今日行く?明日行く?」…毎日である。
で「よーし明日行こう。ポニョ行こう」
で観てきた。家族で。
だがホントは自分も観たかったのだ。実を言うと。


チビ達にとっては初めての映画館での観劇である。だから若干不安はあった。果たして2時間近く持つだろうかと。集中力と辛抱が。チビ等の。
だが結果心配には及ばなかった。ちゃんと持ち堪えてくれた。途中一回のトイレ休憩を除けば。…僕の(笑)

でポニョは実に面白かった。
だが人魚姫の話である。果たしてハッピーエンドとなるのか?
とまあ大人のそんな邪推はチビ達にはどうでも良いわけで、目の前の大スクリーンに映るポニョや個性的なキャラクターが生き生きと動いている様を見つめるその目は本当にキラキラ輝いていた。
そんなチビ等を横目で見てその姿にジーンときてしまった親バカな次第である。


でポニョは実に面白かった。
主人公のポニョと宗介の二人は5歳であり、そしてそれはうちのチビ達が間もなく迎える年齢である。
この映画を”本当の意味でリアルタイムで”観ることの出来る彼女らがちょっと羨ましかった。

物語の中の色んなシーンで笑い、驚き、そして一緒に歌うことの出来るその瑞々しい感性を、出来る事なら忘れないでいて欲しいと思う。生涯。この子達に。



歌は、デモヴァージョンの方が断然、良い。その声の余りの愛らしさに思わずケータイの着信音にもしてしまった(笑)
そして多くの人がそうであるように、気を抜くと頭の中で鳴ってしまうのが難点ではある。

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2008年8月 4日 (月)

リアルまる子

こないだの土曜日お隣の町東員町にちびまる子ちゃんの一行がやってきた。
で観に行ってきた。

劇団飛行船の方々によるマスクプレイミュージカルだ。
僕の唯一の気がかりはまる子の声がTARAKOさんかどうかのただ一点であったが、それは見事にクリアされていた。
要するに録音・編集された音声にライブで完全に動きを合わせるという神業集団によるミュージカルだったわけである。
アドリブ、厳禁である。


僕達家族の席は会場最後列から3列目くらいであった。これがなかなかよかった。ステージ全体が見渡せたし。
でステージが始まる前に、お姉さんの声で場内アナウンスが流れたのだが(これは録音でなく生)、場の雰囲気に推され思わず僕も一緒になって大声を出してしまった。
「さあみんなでこれからまるちゃんを呼びましょうね〜!1、2、3、まーるちゃーん!」
「まーるちゃーん!」
てな具合でタイミングバッチリでピーヒャラピーヒャラとテーマソングが流れそして緞帳の前にまるちゃんが「こんにちはー!」と元気一杯飛び出してきた。
途端に前列5列目くらいまでの子供達が一瞬硬直したように見えた。

まるちゃんがリアルだったのだ。
そしてこれは充分に予想できた筈だが、思いのほか大きかったのだ。身体が。
そして頭蓋が。
肩幅、一杯である。

まあステージが始まってしばらくするとその頭蓋サイズにも慣れ、物語にすんなり入り込む事が出来た。
まるちゃんとたまちゃんの間の信頼とクラスのみんなの友情と家族の愛情が一杯詰まった良いストーリーだった。


生の舞台はやっぱりいい。
舞台終盤、フィナーレの時に客席にまるちゃんとたまちゃんを除く全員が下りてきて、子供達みんなに握手のサービスなんかしてくれるわけである。
そして最後列あたりの僕の家族の席にも、来てくれた。


友蔵が。


頭蓋が異様にでかく、そして頭蓋の尖った友蔵が。
ステージ上で他の誰よりも一番いい動きをしていた友蔵が。

リアル友蔵が。


上のチビはかなりビビリつつも握手に応じ、そして下のチビは椅子から転げ落ちんばかりに逃げた。友蔵から。
そんな彼女らの談話である。

上のチビ談「友蔵、手が冷たかったね」
下のチビ談「友蔵、ワニより怖かったね」

事実、至近距離で見る友蔵は、ある意味凄まじかった。巨大頭蓋の頭頂部までの身長はゆうに190cmを超えていた。
ちなみに妻は、花輪君に来て欲しかったようである。


そしてホールの建物を出て駐車場に向かう時に、ホール裏の搬入扉辺りに汗みどろになって煙草を吸っているおじさん達がいた。
僕は心の中で「お疲れ!」と言った。
きっと彼らこそ、数分前まで友蔵やヒロシや丸尾君や花輪君だった人たちに違いないからだ。
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2008年7月28日 (月)

至福の時

背中がカユイのである。


で、掻く。
ふと指を見ると何やら付着している。

皮だ。
どうやらその段階に達したようだ。


で頼む。剥いてくれまいかと。娘らに。
最初は激しく拒絶される。まるで汚いものに触るかのようだ。確かにその通りだ。そんなおぞましいもの僕でも出来れば見たくない。鳥肌が立ってくる。
でも僕が採取した綺麗なサンプルを見せてあげると一転、そのサンプルに俄然興味を示し掌を返したように取り組み始めてくれた。

こういうものは一度軌道に乗るとうまいこと進んでくれるようである。
今日などうつ伏せに午睡していると勝手に僕のシャツをたくし上げ、作業に掛かってくれていた。
大きいのが獲れた、などとはしゃいでくれている。

まどろみながら軽くチクっとしながらも娘らがピリピリと剥いてくれるこの瞬間とは、まさしく父親冥利に尽きる至福の時といえまいかと考える僕は変態なのだろうか。


でも5分もすると飽きるようである。
で後は自分でピリピリとやるのである。

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2008年7月22日 (火)

古い

前述の記事のカシマシ三人娘カノリノワカサ。
だが忘れてはならない人物がもう一人居る。ワカサの妹ハルカだ。


ハルカは1歳だ。
だがハルカは自分を4歳児と思い込んでいる。
そりゃそうだ。上に3人もの強烈な姉が居るのだ。彼女らと自分も同じことが出来ると確信しているようだ。


でハルカ。
ハルカは高い高いが大好きだ。
先日高い高いをしてあげた時勢い余って鴨居に頭をぶつけてしまった。
笑顔が一瞬にして引きつり見る見るうちに泣き顔になってしまい泣き出す寸前に抱きしめていいこいいこしてあげて何とか事なきを得た。ハルカ、済まんかった。許せ、ハルカ。


でハルカ。
自称4歳児の姪っ子の彼女に僕は様々なことを仕込んでいる。

手始めは志村けんの「アイーン」。これは完璧にこなしている。
ここだけの話今は変なオジサンを仕込み中だ。誰にも言っていないが。


ハルカは飲み込みが早い。仕込んだ途端にモノにする。スジが良いのだ。
ここのところの仕込みヒットは「ゲッツ」だ。ダンディ坂野だ。ガニ股になるところなど完璧な仕上がりだ。
で密かな次の目標はゲッツ・アンド・ターンだ。


だがハルカの父は一言、こう言ったそうだ。
「古いね」


…確かに。
Photo

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確定

これからこれが毎年恒例の行事となることが確定した。


一度体験させてあげたかったのだ。
本物の海を。


我が娘カノとリノそして同い歳の従姉妹ワカサ。この三人が揃うと最強だ。読んで字の如くまさしく姦し娘。ところでこの「姦しい」語源的には正しくは「囂しい」が正解らしいがんなこたどうでも良い。

でカノリノワカサ。小悪魔三人衆。
彼女らを黙らせるには大人が激昂する以外にない。思い切り感情を露にした時点でようやくあ、この人は怒っているのだと理解されるようである。全く何時まで続くのかこの果てしなき闘争は。まいいや。


で海。

行ってきました。
三重県は津市。御殿場海岸へ。
偶々入った海の家は「みよし」。まあ「みよし」が一杯だったから店のオバチャン公認で隣の「みはま」へ回されましたが。

大人にとって海の最大の楽しみは七輪で食べる貝だ。少なくとも貝好きの僕にとってはこれ以外の楽しみは何もない。
パカッと口を開けたところにちゅーっと醤油を注ぎプルプルの身をハフハフいいながら頬張るこの至福さよ。
堪りません。どれだけでもイケます。


で海。

行ってきました。
子連れで。じいちゃんばあちゃんを巻き込んで。
4歳の子供三人連れて行くわけですからとなると最低でも大人が三人要るわけです。
同時に浮き輪つけて三人の子供が海に入るわけです。子供は自由人ですから勝手気ままに動くのです。僕は当然ながら三つ目なわけではありませんので同時に三人の行方を追うことは物理的に不可能です。二人が限度。
遠浅で溺れることは無いにしてもそれでも視界から消えることは危ない。だが大人で水着を持って来ているのは僕だけ。じいちゃんはラフな上下。この時点でじいちゃん海入り決定。


で半日近く遊んで帰ってきましたが、当初の目的であったチビ達に広大な海を体験させてあげるというこのミッションは完遂。
同時に強烈な日焼け体験も完遂。もちろん子供達には日焼け止めを完全に施しましたがそれ以上に真夏の太陽は強烈でありました。チビらは背中にワンピースの水着の跡クッキリです。大体海に入ると日焼け止めも流れちゃうしね。
じいちゃんと僕は上半身火傷に近い状態です。むーんTシャツ着ておくべきだったか。後悔先に立たず。
余談ですが背中が焼けると車に乗るのがきついです。特にシートが焼けた状態の車は。ちょっと快感ではありますけれど。
今は上半身全体が超痛痒いです。


で海。

ということでこれからこれが毎年恒例の行事となることが確定したのであります。

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2008年7月21日 (月)

安息の場

扉を閉め、施錠する。


見つからないように僕は気配を殺し、そーっと、そーっと足音を忍ばせて扉の向こうに滑り込むのではあるが、ガチャリという扉の音に反応し目ざとく発見されてしまう。
発見されたが最後、扉を叩かれる。しかも、激しく。
無視していると一層激しくなる。ドアノブをガチャガチャと回され、電気はON-OFFを繰り返され、そして早く出て来なさい、そこで何をしてるんですか、などと扉の向こうで騒いでいる。
この様はまるで借金の取立てに来た暴力団の追い込みのようだ。僕の言い分などただの一言も言わせてくれない。まさに問答無用、である。

さらに扉越しに確認される。ウンコなのかシッコなのか。答えなさい。と。
この時、ウンコと答えたりなどした場合は扉の向こうは爆笑の嵐だ。その上さらに一層激しく追い立てられる始末である。これでは出るものも出ない。


我が家に僕の安息の場は、すでに無い。
それが愛されている証拠であるのは間違いないとは思うのではあるが。

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2008年7月11日 (金)

奇跡のシンフォニー

奥さんを誘って映画を観に行った。


こういう場合、チビたちには内緒だ。当然のごとく。
まだ大人の映画を観るにはちょっと早い。悪いけどゴメンね。
そんなわけでじいちゃんばあちゃんの全面的協力のもと、パパとママはとっても大事な用事があるからちょっと出かけてくるからね、今日はじいちゃんばあちゃんとねんねするんだよ、という寸法だ。その代わり帰りにお土産を買ってくるからと約束をすることになるのではあるが。

最近は上のチビ(双子のお姉ちゃんの方)などめっぽう知恵がついてきて、かなりの推理力と洞察力を持ち始めている。侮れないのである。
一夜明けた翌朝、チビ姉の第一声はこうだった。
「ねえパパ、昨日大事な用事って言ってたでしょ。なのになんで草履で行ったの?ダメじゃない!ちゃんと靴履いて行きなさい」
我ながら迂闊ではあったが、どうせ映画観るならリラックスして観たいからさ。幾らなんでも軽い気持ちで履いて行った草履のことを指摘されるとは夢にも思わなかったので正直、面食らった。
こやつ、出来る。


で映画。
ワーナーマイカル桑名のレイトショーを観に行った。レイトショー、安いし空いてるからね。ゆっくり出来る。

誰でもそうなのかも知れないが、これは、これだけはスクリーンで観なきゃいけない、という映画が年何本かある。
この映画は観る前からまさにそうだと確信できる映画だった。
しかもこれは一人で観ちゃいけない。恋人か、夫婦か、そういう関係の二人で観なきゃならない映画なのだ。
ということで奥さんに頼み込んで無理やり家事やら育児の合間をこじ開け夫婦で時間を創り、観に行った。


329926view002で映画。

素晴らしかった。映画を観てこれほど全身に何度も鳥肌が立ったのは久しぶりでした。
内容には触れません。

物語もさることながら、最初から最後まで全編を通して流れる音楽の素晴らしさ。これだけはその場に行って体験するしかありません。
とにかく心地よかった。まるで映画全体がひとつの音楽になっているようです。
それにしてもクラッシックとロックがここまで見事な調和を保っている映画なんてそうは無いのでは。

またストーリーについては、全てを素直に受け入れることが何より大切なのだと思いました。
なんせ「奇跡」なのですから!

ありえないなんて思ってしまうようならばその人はきっと何か大事なものを知らない内に何処かに置いてきたまま大人になってしまったんだなと推して知るべし。きついようだがそうとも思ってしまう。そのくらいピュアな映画。


帰りに妻と話す。
それにしてもこれ以上ない邦題をつけたね、と。

確かに。
原題(AUGUST RUSH)のままでは知らない人にはさっぱり意味が解らない(笑)
英語的には何かの含みがあるのでしょうか?


あ、で、サントラも即Amazonで購入しちゃいました(笑)
それくらい音楽が良かったんです。
多分、音を聴いただけでいろんなシーンが蘇ってきて、またジーンとしちゃうんだろうなあ。


もう一回観に行きたい、と本気で思える映画。
おすすめです。

(7/12追記)
サントラですが、予想に違わずこれもまた良いです。そうそう、これはあのシーンだ、と映像が目に浮かんできます。

またアコースティックギターが物凄くかっこよくて、まさに故マイケル・ヘッジス御大そのものサウンドという感じ。押尾コータローなんかが好きな人にも堪らないかも。
タッピング奏法というかなんというか弾くというか叩くというかあのギターの音を出しているのは女性ギタリストのカーキ・キングさんというお方によるものらしいのですが、はぁ、女性だったなんて。凄すぎる。
また手の部分が大写しになる実際の映画の中の映像もこのお方によるものだそうです。これも驚きですねえ。

ロック面の音源のプロデュースはジョン・レノンやビリー・ジョエルやジュリアン・レノンを手掛けたあの大御所フィル・ラモーン氏とのこと。道理で音がいかしてるわけだ。

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2008年7月 4日 (金)

念書

念書とは、形式としては誓約書に近いもので、一方がもう一方に対して約束する内容を記載して差し出すもの。
通常の契約書は、お互いが合意した内容を互いに承認して同一内容の書面を2通作成して、お互いが署名(又は記名)捺印するが、念書は、差し出す側の署名/捺印のみとなる…


ここ最近、念書をよく作らせている。

「約束できるか?」との問いに「出来る」とのことなので、それならば「じゃあ紙に書いて残しておいてくれ」という寸法になる。
こういう展開になると、ともすると強制的に書かせている印象を与えがちになるかもしれないが、決してそうではない。むしろ先方は喜んで書いている、といった風情である。

だがいざ実際に念書を作成するとなるとなかなか難しかったりする。慣れない文字を使ったりするからだ。そういった場合僕が横でガイドをする。参考書籍などから抜粋して該当する文字を探してやるわけだ。
だがこの場合、結構気を遣うことになる。
先方が知っている字を探し出して見せてあげたりなんかすると先方のプライドをいたく傷つける場合が想定されるからだ。そんな字教えて貰わんでも知っとるわ!みたいな感じになり若干空気が気まずくなったりする。なかなか難しいものだ。


で今回書き上げてもらった念書。

時間的制約や体力的理由などのノッピキナラナイ事情により、先方としてはどうしても本日中にそれを遂行することが出来ない、とのことだったので、明日それを必ず行なって貰いますよ という内容の念書だ。
念書としてはまんずまんずなかなかの出来栄えであった。
先方も僕も双方、その出来栄えに惚れ惚れしたほどだ。


『あしたのあさ はみがきをします やくそく』
時間にして半時間ほどかけてその一文を書き上げた後、念書が完成したその達成感と全ての制約から解放された先方は、僕の腕枕の上で安らかな眠りに入っていった。

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2008年6月25日 (水)

初夏の夜の夢

今夜、やっと約束を果たせた。娘らとの。
いや、約束とはいえそれ以上に自分が楽しみにしていたのかも知れない。


「今日、行くぞ」 と仕事帰りに妻に連絡を入れる。
「ン。わかった。途中まで車で迎えに行く」 と妻は応えてくれる。
その後いつもの如く電話が回される。
「行くの?!ヤッタ!」「早く帰ってきなさい」 と次々に受話器から娘らの嬌声が聞こえる。

実は数日前に一度トライしていたのである。ところがその日は見事な失敗に終わった。
何故なら雨が降っていたからだ。根本的に間違っている。
しかも出発する直前にネットでチョチョッと適当に調べ、大体の当たりをつけて無計画に向かうという若干突っ走った感もあった。
今日はそのリベンジともいえる夜となる。会社の先輩から有力な情報も仕入れた。今日を逃せば明日はない。


桑名市内から片道小一時間。
車中で夕食代わりのお弁当を食べながら約束の地へ。
目指すは三重県藤原町のいなべ市立立田小学校

ところで本当にこんな所に小学校あるのか?周り真っ暗だし何もない。
ナビを頼りに程なくして現場に到着する。時刻は20時半。
駐車場が結構埋まっている。ナンバープレートを見ると「名古屋」とか書いてある。うーん?うちと一緒な訳か?

幾人かとすれ違う。すれ違いざま「一杯見れたね」とか聞こえる。期待が高まる。
だがそれ以外人の気配が全くない。さっきの駐車場の車の持ち主達は何処に?
校舎の裏の方からボソボソと声が聞こえる。子供の手を引き近づいてみることにする。
しかしとにかく真っ暗だ。外灯というものがない。足元がちょっと危ない。
話し声の主は小学生の少年だった。真っ暗闇の中先生と話していたようだ。小学生?この時間に?
声をかけてみる。「どこで見れますか?」
彼はしっかりした口調で答えてくれた。「あっちの林のほうに人工川があります。体育館の裏手です。そこへ行けば見れます」
「ありがとう」 とお辞儀をして家族四人でそこへ向かう。ついに、ここまで来た。


「どこだろう?こっちかな?」 と娘達と話していた時に何か光るものが視界の隅を横切った。
錯覚かと思いきやそうではなかった。暗闇に目を凝らしてみる。
その幻想的な光景に、その美しい舞に、僕はただただ立ち尽くしてしまった。
娘達はその光に負けないくらい、目を輝かせている。

大体が前に見たのは今からもう25年前、高校一年生の時のことだ。
当時の記憶なんていい加減なものだからその時どんな風に見えたかどんな舞い方をしていたのか完全に忘れてしまっている。


それにしてもこの世にはこんなにも美しいものがあるんだ。
本当に、夢のような光景だった。
この美しさを言葉にすることは出来ない。心に焼き付けるしかない。


ほんの少しでもいい。
今日この日に体験した何かが残って欲しいと願うばかりである。娘達の心の中に。

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2008年4月 3日 (木)

petit petit

何でもかんでも2セット要るのである。冗談抜きに何でもかんでも。


ある時は全くの同一品。
ある時は同仕様の色違い。
とにかくアレだ。絶対条件は形状や大きさが同じものであることだ。
差別化だけは断じて行えない。

お下がりなどという概念は彼女らには、ない。
後で貸してもらうなどという譲り合いの精神は彼女らには、ない。
シェアリングなどという発想は彼女らには、ない。
とにかく今を生きている。ただがむしゃらに。


「ダメー!!わたしのーー!!」
「ダメー!!わたしのーー!!」

彼女らが僕の膝の上で遊んでいるときなどステレオ効果抜群である。
その上微妙なピッチのずれ具合でコーラス効果もブレンドされる。
アンプの名機JC-120に勝るとも劣らない。


先日、またいつものように彼女らの間で戦が繰り広げられた。
争奪戦だ。

半透明のターゲットは彼女らの間で徐々に引っ張られ伸ばされ引き裂かれ、やがてその本質的機能を失っていく。そして無残にもそれはただのゴミと化していく。
何もそんなもので阿鼻叫喚するほどの戦を繰り広げなくともよかろうに娘らよ。父ちゃんは情けないぞ。
しかし現時点においてはそれが彼女らにとっての他の何物にも代え難いプライマリーターゲットであるのだ。


今日会社に届いた荷物の中に件のターゲットが入っていた。
いいことを思いついた。

綺麗に鋏でニ等分し、我が家に持ち帰ることにしよう。


聞けば無限にその行為を継続できる優れものもあるようだ(しかしこれはそもそも空気の抜ける瞬間のポヒュン感に快感を感じることと徐々に勢力を拡大する征服感が良いわけでこれはちょっといただけないような気もする)。
そんなことより彼女らの傾向を見ると興味が持続する期間は無限どころかごく僅かであるに違いないが。

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2008年3月23日 (日)

HIS

21世紀の今。2008年の今。

今時このアルバムをカーステレオで聴いている人など日本広しといえども皆無だろう。断言できる。
だが我が家のカーステではこのアルバムが超へヴィローテだった。一年ほど前のこと。


現在より遡ること17年前。1991年に結成された細野晴臣と忌野清志郎と坂本冬美の3人からなるユニットによるアルバム。ユニット名とアルバム名は各人のイニシャルからとって「HIS」。
またこのネーミングはダブルミーニングにもなっている。「叡智(H)を窮めて愛(I)するもののために進(S)め」である(笑)

どういう経緯だったか完全に記憶がないがこのアルバムが発売された'91年当初、真っ先に店頭で買い求めたことだけは覚えている。ちょっとどこかにこのアルバムにビートル臭を嗅ぎつけたからのような気もする。

企画もののキワモノアルバムかと思いきや実はそうではない。実に名曲揃いのアルバムである。
楽曲のアレンジは極めてシンプル。アコースティックな音作りが基本。
何しろ歌詞もサウンドも子供にも理解できる程のわかりやすさ。まさに音楽の基本がここにある。聴けば聴くほど味の出てくるスルメのような感じである。
とってつけたようなでっち上げのユニットとは明らかに違う。結成形態はそうであったのかもしれないけれど。
それにしても冬実姐の声がここまでポップスに合うなんて。流石の歌唱力である。
ジャケット裏には各人の学生服とセーラー服の写真がある。ここまで来るともう完全な確信犯(笑)


なんかいい子供に聴かせるCDはないかなあ~とほこりを被ったラックを物色していた時にこのアルバムに邂逅した。
然るにそれ以来。かなりの長い期間。
車中は渡り鳥カモカモの超へヴィローテの日々となったのである。
思わず大人も一緒に歌ってしまうほどの影響力。
HIS。やはり只者ではない。


将来。

この子らが「小さい時こんな歌聴いてたよ」 って友達や恋人に話しても誰も理解してくれないだろうけどね(笑)

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2008年3月 6日 (木)

男と女

車の座席の下に埋もれていたCDをプレイする。
久しぶりに聞くおかあさんといっしょのCDだ。

「パパこれは誰の歌?」と娘。
「んー歌のお兄さんとお姉さんが歌ってる歌だな」と僕。
「男と女の歌?」と娘。


そうには違いないが。
なんかそれはニュアンスが違うぞ。

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2008年2月28日 (木)

ひなまつり

子供は、作詞する。
うちの子も例外ではない。する(笑)

灯りをつけましょぼっこりに
お花をあげましょ桃の花
五人囃子の明太子
今日はたのしいひなまつり


大きくなるにつれて、ボキャブラリーも飛躍的に増えていく。その充実振りたるや目を見張るほどである。
昨日喋らなかったことが今日喋れている。驚異だ。


育児は難しい。

三つ子の魂百まで という。
子供が数えで三歳になるまでに覚えたり体験したことは生涯消えることなく、いろんな意味で(それはいい意味でも悪い意味でも)基本的な人格形成に影響を及ぼす という意味と僕は解釈している。
自身の体験を通して言えば、おおにしてこの時期は非常に忙しい。毎日がジェットコースターに乗っている様なものだった。あっという間に娘たちの三つ子の時期など通り過ぎてしまったような感である。
だが僕は彼女らに出来うる限り目一杯の愛情を注いだつもりでいる。

彼女らは4歳になるが、保育園にも幼稚園にも行かせていない。妻が毎日見てくれている。それにはまあ、色んな事情があるわけだけれども。
普通はこの年代になると大抵が園に通わせる。そこで社会性や協調性を育ませたいというのも親側のひとつの理由であろう。
でもうちはそうしないでいる。

近所の幼稚園が定期的に園を開放しており、その日だけは園に通っていない子供も自由に園内に入れて貰える機会がある。不定期であるがカウンセラーが育児相談も受け付けてくれている。
以前、妻がカウンセラーの方に質問したそうだ。
「うちの子はもう4歳になるのですが、保育園にも幼稚園にも行かせてあげてません。これはこの子らにとって実際のところどうなんでしょうか」 と。
カウンセラーの方の回答は明快だった。
「それが一番です」


「色んな事情のご家庭があります。生活を支えるために両親が共働きであったりするとどうしてもお子さんを預けなければならない状況になります。0歳から預けるご家庭も珍しくありません。
「ですが子供の心身の発育、特に心の部分で見るとこれは決して良いとはいえません。子供が一番親の愛情を必要としている時に親(特にお母さん)が『現実的に』近くに居ないということは決して良い影響を与えません。
「確かに同年代の子供達に混じって社会性を育むことは必要です。ですがこれは小学校に入る一年前でも充分に間に合います。
「ですから可能であれば出来る限り園に入れず、近くに居れる環境を作ってあげることが一番なんです。」


その日僕が帰宅するなり嬉しそうに妻がこう言った。
「うちは間違ってなかったんだよ」 と。
そんな妻を僕は誇らしいと思った。


ボキャブラリーも増えて、これからどんどんまともな会話をする機会が増えてくる。
同時に言葉で言ってもわからないこともきっと増えてくるだろう。行動で示すしかないことも。

だがそんな時のためにこそ、こんな風にひなまつりの飾り物を前に目をキラキラ輝かせているこの子らの姿を、僕は目に焼き付けておきたい。
心に焼き付けておきたい。

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2007年9月 2日 (日)

体重制限ありや

「今日はどこ行こか」と聞く。
「買い物」と答える。
「買い物はお金が無いから、公園にしよう」と振る。
すると「中央公園!」と答える。ブームだ。彼女らの。現在の。

正しくは『中部公園』という。最初から僕が間違えていたので子供達はすっかりそれで覚えこんでしまったのである。すまぬ。

三重県は東員町にあるとても良い公園である。
つい先日、真夏の最中にも行ってきたのであるが余りの酷暑日だったということもありその時は人出は疎らであった。
今日の行き先が決定したので今日はツインズと同い年の従姉妹の3人で行ってきた。
気温は割と高かった筈であるが乾燥していたのかカラッとした良い天気だった。風もあったし。汗をかいてもすぐ乾く感じ。いつまでもベタベタするのはかなわないから非常に気持ちが良かった。だから結構な賑わい。


で今日はあることに挑戦してみようと心に決めていた。
これだ。Chubu_kouen0
アスレチック風の縄梯子や網という障害を乗り越えて初めて辿りつく約束の地。それがこの巨大滑り台だ。
前回同じメンバーで来た時は途中まで行けたのであるが余りの酷暑と結構な高所恐怖感から志し半ばで挫折していたので今日こそはと父子従姉妹共に決意して臨んだのである。

リベンジということもあって各種障害もこ慣れており、今回は割とスムーズに登頂することが出来た。
しかしそこからが問題である。


結構な高さである。
7~8mくらいあるのではないか。
Chubu_kouen
意外と高いぞ。
パパもちょっと、怖いぞ。
思いの外高いのだ。下から見上げるのと上から見下ろすのとでは大違いだ。文字通り天と地ほどの違いがある。


意を決し、まず一人が降下。こういうときはさすがお姉ちゃんだ。ツインズ1号花音が先発隊に。
この子…勇気ある。パパなんかよりずっと。僕が同年代の時ならば尻込みしてへたり込んでいたに違いない。

続いて従姉妹、3号新桜。
長女なのに見事な末っ子ぶりである彼女であるがこういう時は頑張る。1号に続けとばかり飛び込んだ。


残るは2号里音、そして、僕。


「どうする?行く?」
「戻る」
「戻るのもちょっと大変だよ。後ろに人が並んでるよ」
「…パパと行く」
で行く。

こういうものは一度やってしまうともうこっちのものである。
次からは勧めてないのに勝手に登って勝手に滑ってきている。
ただ結構高いので事故があってはならぬから必ず付き添いで僕も一緒に登る。そして滑る。

ローラー式の滑り台だから、ゴロゴロとお尻が気持ち良い。
全身に振動が伝わり肩凝りもほぐれそうな気がする。
あーと言うとあ゙ーとなる。面白い。


で結果5セット。
登って下りて。子供に付き合って。実は自分も結構楽しんで。


で数時間後、まともに座れないほどの激痛が僕の臀部及び尾骶骨を襲う。

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2007年9月 1日 (土)

カブトムシ外伝

ちゃんと日本語が聞こえると馴染み易いというかとっつき易いのであろう。
初めて聞いた時点ですっかり彼女らは虜になってしまい、それ以来車に乗る度にリクエストが入るようになった。
特に頻繁に使用される「赤ちゃん」というキーワードが彼女らの琴線に触れたのであろう。察するに。
♪メリー姐さんに教えよう、旦那のジョンが浮気をしてると赤ちゃん~ などというフレーズなど完コピだ。いきなり歌いだす。三歳児であるにも関わらず。どうしたものか。

ビートルズのオリジナルヴァージョン(とはいえこちらもカヴァーではあるが)の方も好きは好きな様であるにはあるが、歌える という点においては彼女らの中では完全にこちらのヴァージョンに軍配が上がっている様だ。

著作権の関係上ビートルズのオリジナル曲を取り上げることは叶わず、結局ビートルズがカヴァーした曲をカヴァーするというややこしい事になってしまってはいるが、ただのコピーで終わらないところが流石。
ビートルズのオリジナル曲をやりたくても出来なかった執念というか怨念というかそれが随所に感じられ、歌詞を除いてそれはそれは紛う事なき完全コピーの域に達している。イントロだけ聴くとオリジナルに聞こえてしまう。
流石王様。またバンドの皆様。こういうことをサラッとやっちゃうなんて何とも素晴らしくカッコイイです。

で王様、カヴァーのカヴァーだけでは飽き足らず自身のオリジナル曲も収録している。
こちらもビートルズへのオマージュとしては世界レヴェルにあるといっても過言ではない出来である。
「Hey 柔道一直線」という歌い出しでは聴いている側は思い切りこけてしまうが。

でうちのチビ達はそれを耳でコピーし、音源に合わせて歌っている。
親バカかも知れないが客観的に見てこの子等の耳はかなり優れているように見受けられる。音程もちゃんと取れているし。リズム感もバッチリだ。

最近など一人で思い出し歌いをしていることもよくある。そんな時はああ今この子らの頭の中ではカブトムシがエンドレスリピ-トしているのだろうなあと思う。
でも若干恥ずかしいのか小声で口ずさむといった風である。
「あー腰振り赤ちゃん腰振り。捻ってワオ捻ってワオ
といった具合に自分で合いの手まで入れている。
なかなか、やるではないか。
それは聞こえたまんまやる というコピーの基本だ。原点だ。

で今日。

「へい柔~道一直線。せんせん。せん。せん。千・人・斬りェーーー!!!」

ときた。

そこまで行ってしまったか。
王様自体は悪くないのではあるがこの辺に来るとちょっと三歳児の情操教育にはあまりよろしくないんじゃないかという気がしてきた。

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2007年8月28日 (火)

ぽぽちゃん

子供を寝かしつける。

程なくスースーという安らかな寝息が聞こえてくる。横目で愛する子供の方を見ようとする。だが子供と僕の頭の間に何かが居る。
半目のそれと目が合い思わずギクッと全身がこわばる。

それはぽぽちゃんだ。


仕事で消耗しきって帰宅する。

玄関を開けると何かが目に飛び込んでくる。
全裸の女性である。横たわっている。
うわッと扉に背中を打ちつけ鞄を落としそうになる。

それがぽぽちゃんだ。


Popo

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2007年8月27日 (月)

退職勧告

盆休みの間は24時間一緒にいたのでもうこの人は仕事に行かなくてもよくなったのだと認識されていたようである。

「パパ仕事行くの?今日行くの?なんで行くの?」
「パパが仕事に行かないとご飯が食べれなくなるんだよ」
「違うよなに言ってんの。ご飯はかあかんが作るんだよ。パパは仕事行かなくてもいいよ。もう仕事やめなさい」

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2007年8月26日 (日)

恐竜大陸

Kyouryuulogo
金城埠頭のポートメッセで行なわれている恐竜大陸を観に行ってきた。


チビたちは中日新聞の広告や、テレビで流れるスポットを目にする度に「あーっ!きょうりゅう!」とはしゃいでいたのでこれは行っとかなかんと。決意しておったのです。
夏休み最後の日曜日だったので、駆け込み客が多いと想定し夕方近くに狙いを定めて行って参りました。
子供向けの展示かと思いきや、大人も充分に楽しめる空間でありました。
こういう展示会につきもののカメラやビデオの撮影は禁じられておらず全くのフリー。
途中でだいなそうえもん↓と一緒にスナップも撮れたし。
Photo

思ったほど混雑もしておらず、結構ゆっくりと鑑賞できる…はずでした。


しかし。

疲労困憊 です。父子共に。


ツインズ1号の花音は割と平気でした。予想にたがわず。花音は現状認識能力的なものが結構発達しているようで、だから恐竜の骨格を見ても現実には動かないものだと分かっている感じでありました。
で問題は2号の里音です。彼女は誰に似たのかビビリなのです。相当な。


まず入り口付近の竜脚類、オメイサウルスKyouryuu1の余りの巨大さに度肝を抜かれることからツアーは始まった。
彼女は恐竜という生き物のサイズはテレビや新聞広告に載っているスケールだとばかり思い込んでいたようで、脚部ばかり見ていた彼女に頭はここだよと頭上を見上げさせたところ文字通り息を呑んでいた。
その時点ですでに僕の太腿に抱きついて離れない状況に。

続いて獣脚類タルボサウルスKyouryuu15の凶暴すぎる歯を目にするにでそのビビリ具合は限りなくピークに近づきこの時点で完全に抱っこ状態。

途中CGアニメーションで彼女らにも見慣れた恐竜の画が大スクリーンで上映されており、そこで若干和んだものの次にトドメが待っていたのであります。
それが企画側曰く 「いきいきと動くリアルな恐竜ロボット」 なのであります。

いきいきと動くだけならまだ良い。
声まで出ているではないか。動きに合わせて。大人が見てもこれは見応えがあるほどの出来であるからして、子供には本物と見まごう事なき余りにもリアルすぎるその動きと声。
彼女は今まで堪えに堪えていたものがここで一気に爆発し、もはや手のつけようの無い域にまで達してしまったのであった。
Kyouryuu2


ここに来て ウギャー!!! としか発音しなくなった里音。
全身汗びっしょりとなり僕の肩に顔を埋めて一見の価値あるこの精巧に出来たオブジェを鑑賞する余裕など毛一本の入る隙も無く彼女は泣き叫ぶのであった。
でウギャー!!! の後に何か言っている。「帰るー!戻るー!!もう行かないー!!!」 と。
しかしそこを通らねば出口には決して辿り着けないのだ娘よ。
で連鎖反応で花音まで号泣しだす始末に。
そのあまりの号泣ぶりに周りの人達は恐竜ではなく我が娘に目を見張るほどであった。


最終的なトドメは出口付近にある子供の遊び場。
Kyouryuu3
ビニールで出来たティラノサウルスレックスの巨大なオブジェにより本来ならばここで今日の楽しい総仕上げをすべき空間となる筈であったディノパークという主催者側の粋な計らいも微塵に吹き飛び記念のお土産を選ぶ余裕も無く這々の体で手ぶらで帰ってきたのであった。


帰りの車の中では精根尽き果てて眠りこけていました。
今日のことが彼女らのトラウマになっていなければ良いが。

今晩うなされていたら優しく介抱してあげよう。

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2007年8月19日 (日)

そう来たか

ユーストアに買い物に行ったのである。星川店である。
で2階のユーシャレオで明日から着る肌着を奥さんに購入して貰ったのである。RENOWNの感度涼好(*)である。
(注*:ハイ・クールなタッチのメッシュ編み。吸汗速乾。半袖V首。二枚組。サイズM)
中国製かと思いきやタイ製であった。

こういう海外製のものの場合僕は目を皿のようにしてネタを探す。必ず何がしか見つかるからだ。ここで言うネタとはVOWネタである。
特に中国製のものはネタの宝庫である。
それは所謂「足マッサージ」が「足マシサーヅ」に強制変換されていたり「る」が「ゐ」と活用されていたり的なものである。
僕はそれを発見するのが大好きなのである。


Sinaun

件のRENOWNタイランドにもそれは発見された。其処には「しナウン」とあった。


その後も肌着買い付けは続くのである。僕はトランクス派なのであるが最近の僕のトレンドはニット・トランクスである。


濃い目の色を物色していたらチビが「パパこれにするといいよ」と自分でセレクトしたものを嬉々として持って来てくれた。


これだ。


Sarumata

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2007年8月16日 (木)

どんどんちゃ

「今日はこのCDにしよう」 とおぞましい絵のパッケージのCDケースを器用に開けてこれまた慣れた手つきでナビの自動開閉ボタンを押し更にピンポイントで必要なキー操作でそれを再生するのである。
それが10月で4歳になるうちの娘らが自家用車の乗り込んだ時の一連の作業である。

歌詞カードなどもちろん読めない。だから耳コピ である。
親の贔屓目と呼ばれそうであるが、客観的に判断して、彼女らはかなり耳がいい。しかもここに来て格段と肥えてきている。


冒頭の一曲目が我が娘らの愛唱歌である。


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2007年5月15日 (火)

れのち~

我が家のパソコン君がお亡くなりになって久しい。XPが流通し始めた頃にお生まれになったパソコン君。享年6歳であった。合掌。


ま、それはそれとして今回の話には全然関係ない。

我が家のプリティー☆ツインズは健康そのものである。女の子だから喋る、喋る。まくりである。口だけはめちゃ達者である。今の時点ですでに勝てない。というか最初から勝ったことがない。


で最近、上の子が「れのち~れのち~」と言っているという情報を祖母ちゃんより得た。
れのちとはぼくの所属するバンドSELTAEBにおける僕の芸名である「レノすけ」の短縮ヴァージョンだ。愛情を込めて(と信じている)トニーがよく使用する。レノち と。

ということはアレか。齢3歳にして我が娘は父のことをそんな通り名で呼ぶという行為に出たわけか。なんたる、な~んたる。


…しかしどこでそんな情報仕入れたんだろ?


で先日その真相が判明した。
それはテレビの天気予報がすべての鍵を握っていたのだ。


その画面には「晴れのち一時雨」とあった。

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2007年1月12日 (金)

キスマーク

カッターシャツの首元にそんなものが付いていたら即家庭崩壊の危機に直面することになる。
だが僕の場合はコートの首元にベッチョリと付いているのである。彼女達に熱く抱擁された時に印されたものだ。

それが真っ赤な口紅のような扇情的なものであったなら随分と色っぽい話にもなってくるのであるが僕のものはチョコレートとかソースとか大体そういう類なのである。

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2006年9月17日 (日)

ここここここが好き

小林聡美さんがそう言うパンのコマーシャルがあった。

日常的で何気ない時にそれに出合ったりする。普段気にも留めない時やところで。


一生懸命履いた靴が左右逆だったりフード付きの上着のフードがお尻に垂れ下がっていたりシャボン玉を追いかけて夢中で走っていく姿を見たりしている時なんか、そんな気持ちになる。

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2006年8月23日 (水)

完コピ

子供は大人の行動をじっと見ている。
そして忠実にそれをコピーしようとする。

よく見ているし、よく聞いている。それはまるで使い古された言い回しではあるがまさにスポンジが水を吸うような如くである。
要するに、一番近しい大人である両親としては断じて下手なことは出来ないし言えないのである。それをそっくりそのままコピーされてしまうからである。自分の周りにいる大人(主に親)が間違ったことをするかも知れないなどとこの年代の子供らは夢にも思っていないからである。


暑い夏でもちょっと風のある夜などはエアコンより扇風機に限る。
貧乏人根性で28℃や思い切って29℃などに冷房温度を設定している時などうっかりすると外の方が涼しかったりする。一体何のための冷房か。
で扇風機である。カーテンを揺らす風と相俟って近所から風鈴の音など聞こえてきたりすると風流なものである。


で扇風機である。
先日も結構風のある夜にエアコンから扇風機に切り替えようとしたのであるが、壁際においてあった扇風機を空気力学的に最適の位置に移動し起動しようとした時のこと。

チビがそばにやって来て扇風機のスイッチを入れようとした。
いや、それはいいのだ。
しかしこいつ気が利くなぁなどと思うのも束の間。ぼくはチビのとった行動に自分の姿を投影し激しく反省せざるを得なかった。


何と彼女は「パパー回すよ~」ってなもんで足の指でスイッチを入れたのだ。

彼女にしてみればぼくを含めた周りの大人がみんな知らず知らずのうちにそうしているのだろう、扇風機のスイッチは足で入れるものと認識されていたのであったのだ。
それを器用というのかどうかはさておき、三つ子の魂百までとも言うしこの時期に子供が身体で覚えたことはなかなか抜けるものでもあるまい。うまいこと矯正できるかなあ・・・と自分の振舞を猛省した夜であった。

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2006年8月18日 (金)

イナバウアー

うちは毎週月曜と木曜にゴミを出す。
しかし毎回毎回これが結構な重量になる。桑名市指定の半透明の青いゴミ袋がパンパンになる。いったい我が家は何をそんなに捨てているのか。

それはオムツである。布ではなく紙である。育ち盛りのもうじき3歳になる双子の排出するオムツの量たるやそれはそれは凄いのである。


普通の家庭では奥さんが子供のオムツを替えることが多いと思う。
我が家の場合はぼくが家に居る限りできるだけその担当を買って出ている。つもりである。
なんせ奥さんは24時間子供と一緒に居るのだから家にいる間くらいはぼくが替えてあげないと。現実的に炊事や家事の合間のオムツ交換は大変なのであるからして。


でぼくは知らぬ間に上手くなる。オムツを替えることが。全国お父さんオムツ替え選手権に出場したら上位に食い込む自信がある。
その丁寧さ、拭き取りの速さ&正確さ、ギャザー部の状態そして仕上がりの美しさ等々。全てにおいてパーフェクトに近いと自負している。ここまで来るともはやプロ級である。
子供も子供でプロ級のぼくにオムツを交換して貰うのは結構嬉しいみたいである。片手にオムツを用意し「パパうんち出たよ」と申告してからごろんと仰向けになる。


紙オムツにコビリ付いたうんちはトイレに流さなければならない。そうでないと大変なことになるし、時期的にも今はヤバイ状態になる。
この時カチカチ&コロコロなら楽であるがそうでない場合は結構骨が折れる。手にも付着する。
愛情が無ければ決して出来ない行為である。冗談抜きにぼくはそれを汚いと思ったことが無い。ああ父親してるなと実感するひとときである。


最近は子供も要領をしっかり得ており、パンツ・タイプの紙オムツを腰まで引き上げる時などにはあらよっと腰を浮かせるようになった。
どこで覚えたか知らないが「イナバウアー」などと言いながら。

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2006年8月13日 (日)

私は抜く派

ウトウトしていたら出し抜けに脚がシカッとしてぎゃっと叫びそうになる。


一瞬、部屋の中に紛れ込んだ蜂に刺されたのかと思う。
寝惚け眼で慌てて脚を見ると一緒に横になっていた下の子がぼくの太ももの毛を一生懸命抜こうとしていた。

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2006年7月29日 (土)

耳コピ

ガチャッと玄関の扉を開けて僕が帰宅すると出迎えてくれる彼女らの口からまず出る言葉は「パパ仕事行ってきたね?」である。開口一番である。
その後は矢継ぎ早にこう来る。「パパ、ミッキーさんみる?ねえミッキーさんみる?みよか。ミッキーさんみよか。ちょこっとだけ」
僕が靴下や服を脱ぎながらあしらっていると執念深く暫くミッキーさん鑑賞希望を繰り返した後でようやく思い出したように「あー、おかえり」と言って貰える。
まず僕が仕事から帰ってきてゆっくりするだろうことを確認した上でミッキーさんを観たいことを訴えてそれがどうも今すぐは叶わないと悟りようやく労いの言葉が出るという寸法である。

ミッキーさんとは勿論ミッキーマウスである。英語の教材ビデオ。今彼女らが一番夢中になっているメディアだ。
当然ながら彼女らは英語の勉強をしているという意識は全くなくただ単にミッキーさんやミニーちゃんの映像を観たいだけなのである。
別にそれは買ったわけではなく(我が家にはそんな余裕はない)もうそれを卒業したご近所さんから借り受けているものだ。借りているとはいえもう既に返却できるような状態にないのが事実ではある。ビデオの背中のステッカーは剥がされ、そしてケースのビニール部分は見るも無残に破れている。どうやって補償したらいいのだろう。情けない言い訳しか浮かんでこない。


でそのビデオ、僕も一緒に観ろと何度も繰り返し見せられている。英語の字幕が出るから僕まで知らないうちに歌詞を暗記してしまっているほどである。
だが驚くことに彼女らはビデオと一緒になって歌っているのよさ。キチッと。
当然アルファベットで書かれた字幕の英単語が読めるはずもなく、要するに耳コピだ。
僕のような大人になってしまうとどうしてもまず目で歌詞を読んでそしてたとえ文章の意味は分からなくともとりあえず単語を理解した上で歌おうとする。
だが彼女らの取り組み方は根本的に違う。聞こえてくるままを発声しているのだ。確かに、まだ舌足らずだから正確な発音など出来てはいない。例えば「sing」は「チング」、「one,two,three」は「ワンツッチー」となる。だがそれが歌に乗ると自然に聞こえてくるのだ。親のひいき目なのかも知れないが。


妻曰く最近彼女らは「エポゥ」「トメィトゥ」「バナーナ」と言うらしい。
よく嫁の実家に遊びに来ている準親戚のオバチャンはそれを見ると「ダメでしょ!日本人ならちゃんと林檎トマトバナナって言いなさい」とたしなめているらしい。
彼女らに将来は世界を舞台に飛び回って欲しいと密かに願っている僕としてはそれが正しい指導なのかどうか非常に悩ましいところなのである。まあ、まずは外国語以前に最初に母国語ありき だとは思うが。
だがまず彼女らは僕の子供の時代には有り得なかった環境下にいることは間違いない。
三つ子の魂百までじゃないが、少なくともビートルズの歌詞をそらで歌えるまでに覚えるだけで四苦八苦している僕などよりは遥かに語学力の優れた大人になって欲しいと思う。

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2006年7月25日 (火)

第一声

朝。

目覚ましを止める。
暫くジッとして熟睡しているのを確認した後、起さないように僕はそっと起き上がる。
今ここで起きられると、平日の朝は何かと面倒なのだ。自分のことどころじゃなくなるからだ。


ひととおり身支度を済ませたところで誰かが階段を下りてくる足音が聞こえる。

僕と目が合った彼女は手を振りながらこう言った。
「おまたせ~」


・・・いや。
この場合というかどんな場合でもここはそうではなくおはようではないのか。娘よ。


まあ、朝からそんなんだったからそれはそれで思い出しては一日楽しい気分にさせては貰ったけどさ。

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2006年7月24日 (月)

御意

深夜。

花音(ツインズ・姉)が寝返りをうった時に両のふくらはぎが里音(ツインズ・妹)の顔面にかぶさった。


里音は「わかった。わーかった」と言ってそれを払いのけ何事もなかったかのようにスヤスヤと再び眠りに入っていった。

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2006年7月16日 (日)

馬の骨

突然聞いたこともない名前が飛び出す。僕は困惑する。
いや、もっと正直に言うと僕は狼狽したのだ。


こんな僕にも、それがようやく実感として解るときが来たようだ。
きっとその思いは僕を苛むに違いない。この先、ずっと。こんなシチュエーションに出くわす度。それは僕の手を離れる時が来るまで。
将来、間違いなくその瞬間が来る。そしてそれはどうしても乗り越えなければならない壁になる。


認めたくないがそれは、情けないがそれは、本音を言ってしまえばそれは・・・嫉妬なのかもしれない。


「0-15」
あなたの風が僕を離れて彼に向って歩いている
彼をみつめて輝いているあなたの愛が眩しい
自分の枝に結んでおいた風船が糸をほどいて
自由に空へ舞い上がるのを見送る子供の様だ

あなたにとってそれが本当に幸せだというのであれば
見守る事も 愛のひとつの答になると思うが
為すすべもなく見送るのなら僕は男でなくなる
彼よりきっと僕の想いが深いと信じる以上

(詩 さだまさし)


恋人に対する想いを詠っているに違いないと思っていたこの歌が、そうではないのかも知れないとこんな時にふと気付く。
「んだと?!誰だその男!」 と思う。


なるべく今日の出来事を聞くようにしている。お昼は何を食べたのかとか何処に遊びに行ったとか。
彼女たちを寝かしつける時。
「今日はね、一杯遊んだよ。あのね、えっとね、ゆういち君と」

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2006年7月14日 (金)

ちゃん

これはだあれ?と僕は自分を指差す。
「パパちゃん」 と口を揃えてチビらは言う。


いつからか何故だか僕はパパちゃんとなった。
名前にちゃんを付加して親近感を増させるというシステムがどうやら理解されたようである。それはそれで喜ばしいことである。
しかしということは僕の名前はパパということになるのか。

寝かしつけている時、むくっと起き上がって「パ~パちゃん、いいこいいこ」と頭をなでてくれたりする。何とも不思議な気持ちがする瞬間である。
女の子だけあって、結構世話好きなようだ。これで老後は、安心である。何故なら僕が要介護状態になった時の保障は出来たも同然だからだ。介護、宜しく。


しかし大五郎じゃあるまいしこのちゃんの使い方は早い段階で是正せねばなるまい。

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2006年5月19日 (金)

苦手を克服

僕は殆ど大怪我というものをした事がない。だから入院経験もなし。
献血もしたことがない。だから自分の血液型が正確にはよく分かっていない。


僕に比べ弟は過去に割と武勇伝があったりする。
友達と遊んでいて不自然な転び方をして腕の骨を折ったり、公園の柵から飛び降りた時に枯れ枝が腿に深々と突き刺さったり。
僕にしてみれば想像するだけで身の毛もよだつような伝説的な痛い思いをしているわけだ。
大体どこの家庭でも、第一子は割と大人しく、二人目はあばれはっちゃくだったりする。
それはうちも例外ではなかったようだ。


そういえばうちのチビすけ達も結構日常的に血を流している。
上の花音はよく転んで膝小僧を擦りむいたり歯を折ったりする。
下の里音は結構用心深いのかあまり転んだりはしないが、その割に結構流血する。
去年の夏など蚊に刺されたところをいつまでもポリポリポリポリと掻くので皮膚が破れて血が出る。で瘡蓋になるとまた痒くなるのでポリポリポリポリ剥がしてまた血が出る。
双子だからあまり上下の差はないが、キャラクターは全く別だから別の血の流し方をするものなのだなあ と感心する。
あとこれは二人に共通しているが爪の甘皮を毟る。執念を持って毟る。いつまでも毟る。で血が出る。


僕は血を見るのが苦手だった。
健康診断の時に採血された血を見ただけでもぞっとしていた。
そんな僕でも一度だけ血まみれになったことがある。

幼稚園の頃。
うちの隣のまあちゃんは自前の滑り台を持っていた。木製のそれはそれは立派なものだった。
よくそれで遊ばせて貰った。

普通の遊びに慣れてくると変ったことがしたくなる。
それで、僕は滑り台の滑る方から逆に上りそして階段から飛び降りる という遊びを発明した。
これはその当時近所の友達からも絶賛された画期的なプレイだった。カッコよく、ちょっとした勇気も試される。
そしてある時、それは起こった。

開発したばかりの遊びで僕がいつもの通り滑り台を逆に登り、そしてカッコヨク飛び降りようとした時。
階段をヨチヨチとよじ登ろうとしている我が可愛い弟の姿が目に映った。
その時すでに視界が45度ほど傾いていた。
空中でバランスを崩しつつあった僕は何とか体勢を立て直そうともがいたが遅かった。

手足をバタバタさせて僕は羽ばたくように何とか弟を避け不自然な体勢で着地に成功はしたが、着地した途端膝がカクっと折れた。
そのまま僕は土下座の体勢になりおでこを地面にしとどに打ちつけた。
途端に視界が真っ赤になった。何が起こったのか全く訳がわからなかった。
気がついたら胸のあたりが血まみれになっていた。
運悪く土下座をした地面に割と大きな石ころが転がっていたようだった。
パックリと眉間が割れてしまっていたのたが、あまりの出血で度肝を抜かれたのか不思議と痛みは感じなかった。
また弟をかばって被った名誉の負傷でもあるから子供心にも自分を誇らしく思った。
ただ自分の身体から思いもよらないほどの血が出たことに対する恐怖心みたいなものだけはあった。
まさか死にはしないだろうが血出すぎ みたいな。


この通り血には弱い僕ではあるがその僕が我が子の出産(しかも帝王切開・・・だから手術)の時にそれに立ち会う という快挙を成し遂げたのだ。
今思い返してみても立ち会ってよかった と本当に思う。
自分の血は怖いが愛する家族の血は怖いものではなかったのだ。

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2006年5月 6日 (土)

脈絡がない

今日、奥さん方の親戚一同の家族と共にバス旅行に行った。


馬篭散策&飛騨牛のすき焼き食べ放題&不動の滝散策&わらびもち食べツアー(笑)である。
一行の中には今日この日の昼食のために前日の晩より絶食で臨むツワモノもいたそうな(笑)

子供たちは、ずいぶん手が掛からなくなってきてはいるが、それでもまだまだパパっ子である(*^^*)
いいよいいよ。どんどん甘えていいよ。パパなんでもしてあげちゃうもんね。何たって今日は子供の日だし。
奥さんは、一日中24時間彼女らと共に過ごしているので常にキレ気味である。
だからメロメロなパパは結構な人気者なのである。滅多なことで怒らないというただその一点において。


パパは、弱い。特に娘に対しては。

先日、タモリさんのトリビアの種で非常に興味深いネタを検証していた。
Yamada

不良の山田君が出てきたやつである(山田君、演技上手すぎます。「JAZZり方が尋常じゃない」という言葉に爆笑してしまった)。
でまあ一人くらい怒るお父さんがいてもいいものだと思ったが、自分に置き換えると果たしてそうなれるであろうか。そう考えると何とも深いテーマである。


まあそれはさておき今日の帰り道。

一日中彼女らのペースにすっかりヤラレて僕は既にヘロヘロ状態である。
そして奥さんと二人で子供二人を分担する。この時僕は下の子担当であった。一日中元気なこやつ。まあ少々疲れてはいるだろうが帰り道においても相変わらずのハイテンションである。

で暫く一人で何やら遊んでいたこやつが突然口走る。

「ダブルOK、ダブルOK」


我が家においてこれはチビ達をお風呂に入れる時に両者ともオムツの中にブツの存在を認めた時に僕が使用する台詞なのである。
Wok

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2006年4月28日 (金)

座っていると、いつも取り合いになる。


一応の取り決めみたいなものもある。右が下、左が上。
でもいつも下の方が要領がいいから真ん中にいつの間にかいる。
気が付くと放り出されている上はひっくり返って苦情を言う。
「上と下」 といっても、実際上も下もなく一緒なんだが。


そして思い出す。

ああ、僕もそうだった。
いつも親父の膝の上でぬくぬくしている弟の姿を見て正直な気持ちを言うと、俺嫉妬してたな。
「大がこっち、信はこっちだ」と親父はいつも言っていた。しかし弟の信はいつも要領よく親父の膝を占領してた。


父さん、俺、今になってやっと父さんの気持ちが少しずつ分かるようになってきてるよ。
きっと父さんも、今の俺と同じこと考えてたんだよな。

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2006年4月 5日 (水)

帰路

自宅が近づくと、まるで直ぐ傍に子供達の声が聞こえるような気がする。


玄関を開けると、「パパだ!おかえり!」と元気一杯出迎えてくれる。
僕にとって、一日の時間の中でこの時が一番嬉しくそして幸せを感じる瞬間かもしれない。

きっと僕は生涯、今この時に目にし感じていることを忘れる事はないだろう。

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2006年3月20日 (月)

夫婦の休日

この土日、訳あって子供を祖父ちゃん祖母ちゃん(母方)に丸二日、預けることとなった。


そしてこの二日間、実に伸び伸びと、夫婦で過ごすことが出来た。
実に色んな、話が出来た。
いつもなら中断してしまうような話も、子供の前では出来ないような話も。
久しぶりに二人で考え、そして一緒に行動し、同じ方向を揃って見ることが出来た。
よく考えると我が家に子供が居なかった時ですら、二人がこんなに団結出来たことがあっただろうか。

子供は夫婦の鎹ではある。
それは確かに、そして間違いなく。


しかし、夫婦として、こんな時間も確かに間違いなく必要なのだ。そう思いきり感じることが出来た。

本当の意味で、いい休日だった。

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2006年3月17日 (金)

キムチ爆弾

帰宅すると大体が家族の食事はもう既に済んでいる。
だから僕はいつも一人でご飯を食べる。
いや、一人で というのは正確ではない。厳密には3人で である。


左脇に上のチビ。右脇に下のチビ。
次はこれ お茶どうぞ お替りは? とせっせせっせと接待してくれるのである。
手を離すと二人とも椅子から転げ落ちるので、文字通り二人の子供を両脇に抱えて僕はご飯を食む。
両脇ならまだしも、パパの腿の上は二人が虎視眈々と狙う玉座である。ここに来られるともはやお手上げである。これまた文字通りのお手上げ。ホールドアップ。ご飯中止。何故なら僕が箸で取ったおかずは全て子供の口に消える故である。お前らさっき食ったばっかと違うんか。
また当然、僕のおかずも同時に餌食となる。手づかみで持っていかれる。

ただ、辛いものを除いて。


僕はキムチ大好き人間である。美味いキムチさえあればご飯何杯でもいける。僕の影響からか妻も結婚してからキムチ好き人になった。
今日の晩菜にも並んでいた。プラケースに入ったキムチ。当分(といっても一週間弱)はこれで持ちそうだ。

とする内に下のチビが接待にもおかず横取りにも飽きてきた。
キムチの容れ物で遊んでいる。
ようやく落ち着いてご飯が食べれそうだ。


とツルッとチビの手が滑る。
あっ と思う。

次の瞬間、視界からキムチの容器が消える。と同時にゴンと床に何かが落ちる音がする。
「あーっ!やった」と僕は叫ぶ。
「何やった?」と妻が叫ぶ。
「あーっ!!」と夫婦同時に叫ぶ。

横倒しになったキムチの容器。幸い中身の全部は飛び出していない。大事には至らなかったようだ。
「ダメでしょ!キムチで遊んだら」とお仕置きに右手をしっぺする。「あーん」とチビは泣く。
拾い上げたキムチの容器を元に戻し、何事もなかったかのように僕は食事に戻る。ひと時、チビからも解放される。


しかし。
これだけで済んだわけではなかったのである。
キムチは、意外と飛ぶのである。


キムチの容器の上部方向。
爆心地から半径約2~3mの所までその破壊力は及んでいたのであった。それは平面的な距離ではない。立体的な距離である。


プリンタ上部:溶液の痕跡あり
壁:僕の背丈の部位にキムチの小片を発見
ピアノの奥に隠してあった僕の大事なギター:大片の付着を確認


そして今、これを打つキーボードにもその破壊力の一環を見て取れるのである。

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2006年3月12日 (日)

オープンチューニング

昨年10月、チビたちの2歳の誕生日の時にプレゼントを買ってあげた。
ウクレレである。

1歳の時は、いわむらかずおさんの「14匹のねずみ」をそれぞれ1冊ずつ、買ってあげた。絵や線や色が、美しくて僕が好きになってしまったからだ。
でもこれは少し早すぎたようだ。ビリビリのグシャグシャの悪戯書きだらけの餌食になる前に物心がついたら、本棚の奥に隠しておいたものをまた出してあげよう。


楽器屋には子供向けの玩具のような楽器が並んでいる。
例えばそれは、タンバリンであったり鉄琴の様なものであったりちゃちなキーボードであったりギターもどきのプラスチック製のものであったり。
要するにまあどれもこれもオモチャだ。本物じゃない。

幾ら相手が2歳児だろうと、僕は本物を持たせてあげたい。先にあげたいわむら氏の絵本も発想は同じだ。
親のエゴか親馬鹿かさもなくばバカ親か。別に他人にどう云われようと構わない。
で買ってあげたものはお揃いの赤色のものである。
子供に渡すものであるから勿論、安物だ。我が家はそんなに裕福な家庭じゃない。
でもちゃんとした木製のものだ。オモチャじゃないぞ。お父ちゃんは本物志向なのだ。


プレゼントとして渡してあげた日に僕がこれで「Happy birthday to you」を弾いて歌ってあげたらそれ以降ウクレレを手にしては「はっぴばすでーちゅーゆー」と歌っている。
どうやらチビらにとってはこれは「はっぴばすでー」を歌うための機材として認識されたようである。

でこのウクレレ。気が付くとチビらの踏み台になっている。
すると僕は悲鳴のような声で「やめろー乗るなー!」と叫ぶ。チビらはキョトンとする。貰ったものだからどう扱おうといいじゃん と思っているかどうかは分からないが。

でもウクレレを持って構える姿が結構サマになっているんだこれが。
チビらの身体のサイズ的にも大人が持つギターと相対的に変わりが無いのである。
このまま行くともしや将来は矢井田瞳か木村カエラ か?という感じである。


キチッと合わせてあげたチューニングは5分と持たない。何故ならチビらがペグをイジって勝手に変えてしまうからである。独自の変則チューニング である。ある弦はドロンドロンに伸びきっているしある弦は今にも切れそうだ。
そしてその変則オープンチューニングでウクレレを弾くのであるが、勿論、コードの押さえ方などチビらは知る由も無い。従い、オール開放弦。全てアップ&ダウン・ストローク一発 である。

ムチャクチャなチューニングでガチャガチャやられるとそれは耳障りな不協和音以外の何者でもないが、これが偶に不思議なコードを奏でていたりするから面白い。
しかも二人で合奏していると、笙のような響きがする時がある。
ほ~ぅ と感心してしまう。


ミュージシャンであるこの親を唸らせるこの子らは、やはり、天才なのである。

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2006年3月 7日 (火)

仕事

仕事から帰宅すると、まず仕事が待っている。
だから僕は一日中仕事をしているようなものである。


しかし何とかそれを教えたい。その仕事の重要さを。
こういう時は、行動で示すしかないのである。背中で語るのである。
だからせっせせっせと仕事をする。そういうことを繰り返ししているといつの間にか見よう見真似で同じことをしてくれるようになる。
また、仕事を与えてあげることも重要だ。責任感や達成感を味あわせてあげるのだ。

でもまあ、僕のその仕事を創るのがかれ等の今一番の大仕事である訳だから、文句も言えないわけである。
それを否定すると型に嵌まった創造性を欠いた面白くも何ともない具合になってしまうに違いないだろうからだ。
こんな変わり者の僕であるから、その上を行く変わり者になって貰いたいと思うのは僕のエゴだろうか。


うちには天才が二人いる。紛れもない天才である。
かれ等はあらゆることにその才能を遺憾なく発揮する。
それが端的に現れるのが部屋の中である。床の上である。
足の踏み場が、無いのである。それが仕事なのだから仕方が無いのである。
そしてまたそれが、かれ等の想像力を磨く手段であると解っているから止めさせることほど野暮なものは無いのである。
何でも、気の済むまですればいいのである。
ただ、ちゃんと片付けることだけは覚えて欲しいと願うのみなのである。


ぶつぶつ文句を垂れながらもひたすら己の仕事こなす僕は、この二人を愛し、尊敬している。心から。
何故なら僕が失ってしまってもう既に持っていないものを一杯持っているからである。

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2006年1月28日 (土)

人聞きが悪い

何でもオウム返しに真似をするうちのチビすけ達。


先日久しぶりにゆっくり晩ご飯を食べながらテレビを見ていた時のこと。
たまたまついていた番組がTVチャンピオンだった。
何やら秋葉系か何か僕にはよく分からないがフィギュアの彫刻師みたいな見るからにそっち系の人たちが凌ぎを削っていた。

「これってアレか? あのー、萌えか?」と僕は妻に聞く。
「はぁ~、こ~れは、萌えだね」と妻は答える。


最初はチラチラと斜めに画面を見ていたのだが気付いた時には釘付けになっていた。
これは・・・どうやら芸術の域に到達しているぞ。

ボディスーツやメイド系の衣服にに撚る皺のくびれ具合やその下に在る生身の肉体を想起させる着色テクニック、鏡に映るチラリズム、その全てが艶かしい程の存在感を演出していた。
これは・・・何なんだ。あのー、えーと。
もしこれが目の前にあったら僕は買うかもしれないぞ。
えー、一応僕の名誉にかけて誓ってお断りしておきますが僕は決してそっち系ではないので念のため。一応ね。
まあそんな感じでテレビを夫婦で食い入るように観ていた。夫婦でです。僕だけじゃありませんので念のため。


するとそれを見ていた上のチビが「もえ~もえ~?これ、もえ~?」とテレビを指さす。
うん。そうだね。間違いないね。これは萌えだね。
更に下のチビもそれを見てキタ━(゚∀゚)━!って感じでテレビに駆け寄り「もえ~もえ~?」と追従する。
その後延々ときゃっきゃきゃっきゃ言いながら二人で「もえ~もえ~」と言い続ける。


あのー・・・。

チミら頼むからお外でそんなこと言い出さないでね。
まるでパパにそういう趣味があっていつもそうやって言ってるみたいじゃんね?


しかし・・・貰えるんだったらこれ、欲しい。
いや、買ってもいい。
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2006年1月22日 (日)

原因は怪力

どうも視力が落ちたような気がするのである。


疲れが蓄積しているのだろうか。目に。
いわゆる眼精疲労である。

考えてみると昨年3月に部署が変わってからこの方一日中パソコンのモニターを見つめていなければならなくなった。
冗談抜きに仕事している間殆ど一日中睨めっこなのである。モニター君と。
だからなるべくモニターから目を離す様に気をつけてはいるが、なにぶん入力や確認に神経を使わざるを得ないのでどうしても目が疲れる。
そして約10ヶ月。1年前に替えた眼鏡では追い付かなくなって来ているほどの視力の低下を感じてしまう。
奥さんはそりゃ老眼だよと最近その辺に神経質になってきている僕に言ってはならぬ台詞を言う。んなバカな。まさか。


会社帰りにマイカル桑名のキクチに寄る。視力を測ってもらうためである。
僕はずっとここで継続してメガネを買っているから過去のデータの蓄積もある。
この際、徹底的に現状把握比較検証しなければ気が済まないのである。

事情を話す。
どうもピントが合わないんです。本が読みづらく感じるんです。
そうですか、じゃあ一通り測ってみましょう。
で測定して貰う。念入りに。たっぷり30分ほど時間をかけて。
で結果。

一年前と変化なし。
僕は左眼の乱視が結構きついのであるが、それも変わっていないとのこと。

・・・。
いや・・・そんな筈ないんです。おかしいですね?何かが。だって現に見えづらいんですもん。
うーん と思いながらも科学的測定結果をとりあえずは飲み込む。


すると閉店間際に30分もかけて正確に測定してくれた店員の女性に対して何だか途端に申し訳ない気持ちになってきた。
明らかに視力が低下しているならそれはお店側にとっても商売にもなるだろうからやった甲斐があるようなものだし、僕だって何らかの対策を立てる事も出来る。
それが変化無しという結果である。
双方共に何となく、気まずい雰囲気になる。これではまるで僕が変な言いがかりをつけているようだ。

結論として、それは視力低下ではなく疲れ目で見えにくくなっている様に感じるのでは?とのこと。
気のせいってことか。うーむ。
でもまあ結果は結果。仕方ない。

折角だから少しゆがんだフレームを直してもらおう。結構子供にいじられているからなあ。
こないだなんかこんなんになっちゃったんですよ、急いでたから自力で無理矢理直したんですけどね と店員さんに教える。
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子供は、意外と怪力なのである。
それは、普通ではありえないもはや眼鏡と呼べない物体を目の当たりにした朝であった。


「あははっ!それは大変」と店員さんは厭な顔ひとつせず直して下さった。
閉店間際なのに訳の分からない勘違いもはなはだしい客を相手にこんな儲からない仕事を押し付けてしまって申し訳ありません。本当にありがとうございます。

でゆがみを直して貰った眼鏡を受け取る。
そしてそれをかけた刹那、僕はあることに気付いたのである。


よく見えるのだ。
「あの・・・気のせいかもしれないですけど・・・よく見えるんですけど・・・?」


その瞬間二人の間で殆ど同時に僕の訴える症状の原因が炸裂した。

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2006年1月16日 (月)

NOと言えない

「それだから纏わり付いて離れないんだわさ」 と妻が言う。


僕は、イエスマンなのだ。
それもかなり筋金入りのメロメロ・イエスマンである・・・。

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2006年1月15日 (日)

こんなんできましたけど

ピラピラと妻が僕の目の前で振る。


妻が子供の新しい服を買ってくる。
赤色の、可愛いやつ。

で洗濯する。
でそれはそれは見事なピンクに染まった僕の肌着が出来上がる。

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2006年1月 4日 (水)

やたらと消耗の激しいものがある。それは靴下。
すぐ、穴が空く。

それには理由がある。
出ているのだ。骨が。突出しているのだ。骨が。踵の。
いつから出ていたのだろう。気付いたときにはもう出ていた。
そんな変なところの骨が出るよりもっと脚が伸びて欲しかった。

でそのお陰で新品の靴下でもひと月も持たない。気が付いたときにはポカリンと穴が空いている。他の部位は全く損傷が無いのにもかかわらずそこの生地だけが極端に際立って磨耗しているという訳だ。どうしたものか。

思い起こせば父ちゃんは足の甲が高かった。
だから靴を選ぶのに苦労していたのを覚えている。
足回りに何がしかのナニガシがあるのは僕の家系の血筋のようだ。

でチビすけの足をよーく観察してみると、やっぱり発見された。上の子に。
甲が高かった。隔世遺伝というやつか。
てこた一代飛んで僕の孫すけは踵の骨ということになる。


もうひとつ骨で気になる部位がある。頭蓋骨だ。
鉢回りが大きいのだ。正確にはわからないが小学校低学年の時に被る黄色い帽子のサイズが無かったことを覚えている。その時点で62cmくらいあったのではないか。大人のサイズだ。
だからそれにはゴム紐は必需だった。さもなくば飛んでいってしまうからだ。
で女の子にハチと呼ばれた。鉢回りのハチだ。子供は残酷だ。

クラスでもう一人鉢回りの大きい子がいた。
その子は木村君と言った。
木村君は正面から見ると普通なのだが側面から見るとそれはそれは凄かった。頭部が宇宙船のようになっていたのだ。
僕の場合はただ単に頭でっかちと表現される。当時の写真を見ると5頭身くらいだ。
でも僕は顔がでかいのではない。体のサイズに頭のサイズがほんのちょっと合っていないだけだ。
もしこの僕が身長180cm程あったならば速水もこみち状態になっていたに違いない。

でその木村君であるが、あだ名が『ルチ将軍』だった。
命名は僕ではないのだがその余りのハマり具合にことさら僕が多用したためそのことがきっかけで僕と木村君は後に壮絶な肉弾戦をすることになる。

骨のことにはあまり触れないほうがいいのだ。

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語彙

好みがハッキリしてきた。服など一度気に入ったら離さない。
子供服売り場などでは「わーかわいー」といって気に入ったものを勝手にえもんかけごと引きずって歩いてくる。
また世話焼きでもある。「はいパパの」と言って食べ物を口まで運んでくれるのは良いのだがよく間違えて鼻の穴に入れられる。


どこで覚えてくるのか知らないがチビすけたちの言葉がここひと月位の間に急激にボキャブラリーが増えた。
完全に会話が成り立つ。普通の二歳二ヶ月児とはこんなものなのだろうか。
やはり双子だからではないかと思う。どうやら24時間いつも近くに同年代の存在が居るということは何事にも変え難いもののようだ。

それにしてもやっぱりテレビが子供の語彙を増やすに一役買っているのだろう。
一番影響を受けるのは何よりも周囲の環境なのだ。
うっかりするうちに下の子などもうすでに完璧な三重弁だ。

となるとこの子らはもう完全に日本語人。
将来英語を話したいと思ったときはがんばっておくれよ。できる限り協力はするけどいまだにカタカナ英語の父ちゃんは教えることだけは出来んでな。
外人の彼氏でもつかまえて教えて貰いなさい。
っちゅうかそんな外人連れてきたら親父の一番長い日みたいに父ちゃん殴るけどな。

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2005年11月28日 (月)

てんとう虫で思うこと

子供は無邪気。
子供には邪まな心が無いのです。ひとかけらも。

大人が、それを植えつけていくんです。


土曜の午前中は妻が近所の子供達にピアノを教えることになっているので、その間、僕は子供の面倒を一手に引き受けることになります。
妻がどれだけ子育てのプロだろうと幾らなんでもまとわりつく子供二人の面倒を見ながらピアノを教えることなど到底不可能だからです。

毎週土曜日になると地域で資源ゴミの収集があります。近所のユーストアが行政とタイアップして駐車場を提供する形でそれを行なっているわけです。
これはピアノ教室が行なわれている時間を消化するのにもってこいなわけで、だから僕はこれに子供を連れてゴミを出しに行くようにしています。
勿論、チビ達もノリノリでついてきてくれます。フレコンにゴミを投入するという仕事にも喜んで取り組んでくれます。
でもひとつだけ苦情を言わせて貰うとお前ら分別基準が全くなっていないのが難点だぞ^^;(お陰でゴミ当番のおっちゃんにいつも睨まれながらチビが投入したものを僕が再分別するんです)


そして、ゴミ捨てがひと段落すると次はお決まりの公園コースです。
うちの近くに小さい公園があります。
ブランコが二基と滑り台が一基。後は鉄棒の大中小、そして砂場がひとつ。
公園の持つべき機能を最小限まで抑えたある意味純粋な子供の為の公園です。
ここで小一時間遊びます。
最初はパパと一緒に公園デビューか?と意気込んでいましたがさすがに土曜の朝早くでは近所の奥さん連中も動きが鈍いようなので安心しました。


公園で子供と遊ぶ時。
この時、僕は極力子供の目線に立つようにしています。
つまり、しゃがむ訳です。

会社で、上司がこんなことを僕に教えてくれました。
「子供の写真ようけ撮るやろ?そん時な、子供の目線まで下りて撮ってみ。オモロイ写真たくさん取れるぞ」

子供の目線になってみると、今まで見えなかったものが見えてくるようになるから不思議なものです。
その時こそ、ああ僕の心はすっかり曇ってしまっているのだなあ と痛感する一瞬です。

例えばそこここに転がっている空き缶や、煙草の吸殻、等々。大人が捨てたもののその全てが、子供の目には宝物のように映っていることを僕は知るのです。
大人が「ダメ!汚いから」と言うまで、それは眩く輝く宝石であり、そして試しに口に入れてみたくなる興味深い存在なわけであるのです。


そして昨日のことですが、その公園で僕は十何年かぶりかでてんとう虫を見つけることが出来たのです。僕は人差し指の先に彼を乗せて、これがてんとう虫だよ と子供に教えてあげることが出来ました。
怖がりながらもそれを見つめる子供達の目は、キラキラと光っていました。


無邪気さ とは、まさにこの姿そのものなのだ と思います。
物事を疑うことを知らない、真っ白な生命の状態です。


我が子供達よ。
僕は君達に誓います。

ひとかけらだけでもいい。
無邪気な心を、いつまでも持ち続ける大人になってくれるように、僕達夫婦は全力で君達をどこまでも誠実に育てます。
僕達には、その責任と使命があるんだ。

どうか、今のその無邪気な心を忘れないでいて欲しいんだ。
疑うことから入っちゃダメだよ。信じることから入るんだ。
否定から入っちゃダメだ。肯定から入るんだ。
大事なことは、純粋であることなんだ。

そしていつか、無邪気な君達を見つめて今のパパが感じたこの話をしてあげる。

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2005年11月23日 (水)

なかなか分っておる

妻からメールが入る。

うちの子らがテレビCMを見て、「あー!パパだーパパだ」と訴えかけてくるという。
この時期になるとメディアのあちこちで姿を見たり声を聞いたりする。


さすが、誕生日が一日早いだけのことはある。
なかなか分っておるではないか^^
何も僕が「これパパだよ」と教え込んだ訳じゃないので念のため^^


 ↓「パパ(写真左)」

photo_is


PHOTO IS

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2005年10月29日 (土)

じつはつじ

授業と授業の合間。
いつも誰かが僕の鞄の中から僕の教科書を勝手に取り出し、そして熱心に読み耽っている。


僕は高校受験に合格した時、何故か頭を丸めたという経験がある。
理由は、ない。
ただ、一人の友と約束していたのだ。
二人一緒に受験に合格したら丸坊主になろうと。
なんじゃそれ。

で、めでたく二人は五分刈りになった。
その友人とは、別の高校に進学した。
今考えても全く意味が分からない。同じ高校に行くならともかく。


高校で初めての授業の日、僕にあだ名が付いた。「つじ」と。
「つじ」が誰のことを指しているのかいまだに僕は解らない。丸坊主の頭が広島かどこかの「辻」という野球選手に似ていたらしい。

ともあれ、その日以来一年間僕は「つじ」と呼ばれた。たまに訛って「つっぢー」とも呼ばれたりした。
そして僕のキャッチフレーズは「実は辻」だった。上から読んでも下から読んでも「じつはつじ」。
黒板に大きく じつはつじ と書かれたりもした。一筆書きで書けるのだ。まるでへのへのもへじみたいな感じの書体になる。
いや、お断りしておくがそれはいわゆるイジメではない。
そのクラスはなかなかユニークな奴が多かったから僕のあだ名は地味な方だったのだ。確かに、地味だ。


二年になる時クラス替えがあった。
うちの高校ではクラス替えはこの一度きりである。
高校は工業で、一年間は電気から機械からその他諸々の工業全般を学ぶ。
一年生の間に色々と考えて己の専攻を決める。そして一度決めたら後戻りは出来ないわけである。
僕が選んだのは「設備工業科」という特殊な科だった。その科を持つ高校は全国でも数校しかなかった。
だから教科書など文部省直結である。
その科が、来年度で廃止になるらしい。寂しい限りである。

それはともかく、二年に上がると同時に「つじ」というあだ名は自然消滅し、いつも通りの「大ちゃん」に戻った。
「つじ」という訳の分らないあだ名がどうにもしっくり来なかったので僕はホッとした。


しかし「つじ」は生き残っていた。


僕は物心がつく前から本に悪戯書きをする癖があった。
小学生の頃から、社会の教科書の人物写真などは全て鼻血を垂らしているか髪型を変えられているかさもなくば砲丸が頭にメリ込んでいた。
それから白黒のマンガに絵の具で着色したりして親父に怒鳴られたという懐かしい記憶もある。
それは親父が大事にしていた手塚治虫先生の火の鳥のA4サイズの単行本だったからだ。

さて、その悪戯書きであるが高校生にもなるとそれは高度化し、歴史の教科書の人物画へのちゃちな髭やサングラス等の付与などでは満足できない自分がいた。
勿論全てに何らかの書き込みがあったが。
総じてもっとエキセントリックなものに進化していたのだ。
今でも読み返すと我ながら爆笑してしまうものも数多くある。


そうこうするうちに既存のものに悪戯書きを付加するだけでは飽き足らず、僕は教科書の上下の余白部分に連載マンガを描き始めた。
そしてその主人公が「つじ」であった。
ただし「つじ」は丸坊主ではなく、矢吹丈の髪型であった。
タイトルは、「あしたのつじ」。コピーライトは「つじカンパニー」。
なんじゃそれ。アホか。


で、授業中に僕は執筆するのである。
勿論、授業のノートは、取れるはずがない。
だから試験前などはそのマンガの購読者である友達の力を借りるわけである。

ギブ&テイク である。


そして最新号を読み終えた友はいつも
 「大ちゃん、つじはこれからどうなるんだ?」
と真顔で聞いてくるのである。

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2005年10月18日 (火)

BGM

久しぶりにまとまった話をすることが出来た。

道中、往復約3時間。
僕の車で、僕の運転。
運転席と助手席。

二人で、いろんな意味で「同じ方向」を向きながら、話をすることが出来た。
なかなかきっかけがないと彼とは落ち着いて話をすることが出来なくなっていたからいい機会だった。
男同士、胸襟を開き、腹を割ることが出来た。


でも彼はどうしても気になることがあるようだった。


「どうする?替える?」と僕は訊いた。
「別にいいんだけどね・・・だって、しょうがないよね」と彼は答えた。


暫くしてから僕はもう一度訊いた。
「やっぱり替える?」
「・・・うん」と彼は答えた。


僕は『おかあさんといっしょ』のCDから、マイケルジャクソンのものに静々と取り替えた。

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2005年10月17日 (月)

随分後になってから、少年は自分のその思いを恥じたそうだ。


中学のクラスの中でも決して成績の悪い方ではなかった少年のもとを訪ねて来たのは、ひいき目に表現しても洗練された雰囲気を持つ人ではなく、逆にどちらかというとむしろ愚鈍な感じのする青年だった。
経歴を聞けば中卒という。
青年は、今日から少年の家庭教師的な役割をを受け持つことになったのだと自己紹介した。

そして初めて会うなり青年が開口一番何を言うかと思えば「一緒に勉強しよう。一緒に成長しよう」という思いもよらない言葉だった。
その時少年は正直、こう思ったそうだ。
(勉強しなきゃならないのはあんたの方じゃないのか?大体なんだ。見るからにあんたの方が頭悪そうじゃないか) と。
しかしそんな少年を責めることは出来ない。
誰しも、その青年に対しては同じような印象を受けるに違いないからだ。

それから程なくして青年の家庭訪問が始まった。
足繁く自宅に通ってくる青年を、少年は疎ましく感じた。
そういう感情を抱いてしまう ということ自体は、その時期の一般的な少年の持つ残酷さというものも確かにあったのかもしれない。
しかしそれ以上に、少年は青年の醸し出す愚直さから来る純粋さに嫌悪感を感じていた。
こんな大人にはなりたくない というような。

なぜそこまで疎ましがったのか。
それには理由がある。
青年は、漢字がまともに読めなかったのだ。


いつも教材として持参してくる新聞の切抜きを、青年が読み聞かせようとしていた時のこと。
新聞紙面にして二段ほどの僅かな記事を読み上げるだけで、実に小一時間程も時間を費やしていたそうだ。
少年は、うんざりした。
これだけの文字数なら飛ばして読めば3分だってかからない。普通に読んでも5分もあれば充分事足りる。
しかし漢字が満足に読めなかった青年は、難しい漢字が出てくるたびにつっかえつっかえ、読み上げるのに一時間近くの時間を要してしまっていたのだ。
その時はさすがに青年も申し訳なさそうにしていたそうだ。
「ごめんな。俺がもっと漢字を読めさえすればこんなに時間もかからなくていいのにな」
少年は愛想笑いをしながら「いいですよ、別に」と答えたそうだ。
だが内心では、彼を小馬鹿にし卑下している自分がいたことだけは否定できなかったそうだ。


何ヶ月かそんなことが暫く続いた頃、少年はいつの間にか青年があまりつかえずに新聞を読み上げていることが増えてきていることに気付いた。
そしてその理由を知った時、少年は愕然とすることになる。

ある時少年は、青年の持つボロボロの手帳を何気なく覗いてしまったことがあった。
その時、青年の血の滲むような努力を、少年は初めて知ったのだそうだ。


青年は、少年の家に行く時のためだけに読めない漢字を事前に調べ上げ、そしてその全てに読み仮名を振り、何度も何度も練習し、そして少年の家に出向く ということを誓いのように守り、そして実践していたのだ。
青年が受け持った、たった一人の少年のためだけに。

青年にしてみれば、自分よりひと回り近くも歳の離れている少年がすらすら読める漢字を、自分は満足に読むことが出来ない現実が、涙を流すほど悔しかったに違いない。

しかしそれをおくびにも出さず、正々堂々と、青年は努力をし続けたのだ。
それは誰の為でもなく、ただ一人の少年のために。


少年はその時、思ったそうだ。
僕はこの人には一生、逆立ちしても絶対に勝つことが出来ない と。


ともすると傲慢になりつつあった自分の命を、その青年は不器用すぎるほどの愚直さと誠実で、言葉で何を言うでもなく正してくれたのだ と後日少年は思い返し猛省する。


その少年は、今では人を導く立場に立っている。
今の自分が今こうして生きていられるのは、全てはその先輩のお陰です と、彼はことあるごとに胸を張って話をしている。

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2005年10月 5日 (水)

起床

朝は決して強くない。
いや、むしろ弱い。


でも最近は飛び起きることがよくある。


ピンポイントで、目玉にカカト落としを食らうのだ。

手加減は、ない。

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2005年9月30日 (金)

まんまんまん

「じゃばーして?」と言うとじゃばーはしてくれるようになった。
「バイバイして?」と言うとオムツから引きはがしたそれにバイバイをしてくれるようにもなった。
「じゃあうーんうーんして?」と言うと花音はうーんうーんをしてくれる。口で言うだけだけども^^
でも里音は頑なにそれを拒みます。「いやー!」が口癖です。何かあると「いやー!!」です。
そのうち花音にも伝染して「いやー!いやーっ!」の大合唱となります。

そろそろトイレを教える時期でなんです。

いま家では便座の上に知り合いから譲り受けたアンパンマンの小児用便座をかぶせています。大人用の便座では落ちてしまうからです。
「ここ座って?」と言うと花音はきゃっきゃきゃっきゃ言って喜んで乗り乗りしてくれます。
でも里音は頑なに拒みます。アンパンマンは大好きな筈なのに。

どうしたら乗ってくれるのだろう。
そうだ、大人が見本を見せなきゃ始まらないのかもしれないな。
「ここにこうやって乗るんだよ?」と言って僕はアンパンマンにまたがります。
そこで気付きます。
あ、ズボン穿いたまま乗ってるところを見せたらそれを真似しちゃうだろうな、と。

だから親である自分がまずは率先してパンツを脱ぎ捨てそれにまたがりうーんうーんをしてじゃばーする という一連の作業を見せ付けていかねばなるまい。
花音は僕が丸出しになると決まって「ぞーさん」と言って引っ張ってきます。違うんだってそれはぞーさんじゃないんだって何回言ったら分かるの。
僕だって恥ずかしいんだよ?幾ら幼い娘の前だろうと。無防備な姿を晒すのは。


里音はそんな父親の姿をいつも遠巻きに見ているだけです。で目が合うと「ぷぷっ」と笑います。可愛いなあ。でも一向にくだんのアンパンマンには近づこうとさえしてくれません。
少し離れた位置からアンパンマンを指差して「まんまんまん」と言うだけです。
無理にこっちに引っ張り込もうとすると真っ赤になって本気で泣き出します。


どうしたらいいんだろう。
やっぱりジャスチャーだけじゃいけないのだろうか。
音と、香り付きでライブで五感に訴えなくてはならないのだろうかね。
まあ、それは最後の切り札ということにしておきたいな。

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2005年9月29日 (木)

エイリアン?

フォルダの整理をしていたら上げ忘れていた記事を見つけた。
ファイル名は「エイリアン」とある。何だったけこれ?エイリアン?

保存日は2005.6.7となっている。今から4ヶ月弱前のことだ。
物々しいタイトルに比して内容は育児に関する日記であった。そしてそこにある状況は果たして随分今現在とはかなり異なっている。
もう今となっては「ああこんな時期もあったな」と懐かしくさえ思えるほどである。

でまあ折角書いた記事だからもったいない(?)ので上げておこうと思う。


---
『エイリアン』

妻には申し訳ない限りだ。
何しろ妻は朝から晩まで子供と向かい合っているのだ。
ここのところの僕は毎朝7時半前に家を出て、そして21時過ぎに帰ってくる。だから妻は実に12時間以上もたった一人で二匹のエイリアンと格闘しているわけだ。
エイリアンとは語弊があるかもしれないが、ある人の講演で使われていたのをきっかけに僕もよくこの表現を使うようになった。
彼の言うエイリアンとはリプリーを襲ったりでっかい卵を産んだりプレデターと戦ったりするあの大トカゲ的な化け物などでは決してなく、言葉が通じない何を考えているのか解らない存在を指します。
あーでも単位は匹ではないな、チビすけゴメンよ。 もとへ。人(にん)ですね。撤回します。


それでうちのエイリアンちゃんたち。
今夜は僕が帰宅するとおとなしく寝ていた。珍しいことに。
妻曰く「我儘垂れまくってさあ、んで泣き疲れて寝たわさ。子供らは何とか食べさせたけど大人のご飯はまだ出来てないよ」とのこと。
はは~んそれで顔がぐちゃぐちゃのベトベトになってるのだな。今日は一段とヤンチャが過ぎているようだ。
よおしパパがお風呂入れてあげよう。ご飯は後でいいや。

「どうだろね?今起こしたらきっとスッゴイ機嫌悪くなるよ」と確信めいた口調の妻。
「んなこたないさ。いいよ、お風呂洗ってくるよ。お湯入ったらすぐ二人まとめて入れるよ。その間にご飯やっておいてよ」可愛い寝顔を見ると疲れなんか吹っ飛ぶね僕ぁ。
だいじょうぶかなあという怪訝そうな妻の顔を横目で見つつ。
そして実際この時点で僕はまだ甘く考えていた。ここ数ヶ月でも珍しいほどのチビらの傍若無人ぶりがこの後に待ち構えているなどとは露知らず。


ピピッとお湯が入った合図が聞こえた。
さあもうそろそろ起こそう。
あれ?・・・アカン熟睡しとる。抱き上げて揺さぶっても起きる気配なし。
なんだよ。折角お風呂沸いたのに。まいいや。洗い場までとりあえず連れて行こう。服を脱がしてあげよう。
俺一人抱っこするからさママ一人連れてきてよね。

で。
一枚ずつ服を脱がせてあげて、オムツいっちょになった時。
「ピギャー!!!」と。耳をつんざかんばかりの大音量で泣き叫びだしたエイリアンたち。
一人が泣くとシナジー効果でどんどんそれはエスカレートしていく。
しかも二人して僕の耳元に口を思いっきり近づけて両耳からステレオで。お風呂場だから反響しまくるし。
でもまあとりあえず湯船に入れたらご機嫌になるかと思ったら大間違い。暴れるし叩きまくるし。
妻の予言はものの見事に的中したのだった。

ホウホウノテイでなんとか適当に二体の身体を同時に洗い(几帳面な僕は普段は隅々までキッチリ磨いてあげるのだ)、妻を呼び出してあげて貰いようやく自分の頭を洗っている間もリビングからはけたたましい泣き声が聞こえてくる。
それからというもの一時間泣きっ放し。もうこうなったら何をしても無駄な抵抗である。
言葉が通じないから何が気に入らないのかなど大人には分かる由も無い。だから手の打ちようがない。
おまけに夫婦揃って空腹。更に加えて湯あたりして少し気持ち悪い。お風呂から上がったばかりだというのに変な汗が吹き出てくる。喉がカラカラなのにお水の一杯すら飲ませて貰えない。そして両耳にはつんざく様な大音量。クラクラ・イライラして来た。


…で。キレてしまった。
「もう・・・ええ加減にせえや!おおおお前ら勝手にそのへん転がっとれ!!」
結果更に火が点いたように泣きわめく我が娘達。我ながら大人気ないとは思う。
しかし、こういう日も、あるのです。

いま、これを書きながら客観的に自分を振り返って・・・大いに反省しております。
育児とは、本当に、育自なのですね。反省。
---


ああそうだった。
その頃は子供とのコミュニケーションが上手くとれず、今日という日は一体なんだったのかわけの分からないまま毎日が終わっていたんだった。
記憶というものは曖昧なところがあるから(ある場合勝手に都合の良いように形を変えてしまう場合すらある)、やっぱりどんな形でもその時その時の状況や気持ちを記録していくということは、結構大事なことなんだなって思う。


で最近の育児状況は。
相変わらず奥さんには世話を掛けっぱなしであります。
奥さんに言わせると「休日など子供が三人居るようなもんだからかえって手間がかかるわ」とのことです。
僕はこれでも精一杯やってるつもりではあるのではあります。奥さんそれはないだろうという感じです。


そんなチビらも来月になるともう満二歳。
早いなあ。信じられないくらい。陳腐な表現だけど本当にあっという間だった。
なんか、しみじみするなあ。


ねえ、チミらよ。
これからも、毎日楽しませておくれよ(^^)

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2005年9月 4日 (日)

片っ端から忘れちゃう

うちのパソコン君のスクリーンセーバーはSMART GALLELYでピクチャファイルフォルダを指定している。スライドショーのように見せてくれるアレです。

過去のある時期。
ある時はセルターブのライブ写真であったり(わ~ナル^^)、またある時は何でもないピクチャファイルだったり。
そして今は、家族の写真を保存したフォルダを指定している。

今日、そのフォルダ指定を少し変えた。
子供達が生まれた日から撮り始めた写真のフォルダへ。


そして、スライドショーを眺めていると少なからず驚いた。
赤ちゃんって、こんなにちっちゃいんだ・・・いや、こんなにちっちゃかったんだ。

チュッチュが顔の半分くらいあるやん^^
よく証拠写真なんか撮る時に、サイズの確認のために煙草の箱を並べたりするやん。
我が家の場合は、スナック菓子の袋がそれだった^^よくあるポテチとかその類のサイズ。
・・・大きさ一緒やん^^;


来月でこの子らは満二歳の誕生日を迎える。

つくづく思う。文字通りあっという間だった。
本当に、二年経った事が信じられないくらい。
寝返りさえ打てなかったのに、今では暴れまくりの我儘言い放題。
両の掌に乗るサイズだったのが今では二人抱きかかえると足元がフラフラするくらいに^^だって20kg超だもん^^


ちっちゃかった時のことなんて、片っ端から忘れていっちゃうんだ・・・。

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2005年8月 8日 (月)

Stand By Me

スティーブン・キングの名作。
いやベン・E・キングの名作と言うべきか。キングつながりだ。
個人的にはジョン・レノンのヴァージンの方が絶対的に好きだけれど。


この映画が公開されてから後、それはいまや少年時代に誰しも必ず通る関所のようなものの代名詞となっている。
勿論、僕もその関所を通った。少年としての立場で。仲間と一緒に。


でも少女(女性)の場合はどうなのだろう。
「あれが私のStand By Meだった」と呼べる節目ってあるのだろうか。
きっとあるのだろうとは思うけれど、少年と少女では(上手く言えないけれど)決定的に違うものがあるような気がしてしまう。
少年が男になる時。少女が女になる時。
やっぱり、違うだろうなあ。
だって、6年生の時の同級生の女の子って、やっぱり大人びてたもの。
男の子なりに、感じてないようで実は感じているんです。俺らって、オボコイよな って。女子には敵わねえな って。


細江君と、小田君と、僕と、あと数人。
作戦会議はいつも放課後に僕の家で行なわれていた。
初めて自らの意志でもって学区を大きく飛び出すこと。絶対条件は親の援助は一切受けないこと。
まずこれが最初に越えなければならないハードルだった。

歩いて行ける距離ではない。
とは言え自転車で行くのもどうも冴えない。夏だから暑かったし、何より交通機関を自分の意志で使うことがまず大事なポイントだったのだ。
アクセス手段はバスだ。名古屋氏交通局の市バス。どこまで乗っても区間内なら一律幾らで済む事は調べが付いていた。みんなお母さんと一緒になら何度も乗ったことがある。
でも問題は、誰一人自分だけで乗ったことがないことだった。


目的地。
名古屋港の手前の築地劇場。
時間帯によってそこは成人映画の劇場にもなる。
でも僕らの目的は当然のことながらそんなものではない。興味があったことは否定しないが。でも幾らなんでも小学生の分際でそんな大それたことは出来ない。
その時その劇場では、夏休み特別企画である映画が上映されていたのだ。

それはそれは豪華な、これを逃したらもう二度とチャンスは巡って来ないと確信できるメニューだった(事実それが最初で最後だった筈)。
それは、「宇宙戦艦ヤマト」と「さらば宇宙戦艦ヤマト」とあと何故か「海のトリトン」の三本立てが上映されていたのだ。
海のトリトンはどうでもよかった。事実、それは観ずに帰ってきた。


作戦会議の議題。
まず一つ。バス代が幾らするのか。いつも母さんに払ってもらってたから僕らの誰もそれを知る由もなかった。
二つ。映画の時間はどうなっているのか。またそこから逆算していつ出発したら良いのか。何しろ三本立てだ。一本逃すととんでもないことになる。
三つ。途中でお腹が空いたらどうするのか。また、トイレに行きたくなったらどうするのか。

数度に亘る綿密且つ慎重な会議の結果、一つ目と二つ目の議題はクリヤすることが出来た。
でも三つ目だけは、現場で出たとこ勝負になるしかないという結論に達した。


そして作戦決行当日。
大にして大抵こういうときに限ってトラブルが発生する。僕達も例外ではなかった。
小田君が出発直前に急にお腹が痛いと言い出し、出発予定時刻を大幅に遅れることになってしまったのだった。

チームの中に途端に諦めムードが漂った。
もうダメだ。今からバス停に走って次の次の次の次のバスに乗ったとしてとても間に合いそうにない。
折角だからヤマトの一作目から観たいところだったのだけれどどうやら二作目から観て後で一作目を観るハメになりそうだ。しかも間にどうでもいいトリトンを挟むわけだ。

とは言え今更小田君を非難する気も起きず、すっかりテンションが下がった僕達が重い足取りで出発しようとしたその時、救世主が現れた。
何と、細江君のお父さんが劇場まで僕等を運んでくれるとの事。しかも今からだったら一作目の上映時刻に絶対間に合わせてやるとのお済付き。途端に生き返ったようにはしゃぐ僕等。


結果、見事に僕達は一作目から観ることが出来た。
途中お腹も空いたし、トイレにも行きたくなったけれど、受付のオバチャンがとてもいい人で顔パスで劇場の外まで出入りさせてもらったりした。


綿密に立てた計画は全て水の泡と化したけれど、結果だけは完璧にオーライだった。
その事で有頂天になり、肝心の映画の方はあんまり記憶に残っていない。

でもその時僕達は、窮地に立たされた時でも、決して諦めなければ必ず道は開けるのだというこれから始まる人生について、とても大切なことをその時に間違いなく学んだのだ。
・・・と思う(笑)


テレビのCMで、この歌を聴いてそんな昔のことをちょっと思い出してしまった。

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2005年7月25日 (月)

素晴らしいお名前

昨日、初めてお話した人がいる。


チャイムを押して、玄関を開けて貰う。
恐らくはその方のお母様と思しき方と、そしてお子さんが出迎えてくれた。

その子は黄色い浴衣を着てた。とてもよく似合ってた。
見た感じ幼稚園の年少さんくらいかな。

彼女は零れんばかりの笑みだった。
この世の全ての物事にに対して疑うことを知らない澄みきった瞳。
そして。
何よりも嬉しいことに僕を大歓迎してくれた^^

すぐに、僕は訊いた。「幾つ?」
ゆっくりと指を曲げて、答えてくれた。「よっつ」


部屋に上げて貰い、その後ご主人と少しの時間話をした。
その間、彼女はずっとパパにべったりだった^^
いいよ。決して邪魔になんか思わないからさ。


僕も(そして殆どの親になる人がそうである様に)子供の名前を考える時には随分悩んだ。
いや、悩んだのは僕だけじゃない。
それだけは嫁の名誉にかけて付け加えておく。

ましてやうちの場合双子であることが確定していたわけだから、どうしても二人セットで名前を考えざるを得ない。
しかし困ったことは性別が生まれるまで不明だったことだ。
二卵性双生児であることはエコー画像で判明していたから、性別が別々になる可能性は50%だった。

ひとりは女の子。それは確認できていた。
でもどれだけエコーの角度を変えてみても、もうひとり(お腹の中の位置的に恐らくは先にこの世に生まれてくる子の方^^)の大事な部分がどうしても確認することが出来なかったんだ。
恥ずかしがってたのかは分らないけれど^^


名前を考える上で、僕達夫婦の間で常々確認しあっていたことがある。子供が出来るずっと前から^^

それは、下らない(敢えて誤解を恐れずにこう書きますが)姓名判断などに断じて翻弄されることなく、直感的に僕達が良いと思った名前にしようと。
そして何より、極力漢字の画数の少ない名前にしようと^^

嫁は、幼少の頃画数の多い名前であったことから随分苦労したらしい^^
反面、僕は随分楽だったわけだけれども^^
(総画数で15画・・・こいつは割と珍しいらしい^^)

だから基本的に書き易く、呼び易く、覚え易く、そして何より誰からも愛される名前にしようと。
でも実はそれを考え出すのが難題中の難題な訳であるわけだけれども^^


帰りがけ、僕は彼女に大事なことを訊くのを忘れてたことを思い出した。

「お名前は?何と言うの?」目を見て訊いた。
「すばる です!」元気一杯答えてくれた^^
なるほど!「お~!いいお名前だねッ!」


ご主人に聞いてみた。
「すばるちゃんのすばるは?谷村新司の昴ですか?」・・・半ば確信を持って。
すると予想外の返答が。「違いますよ^^」
え…?じゃあ平仮名なのかなあ?


そして。
次の言葉に僕は感動してしまった。
「素晴らしいの『素晴』です」

・・・あー!
なんて素敵な名前なんだろう・・・!!

一度聞いたら絶対に忘れない。
否、忘れることなど出来はしない。
久々に、子供の名前で感心してしまった。
そして、そう名付けたご夫婦の温かく優しい気持ちが瞬間的に僕の大事な部分を貫いた。
言葉にするのは難しいけれど、何だか凄く、嬉しい気持ちになった。


でもね。
何を隠そう。


実はうちのチビすけツインズの名前がこの世で一番サイコーなんだけどね(笑)

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パワー・トゥ・ザ・ピープル

録音時の風景を勝手に想像してみる。

レコーディングスタジオの真ん中に仁王立ちするジョン。
そのジョンを取り囲むソウルフルな大合唱団(ゴスペルの一座のような^^)。
そして全員が一斉に揺れながら手拍子と足踏みをして一発録りを。したに違いない・・・と信じたい^^


飲料水のCMで最近よく流れている。

勿論これは、ジョンのヴァージョンではない。
オリジナルのヴァージョンは・・・なんというかもっと騒々しく、荒削りな感じ。
そして曲の殆どが・・・サビのようだ^^


チビすけツインズを寝かし付けようと小脇に二人抱え二階に上がり、その体勢のままベッドに横になった。
漢字の小の字のよう。
今のこの雰囲気だと二人とも今夜はすぐにでも夢の中に入っていってくれそうだ。


うつらうつらしているチビすけを横目に僕は音量を絞ったテレビを何気なく観ていた。
その時このCMが流れた。

すると上の子が「Power to the people」の後に鼻を二回鳴らした。「フッ・フッ」と。
余りにタイミングが合ってたので思わず笑えてきた^^

CMはこのフレーズを3回繰り返して最後「Power to the people,right on」で終わる。
そして二度目の「Power to the people」が来た時・・・僕は思わず笑いを止めてしまった。


二度目、そして三度目の「Power to the people」のあと、チビすけは脚をベッドの上で「ダン・ダン」としたのだ。

・・・間違いない。
こいつリズム取ってる^^


さすがと言うか何と言うか。
もうこの際親バカとか何と言われようとも構わない。
我が子ながら天晴だ(^^)


んーでも胎教で聴かせた覚えはないんだけどな(笑)

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2005年7月17日 (日)

キレる時はキレる

幼い頃。
手に触れるもの全てに興味を抱き、身の回りに起こる全てのことが新しい驚きに満ちていた頃。

そんな頃の子供にとっての母の持ち物とは。
それは幼い子供にとって知的好奇心を満足させるに大いに余りあるものだ。
そして母が大事にしているものであればある程、それは子供の目には宝物のように映っている。
その財宝は、端的であるがおおにして母の鞄の中や鏡台の周りから発掘されるのだ。

僕の場合はこうだ。


僕がまだ物心がつく前の頃だから、母も若かった。
それは、鏡台の引き出しの中に大事そうにしまわれていた。
それを母は父の収入からコッソリ貯めたヘソクリで買ったのかどうかは当時の僕には知る由もない。
とても高級そうだったが、それがブランド物なのかどうかもまた知る由もない。
でも高価なものだったのだろう。さもなくば余程のお気に入りだったか。
とにかく、それは、封さえ切らずに大事に大事に引き出しの奥にしまってあった。
でも僕はその存在を知っていた。母が大事にしているものに、とにかく興味があったからだ。

どういうシチュエーションだったかは忘れたが、たまたま、僕一人になった時があった。
今がチャンスと思ったかどうかは覚えてない。ただ気がつくと僕は鏡台の前に立っていた。


子供というのは後先を考えない。それは例に洩れず僕も同じだった。
時として、子供は悪魔のようにもなりうるのだ。
僕の求めるものは唯一つ。
そう、あの口紅だ。

母の大事なものに手を掛けているという緊張感と、罪悪感にも似たものがあった。
はちきれんばかりの心臓の鼓動を抑え、まず。ビリッ と外箱の封を破る。
そして中から金色に輝くそれは姿を現した。
正に、金銀財宝を掘り当てた時の気分だった。

そして恐る恐る震える手で蓋を開け、下半分をゆっくりと捻ってみる。いつも母がしているように。
すると中から、スルッと出てきた。紅の本体が。それは捻れば捻るだけ、自分の思い通りに出たり入ったりする。
いつの間にか楽しい気分になってくる。
捻る、出る。捻る、引っ込む。延々と繰り返す。・・・楽しい(^^)


そうこうしている内に、カチッ とした手ごたえがあった。
そしてそれは、最期の音だった。

これ以上出切らない所まで出切った紅の本体は、その最期の音と共にその後動くことはなかった。
予想だにしなかったその事態に慌てた僕は、指でなんとか回転させて戻そうとした。
しかし指先に力を入れれば入れるほど紅本体の形状は歪み、最早是迄と二進も三進も行かないことを悟るのに長い時間は要しなかった。

そして、僕は。
証拠を隠滅する為にあろうことかそのまま蓋をするという暴挙に出てしまったのだった。


数日後。
ンナニシテクレタノー!!!
素っ頓狂な母の金切り声を聞くまでその日のことを僕はすっかり忘れていた。
それは見たことも聞いたこともない母の姿であった。


いくら親だろうと。
子供に対し真剣に怒ってしまうことがあるのだと、その時、子供心に僕は知った。
今では勿論、笑い話になっている。

だからというわけでもないが、うちの子等がママや僕の持ち物を物色するのを僕は止めさせることが出来ないでいる。

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2005年6月27日 (月)

ゾウさんゾウさんお鼻が長いのね

子供の成長ってホントに早い。
特に、1~2歳の頃は一生の中で最も目覚しく成長する時期なのだろう。
うちの子等も例外ではない。
昨日出来てなかったことが気がついたら今日やってるなんてことも珍しくない。

耳にするもの、目に映るもの、手に触れるもの。
全てを精一杯吸収しているのが手に取るように、解る。
良いものを、沢山。
聞かせたり、見せたり、触らせてあげたい。
心からそう思う。


生後半年くらいの時に、動物の絵が描いてある絵本を買ってあげた。
その時は、ページをめくるたびに現れる面白い絵に、ただ喜んでいただけだったのだろう。
それが動物だなどとは知る由もなかった筈だ。

でも最近は、ちゃんと理解している。
この前東山動物園に連れて行ってあげたときなどはしゃぎまくっていた。
ちゃんと、目に映るものがどういう動物なのか理解し、そしてそれを言葉で伝えようとする。
「ちりんさん」(キリンさん)
「がおがお」(ライオン)
「にゃんにゃ」(トラ)
「どーたん」(ゾウさん)
「ちっこー」(キッコロ)
キッコロは動物ではないが。あれ動物か?妖精じゃないか?
まいいや。モリゾーキッコロどっちだろうと「ちっこー」だし(^^)


夜は出来るだけ一緒にお風呂に入る。
というか一緒に入りたくて仕方がない。
どれだけ疲れていても、どれだけチビすけの機嫌が悪くても、一緒にお風呂に入りたいと思う。

今日も、一緒に入った。
先に二人を上げてあげて、身体を拭き終わってミルクを飲み終えた頃を見計らって僕はお風呂を上がる。
うちは大体、風呂上りの暫くの時間は裸族だ。ここのところ毎日暑いし。電気代節約の為と健康維持の為なるべくエアコンの使用は避けている。扇風機の風による自然乾燥が一番だ。

そして僕はいつものように全裸のまま頭を拭いていた@リビング。
すると上の子が足元に駆け寄ってきて、自分の目線の高さのものをしげしげと眺めてこう言った。
「どーたん」

それはゾウさんじゃないぞ。
あーしかも引っ張るのはやめてくれ。

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2005年6月17日 (金)

要再検

渡邊君は、おとなしい子だった。
ちょっとムーミンに似た感じで、クラスで小さい方だった僕よりも更に身長が低かった。

当日、渡邊君が異常に緊張しているのがわかった。もういい加減慣れようよ。高学年になるんだからさ。
でもその台の前に立ちはだかる渡邊君の身体が小刻みに震えているのが見て取れた。
僕はもうさっき済ませたばかりだった。アイウエオ順で彼は僕の次の順番だった。

ついに観念したように台に横たわり、そして無残にも肌を露にされた渡邊君。身体に次々と何やら計器状のものが取り付けられていく。
表情はこわばり視線は一点を見つめ、瞬きすらしていないように見える。
「はい、じゃあ力抜いてね」彼は答えない。呼吸する事さえ困難なように見受けられる。こっちが心配になってきた。

次の瞬間「ピーッ」という警報が鳴った。ビクッと身体を竦める渡邊君。僕も聞いたことが無い音だった。
「あー、もう一度取りましょうか」
そして、その後何度やってもついにそれは成功しなかった。
彼に異常など何所にもないはずだった。ただ余りの緊張で明らかに彼の心拍は異常を示し、従い測定されるデータが閾値を大きく上回ってしまっているに他ならなかった。
その後ついに渡邊君は、別室に連れて行かれてしまった。
泣きそうな顔で僕の方を振り返り「助けて」と目で彼は訴えていた。


男女にわかれ、みんなでラインダンスのように並び、そして手をつないで二段しかない階段状のものを登ったり降りたりする。
同期録音を行っている時のようなドンカマの規則正しい音に倣って一斉にそれは開始される。
時間は、5分。

規則正しい音「ピッピッピッピッ」
そして僕達20名ほどがそれに合わせる。無意識に頭の中でカウントをする。
「1、2、3、4。 2、2、3、4。 3、2、3、4・・・」
直ぐに息があがってくる。結構きついぞ。でも何だか楽しくなってきた。
ずーっと端のほうを見ると、なぜだか半拍ズレている。だからまるでウェーブのような感じだ。
頭の中がだんだん空っぽになってくる。そして規則正しい機械音。
ついにボソボソと僕は口に出しながら「1、2、3、4。 2、2、3、4・・・」を繰り返した。

「はい終了」
ハッと我に返った。

そして片方の親指をもう片方の手首に当てて脈を取るように指示された。
すっかり空っぽになった僕の頭の中は、「1、2、3、4。 2、2、3、4・・・」を延々と繰り返すだけだった。そこに何の疑問も感じないほど。

「はい終了」
みんな一斉に各々の数値を先生に告げている。それも嬉々として。
僕は慌てた。なぜなら僕の中での最大値は。それだけが隠しようも無い事実だった。
僕は咄嗟に4の倍数である数値「48」を申告した。苦し紛れに。
怪訝そうな表情をする先生。
普通に考えてもそれは心臓に毛が生えているなどのレベルでは到底及ばない異常な数値に違いないからだ。

そして今度は僕が別室に連行される番だった。

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2005年6月 8日 (水)

姉妹考

僕は長男だ。二つ違いの弟が一人いる。

誰でも同じなのかも知れないが、こんな風に感じる時がよくある。
例えば誰かと話しているとき。
あ、この人は弟に違いない、ああこっちの人はお姉さんだろうな。
こいつは・・・この我侭っぷりは一人っ子だぞ。などなど。感じます。

会社の先輩で、10以上も年上であるのに、どうやっても弟にしか見えない人がいる。
まあルックスもそこはかとなく弟を彷彿とさせる人物であることもその理由の一つかもしれないが。

ある時、思いきって聞いてみた。
「あの、○○さんは、上にお兄さんか誰かおられますか」
「ああ、いるよ。何で分かるの」
「いや、実はね、○○さんのこと僕、ぶっちゃけた話弟にしか見えないんですよ」言っちゃったぞ。
そうしたら○○さん、何とこう答えました。「あ、俺もな、実は大チャンが兄貴に見えて仕方ないんだよ」

何と不思議な会話だろう。
○○さんがどういうつもりでそう答えたのかは分からないが、表情を見る限り本音を言っているようだった。大体歳下のぼくにおべっか使ったって一文の得にもならないことだし。


今までの僕の女性遍歴。
ここで自ら暴露するつもりなど毛頭無いが、少なくとも傾向として、僕はお姉さんタイプ、というか長女と交際したケースが圧倒的に多い。
・・・圧倒的に って、ジゴロ(死語?)じゃあるまいしべらぼうに多いわけじゃありませんがね^^;
まあ、そうなんです。
妹タイプっていうものに憧れにも似た感覚はありますが、お付き合いしてもどうも長続きしませんでした。


家の子は双子の姉妹だ。
ママのお腹から出てきた順番で一応は長女次女となってはいるが、当然のことながら本人にその自覚は全く無い。
それでもきっと、いつかは明確に姉として、妹としての自覚がついてくる事になるのだろう。

僕達親からしても、そうだ。もう今となってはこの二人の姉妹関係が逆転することなど考えることができない。
そういう風に見るつもりなどは決して無いにもかかわらず。
例えば「お姉ちゃんだから、妹だから」などという区別は今も、そして将来においても絶対にしないつもりだ。
でもそういう見方は年寄りに多いんだよな。よく覚えとけ、そんな奴はうちの子には会わせないぞ(^^)

それでまあ、親の立場から見てそんなつもりは全く無くとも、自然に姉は姉、妹は妹らしくなってきている。客観的に見て。
まるで己の立場を無意識に自覚しているようだ。

不思議なものである。
出生年月日と時刻は、たった1分の違いでしかないのに。

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2005年6月 5日 (日)

喉元過ぎれば・・・

僕達夫婦には長い間子供が居なかった。
長い間・・・とはいえせいぜい7年程度ではあるが。
二人で産婦人科に通ってカウンセリングを受けたりもした。
出来ちゃった結婚なんてなんて羨ましいんだと思ったさ。
あんたらなんでそんなに簡単に出来ちゃうの?ってね^^
まあ・・・それはそれで大変なんだろうけど^^

そこは名古屋でも有名な産婦人科。栄の中日ビルのそばにある。
友達から紹介されてそこに何ヶ月間か通って、それでも兆候が現れなかったので、いよいよ不妊治療という段階に入りかけた時。
エコー画像に小さな二つの光り輝くものが映し出されたのだ。
その瞬間の医師と奥さんと僕。三人で手を取り合って喜んだ。
先生曰く「ついに仕留めましたね!おめでとう!」
しかしあのーセンセイ仕留めるって・・・^^でも確かに言い得て妙だったな。
年甲斐もなくガッツポーズしちゃったもんな(^^)


それまで周りからは随分色々なことを言われた。僕達の生活には全く関係の無い筈の人達に。
中にはいまだに思い出すと悔しくて眠れなくなるなるほどの言葉もあった。
ところが悪いことにそれを言う当の本人は全く悪気がない(のだと今は信じたい)。
軽い冗談のつもりだったのだろう。だが言われた側は深く傷ついた。

悲しいかなそういうことは生きているうえで余りにも多い。
翻ればそういう自分だって、きっとそんな風にして沢山の人を傷つけて今まで生きてきたのだろう。それを自分では気付きもしないうちに。


偶に見に行くブログで、こんな格言の引用があった。
「己の欲せざる事を他人に施す事なかれ」
文字にしてしまうと当たり前のようだが(格言とはそんなものか^^)、自分自身に照らし最近思い当たる節があったので、深く考えさせられた。


HPやblogで自分の意見や思いを発信するということは・・・もしかしたらそれによって、例えば些細な表現方法を少し間違えただけで見知らぬ誰か、いや身近な誰かを傷つけることも決して無くはないと・・・思ってしまう時がある。
自分自身のためだけに、閉じたログを残すのであれば何もweb上に公開する必要など無い。
少なくとも公開した時点でそれは公のものとなる。己の手を離れてしまうのだ。そして独り歩きを始める。
そんなつもりじゃなかった、などという言葉は言い訳に過ぎない。
少なくとも書いた責任が紛れも無く発生するのだ。そう考えるのは重すぎるだろうか?

何時だったかblogというものは危険な側面を備えているといった記事を読んだ。
例えば極端な例・・・無責任な社員が匿名で会社の内情を洗い浚いぶちまけてしまうとか。実際にあった話。
チャットや掲示板のように刹那的なものではなく、意図的に削除されるまでログとしてそれは残ってしまう。
怖い話だな。
・・・調子に乗って俺会社のことヤバいこと書いたりしてないだろうな^^;ないと思う・・・多分^^ それは今後も。


んーと、何だったっけ??
えーと子供の話じゃなかったっけ。ああ・・・そうだ心無いことを言われた思い出のことだった。
ほら、これを思い出すと夜も眠れなくなるほど悔しくなるからつい色んなことを考えちゃうんだよ。
何を書いてるのか訳がわからなくなっちゃうくらいにね^^;
後で推敲してきっと情けなくなってくるんだろうな。まいいや。上げちゃえ。


でその時何を言われたかって?別に大した事じゃないよ。
軽い冗談で流せばいいだけのことだったんだよ。
「なんだお前、子供の作り方知らんのか。教えたろか」ってな。
別にその時は笑って流したさ。「ええ!教えてくださいよ~」ってな。

でもその晩悔しくて一睡も出来なかったよ。

・・・あーイカン!無性に腹が立ってきた^^何でこんなこと思い出したんだろう。


ま、何にしてもさ。
待ち望んだ子供が生まれてさ、それも物凄く可愛い双子の女の子でさ、誰にも胸張って世界一可愛いんだって言いきれる我が子の寝顔を見てるとさ(^^)
その時の悔しさなんて。
喉元過ぎれば何とやらになるのさ!(^^)
いい意味で、この時の悔しさをバネにして、僕達夫婦は不妊の山を乗り越えたんだ。


俺に、俺ら夫婦に、あんな心ない言葉を吐きやがった奴よ。
ざまあみろ!手前の吐いた唾飲み込みやがれ!
(今日はすみませんm(__)m でも俺だってたまには毒くらい吐きたいさ)


そいでえとうんと今は育ての苦しみの真っ最中^^;
子供が居なかった時のことを思うとなんと贅沢な悩みなことか。
今が苦しいと思うのは、きっとどんな状況だろうと同じなのだろう。

今のこの苦しみや悩みだって、きっといつか、今が喉元なのだと思う日が必ず来るのに違いないのだろう。

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2005年5月27日 (金)

やってまった

ある集まりに出席する約束をしていた。
本日21時からの自由参加の集まり。自由参加とは言え約束した以上出なきゃな。
今朝確認のメールが来た。ですぐさま出席を約す返信をする。


仕事を早々に終え入院中の花音の見舞いと嫁の激励をし帰宅するなり里音の歓迎を受ける。「だいちゃん。きゃり(訳:父上、おかえりなさいませ)」と言って抱き付いて来る。
ばあちゃんにお風呂入れて貰ってた様だ、髪がびしょびしょに濡れてるぞ(^^)
抱き上げるとスーツの肩に涎が…^^; あ~あ。まぁこれぞ父親の勲章か。
嫁は花音に24時間付きっきりだから、僕ひとりでは仕事しながら里音の世話は物理的に不可能。
だから花音が入院してからこの方、嫁の実家に避難している^^;

着替えて、用意して戴いてた夕食を食べているととっくの昔にご飯を済ませている筈の里音が膝によじ登ってきて「まんままんま(訳:飯くれ飯)」とせがむ。こいつホントに食欲だけは異様に旺盛だな^^
で、ミルクを飲ませて、歯磨きをしてあげて。「もう寝よっか?」と聞くと「あい」と答える。20時30分。
(寝かしつけたら丁度いい時間になるな。でもちょっと遅刻しちゃいそうだな)などと考えつつ里音の背中をポンポンと。
いつもは結構ぐずるのに、今夜はすんなり寝てくれそうだ。いいぞ。…程なく静かに寝息を立てる里音。
多分時間は20時50分くらい。しょうがない。ちょっと遅刻して行こう。今日割と仕事ハードだったもんな…精神的に。ちょっとだけ休ませて貰おう…。
里音の髪を撫でながら少々まどろみ、うつらうつらと…。ああ危ない…。分かっちゃいるが睡魔には…勝てない…zzz...

でぐっすり寝こんでしまったという寸法。
気がついたらほっぺに涎が。里音のこと言えやんな。
で。時計を見るとなんと23時(@@)
…やってまった(-_-;) やっちゃったぞ俺。


一瞬にして色んなことを考えた。言い訳、こじつけ、理由付け。色々。
が事実は変えられない。思いッ切り自己嫌悪。
とっくに約束の会は終わってしまっている。どうしよう。約束破っちゃった…。

遅い時間だけど電話してみようかな。
ケータイ見ても着信無しだし、きっと怒ってるんだろうな。だって約束したんだもんな。
言い訳がましく説明するのもなんだかなあ。
…どうしよう。どうしよう。

よし。謝ろう。
電話しよう。今しかない。明日じゃもうきっとタイミング逃しちゃう。
先方はワンコールで電話に出てくれた。
「あ、あのぅ…ゴメンね!子供寝かし付けてて寝ちゃった!」しどろもどろ^^;
「あははっ!そうだったんですか」笑って許してくれた。…ありがとう(T_T) はい。以後気をつけましゅ。


先日飲んだ時、取引先の専務と話をしていて、男は正直に生きるべきだと教えて貰った。
「言い訳なんかせず、正直に言えばいいんですよ。嘘をつくと後ろめたくなるでしょう。そんな生き方はいつか日陰になっちゃいますよ。だから格好つけず何でも正直に言えばいいんです」
いい顔で話す専務の笑顔。男らしくて親分肌。男が惚れる男。めちゃカッコイイ。


…今日電話出来て良かった。このまま寝たらきっと寝覚めが物凄く悪かったろうから。

こんな感じで。毎日一杯一杯なんです(笑)

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2005年4月27日 (水)

ウェルカムバック

ツバメが帰ってきた(^^) 二年ぶりに。
以前ここを巣立って行ったヤツかな?確かめる術はないけどね(^^)
前に巣立って行った後も巣はそのまま残しておいた。いつか帰ってくると思ってたからだ。


ツバメは人の出入りが多いところによく営巣する。らしい(^^) 外敵から雛を守る為だろう。人の出入りが多ければ多い程、猫とかカラスから襲われる可能性が低くなるというわけだ。
だから駅の入り口なんかにもよくツバメの巣を見かける。人間的には間違っても落ち着かない場所なんだけどなぁ^^
家の団地は結構密集してきているが、それでも夜しか帰ってこないようなところには巣くわないようだ。ツバメなりによく見てるものだ。


二年前。
ツバメ夫妻はつがいで我が家にやって来た。
その当時うちは結構人の出入りが多かった。殆ど毎日家族以外の誰かが出入りしてた。千客万来ってやつ。
夫妻はやって来るなり一生懸命巣をこしらえようとしてた。家の玄関の梁の裏に。脇目も振らず。せっせせっせと。
その姿は健気で、見ていて涙ぐむくらい必死だった。

毎朝仕事に出かける前に新居の新築工事の進捗状況を確認し(その時点では彼等はもう既に働きに出ている^^)、「お、だいぶはかどったな~」と感心。そして帰宅するなりすぐに梁の下から見上げると奥さん(多分^^)がしっかりと巣を守っている。
覗き込むように僕を見下ろすクリクリ眼。あ~カワユイ(*^^*)
「お、今日も頑張ったな。随分進んだやん。ところで父ちゃんは何処行った?」聞いても奥さんはじっとこっちを見てるだけ。
でも毎晩ホントに父ちゃん何処ほっつき歩いてるんだろ?でももしや今巣を守ってるのは奥さんじゃなく旦那さんだったりして(^^)それは知る由もないけどな。

すっかり巣が出来上がると程なく卵が産まれたようだ。
休みの日など小まめに観察していると、四六時中奥さん(これは奥さんに間違いないと思う)が卵を温めている。僕に対してもかなりの警戒振りだ。居候のくせに(^^)
相変わらず旦那は帰ってこない。何処で寝てるんだ?よく分からんな、ツバメの夫婦生活ってやつは^^


ある日、帰宅すると聞きなれない音を耳にする。瞬時にそれが雛の鳴き声だと確信。待望の雛の誕生だ。
ピーピー…じゃないな、キーキーでもない。ピヨピヨ?ヒヨコじゃないんだから^^
チーチー。うん。そうだ。チーチーだ(*^^*)あ~巣覗きたい。
でも奥さんは一層警戒心が強くなったみたい。完全に僕を外敵扱い。そんな無礙にしないでも(T_T) 仮にも家主なんだからさ。

泣き声から察するに巣の中には最低でも5羽はいる様だった。max.7羽と踏んだ。巣の中はかなりの密度だ。
日増しに力強くなってくる雛の鳴き声。思わず成長日記を書こうと思ったほど。ワクワクしてきた。
いつの間にか旦那も巣に常駐するようになった。さすが父ちゃん。やる時ゃやるやん(^^)


餌をねだる雛の勢いたるやまさに弱肉強食。
ずっと眺めていると確率的にやっぱり少しでも体の大きい子、イケイケで前に出てくる子、そういった雛が優先的に餌を口に出来るようだ。
変わりばんこでヒィヒィ言い乍ら餌を運んでくる夫妻もかなり忙しい。巣に戻ってきては一番アピールしている雛の口にパクッと入れてすぐまた次の餌を探しに行っちゃう。
だから自然と淘汰される。体のちっちゃいやつは。可哀想だけどどうすることも出来ない。応援するくらいしか。

そうこうするうちにすっかり体格に差が出来ちゃって、大きいやつと小さいやつの差は2割くらい開いちゃったように見える。
雛の数は読み通り7羽だったことも判明した。
中でも一番ちっちゃいやつをチビと名付けた。


ある朝。
玄関を開けると、地面に何か落ちていた。
チビだった。
チビはいつまでたっても体が小さいから、兄貴達に邪魔者扱いされて蹴り出されちゃったようだ。一匹でも減った方が自分の食いぶちが増えるって寸法か…げに厳しき生物界。

チビは一瞬死んでるように見えた(T_T) 顔を近づけてよく見るとピクピク動いている。良かった。生きてるぞ。
掌に拾い上げて翼や脚の骨が折れていないかどうか確認。大丈夫そうだ。
脚立を出してきて、巣に戻してあげようとした。威嚇する兄貴達。
おい、兄弟だろ?それはないじゃんよ。…いいかお前ら。帰ってきてチビがおらんかったらどうなるか分っとるやろな。もう虐めたらイカンぞ!
そして帰宅後。僕を見下ろすクリクリ眼の顔が7つ。
あ~もうお前ら愛してるよ(*^^*)


みんなすっかり成長し、体の大きい順に一羽ずつ飛行訓練に入るまでになった。
兄貴達がすっかり一人前に飛び立った頃、ようやくチビは羽ばたきの練習を始める段階に入った。
良かった…地面に落ちた後遺症は何もなかったみたいだ。
そして、兄貴達が父親の後をついて餌の取り方を教わっている時に、チビはようやく巣の周りを飛べるようになった。


両親はいつの間にかどこかに消えていた。
一羽、一羽と巣を離れていった。
厳しいけれど、みんな同じようにそうやって生きる術を試行錯誤しながら学んでいくんだな。
こんなに人間の近くに居るのに、紛れもない野生が、そこに存在してた。


最後に残ったのは、やっぱりチビだった。

チビが巣立つ時。
僕はその時に偶然にも立ち会うことが出来た。


一羽だけになった巣を飛び立って、そして。
家の上空をチビは2回、周ってくれたのだ。
僕の気のせいかもしれないが、「ありがとう」と心に聞こえてきた気がした。

そして、その時から。
彼らの巣は空いているままであった。


あの時のチビが。
可愛い奥さんを連れて、戻ってきてくれたとしたのならばどれ程嬉しいことだろう。
本当に、そう思う。

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2005年4月23日 (土)

話題に注意

子供が色んな言葉を発するようになってきた(^^)

チビたちが言葉らしい言葉を発した一番最初の言葉は「だいちゃん」(笑)
ママが僕のことをいつもそう呼ぶから、赤ん坊なりに(ああこの人はだいちゃんというのか)と思ったかどうかはさておき(^^)
一度口にしてしまったら脳内のシナプスが形成されるのかどうかは知らないけど(^^)それから何かある度に誰の顔を見ても「だいちゃん。だいちゃーん」と口にするように(^^)
最近ではボキャブラリーもかなり増えたが、やはりなんといっても「だいちゃん」が使用ランキングのトップに君臨。
更に発音やニュアンスを変えて様々な応用形に発展もしている。活用形としてはどうやら『ヘルプ』や『プリーズ』の意味合いが多いらしい。
例えば…
何かを取って欲しい時:「だいちゃん」
二階に連れて行って欲しい時:「だいちゃーん」
凄いものを見つけた時:「だちゃん!」
…一緒か(^^)
でも違うのよ?そう僕には分るの!


今日、仕事中に一本の電話をとった。
大阪支店の長年勤めた女性の同僚から。
今日で最後になります…お別れのご挨拶。

勤務地が違うから、何年かに一回位しか顔を合わせない。いつも電話の声だけ。
彼女は営業事務、僕は前は品質保証課。
特定のお客さんの事でクレーム処理の連絡を仲介してもらうなど仕事上の接点は結構多かった。

でも仕事の話以外殆どしたことがないから、困ったことにいざお別れのご挨拶といってもさして話すこともお互いない(^^)
当然、途切れ途切れの会話となる。しかも仕事中だ。ボソボソとしか話せない。


電話で話している時、無言の時間ほど心苦しいものはない。
仕事や事務的な会話なら、用件だけ伝え合ってさっさと切り上げればよいが、いかんせんプライベートのことが絡むとそうもいかない。ことが多い。
顔が見えないだけに、電話は、苦手だ^^;


で、大阪支店の彼女。
共通の話題を探している時に、彼女の方から子供の話題を振ってくれた。
あ~そうそうよくぞ振ってくれましたとばかり前述のことを話し(^^)
仕事中なのにも関わらず15分程(^^)


子育ては面白い。
自分の時間など無いに等しいけれど、それを差し引いても余りあるほどの喜びと楽しみを与えてくれる。
子供は可愛い。…特にうちの子は(*^^*)
自分の子が生まれてから、たとえばデパートに買い物に行ってもつい他の家の子を見ちゃう。
よくよく見て確認。「あ~やっぱりうちの子が勝ってる」(笑)

花音・里音、って、将来タレントにすぐなれそうやん(^^)茉奈・佳奈みたいな(笑)
あ、そうそう知ってた?茉奈・佳奈ちゃん達ってうちの子と同じく二卵性なんだって。瓜二つなのにね。
うちのは全くキャラも顔も違うからすぐ区別つくけどね(*^^*)

でもそのうち「お父さん臭~い」とか「あっち行って」とか言われる時がくるんだろうなあ(T_T)
ああ何と哀しき世の父親よ。
まいいさ。それまでた~んと楽しませて貰っちゃうから!(笑)

でもねこれでも奥さんにも結構協力してるんですよ?嫁はまだまだと認めてくれませんが。
生まれたての頃からずっとウンチまみれの手になりながらオムツ替えたり、真冬でものぼせそうになりながら二人お風呂に入れたり。あ、ちなみに双子のお風呂は殆どバケツリレーです(笑)大人二人いないと絶対不可能(^^)


んー。何が言いたいんだろう。
まとめると要は。
うちの子が世界で一番カワユイってこと(*^^*)なんじゃそれ^^


僕に子供の話題を振るときは気をつけてね(笑)

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2005年4月19日 (火)

文通

小学一年生の時。
僕の人生において初めての担任の先生は女の人だった。


入学式が終わって通常の登校が始まると、ランドセルを背負って、靴入れを持って、半ズボンにタイツを履いて、分団で上級生のお兄さん達と登校した。
幸い、僕の家の裏に住んでいた幼なじみの裕ちゃんが同じクラスだったから、慣れない学校へ通う心細さは他の子よりはましだったかも知れない。

幼稚園と違って、小学校では時間割がハッキリしている。
毎時間、放課を挟んで担任の先生が教室にやってくる。


最初は気付かなかったのだが、この先生は実は怖い先生なのだということが段々分かってきた。
宿題を忘れてきたり言うことを聞かない子がいる時などかなりヒステリックに怒る先生だった。
いま思うと、今の僕の歳より若い先生だったに違いない。
僕が3年生に上がる前に苗字が突然変わったからその時先生は独身だったのだとその時知った。
そして3年生になる時に、先生は学校を辞めて故郷の徳島に帰っていった。


で、担任の先生。大西先生という。
怒ると怖い。冗談抜きにホントに怖かった。
ある時など、何で怒られたか覚えてないけど、授業中に男女構わず10人くらい一列に前に並ばされて(もちろん僕もその一員だった)、端から順に一人ずつ往復ビンタをされたことがあった。
親にもハチかれたことがなかったから、ホッペを張られると星が見えることもその時初めて知った。
そして一人また一人と順番が迫ってくる時のあの恐怖。文字通りチビる女の子もいた。僕も、ちびった。

小学校とはこんなに恐怖に満ちた世界だったのか。
他のクラスのことは知る由もなかったが、どのクラスもきっと同じ状況なのだと子供心に思っていた。逃げ場などないのだと。
まさか…そんな筈はなかったに違いない。僕のクラスは特別だったようだ。


授業中、トイレに行きたくなった時など最悪だった。
おしっこしたい、トイレに行かせて、などと言える雰囲気では決してない。別に気にせず手を挙げればきっと行かせてくれたには違いないだろうが。

その当時の学校の机は、二人がけの横長の木製のものだった。机は繋ぎで、椅子が二つ。男女一組ずつの席順だった。
ある時、僕の隣に座っている子が我慢に我慢を重ねたが限界を超え、椅子に座ったまま終に漏らしてしまった。
漏らしながら、その子は泣いていた。何もしてあげることが出来ないまま、見ている僕も泣きそうになった。
先生は「何でもっと早く言わないのよ!」と、また烈火のごとく怒った。その子を椅子から引き剥がし、突き飛ばすように廊下に押し出した。クラスの子全員が凍りついたようになった。
子供心に、言えなかったのはあんたのせいだ、と思った。

その数日後、今度は僕が限界を超えた。
その日は体操服の長ズボンを履いていたから本当に幸いだった。
僕から漏れたものは全てズボンが綺麗に吸ってくれたから、先生には申告しなくて済んだ。
ただ、隣に座っている女の子にだけはその事実を告げた。その子は優しく頷いてくれた。


二年生になる時、クラス替えがなかった。どうやら二年ごとにクラス替えが行なわれるらしい。
それでも担任の先生はもしかしたら変わるかもしれない、といった子供心にささやかな希望の光は教室に入ってきた同じ先生の顔を見た瞬間に脆くも打ち砕かれた。


堪りかねて、何回か母に訴えたことがある。「先生が怖い」と。
母は取り合う風はなかったが、どうやら他の子等も同時期に同じ苦情を親に洩らしていたようだ。
あとから聞いた話だと、そのあまりのスパルタさが教育委員会で問題になり、僕等を最後の教え子として教職を追われたのだということだった。


僕の少年時代。
小学校から中学まで、当時の先生は須らくみんな怖かったと思う。
体育会系の先生が木刀や竹刀を持って廊下を歩いている光景も至って自然。それで当たり前だった。
きっと今ならそんな先生は暴力問題教師として即新聞に載るだろう。


大西先生が徳島に帰る時、金城埠頭まで見送りに行った。
さんふらわあ号で先生は帰っていった。


あれだけ怒られたのに、不思議なことに僕は先生が好きだった。いや、大好きだった。
確認したわけではないが、クラスのみんなも同じような感覚を持っていた様だ。だから見送りにきたのは生徒のほぼ全員。親も一緒に来ている子が多かった。
なんで先生辞めちゃうんだろうね、と口々にみんなで話し合ったりした。
顔をクシャクシャにして船のデッキから紙テープを放る先生の姿は今でも目に焼きついている。


確かに、スパルタでヒステリックに怒り過ぎる先生ではあったが。
その裏に時折見える愛情を、子供心に感じていたのかもしれない。
とても人間らしく、いい先生だった。


先生が故郷に帰られた年から、僕は毎年必ず先生に年賀状を送った。
先生も、必ず返信を送ってくれた。

一年に一度だけの、先生との文通。
とうの昔に教職を辞めた人でも、僕は先生、と手紙の中で呼ぶ。


そしてそれは、37歳になる今まで。
30年近く一年も欠かすことなく続いている。

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2005年4月17日 (日)

子供の寝顔

僕は、ずっと子供が苦手だった。

ましてや、赤ん坊など以ての外。
身近に小さい子がいる環境で育ったわけではないことが遠因になっているのかもしれない。
とにかく、子供が苦手だった。

自分の子供が出来たと知った時、喜びと戸惑いが両天秤のように揺れ動いていた。
未知なるものに対する、得体の知れない不安もあった。
否応なく生活の転換を余儀なくされる心配もあった。

何より自分が父親になれるのかという自信のなさ。
実のところこれが一番大きかった。


でも、自分の子供が生まれた瞬間、その価値観が180度変わった。
ガラスの向こうの保育器の中で精一杯の力を振り絞って泣いている我が子を見た瞬間に、僕の中で確実に何かが変わった。
自分の中であれほどの劇的な心境の変化は体験したことがなかった。
僕は、我が子に大切なものを間違いなく教わったのだ。

人は、強くなってから変わるのではない。
変わる中で強くなっていけばいいんだ。


親父は、もう死んでしまっていないけれど、出来る事なら子供について親父と話がしたい。
自分自身、親となった今。
親父がどう思って、どう考えて、僕を育てたのか。親父の本音の気持ちを知りたい。


親父が27歳の時に僕は生まれた。
僕は、36歳の時に父親になった。

27歳の頃の僕といえば、今の僕から見ればまだ若造だ。
青かった。何も解ってなかった様な気もする。
親父は、やっぱり偉大だな。


将来、子供たちに。
そんな風に思われなきゃな。

子供の寝顔を見て、そう、思った。

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2005年3月27日 (日)

50年後

今年で37歳になる。あ、違う38だ(^^)鯖読んでも仕方ない。

歴史の節目を見る時、よく100年の単位で括られる。世紀という単位。
でも僕はコレはいまいちピンとこない。100年生きることが実感できないからだ。
だけど50年ならどうだろう。充分実感できる。

もっと近いところで例えば四半世紀単位でまず考える。今から25年後。2030年。

僕は63歳。生きてたら(^^) 勿論、生きてます。保証はないけど生きていたい。
嫁はんは5*歳。で、うちの娘らは26歳。いい年頃。僕はお爺ちゃんだ。もう定年迎えてる。うへ~マジかよ(^^)
もしかしてもう孫がいたりして。いてもおかしくはないな…。誰だうちの娘をさらってくどっかの太ぇ馬の骨は、一発殴らせろ。
年金受給条件はどうなってるか分からないけど、その頃僕は老後のことを考えているのだろうか。まさかまだリッケンバッカー抱えてる?それもいいな。


え~と、言いたいことは50年後。
日本も、世界も、間違いなく存在してる。それだけは否定できない。未来が無いものと想定するのは余りにも愚かだ。未来をまず肯定する。
僕は88歳。米寿だ。勿論生きてます。確実に第一線には居ないにしても。
僕達が今生きてるこの時代の風を、肌で知る人が生き残っているギリギリの時代がそこにある。
その時代を支えるのは、紛れも無くいま少年少女である世代の子供達。それからいまこれから生まれ来る子供達。
世代的には今、中学生や高校生をしている子供達の中からきっとその時代のリーダーが、国でいえば首相や国会議員をする子が出てくる。

僕達は、いま、彼らを後継者として育成する責任があるんだ。
そう、責任。
自分の子供を含めて彼らの生い立ちに対して善きもの残すを責任がある。


そんな心配しなくても誰かがやってくれる?

あの…それって幻想じゃないかな。


同じ世代の人より僕は不思議と地元の今の中高生と顔見知りが多い。教師してるわけじゃないけど。
みんな素直。カワイイ。
でも今の世の中は、ニュースや新聞を見てると、子供とまともに面と向って対話できない、しない、しようとしない親が育てた子供が多い、溢れてると感じませんか。
それって誰かの責任なの?違うよな、親だよな。やっぱり。
絶対に子供の責任じゃないんだ。
だから幻想にダマくらかされちゃダメだってこと。

もちろん一生懸命子育てしている沢山の親御さんを否定するつもりなど全くありません。
僕は、今こそもっともっと親同士の横の繋がりを、余りに希薄なこの繋がりを、泥臭く築いていきたいな、と思う一人なだけです。
実行に移しますよ~(^^)

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2005年3月 6日 (日)

戦友

出先に電話がかかってくる。
僕が出かけてから三時間。格闘に格闘を重ねたがもう踏ん張りが効かないと。
限界に来たと。


うちは恵まれたことに双子の娘がいる。平成15年10月8日生まれ。
誕生日だけで言うと、ジョンレノンの誕生日10/9の一日前だ。
だから勝手にこじつけた。うちの子はジョンの一歩前をいく人材なんだと。
ええバカ親と呼んで下さいな。それは自他共に認めてますから。

自分の子だから可愛いのは当たり前だ。
だが体調や気分の良し悪しのようなこちらの状態に関わらず、子供というのは正直だ。真っ直ぐ。我慢することを知らない。本音しか言わない。
そんな子供に対して、僕等夫婦はどう対応していくのが最善なのだろう。


あっという間に時間は過ぎ去っていく。
あっという間に子供は成長していく。
あっという間に、自分も歳をとってくのだ。

よく子供は親の背中を見て育つ、といわれる。
それは、親の行動や言動、総合的な振る舞いを通して、自分のありのままのその姿を子供に見せていく…ということなのだと僕は理解している。

あっという間に時間が過ぎ去っていくと感じる時こそ、実は充実しているからに他ならないのかも知れない。
しかし現実のところは、気持ち的にも一杯一杯で、したいことも出来ず、色んな犠牲を自分に強いて、何とかギリギリのところで子育てしている姿が実情かも知れない。
でもそんな状態だからこそ、そんな中で自分の姿を子供にどう見せつけていくか。
ひいては本当の意味で、どう家族を守っていくのか。
いくら幼児とはいえ24時間見ていられるわけではない。
母として、父として。子供達が大きく立派に成長し巣立っていくまでどう家族を守りあっていくのか。

生活とは戦いだ。
どんな場面においても。

ならば戦いの場において、ギリギリの局面に立たされた時。断じて守りに入ってはならぬと僕は固く心に誓っている。特に父親の場合。ひいては男の場合。
それはどんな状況にあれ、だ。それは勿論家庭においても職場やその他の状況においても。今がギリギリの時と感じる瞬間。
これから始まろうとしている物事を、決定付ける最大のカギはその瞬間の自分の心のありようだからだ。
守勢に回れば敗北に通ずる。攻めるのだ。攻撃は最大の防御とは古来からの御金言だ。

いや、でも現実は格闘してるだけで勝利感は無いわ…。妻。
「ご飯作る気さえ失せた…もう何もしたくないの」…出先にかかってきた電話の内容はこうだった。
一秒でも早く帰りたいと思う。そこにジレンマが生ずる。
でも僕は今現在、外で戦っているのだ。優先順位は…ん~やっぱり家族が上だ!!それが俺の原点だ!
すぐ帰るから。少なくとも帰りたいと思っているから。でもこっちもいま決着つけなければならないんだ…。

帰宅すると其処は戦の後。イメージ的に枯れ草一本残っていない様な雰囲気。
圧倒的に父親より、母親の方が子供と一緒にいる時間は長いのだ。
詰まる可能性も明らかに大きい。いま父として、夫として何をすべきか…。
今の妻の気持ちを楽にさせてあげる為に、僕はいま何を言うべきか。


よく妻と深夜に話す。子供達が寝静まった後に。チューハイ飲みながら。


そしてそんな時。ふと思う。

妻とは。
実は最大そして最高の『戦友』なのだと。
人生という名の長い長い戦いの。

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2005年3月 2日 (水)

マウス

本当は書きたい事が他にもあるんだけど。今の僕にあまりにインパクトが強かったので。


うちのパソコン君のマウスとキーボードはワイヤレスだ。
僕はコードがごちゃごちゃしてるのはとっても気に食わないタイプなのでこれは非常にありがたい。
しかしそれは大人だけの理論だ。幼児には通用しない。全く。

うちの双子はもうじき一歳五ヶ月になる。早いもので最近会話が成り立つようになって来た。もぅメチャカワイイんですの。メロメロです。自他共に認める親バカならぬバカ親だ。
可愛いんだけど、何でも口に入れる。僕のケータイなど特に大好物だ。いつも液晶画面がドボドボだ。そして無言電話をあちこちリダイヤルする。おまけに振り回す。ガンガンやる。お陰で折りたたみのところがヤバくなってきた。このまま行ったらきっと最短寿命を更新するだろう。


でマウス。いつも行方不明になる。ワイヤレスだから。
今さっきパソコン立ち上げて、さぁと思ったらマウスが無い。実に10分以上部屋の中を探し回った。
チビはとっくの昔にみんな夢の中だ。起きてたとしてどこ隠したのって聞いても答えが返ってくる可能性は無い。あったとしても意味不明だ。
仕方ないから探したわさ。だって書き込みしたいもの。「くっそ~どこやった…」ブツブツ。


想像出来ない場所に大抵ある。
ある時は階段の踊り場。ある時は玄関の下駄箱の下。
そして今回は。・・・ゴミ箱の中に放り込んであった(笑)
ママが生ゴミをポイするのをジッと観察しているのだろう。そっくりそのまま真似した訳だ。我が娘ながら天晴れという他ない。
どっちの仕業だ?花音か?里音か?はたまた共同作業か?
明日お仕置きしてあげよう。…出来ないくせに。


このブログを立ち上げて・・・思うんだ。

わけの分からない情熱は、今のところ止め処もなく溢れてくる。
いつまで続くか分からない。すぐ枯れてしまうのかも知れない。
一過性のものかも知れない。今の自分では何も分からない。

でも自分の気持ちに正直になること。
実はこれが一番大切なものなのだと最近気付いた。

ある日突然書けなくなるのだろうと思う。それでもいい。
それが自分のありのままの気持ちなのであれば。

人が何と思うか、何と言うか、そんなのは全く関係ない。
僕は僕だ。自分で納得できればそれで良い。

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