青豆と天悟
同じ場所で、同じ空を見上げていた。
お互いが、お互いを知ることなく。
僕は、そのシーンが息苦しくなるくらい、切ない。
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もう他人同志じゃないんだ
こんな胸の想い
迷うこともなく あなたに惚れたんだ
予感は当たっていた
あなたと初めて出逢った夜
ささやく言葉に 身体が震えたぜ
町を歩く二人に
地図はいらないぜ
パーキング・メーター
ウイスキー 地下鉄の壁
Jazz men 落書き 共同墓地の中
みんな雨に打たれてりゃいい
もう他人同志じゃないんだ
あなたと暮らしていきたい
生活という うすのろがいなければ
町を歩く二人に
時計はいらないぜ
死んでる噴水 酒場
カナリアの歌 サイレン
ビルディング ガソリンのにおい
みんな雨に打たれてりゃいい
もう他人同志じゃないんだ
あなたと暮らしていきたい
生活という うすのろを乗り越えて
(情けない週末 佐野元春)
---
中学を卒業して、高校に上がった頃。それから、社会人になりたての頃。
よく聴いていた。
今でも、ふとした時に甦ってくる。
素直になれないとき。
意地を張って、ちゃんと伝えられないから、情けない気持ちになる。
あの頃から変えようにも変えられない。
まったく情けない。
情けない男の、情けない週末。
遠い思い出は、懐かしくて、陽だまりの中にいるようだけれど。
やっぱりどこか切ない。
それが初恋なのだろう。
ああ情けない。
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こんなことを言ってしまうとどんな誤解を招くか分からないが実は僕はお金に無頓着である。
実際自分の財布の中に幾ら入っているのかそれが無くなるまで分からない。無くなってから気付くのである。
そんなことでは大人になってから大変だからダメだと子供の頃から母にも注意されていた。しかし大人になった今現在においても未だ全く改善されていない。
つまり、僕はなまじっか財布の中にお金があると気が大きくなって散財してしまうのである。しかも困ったことに何に使ったのか定かでない場合が割りに多いのである。だから気が付いたら無くなっている。
「この人に現金を持たせると危険だ」とそんな僕の性向を見抜いている妻はお小遣いを週払いにするという改革案を容赦なく断行し、そしてそれは今も継続されている。
これは僕にとってはすこぶる良い効果を発揮していると言わざるを得ない。何故なら常に財布の中身はクールビズ状態な訳であるからである。これでは気が大きくなるなんてことはありえない。拠って散在も無いという寸法だ。
妻が僕のそんな性向を見抜いた瞬間というものが、ある。その時のことを僕はしっかり覚えている。
それは結婚する前に彼女と付き合いだした直後の頃にさかのぼる。初めてのデートというか、仕事帰りに僕が彼女をカラオケに誘った時のこと。
僕の誘いを快くOKしてくれた彼女とさあカラオケ屋へ と意気揚々向ったはいいが、ある重大なことに僕は気付き身震いするほどの戦慄を覚えたのである。
財布の中身が千円札一枚しかなかったのだ。
だが今さら引き返せない。折角OK貰ったばかりだというのに。しかし初めてのデートに所持金\1,000では冗談抜きに洒落にならない。
結果僕は正直に実情を訴え、給料日までの期間を\1,000で過ごさなければならない僕の困窮した経済状況を理解して戴いた上でカラオケ代を全額彼女に払ってもらうことで事なきを得たのであった(何が事なき なのか全然わからないが)。
まあそれでこの頃から金銭面において妻と僕との主従関係が確立されたといえる。どちらが主で従かは言わずもがなである。
そしてそれは現在に至るまで覆されていない。そしてこの先もきっと。
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真夜中にびっしょり汗をかいてガバッと起きて我に返ったことがある。
一人暮らしをしていた29歳の時のこと。
ああ俺は…この先一生結婚できないのではないか! と。
今思い返すと何とも間抜けなシーンではあるが、自分では真剣に悩みそして苦しんでいたのだな。その時は。
こんなに優柔不断でマイナス思考で何かあるとすぐどん底まで落ち込んで暫く使いものにならなくて自分のことだけで精一杯でそれなのに自分の面倒すらみれない。
こんな男がまともな恋愛など出来るはずはなく従い絶対に結婚なんて出来ないと。
シリアスにそう悩んでおったのであります。
お袋は、その頃の僕にいつもこう言っていた。
「あんたの目は、節穴だね」 と。
その時はどういう意味か分からなかった。
今は、分かる。
確かに、その通りであった。
お袋がどういう意味で言っていたのかというとこうだ。
「あんたの周りに将来の奥さんになる人がいるよ。間違いないよ。それもすぐ近くだ。でもあんたの目が節穴だから見えないんだよ。よーく見てみな。気が付かないのかい?バカだね」
確かに、僕はバカであった。
僕の置かれている事情など全く知る由もないお袋には、しかし何かが見えていたのだ。
大切な人は、居るんだ。すぐ近くに。
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リラ冷えの朝に旅立つ君へ
今迄の愛を込めて歌を贈ろう
君の道程(みちのり)は三叉路ばかり
迷って傷ついた時 思い出しておくれ
ON THE WAY
僕等はいつでも道の途中
ON THE WAY
喜びも哀しみも季節の様に巡り巡る
さよなら 君に会えてよかった
さよなら 君が好きでした
誰かの言葉や時代の嘘で
その微笑みや心を曇らせぬよう
君は君らしく生き抜いてくれ
僕は僕の通りに歩いてゆくから
ON THE WAY
僕等はいつでも道の途中
ON THE WAY
力の限りに時の流れを生きて生きて
さよなら また会う日まで
さよなら 君に幸あれ
さよなら 君に会えてよかった
さよなら 君が好きでした
詩 さだまさし
【リラ(ライラック)】
リラ冷えとは、北海道でライラックが咲く頃の冷え込みをいう。
北海道では5月頃に、ライラックも桜も梅も、満開になるのだという。
僕が暮らすこの街で、桜がすっかり散ってしまった頃。
僕は、いつもこの歌を思い出す。
さよなら 君に会えてよかった
さよなら 君が好きでした
さよなら…僕の好きだったひと
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中学二年のバレンタインの時に、同級生の女の子からチョコレートと手紙を貰った。
生まれて初めて貰った本命チョコだ。だって手紙付き。そりゃドギマギしたさ。
その子は直接渡す勇気が出なかったとのこと、だから彼女の親友に託してそれは僕の手元に届けられた。
女性とお付き合いをするなどそれまでの僕の人生でヤマダカツテなかった体験。もちろんそれはお互いが。
当然デートなどしたことすらない。何処に行くでもなく公園を手を繋いで歩いてみたり。
交換日記など…したり…か~ッ思い出すだけでカユクなってくる(^^)
その当時はケータイもパソコンも何もない。
学校が終わってから、お互いが家に帰ったあとの唯一のコミュニケーション手段は自宅電話。
毎日、毎日。電話しまくったさ。今日は僕から、明日は君から。そう二人で決めて。
それで、口で言えないことは交換日記に思いの丈を書いたり。
はあ…なんて清純な。こよなく愛すべき若かりし時のふたり(^^)
校内で二人だけの秘密の時間と秘密の場所を決めて、授業が終わったあとにそこで待ち合わせして。
背中を壁につけて今日あったことを話ししたり。
彼女の家の近くまで遠回りして一緒に帰ったり。クラスのみんなに見つからないように。
ん…これは今回の本題じゃない。
何で俺こんなこと書いてるんだ?? あかん、今回チャランポランになりそう。
え~件のものはさだまさしさんの名曲です。(1985発売のアルバム ADVANTAGEに収録)
おむすびクリスマスです。時期外れも甚だしい(^^) だって書きたいんだよ今。許して(^^)
歌を聴いて、初めて泣くという僕にとって貴重な体験をさせてくれた曲です。
さださんは稀有の詩人であり、そして稀有のストーリーテラーでもあります。
歌詞の内容はこうです。
君はもう忘れてしまったかしら 二人だけのクリスマスイヴ
あの頃僕等お互いの愛の他 何も持たなかった
それでも僕等は精一杯に 生きようとしてたね
ケーキの代わりに 君がこさえた おむすびの塩が胸に沁みた
おむすびクリスマス 忘れない 笑いながら泣いていた君を
おむすびクリスマス 本当は とても幸せだったと後で気付いた
ね…。
んー、こうやって書いてしまうとどうってことないな(^^)
でもこれが曲に乗るとね、来るんです。
おむすびクリ~スマ~スの「マ~ス」のところでホラ、アレ、クリスマスソングとかディズニーでよくあるあの半音下がって上がるあのフレーズ、わかりる?あのなんともじれったいような腋をキュッと締め付けられるようなあの感じ。…分らへんか^^
将来…僕は必ず彼女と同棲して、そしてビンボーになって、それでこの歌にある素敵な世界を経験するんだ、と一人妄想に耽っておりました(^^)
彼女とも、何度か一緒に名古屋市民会館までさださんのコンサートに行った。
そういえばたけスンともよく二人で一緒に行ったな。さださん聴きに(^^)
中学二年から始まり、そして7年付き合った彼女と、いつからかすれ違うようになった。
いつの間にか僕は社会人に、彼女は短大生になった。
会える時間が限られてきたことも勿論ある。
でも、お互いが共有するものが、段々、少なくなっていった。砂山がゆっくり崩れるように。
そして彼女は僕を離れた。僕は数年引きずった…僕という男はそういう人間。
そんな時にこの歌と出会った。
僕は、これを真夜中にヘッドホンをして聴いたのよ。
いくらなんでもそのシチュエーションはヤバいな。…ちょっとコワイ?^^;
その時以来。
自分でも思い掛けなく何かが心の琴線に触れると、すぐ、泣くようになってしまった。
…それって女々しい?
それは音楽に限らず。例えば蛍の墓とか(^^)
それだけじゃなく、自分でも予想がつかない様なありえない場所や状況で。
人から見たらきっと不自然な時に僕は偶に、泣いてしまうことがあります。
…あーやっぱりチャランポランな内容になってしまった(^^)
書かなきゃ良かった。泣こかな~。
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チャンスは掴むものと言われる。
イコール、待つものじゃない。という意味と僕は解釈している。
チャンスはなかなかやって来ないのではない。実はしょっちゅう目の前に来てる。らしい(^^)
イメージ的には胸のまん前に。ス~っと知らん顔して来るようだ。だから見てる筈なんです。チャンス君を。自分の目で(^^)
でもあっという間にピュっとどこかに行ってしまう。ん~もしかしてこれチャンスか?と躊躇している間に。一瞬の隙を突いて。あっと思う。でももう姿も見えない。だから胸の前に来たときにパッと取らないと逃してしまう。
また自分自身がそれをチャンスと気付かない場合もある。他人から見れば明らかにチャンスなのに。アンタなんで飛びつかないのさ!と言いたくなる程。
一度離れてしまったチャンスはその後はなかなかやって来ない。でも近いうちに必ずまたやって来る。でも待っててもなかなか来ない。そうこうしているうちに別のチャンスが来る。こいつもまた出し抜けにやってくるからそれがまたチャンスと気付かない。そうこうしている内にまたどっかに行っちゃう。以下繰り返し…(^^)
そんな経験。過去、自分はよくあった。後の祭りというか、後悔先に立たず…みたいなもの(ちょっと違うか^^)
ふとしたきっかけで、新しい人と知り合うことは多い。
いや、人でなくとも例えばモノであったり、本であったり。音楽でもそう。
そしてその新しい出会いから人生が大きく変わる事だってある。本や、中でも人との出会いは特に。
独身の時なら異性との出会いは大変に重要な課題だ。なに~それは既婚者でも同じ?…ま、お好きなように。ご自身の価値観で勝手にして下さい(^^)
で、自身の人生を変える程の出会いに直面したとする。それは果たして偶然か必然か?!おおにしてその時は分かんないんですよね。さっきのチャンス論と同じく。
ところが。問題は恋愛。なんですよ。
恋愛とは…。
一度相手のことを好きになってしまい、その想いが通じた後。途端に今度は嫌われることが怖くなる。だから時に自分を偽ったりしてしまう。嫌われたくないが故に。
そして相手の要求を拒めない時がくる。好かれていたいが故に、許してしまう。そんな時傷つくのは相手より弱い立場である場合の方が多い。
まるでブレーキの効かない車に乗っているようなもの。スピードが出すぎてる、降りたい…と思っても車は止まらない。最初はときめきを感じて、自由を感じて、思い切って飛び乗ったのにもかかわらず。最初に感じたときめきも自由もいつか色褪せ不自由なものに変わっていく。
そして相手のことを好きになってしまうが為に嫉妬という一番醜い感情が心の中に生まれてくる。
実は、その悩みの答えは全て入り口にあるんです。恋愛に入る時の入り口に。
答とは。それが逃避であるかないか、なのです。単純です。
恋愛というものは総じて最初は楽しいことばかりだ。喜びも沢山ある。でも実際には楽しいことばかりが続くはずもない。むしろだんだん苦しいことや悲しいことが増えてくる。
だから現実から逃避したいと思い恋愛に飛び込んだとしても、その後に起こる苦しみや悲しみは避けられない。
それは自分が変わらない限り無理な話です。自分は自分でしか変えられない。相手に変えて貰えるはずなんて絶対にない。
だから、いくら日常生活が地味で平凡であっても、恋愛のときめきに逃避してしまったら…残念ながら結果は目に見えています。
それは寝ている間に見る夢のようなものだ。だから人間は夢を見ている間はそれが現実だと思い込んでしまう…。
僕の理想とする恋愛とは。
それは相手のことを心から信じ、尊敬し抜くことだ。
…ん?いつから恋愛論になった??アカン疲れてます(-_-)
え~と、あ、出会い出会い。
出会いもチャンスも、消極的にではなく積極的に掴んでいけば、それが人生を切り開くカギとなる、ってことだと。それが僕の主観。ただそれだけです(シマッタ尻切れトンボになりそうだ^^)。
最後にひとつだけ。
サン・デグジュペリの『星の王子さま』を読まれたことは?ありますか?
キツネが王子さまにこう言うのです。
「なに、なんでもないことだよ。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目には見えないってことだよ」
実はこの本も、少年時代からずっと読みたい読みたいと思って3年程前にようやく出会えたって寸法。
この言葉を手塚先生の物語の中で読み、いつか大人になったときにきっと読もうと決めていたのです。
そうして、僕の人生に大きな影響を、与えたんだ。その出会いが。
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